社交界では壁の花の代表なんですが……!
ライルと街へ向かう。
乗り込んだ馬車には私の正面にライルが、彼の隣には明るいグレーのセットアップ姿のベルナード、そして私の隣には白い襟と袖のついた濃いグレーのワンピース姿のフィオナ。この四人が乗った状態で、馬車は出発した。
馬車の中ではベルナードが、実に饒舌に話している。
「ローズロック領は、薔薇の花の産地として知られていますが、もう一つ。薔薇石英と言われる鉱石が産出されるんです。柔らかい色合いのピンクの鉱石ですが、透明感がないんですよね。ゆえに王侯貴族はピンク色の宝石として、ピンクサファイアやモルガナイトを宝飾品として身につけます。つまり薔薇石英は、庶民に人気なんですよ。そしてこの世界、王侯貴族より庶民が多い。ゆえに主が治めるこの領地、薔薇と薔薇石英のおかげで、そこそこ潤っているんです」
ローズロック領と言えば薔薇のイメージが強く、花屋も「こちら、ローズロック領の薔薇です」と紹介されることが多い、私自身、知っていたが……。薔薇石英については知らなかった。確かに王侯貴族の間では流通していないからだろう。
あ、でも……。
「ドレスの装飾品として薔薇石英が使われることは、ないのですか?」
「! さすがミルフォード伯爵令嬢! 目の付け所が違います。そうです、そうなんですよ。平民にとってはネックレスやイヤリングになる薔薇石英ですが、王侯貴族のドレスを飾るにはちょうどいいのではないかと。透明感がないので、光を受け輝くわけではありません。よって華美にならないことが求められるデイドレスにいいのではないかと考えているんです。どう思いますか?」
ベルナードの案はとてもいいと思う。よって即答だ。
「それは名案だと思います。とはいえ、既に庶民が愛用している鉱石となると、ドレスのデザイナーがなかなか受け入れてくれないかもしれません。そのような場合は社交界に影響力がある人物や、社交界で注目を浴びる人物に身に着けてもらうのが一番だと思います。つまり薔薇石英を使ったドレスを仕立て、その人物に着用してもらい、舞踏会や晩餐会、お茶会に顔をだしてもらうのです。薔薇石英の美しさが分かれば、王侯貴族でも『今度ドレスを仕立てる時に、薔薇石英をつけてもらいましょう』となると思います」
「「「なるほど」」」
ライル、ベルナード、フィオナの声が揃う。
「ザーイ帝国と平和協定が締結されれば、戦争はもう起きないと思っています。自分は騎士団の団長として、財の多くを戦功により得てきました。これからは別の手段で財を築く必要があると思っていたのですが……。その方法は最善です」
ライルがそう言うと、フィオナは……。
「お嬢様とご結婚されたら、お二人で王都の舞踏会や晩餐会へ顔を出されるといいですよ。その際、お嬢様が薔薇石英を使ったドレスを着ていたら……。皆様の注目を集めると思います!」
「それは名案ですね。主、結婚式が終わったら、ドレスを沢山仕立てましょう!」
そう言って三人は盛り上がるが、私は目を白黒させることになる。
「ちょ、ちょっとお待ちください! 私は社交界では壁の花の代表で」
「それはユーリ様を引き立てるためですよね? でもご結婚されたら、もうミルフォード伯爵令嬢ではありません。ウィンターボトム侯爵夫人になるのです。しかも団長様がエスコートするなら、そこは正々堂々と社交界の中心人物になっていいと思います!」
フィオナがそう言うと、ベルナードまでこんなことを言い出す。
「そうですよ! 我が主は“野獣”などという不名誉なあだ名をつけられていますが、今回の結婚により、払拭したいと思っているのです。美男美女のお二人が、社交界に颯爽と登場すれば……。“野獣”の名は返上です。しかもドレスに使われている薔薇石英の知名度も、一気に上昇すると思います!」
「美男美女!? ウィンターボトム侯爵は確かに美男でしょうが、私は凡庸な女ですから」
「「「それは違います!」」」
先程のように三人が声を揃えるが、私はぽかんとするしかない。
「お嬢様はユーリ様と、ユーリ様を溺愛するご両親により、地味で目立たず、凡庸な令嬢になるよう仕向けられていただけです。本来のお嬢様は間違いなく、大輪の薔薇の花のように、お美しいです!」
「そうですよ! ミルフォード伯爵令嬢は、ご自身を卑下し過ぎだと思います。もっと自信をお持ちになってください!」
「そ、そんな……」と目を泳がせると、ライルと目が合う。
彼はそのプラチナブロンドをサラリと揺らし、碧眼を細める。
「容姿の美しさもそうですが、ミルフォード伯爵令嬢は性格美人だと思います。自分のような“野獣”と呼ばれる男との婚姻も、受け入れてくださったのですから。ぜひ自分と共に、このローズロック領を盛り上げるため、協力いただけませんか」
「……!」
そんな風に言われたら、「無理です!」とは言えない。
何より、ローズロック領で私はこれから生きて行くのだから。
領民が笑顔で過ごせるために。
領主の妻としてここは……。
「分かりました。私でどこまでできるのか。自信は……ありませんが、努力いたします」
私が努力することで、後々王都で大いなるハプニングに巻き込まれることになるのだけど……。
この時の私は知る由もない。
お読みいただき、ありがとうございます!
本日大変丁寧な解説と共に、誤字脱字報告を下さった読者様。
本当にありがとうございます。
お気遣いに心から感謝いたします。