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交叉都市の引退剣士  作者: 読み専のクェイナー
第四章 銀糸境界
14/21

4-3

更に続くロボ回(笑)

あれ、もしかしてキーワードに入れた方が良い、のか……?

 気付けばそこには、ただ自分と彼女だけが存在していた。

 色鮮やかな無数の単を艶やかに羽織った彼女は、その表情だけが影に隠され窺い知ることができない。

 その面に浮かべているのは、果たして喜怒哀楽のいずれなのか、今の十夜には想像がつかなかった。


 いや、いずれであってもなすべきことは変わらない。それを成すためにわざわざここに戻って来たのである。そう己の心を叱咤すると、十夜は緩みかけていた握りを殊更にきつく締め、正眼に構えた切っ先を改めて彼女へと向けた。


「久しい、とでも言った方が良いのかの」


 剣呑な武器を突きつけられているとは思えない涼やかな声が、十夜の脳を揺さぶった。

 およそ十年ぶりに聞いたが、その声の持つ魔性はいささかも衰えることない。


「ほれ、もっとようく顔を見せておくれ」


 刀を向けたままぴくりとも動かない十夜に対して、彼女はころころと笑うと両手を左右に広げ、抱擁を求めるかのように歩み寄って来る。

 その様子は十夜が構える太刀などまるで目に入っておらず、それが己を傷つけることなどまるで想像していないかのようであった。

 実際、彼女を傷つけることなど不可能だろう。斬れば血を流すかもしれないが、それは傷を負ったということではなく、斬るという原因に対して血を流してみせたという結果を装う以上の意味は無い。


 剣でも銃でも、あるいは魔術をもってしても、その運命は覆らない。

 ただ十夜の太刀以外には。

 その事実を改めて認識した十夜は、ゆっくりと呼吸を整えると、構えをゆるりと上段へ移し、次いで一息に振り下ろした。


     ■◇■◇■◇■


「夢、か」


 十夜が目を開けると、そこは薄暗いコクピットの中だった。意識はすぐさま覚醒し、先程までの光景はただの夢だったと結論付ける。いろいろと厄介な状況に陥ったせいか、脳が似たような過去の記憶を引っ張り出してきたらしい。


「おはよう、十夜。調子はどうだい?」


 十夜が目を覚ましたことに気付き、アインが足元からつぶらな瞳で見上げてきた。

 尋ねられた十夜はしばし目を閉じると、意識を身体の内側へと向けた。わずかに手足に力を込め、隅々まで神経がクリアに反応することを確認する。


「かなり回復したな。俺はどれくらい寝ていたんだ?」

「十五分ちょっと、かな」


 どこからともなく懐中時計を取り出し、時間を確認したアインが答えた。


「は?十五分でここまで回復するはずないだろ」


 思わず言い返してしまうが、それも無理はないだろう。先程までの十夜のコンディションは、一言で表すならば気力だけで立っている状態だったのだ。それが十五分程度の睡眠で、完調とはいかないまでも若干の怠さを感じる程度まで回復するとは、とてもではないが信じられる話ではない。


「ふっふっふ、僕特製の栄養ドリンクのお陰だろうね」

「あの胡散臭いやつか。あれ、マジで効き目あったのか……」


 眠りに落ちる直前、アインから勧められて気休め程度のつもりで口にした代物の効能を挙げられ、十夜は遠い目をした。


「まあ、副作用で明日から一週間くらいは、激痛で身体が動かないとは思うけど」

「おいコラ」

「いやあ、珍しく十夜が僕の作戦に乗ってくれるから、奮発しちゃったよ。人間で試すのは初めてだから、ここまで効果があるとは僕も思っていなかったしね。はっはっは」

「いつか飼育小屋送りにしたる」


 漫才をしているうちにもメインスクリーンに見慣れた街の光景が映し出される。だが、高所から俯瞰しただけでも、狭河市の街が異常な状態にあるのは明白だった。

 人影がまるで見当たらないのだ。ついでに言えば、列車や自動車の類もことごとく停止している。

 そんな中、無人の街並みを闊歩するのは異形の魔獣達だ。蟲型、獣型、不定形にいずれとも言えない歪な者達。形も大きさも不揃いな魔獣の群れが、街の至る所に出没している。


「何がどうなってるんだ、こりゃ……」


 視界全てに広がる惨状に、十夜は息を飲んだ。その間にもアインは様々な機器で情報収集していたらしく、手早く分析を終えると十夜の頭によじ登って来た。


「どうやら街中に出現している魔獣達は、《魔獣使い》がストックしていた手駒みたいだね。大半がネーアさんと集めていた情報に合致する種類だ」


 続けて何やら操作すると、スクリーンに青みがかったフィルターがかけられた。そのフィルターを通すと、半円球状の殻のような構造体が二種類、街全体を覆っていることが見て取れるようになる。


「術式を可視化したものさ。外側は外部との通信魔術を抑止する結界だね。多分、邪神が張ったものだろう。内側はネーアさんの仕業だと思うよ」

「首領の魔術だって?」


 思わず尋ねると、アインは確信を伴った面持ちで頷いた。


「術式の構成に心当たりがあるんだ。あれは【帰郷】の術式で、おそらく街の人達を強制的に帰宅させているんだと思う。一般人が魔獣に襲われないように」


 それならば納得がいく。上から確認できる限り、魔獣が手当たり次第に破壊行為に及んでいる様子は無く、むしろ統率されて哨戒しているようにすら見える。

 もしその通りなのだとすれば、人間という名の獲物を見かければ即座に襲い掛かってくることは想像に容易い。そしてネーアは、先んじて姿を隠すことで、無関係の一般人が襲われる事態を避けたというわけだ。


「さすが首領だな」


 判断の的確さ、街全体を覆う規模の魔術を行使する技量、その双方に舌を巻く。アインも同意の意を示すと、作戦を提案してきた。


「【帰郷】の魔術が効力を発揮している以上、ネーアさんは健在なはずだよ。きっと反攻計画を準備しているはずだ。だから、ひとまず合流を目的に『銀糸境界』を目指そうと思う」


 これについては十夜も異論は無い。すぐにでもリサの捜索に出向きたいところではあるが、狭河市のあちこちを魔獣がうろついている状況はさすがに放っておけない。捜索するにしても、これだけ魔獣の数が多くては邪魔が入るのは目に見えていた。となれば、多少遠回りに思えても、先にネーアと合流して魔獣の排除を試みた方が効率は良いはずである。


「というわけで、少し揺れるかもだからしっかり掴まっておいてよ、十夜」

「ちょい待て、アイン、何する気うおわっ!!」


 嫌な予感に駆られて暴走ウサギを止めんとするが、すでに手遅れだった。つい今しがたまで安定飛行していたアルケミーギアとやらが大きく揺れ、直角に近い角度で落下を始めたのである。

 計器類の指し示す値が慌ただしく上下し、正面のスクリーンに映る街並みが加速度的に大きくなる。


 無論、そんな勢いで降下を開始すれば隠密もへったくれもない。早速警戒網に引っ掛かったらしく、数こそさほど多くはないものの、飛行能力を備えた魔獣が四方から迫ってくる様子が、レーダーにありありと映し出されていた。


「アイン、てめえ、何やらかすつもりだ!?」


 アルケミーギアの内部にいる以上、十夜がそれらの魔獣を迎撃することはできない。無防備な状態で魔獣の総攻撃を食らえば、いくらアイン自慢の機体でも長くは持たないだろう。そうなれば、後は重力に引かれるがまま、墜落コース一直線である。

 そんな暴挙をかましてくれた変態ウサギを掴みあげ揺さぶると、アインは慌てず騒がず、自信たっぷりな様子でコンソールに短い前脚を走らせた。


「もちろん、こうするのさっ!」


 アインが何らかのコマンドを入力した次の瞬間、スクリーンが真っ赤に染まる。それと同時に、内側から見ることはできないが、機体が更なる変貌を遂げた。

 各所の装甲が引き裂かれるように割れ、透き通った水晶が埋め込まれた機構が展開する。続けて機体の表面に光のラインが走ったかと思うと、ラインは水晶同士を繋ぎ、全身を巡る無数の経路を構築した。

 すると落下の速度が見る見るうちに減じ、地上から100メートル近辺の高度で完全に停止する。いや、より正確に表現するのであれば、何もないはずの空中に二本の足で着地していたのである。


 不可視の足場を確保すると、アルケミーギアはその両手を背部に伸ばした。そこから取り出したのは、機体に見合ったサイズの銃器らしき物体だ。一見すれば超巨大なライフル銃なのだが、弾倉に当たる部分は存在せず、代わりに半透明のチューブでアルケミーギア本体と接続されている。

 瞬きをするほどの間に戦闘準備を整えると、アルケミーギアは構えた銃口を襲い掛かってくる魔獣達に向け、滑らかな動きで引き金を落とした。


 轟音!


 全身の骨を揺らすほどの重低音が鼓膜を強襲する。さながら雷鳴にも似た一撃が、真正面から飛行型の魔獣達を飲み込んだ。

 向かってきた魔獣は三匹。獅子の身体に鷲の翼と頭部を併せ持つ魔獣であるグリフォン、飛竜とも呼ばれる飛ぶことに特化した竜種であるワイバーン、そして先程ザハクを乗せて飛び去って行ったロック鳥である。


 砲撃が捉えたのはグリフォンとロック鳥の二匹だった。射線上に二匹が重なるタイミングを見計らって放った一撃は、グリフォンの頭部とロック鳥の胴体を一瞬にして蒸発させる。続けて襲ってきた砲撃に伴う衝撃波が、残った部位を豪快にひしゃげさせ、原形をとどめぬほどに破砕した。


 圧倒的な暴力が過ぎ去り、一時の静寂が訪れる。アルケミーギアは砲撃の反動で動きを止め、唯一生き残ったワイバーンは仲間を襲った惨状に度肝を抜かれたらしく、茫然と滞空している。


 その静寂の中に、ガチンという金属質の音が顔を覗かせた。

 発生源はアルケミーギアの両手だ。陽炎が立ち上るほどの熱を帯びたライフルが真っ二つになっていたのである。だが、それはライフルが壊れたことを意味しない。

 分離したのだ。銃身と機関部、元々そうなるよう設計されているらしく、手元の操作のみで綺麗に分離した二つのパーツの内、衝撃と熱で歪んでしまっている銃身を廃棄する。高度100メートルから投げ捨てられた銃身は狙い過たず臨見河に落下し、巨大な水柱と水蒸気を撒き散らした。


 一方の機関部も相応の熱が籠っていることは明白だったが、こちらは接続されていたチューブでアルケミーギア本体と何かをやり取りしていたかと思うと、遠目にも分かるほどの速度で熱が引いていく。アルケミーギア本体の各部から放熱用と目されるフィンが飛び出していることから、おそらくは本体側で排熱を受け持つ機構になっているのだろう。


 そうこうするうちに排熱が完了すると、アルケミーギアは背部から予備の銃身を取り出し、おもむろに機関部へと取り付けた。見惚れてしまう程の鮮やかな手際でもって、先程の殺戮を引き起こした武器が戦場に復帰する。敵対する側からすれば悪夢のような光景であり、目前でそれを突きつけられたワイバーンにとっては、悪夢どころか死の宣告に等しかった。


 竜種に顔色というものがあれば、蒼白を通り越して真っ白になっていたことだろう。視線が上下左右に忙しなく振られていたかと思うと、唐突にその巨体が反転した。そのまま絞り出すようにかすれた鳴き声を上げると、いっそ哀れなほどに慌てふためき、全速力で離脱していく。

 通常、魔術で支配された魔獣は術者の命令に忠実に従う。空中での迎撃を命じられたはずのワイバーンもその例に漏れないのだが、魔術による支配を上回るほどの恐怖に襲われたのだ。


 鬼神のごとき暴れっぷりを見せつけたアルケミーギアが、戦闘の終了を認識して武装を解除した。ライフルは分解し、背部に戻される。各部の水晶から光が失われ、飛び出して来た時とは逆の順序で装甲の下にしまい込まれると、ようやく重力が己の仕事を思い出したらしく、機械仕掛けの巨人が降下を再開した。


 すでに座標の調整は済んでいたため前後左右への移動はあまり行わないまま、直下へと落下していく機体が、地面に激突する直前に魔術によってその速度を緩める。それでも大重量の着地は結構な騒音と舗装の破片を撒き散らすこととなった。

 両脚が受け止めた衝撃を熱へと転化し、各部の関節から気化した衝撃吸収材として排出する。白く染まった視界が徐々に晴れていくと、そこには膝立ちの人型機械と一人の青年の姿があった。


 見るからに不機嫌そうな青年は、片手に一羽の小動物を吊り下げていた。言うまでもなく、十夜とアインである。

 吊り下げられた小動物はひくひくと鼻を動かすと、あっけらかんとした口調で問い掛けた。


「あれれ、もしかして十夜、怒ってたりするのかい?」

「あれだけ無茶をやらかしておいて、どうして怒られないと思っているのかが理解できないんだが、俺としては」


 耳の根元を掴んでいる右手に力がこもる。普段ならそこで泣きが入るところなのだが、今回のアインは怯むことなく十夜を見つめ返してきた。


「状況が状況だからね。手加減して制圧できる相手だったらそれでも良かったんだろうけど、それが無理ならこっちだって切り札を切るしかなくなるさ」

「切り札ってのは、さっきのアレか……」


 アルケミーギアが大立ち回りを演じていた間、十夜はその中にいたのだ。パイロット保護機能は正常に働いており、衝撃の類こそほとんど感じなかったものの、魔獣二匹を一撃で葬るような大出力火器が間近で炸裂したのである。

 はっきり言って心臓に悪い。


「あれこそ、ドライヅヴィクスの最大火力、携行型電磁投射砲《アルカンの雷鳴》さ。吃驚しただろう?」

「その話は私も是非拝聴したいところだね」


 自慢気に語り出したアインの言葉を止めたのは、鈴を転がすような声音だった。いつの間に姿を現したのか、夕闇の中にあっても輝きを失わない銀髪の美女がそこに立っていた。言わずと知れた魔術結社『銀糸境界』の首領、ネーアその人である。

 アルケミーギアが着陸したのは、『銀糸境界』の隠れ蓑でもある「アンティークショップ 銀糸堂」の目の前だったのだ。通常であれば多くの人々が行き交う商店街の一角だったが、今はネーアの【帰郷】の魔術により人っ子一人見当たらない。


「首領、ただいま戻りました」

「うむ、よくぞ無事で戻って来てくれたね」


 アインを捕獲したまま、いつも通りの軽い調子で帰還を報告する十夜。ネーアはこの状況にあっても眉一つ動かさぬ無表情で十夜を労うと、続いて十夜に抱えられている愛玩動物を見やった。


「ぴうっ!?」


 その眼差しに何を幻視したのか、かすれた声で小さくアインが悲鳴を上げた。蛇に睨まれた蛙、いや狐に見つかった兎といった風情である。


「アイレン君、よく十夜君を迅速に連れ帰ってくれた。今後の状況に対処するうえで、このアドバンテージは非常に大きいものになるだろうね」

「は、は、はい……お役に立てたようで嬉しいです、ハイ」


 若干語尾が震えながらもアインは必至でゴマをする。もしもその両手が人間のものであれば、擦り過ぎで火が付くほどの速度で揉み手をしていたはずである。

 ネーアは無機質な瞳でその光景を眺めていたが、無言で踵を返すと二人を『銀糸境界』の中へと誘った。


 と、ふとその足取りが止まる。そしてグルリと顔を巡らせ、相変わらず十夜に吊るされたままのアインを見やり、実に平坦な口調で告げた。


「それはそれとして、私の車がロボットになっている件については、後でじっくりと聞かせてもらうので、そのつもりでいてくれたまえ」

「十夜、僕が死んだら部屋のハードディスクは中身を見ずに処分するよう、菜琉に伝えておいてくれないだろうか」


 すでに死んだような目でぐったりとするアインを片手に、十夜はやれやれと首を振るのだった。

個人的にロボといえば実体弾が好きです。

ビーム砲撃ち合うよりは、重量物がぶつかり合う方が好み。


ところで、地雷を駆使するロボってどっかに無かったですかね。あんまり記憶に無いもので。

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