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交叉都市の引退剣士  作者: 読み専のクェイナー
第四章 銀糸境界
12/21

4-1

久しぶりのバトル回

 リサは己の眼前に立ちはだかる相手を睨みつけていた。その視線の狂猛さは、ここ数日行動を共にしていた十夜は勿論、元の世界で最も親しかった魔王討伐隊の面々ですら見たことのない筈だ。

 そんな視線を正面から受け止め、邪神はむしろ心地よさげに微笑んだ。


「良い顔をするではないか。向こうでは小生意気だった貴様が、こうして我を楽しませてくれるとは、異世界様々とでも評すべきかな」

「黙りなさい、アル・アジード。その顔と声で、これ以上囀ることは私が許さない」

「ほう、その口振り……なるほど、もしやと思っていたが、やはりこの身体は貴様の縁者だったか」


 強引に感情を押し殺したリサの態度から、逆に事情を察した邪神が嘲笑する。その悪意に満ちた表情が、リサを自制させていた精神力の糸の最後の一本を断ち切った。


「その顔で、兄さんの顔で、喋るな!」


 叫ぶと同時に持っていた杖を振るう。瞬時にリサが編み上げた魔術は邪神の頭上に鋭い氷柱を生み出すと、一抱えもありそうなそれが、まるで発条に弾かれたような勢いでもって射出された。


 対して邪神は、顔色一つ変えることなく片手を上に向かって掲げると、小さく二言三言唱える。途端、邪神を覆い尽くすように直径5メートル程の円形の板状に業火が出現した。


 結果として、リサの放った規格外の大きさを持つ【氷弾】と、邪神の生み出した常識外れの火力を誇る【炎壁】は互いに食い合い、対消滅という形で霧散した。


「ほお、見事なものだ。人の身で我が術と互するとは。確かに先日の戦いの折り、貴様が参戦していれば、勇者共の被害は軽微で済んだかもしれぬ」


 大気に溶け消えた呪素の残滓を全身に浴びながら、邪神が感心したように唸った。一方的に防ぐつもりだったのだが、盾を一撃で砕かれたことから相手の戦力評価を上方修正する。対するリサの方も小手調べ程度のつもりだったらしく、一向に衰えぬ戦意を瞳に宿らせ、邪神の隙を探していた。


 そこに、異物が割って入って来た。


「そいつが邪神さんってわけか。どうするリサ。手を貸そうか?」


 わずかに視線を走らせて声の主を見やる。ザハクからの情報によれば、それはリサの現地協力者と目される魔術組織の人員らしかった。邪神にとってのザハクのような立ち位置かと理解する。

 その男はブロブとロック鳥に挟まれており、一見すると窮地に陥っているようにも見える。だが、これっぽっちの焦りの色すら見せない不敵な横顔が、男がまだ実力の底を見せていないことを匂わせた。


「不要よ。こいつは私が片を付ける」


 ところが、折角の申し出をリサは即座に蹴ってしまった。その返答をあらかじめ予想していたのか、その男は反駁することもなく、やれやれとばかりに肩を竦めるに留めた。


「へいへい。まあ、どうしようもなくなったら手を出すからな」


 背中越しに投げられた、激励ともつかないそれを合図として、再びリサが仕掛ける。

 甲高い音を立てて杖を大地に突き立てれば、そこを起点として地面が急速に氷に覆われていく。氷原はみるみる間に拡大すると、余裕たっぷりに佇んでいた邪神を飲み込んでしまった。そして冷気が過ぎ去った後には、邪神はその両足を氷の蔦に絡め取られ、身動きが取れなくなっていた。


「これは見事。《極北(ノウファースト)》の名は伊達ではないようだ」


 邪神が周辺を見渡せば、そこには一面の銀世界が広がっていた。あの一瞬でこれだけの規模の魔術を織り上げたのだとすれば、それはまさに人外の所業とすら呼べるだろう。

 だが、リサの攻勢はこの程度では止まらない。氷の大地から杖を抜き放つと、今度はいくつかの小石を投じる。無論、ただの投石のはずも無く、細かな紋様が記されていたそれらは、氷原にばら撒かれるやうっすらと魔術の光を放った。


「至れ、至れ、至れ。永久より生じ、白銀を纏い、我が敵を穿て」


 その小石一つ一つが魔術の媒体なのだろう。リサの詠唱を受け、小石は染み込むように氷原の中へと潜っていく。


 一方の邪神も、リサが魔術を行使する様子を黙って見ていたわけではない。

 鋭利な刃物さながらに尖った爪で、もう片方の手の五指の腹をうっすらと切りつける。滴った血は重力に引かれて落下するが、雪原に撒き散らされるよりも早く、それは突如として燃え上がった。

 血炎はまるで生きているかのように蠢くと、邪神の四肢に絡みついた。足元を縛めていた氷を瞬きするほどの間に溶かしてしまった炎だったが、邪神の身体を焼いてしまう様子は無く、さながら鎧のようにも見える。


 猛火の鎧に覆われた邪神が身構えると、まるでタイミングを見計らったかのように、氷原から巨体が飛び出してきた。

 全長が10メートルに達しようかという図体をくねらせて現れたのは、雪と氷で形作られた大蛇だ。鋭利な氷柱を牙として、人間など簡単に飲み込めそうな程の大口でもって邪神へと躍りかかる。


 その顔面に、間髪入れずに邪神が拳を叩き込んだ。

 炎を纏った一撃は氷の蛇を容易く溶かし尽くし、液体が蒸発する際の弾ける音と共に、長大な胴体を真っ二つに圧し折ってしまう。


「はっ、見掛け倒しも甚だしい」


 呆気ない手応えに邪神が哄笑する。先程の両者の魔術の対消滅と比較すれば、確かに一方的と言える手応えである。

 それでもリサの戦意は張り詰められたままであり、そして二の矢は既に放たれていた。


 先刻の光景をなぞるかのように、凍った大地を割って氷蛇が飛び出してくる。ただし今度は、邪神を挟んで左右から同時に襲い掛かったのである。

 対する邪神は素早く視線を走らせると、今度は両腕を真っ直ぐ横に伸ばし、押し潰そうとしてくる氷蛇の頭をそれぞれ片手で迎え撃った。


「ほう」


 大質量の突進を押し止めた邪神だったが、すぐに感心したように吐息を漏らした。

 一匹目は殴りつけただけであっさりと蒸発してしまったリサの氷魔術だったが、今度の激突では邪神の纏う炎と拮抗し、相殺し合っていたのである。


「なるほど、最初の一匹は威力を誤認させるための囮か」


 だが、とばかりに受け止めている両の掌に力を込める。ミシリという不吉な音を立てて、二頭の蛇の頭部がわずかにひしゃげた。


「それを待っていたわ」


 静かな宣告とともに、再びリサの振るった杖が雪原を叩いた。それを呼び水に、四頭目の氷蛇が姿を現すと、両手を塞がれて身動きの取れない邪神の背後から、その首筋に喰らいつかんとする。


「なるほど見事な一手だ。我が魔術の性質さえ見誤らなければな!」


 邪神が吠える。咆哮に突き動かされるように、邪神の全身を覆っていた炎が流れるような動きで背中へ収束すると、一瞬にして業火の盾を形成した。おそらく、炎の鎧というよりは、超至近距離であれば自在の形状に操作できる炎というのが、邪神の使った魔術の本質なのだろう。

 最初は全身に満遍なく纏うことで鎧であるかのように見せかけ、敵が一点突破を図った瞬間に分厚い盾へと変形して相手の目論見を崩す。地球では滅多にお目にかかることのできない、高度な魔術と駆け引きの応酬であった。


 そしてその応酬を制したのは、


「ぐばっ!?」


 土手っ腹に風穴を開けられた邪神でないことは一目瞭然だった。


「な、ッんだと…」


 痛みと驚愕で顔を歪めながら、邪神は激痛の発生源である腹部に目をやった。

 そこに生えていたのは透き通った一本の氷柱、ではなく黒ずんだ色合いの鋼で形作られた杭であった。

 炎の盾を突破した杭が、赤熱化した状態で突き刺さったらしく、肉の焦げる鼻をつく臭いが辺りに漂う。


「【零下の蛇王】は、術式の焦点に石以外の媒体を使っても成立するわ。陣さえ刻んでおけば発動するから、普通は小石で十分なのだけど。でも、逆に言えば、陣さえ刻むことができれば、別の魔術の媒体を仕込んでおくことだって可能となる。同時に制御しようとすると、ものすごく神経を使うけどね」


 つまり【零下の蛇王】という魔術そのものが、本命の一撃を隠すためのカモフラージュだったというわけだ。アインに調達してもらい、小石に見せかけるための【偽装】と威力上昇を狙った【鋭利】の重ね掛けを施された、タングステン製の杭。耐熱性に優れた地球製の金属が、邪神の誇る炎の盾すらも貫通し、見事に仇敵に突き刺さったのである。


「邪神アル・アジード、これで詰み手よ」

「くはははっ。確かにこれは、見事にしてやられたというべきだな」


 観念したのか、突き立った杭を抜く素振りも見せず、邪神は血の泡混じりの息を吐き出し笑う。


「本来の依代である貴様の兄の身体であれば、この程度の棘で傷つくなどあるはずもないが……所詮、代用品ではこの程度ということか」


 そう嘯く邪神の腕が唐突に形を崩すと、どろりとした粘液状の塊となって落下し、雪原を黒く汚した。


「ザハクの飼っていたシェイプシフターでは、見た目は誤魔化せても中身まで同等とはいかぬようだ。まあ、我の依代になりうるだけマシといったところか」


 本来の肉体を持たない邪神は、目覚める度に憑依する肉体を取り換えてきた。そのためには邪神の魂を、その肉体を器とするに相応しい型に組み替える必要がある。しかし、一度組み替えてしまった魂では、休眠を経てリセットをかけない限りは新しい肉体に憑りつくことはできないのだ。

 変身能力を持つシェイプシフターが模倣した身体のように、本来の器と近しい存在であれば憑りつくことは可能だったようだが、魂と身体が不一致である以上、それも万全とはいかないらしい。


「だが、これも想定の範疇ではある、か」

「負け惜しみね。その傷ではもうろくに動けないはずよ」

「動けなくとも貴様に勝つには十分に過ぎる。まあ良い。愉しませてくれた褒美に、一つ良いことを教えてやろう。勝者とは敵をより傷つけた方ではなく、己の目的を達した者のことだぞ」

「何を言って――」


 邪神の言葉を鼻で笑い飛ばそうとした瞬間、リサの後頭部を衝撃が襲った。

 邪神ばかりに注意を払い過ぎたばかりに、周囲への警戒を疎かにした隙を突かれたと頭の冷静な部分が回答を導く。それも一瞬の事で、自身の影に潜んでいた影に憑く者(シャドウストーカー)の攻撃によって、リサの意識は暗転したのだった。

リサのファミリーネームについては、優秀な魔術士に贈られた称号がそこに割り当てられている設定です。

現代的な意味でのファミリーネームは無いです。

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