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交叉都市の引退剣士  作者: 読み専のクェイナー
第三章 郷愁と強襲、あるいは戦場の嚆矢
11/21

3-3

この世界観における魔術の説明が一部あります。

 彼はウキウキしていた。

 鼻歌を口ずさみながら、ザハクはステップを踏む。


 彼はワクワクしていた。

 敵意を秘めた瞳でこちらを見据える青年と、あまり事情を理解していないらしく、きょとんとした表情を浮かべた少女。二人の前まで歩み出ると、ザハクは整った相貌に微量の狂気を含ませ、頬を緩ませた。


 彼はドキドキしていた。

 見た目よりも遥かに長い彼の人生において、もっとも忌避するべきは退屈だった。幼くして魔術の才、それも圧倒的な才能を開花させたザハクにとって、他者とは絆を結ぶ対象ではなく、ただ己の欲求を満たすための道具でしかなかった。

 《魔獣使い》として名を馳せたザハクは、退屈を紛らわすために世界中の様々な魔術組織に争いを仕掛ける、見境の無い狂人とみなされるようになっていた。彼自身もその評判をむしろ肯定的に受け入れていたのだから、狂人という評価は正確だったと言えるだろう。


 そうした放浪の果てに辿り着いた極東の地で、彼は久しぶりに退屈を忘れることができた。

 人間社会から見れば異端である魔術師のコミュニティにおいて、更に異端と称される魔術組織がある。そう耳にしたザハクは、次のターゲットをその魔術組織、『銀糸境界』に定めた。ようやく接触を果たした『銀糸境界』の構成員は、ザハクの唐突な宣戦布告にも動じることなく立ち向かってくる、胆力のある青年だった。戯れにけしかけた伝承の魔獣すら一蹴してみせる青年の戦いぶりに、ザハクは何十年かぶりに背筋が泡立つ感覚をおぼえたものである。


 だが、その戦闘自体は闖入者によって水を差されてしまう。

 邪魔が入ったことは不満だが、事態の混沌化は退屈を厭うザハクにとってはむしろ歓迎すべき展開だった。折角の好機を存分に堪能すべく、様々な準備を整え、彼はようやく再始動するに至ったのである。


「そう言えば、お兄さんはあのナントカって流派の人なんだっけ。まさかこんな所で会えるなんて思ってもみなかったなぁ」


 上機嫌なまま、準備の過程で仕入れたネタを舌に乗せる。すると、こちらの様子を窺う十夜の視線に殺気がトッピングされた。それだけで心臓が止まってしまいそうなほどの冷たく鋭い気配が全身に叩き付けられる感触に、ザハクはこの上ない満足感を覚える。


「そうそう、八紘流だった、八紘流。由来はそこそこ古いらしいけど、魔術師の世界でもなかなか表に出てこないから、調べるのに随分と苦労したよ」

「八紘流?」


 聞きなれない名前にリサは小首を傾げる。こちらの世界の魔術事情にはお世辞にも詳しいとは言えないが、『銀糸境界』の倉庫で読み漁った初心者用の魔術教本には、世界中の主だった魔術流派とその特徴が記されていた。その中に、八紘流などという魔術流派の存在は無かったためである。


「本当に苦労したよ。事情通のツテを当たっても、ほとんどに知らないって言われるんだからさ。さすがは魔術界のUMAと呼ばれるだけはあるよね。まあ、UMAって半分くらいは魔術師由来らしいんだけど」


 そう言ってザハクはケラケラと笑う。事実、心底楽しくて仕方がないのだ。


「人呼んで魔術師殺しの魔術師。同じ称号を名乗る連中なら掃いて捨てるほどいるけど、自称じゃなくて他称でそこまで言わせるのは珍しいよ。おまけに嘘か本当か知らないけど、八紘流の魔術師は全員が属人術式持ちだって言われるんだからさ」


 属人術式とは、特定の術者だけにしか使用できない、文字通り個人に属する魔術式である。

 そもそも魔術とは、世界の理を捻じ曲げる術に他ならない。法則の根源要素とされる素律子に働きかけ、虚構の法則で世界の理を一時的に乱し、間接的に目的の事象を引き起こすのである。

 そのための術式は、魔術師の歴史において長い時間をかけて開発・蓄積・錬磨を繰り返してきている。受け継がれた術式を更に昇華させ、次代へと引き継ぐ。それこそがこの世界における魔術師の在り様なのだ。


 その中において属人術式は、明らかに毛色が異なっていた。

 まず代々引き継がれてきた術式は、汎用性や安全性といった点から、どうしてもその出力や効果に蓋をしている側面がある。それも当然だろう。誰が使うかもわからない術式に、使用者によって効果が左右されるような機能が仕込まれていれば、将来的に必ず問題を引き起こすからだ。未来の魔術師が、すべからく過去の魔術師よりも優秀な保証など無いのである。

 一方の属人術式は、受け継ぐという思想を端から放棄しているため、そういった余計な要素が混ざることは少ない。極論すれば、どんなに危険で不安定であっても、その術者の使用に耐えるのであれば何の問題も無いのだ。余裕とは言い換えれば無駄と同義であり、限られたリソースを余さず使い尽くせる属人術式の方が、通常の術式と比較して性能面で突出するのは自明の理と言えるだろう。


 そして最も特異な点は、術者の特性すら術式の一部としてしまうことにある。年齢、性別、人種に体型、果ては趣味嗜好まで。そういった極めて個人的な要素すら、属人術式では魔術の構成要素として組み込んでしまう。偏った構成要素は偏った因果を招き、最終的には既存の魔術では到達できなかった成果を引き出すことができる。

 そんな属人術式の開発・習得に至った術者には、あらゆる魔術師から称賛と羨望、あるいは魔術師の本懐を蔑ろにしているという批判の視線が注がれることとなる。その事実が、属人術式を習得することがどれほど困難かを、逆説的に示してもいた。


「確か、ここ百五十年くらいで四人、だったかしら」


 魔術教本に載っていた、属人術式の術者に関する記述をリサは諳んじる。これでも魔術の歴史から見れば豊作の範疇に入るらしい。事実、四百年もの間、一人の術者も出現しなかった時期もあるほどなのだ。公にしていないだけで、秘密裏に開発・習得している者もいるのではあろうが、それでも精々が十人かそこらだと推測されていた。


「噂が本当なら、彼が五人目になるかもしれない、ってわけさ。でも、残念だけど今日の相手はお兄さんじゃないんだよね」

「なに?」


 てっきり自分が標的だと思っていた十夜が、つい疑問の声を漏らす。その様子にザハクは嗜虐的な笑みを浮かべると、十夜の隣で放置気味の扱いを受けて所在なさげに佇んでいたリサをすっと指差した。


「今日はお姉さんの方に会いに来たんだ」

「こっちの世界の子供は、随分とマセてるのね。でもごめんなさい、私、どちらかと言えば子供よりも年上の方が好みなの」

「あー、見た目はガキだが、俺達の軽く倍は生きてるはずだぞ、あいつ」


 ピンポイントに別の意図と勘違いしたらしいリサの台詞に、こちらもピントのずれたツッコミを入れる十夜。そして弛緩する空気。もしアイン辺りがザハクの役回りであれば、謝罪とリテイクを要求する案件である。


 いきなり出鼻を挫かれた格好だが、そこはさすがに年の功というべきか、ザハクは微塵も動揺の気配を漏らすことなく、逆に微笑を浮かべてみせた。


「やれやれ、理解し辛かったなら言い直すよ。僕はお姉さんが元々いた世界に興味があるんだ。是非ともお話を聞きたいから、一緒に来てくれないかな?」

「ごめんなさい、お断りするわ」


 即答だった。まさに一刀両断、一周回って清々しい程の勢いで、リサはザハクの頼みを拒否した。

 さすがに即答されるとまでは思っていなかったのか、ザハクが保っていた余裕の笑みに綻びが浮かぶ。だが、気合で持ち直すと、断った理由を尋ねてきた。


「後学のために、理由を教えてもらってもいいかな、お姉さん」

「あなたが気に食わないから」

「気に食わ……」


 再びの即答。そしてあまりにもあまりな理由に、遂にはザハクも言葉に詰まる。が、すぐに顔を伏せると、ぶるぶると肩を震わせ始めた。


「あー、もしもし、リサさんや」

「はいはい、何かしら?」


 そんな何処となくいたたまれない空気を払拭すべく、十夜はリサに声をかける。対するリサは、けろりとした様子で十夜の方へと振り向いた。


「気に食わないからってのは、さすがに理由としちゃ非道いんじゃないか。いや、別にあのガキに付き合ってやれ、なんて言うつもりは毛頭無いんだが」


 とりなすように言うと、リサは不思議なものを見つけたかのように目を大きく見開いた。


「ええっ!?でも、断るときはなるべく明瞭簡潔に、って物の本に書いてあったんだけど」


 それはナンパを断る時の心得ではなかろうか。十夜は頭痛と眩暈に同時に襲われた。


「それに、今の私は『銀糸境界』にお世話になっている身じゃない。あの子は『銀糸境界』に敵対しているんでしょ?それなら、余計なことは考えずに、きっぱり断った方がお互いのためよ」


 誘いを断ることについてはリサの言う通りなので何の問題も無いのだが、相変わらずこの少女には、思いやりとかオブラートに包むといった要素が抜けているらしい。

 うっかりザハクに同情しそうになってしまう十夜だったが、その思考は強制的に中断させられた。他ならぬ、ザハク自身の哄笑によって。


「は、ははっ、はははははっ、はははははははははははははっ!気に食わないから、か。良いねえ、面白いじゃないか!」


 ショックを受けているのかと思いきや、逆に歓喜に満ち溢れていた。抑えがたい衝動を無理やり留め置こうとするかのように、その両腕で全身を強くかき抱いている。

 先程までの子供らしい笑顔は、完全に狂人のそれへと塗り替えられていた。歓喜と欲望と怒気の混ざり合った濁った瞳で、ザハクは二人を睨め付ける。


「いやあ、ごめんね、お兄さん、お姉さん。年のせいか、抑えが効かなくなる時があってねぇ」

「嘘つけ。てめえが何かを我慢したことなんか無いだろうが」


 油断なく相手を見据えながら十夜が断定すると、ザハクはますます狂気を滲ませた笑みを深くした。


「ははっ、随分と僕のことを理解してくれたみたいで光栄だよ。それじゃあ、お姉さんに振られちゃった僕が次に何をするかも、予想できていたりするのかな?」


 ザハクの問い掛けに、十夜はフンと鼻を鳴らす。


「お前みたいな我儘なガキが、欲しいものが手に入らないからって、はいそうですかと諦めるとは思えないからな。それに、さっきの誘い文句程度でほいほい付いていく奴がいるわけがない。どうせ力尽くで奪いに来る気だったんだろ、お得意の魔獣でもけしかけて」


 十夜の回答に対し、ザハクはぱちぱちぱちと拍手した。乾いた音が人気の無い広場に鳴り響く。


「なかなか良い読みだね。70点ってところかな」

「別に100点をつけたっていいんだぞ?」


 挑発交じりで十夜が言葉を重ねるが、それに対してザハクは意味ありげに首を横に振った。


「残念だけど、満点というわけにはいかないよ。方針は合ってるけど、手段が違うからね」

「手段だと?」


 ザハクが十夜について情報を仕入れていたように、十夜、正確には『銀糸境界』という組織もまた、ネーアの情報網やアインという伝手から、この少年の見た目をした魔術師について可能な限りの情報を洗っていた。

 その結果、パーソナリティの大半は不明だが、扱う術式に関してははっきりとした傾向が見えていた。とはいっても、二つ名の通りに魔獣の使役に特化した術者ということが、改めて確認されただけではあるのだが。

 それでも隠し玉の可能性が下がったことは事実ではあるし、使役している魔獣の種類や数についても目途が立ったことは大きな成果と言えるだろう。


 だが、ザハクは手段が違う、つまり、魔獣を使役しての強硬策ではないと宣言した。もしそれが事実ならば、ザハクと『銀糸境界』の情報戦において、ザハクの側が一歩先んじたということになる。しかも、わざわざそれを明言したということは、その手段を秘匿できている絶対の自信があるか、あるいは露見しても構わないほどにその手段とやらを信頼していることを意味している。


 訝しがる十夜に対して、ザハクのアクションは至極シンプルなものだった。ふざけたような口調でただ呼ばわる。


「それじゃあ先生、お願いしまーす」

「ふん、相変わらず戯けた輩よ。臆面も無く、我を駒のように扱うとはな」


 ザハクの要請に応じたのは、十夜には聞き覚えの無い声だった。十夜とリサを挟み込み、ザハクと向かい合う形でその声の主は姿を現す。

 金属と見間違えそうなほど鈍い光沢を放つ青みがかった肌、深く静かな輝きを伴った蒼色の瞳、犬歯と呼ぶにも長すぎる牙を口元から覗かせたその相手は、額と後頭部から突き出した捻じれた角をこれ見よがしに左右に振ってみせた。

 身長は十夜と同じか若干高い程度だろうか。身に纏っているのはとても実用的とは思えない装飾過多な服装だったが、不思議とこれ以上ない程似合っている。


 ザハクと何らかの繋がりがあるようだが、集めた情報によればザハクはほとんどの魔術組織から敵認定されており、貴重な戦闘要員を借り受けられるほどの繋がりは無いらしい。

 事実、これまでのザハクの戦歴を洗った限りでは、戦闘では己の使役する魔獣のみを用いており、助っ人の類を引き入れた事など一度も無かった。


 では明らかに人間には見えないこの人物は何者なのか?

 十夜の疑問に答えをもたらしたのは、意外なことにリサであった。


「おっ、まえは…!アル・アジード!!」


 両目を見開き、声を震わせる。掌を血が滲みそうなほど握りしめたリサが、何かに惹きつけられるように一歩、二歩とゆっくり踏み出したのだ。


「おい、あんまり離れるなよ。敵は後ろだけじゃなくて、前にもいるってことを忘れるな」


 十夜が声をかけるものの、我を忘れているらしく、十夜の忠告が届いた様子は無い。

 舌打ちを零し、リサを引き留めようと手を伸ば――しかけたところで、十夜は大きく跳び退った。

 その瞬間、上空から飛来した大質量が、十夜の立っていた場所に激突した。後ろに下がっていなければ、今頃十夜は赤い染みになっていただろう。


 間一髪で死地を脱した十夜は、降って来たそれに目をやった。

 そこには見上げるほどの大きさの緑青色をした粘体が、十夜とリサの間に立ちはだかっていた。一見したところでは知性らしきものは感じられないが、代わりに貪欲極まりない食欲がビンビンと肌に突き刺さってくる。


「ブロブ……しかもなんつー馬鹿げたサイズだ」

「完璧に不意を突いたはずなんだけど、よく避けたねぇ。人間、頭上は死角だと思っていたんだけどなぁ」


 囀る口調は無論、ザハクのものだ。だが、聞こえてくる方向がおかしかった。横からではなく上から。しかも、急に辺りに影が差したとなれば、何が起きたかは歴然だった。


「ロック鳥か。ブロブを運んできたのもこいつってわけだな」


 上空を仰ぎ見れば、翼長が20メートルにも達しようかという巨大な猛禽が、悠々と宙を旋回している。おまけにその背中には、いつ乗り移ったのか、小柄なザハクの姿も確認できた。

 ザハクは遥かな高みから十夜を見下ろすと、得意満面といった笑顔で言い放った。


「僕のキマイラを簡単にあしらえるんだから、お兄さんが尋常じゃない剣士だっていうことは馬鹿にだってわかるもの。だから、この子達を用意させてもらったよ。斬っても突いても意味が無いブロブに、空を飛ばない限り手も足も出せないロック鳥だ。さあて、どうするのかな?」


 とてもとても楽し気に、己の陣容を打ち破ってみせろと暗に告げる。風雲急を告げ、事態はザハクの望む通り、混沌の様相を呈し始めていた。

顔の付いていないスライムは強い理論。

物理無効に近い設定なもので。


ちなみにUMAの由来残り半分については、勘の良い人は予想がつくかと。

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