9話【地獄の番犬】
「じゃあ俺は攻撃当たらなそうなところで見てるから後は任せたぞ」
そう言うとエドガーさんは軽快な動きで木と木の間をジャンプし、距離をとって離れてしまった。いや今の動き何気にすごくね?
「あっ! エドガーさん! ……逃げるのはやっ!」
エドガーさん、本当に加勢する気はないんだな……いやまぁ良いんだけども、依頼主だし。そんな余計な事を考えていたらケルベロスが襲いかかってきた。
「グオッ!!」
「シオン! よそ見しちゃ駄目ですよ!」
「おっと!」
3つの頭それぞれが炎を吐き出してきた。それを俺らは避け、一定の距離を保つ。
「うーん。どうやって近づこう」
俺が悩むと、横にマルロが出てきた。どうやら考えがあるらしい。
「……私が陽動をかける……。その隙に行って」
「オーケー! 頼んだ!」
「……その前に、見てて……発動。溶解……」
マルロが能力を発動すると、マルロの手から透明の液体が飛び出た。ケルベロスはそれを左の頭に食らうと、顔が溶け出した。
「ぐギャアアアア!」
「うわっ! グロい!」
マルロのスキル……研究のためなのか知らんけど、えげつないな……。
「……見ていて」
「あれは……再生している?」
ケルベロスの溶け出した頭は徐々に再生していった。そして少しすると完全に元に戻ってしまった。再生するのか……。
「……ケルベロスは右の頭が再生の役割を果たしてる……。潰すなら右の頭から……」
「わかった! 頼んだぜ!」
「……うん。……発動、実験失敗」
マルロは懐から液体の入った試験管を2本取り出すと、それをケルベロスに向け投げた。試験管は空中でぶつかり合い割れ、中身の液体が混ざり合い、何故か爆発した。
その爆発により一時的にケルベロスの注意がそれたため、俺とソラは走り出した。
「よしっ! やってみっか! 発動、部分支配!」
「発動、上昇!」
部分支配を剣を意識して発動すると、剣に淡い光が灯り始めた。それは時間が経つにつれ、大きくなっていく。溜めるほど強いってことか。
俺とソラはケルベロスの後方へと向かい、剣で切りつようとした。
「!! ゴガッ!!」
だが、3つあるうちの1つの頭が俺の気配に気づき、こちらに注意を向ける。そのせいで他の2つの頭も俺の存在に気づいた。
「うおっ! ばれた!」
「3つ頭がある分、感知が広いですね。良いです、私が囮になりますからシオンはそのまま突っ込んでください」
「わかった!」
「あ、その前に私の名前を呼んでください」
「え? なんで?」
戦いの最中に何を言ってんだこいつは。めんどくさいからそんな事したくないんだが……。
「……そ、それはその、力を上げるためというかなんというか……良いから早く言ってくださいっ!」
えっ? なにっ? なんで今俺が怒られたの!? よくわかんないけど何故だか鬼気迫っているソラは怖い! 素直に言っとこう。
「えーと……ソラッ!!……こんな感じ?」
ソラは俺の言葉を聞いた後、首をかしげ、何か悩み始めた。
「いや……なんか違いますね……もっとこう……私の事を大事にしてる感じで言ってください」
待ってくれ……本当に何を言ってるんだこいつは。文句を言おうとしたが、ソラの目がマジだったので言われた通りにする事にした。とりあえず、ソラが攫われてそれを助けた後、みたいな設定でやろう。
俺はソラの肩を掴み引き寄せ、耳元で真剣な表情で囁く。
「……ソラ」
瞬間、ソラの体温が急激に上昇する。あ、なんかこれ、思ったより恥ずかしいな。
「これで……いいか?」
というか駄目と言われてももうやりたくはないけどな。するとソラは顔を真っ赤にさせ機械のように口をパクパクさせながら返答した。恥ずかしいならやらせるなよ……。
「え……あ、はい……」
俺たちがそんなやり取りをする間に、ケルベロスはマルロのメルトを避け、こっちを向いた頭でソラと俺に炎を吐き出した。
「おいっ、ソラ、来たぞ!」
俺が呼ぶとソラが正気に戻った。あーよかった。ソラは何か笑みを浮かべながらスキルを発動させる。
「ふふ……発動、燃える想い」
いや……なんかやけに炎デカくね? ソラの炎はケルベロスの物より大きく、ケルベロスの炎を呑み込んでケルベロスの右頭を炎で覆った。
「ギャアアアア!!」
「シオン!」
「わかってる! うおおおおおお!」
ザンッという音ともに、俺はケルベロスの右頭を切り落とした。
俺は自身のチャージの威力にも驚いたが、それ以上にこの剣の切れ味に驚いた。一見普通に見える剣だが、軽く恐ろしいほど振り抜きやすい。
「ぐギャアアアア!!」
「やった!」
「ゴガガガガガ……」
「なにっ!?」
ケルベロスの真ん中の頭は落ちた右頭を広い、それを切り口に付け直した。すると切断されたはずの右頭は元どおりに戻ってしまった。
「どういう事だ……?」
「……ケルベロスの左の頭は保存を司ってる……。あの頭がある限り、欠損部分が残っているならそこは元どおり治るわ……」
てか知ってるならもうちょい早めに言って欲しかった……。いや、でも俺らの攻撃でケルベロスに決定打が与えられることがわかっただけでも良いか。
「ちっ……。右頭は切断するだけじゃなく粉々にしないといけないのか……」
「真ん中の頭は何を司ってるんですか?」
お、ナイスな質問だとソラ。確かにこうなってくると真ん中の頭も能力持ちなのは間違いないからな……。
「……ケルベロスは右から順に、『再生』『霊化』『保存』を司る……。霊化とはすなわち、仮に頭が無くなっても、その部分が霊化して復活するということ……もちろん再生能力などはなくなるけど……強力な霊体として復活する、本番はそこからよ……」
ってことは2つ頭を潰さない限りはケルベロスは死なないって事だよな……
「結局最後まで頭は3つ残るって事か……厄介な」
つまり潰す順番としては……右左真ん中って事か。さっき右頭を切り落とすだけでもかなり手順を踏んだってのに……。
「シオン、とにかく厄介なのはあの頭の数からくる感知範囲です。右を潰すにしても他の頭の視界を遮らなければ隙は出来ません」
「そうだな、どうやって隙を作るか」
「……私に考えがある」
「なんだ? マルロ」
「……シオンには特攻してもらい、肉弾戦でケルベロスを引きつけてもらう……。その間に私は溶解であいつの左頭を、ソラは真ん中の視界を燃える想いで遮る。そこで出来た隙でシオンは右頭を切断し、私が実験失敗で爆発させ消し去る……」
なるほど……まずはそれで再生能力を無くしていくって事か。
「残り2つの頭は?」
「……右頭を潰し次第シオンはソラと連携して左頭と戦って。……できれば切り落としてほしい。私は真ん中を引き付ける」
……この場合のできればって言うのはマスト条件だよな、たぶん。
「わかった、やってみよう」
「グオオオオオ!!」
「じゃ、頼みました!」
3つの頭が同時に放ってきた炎を避け、俺たちは散った。俺は迷わずそのままケルベロスへと突進していった。
「うおりゃっ!!」
「グゴォッ!」
「尻尾っ!?」
ギィン! と、金属同士がぶつかり合うような音が鳴り響いた。ぶつかったのは俺の剣と奴の尻尾。どうやら奴の鋭い尻尾は見掛け倒しではないようだ。
「ガッ!」
「ちっ!」
剣と尻尾が弾け、お互いがのけぞると、その一瞬をついたケルベロスが3つの頭が時間差を作り炎を発してきた。
まず右の頭の炎に対して俺は、剣を左手で地面に刺し、そこを軸として体を回して避けつつその勢いで真ん中の頭が炎を出そうとする口に蹴りを入れた。
そして、真ん中の口が怯んでいる間に左手で剣を抜き取り、右手に持ち替え左頭の口の上から剣を突き刺した。
「ギャアアアア!!」
「今です! 発動、燃える想い」
「……発動、溶解」
ソラたちのスキルが発動し、こちらに向かってくるのを確認した俺は、剣を口から抜き取り口の上を台座として蹴って、高くジャンプした。
「発動、部分支配!」
「!? ギャアアアア!」
上手くマルロの溶解が左頭の目に、ソラのバーンハートが真ん中の頭を覆い、視界が右頭1つになった。
「回復する前にっ!!」
俺はチャージで光り輝く剣を、右頭の首目掛け、空中から勢いよく振り下ろした。
ザンッ!
「グオオオオオ!」
右頭は再び切断され、地面に転がった。
「マルロ!」
「……発動、実験失敗……!」
転がった頭にマルロは薬品を投げつけ、試験管が割れると共にそこは大爆発を起こした。それにより右頭は完全に消滅した。
後は左頭を切り落せば真ん中の物理的復活はないっ!
「ソラッ!!」
「ええ! 発動! 上昇!」
ソラと俺はお互いに左の頭へと怒涛の剣撃を繰り広げた。左頭はメルトにより目が焼かれ、真ん中の頭も燃えているため、視界が見えず、ケルベロスは俺とソラの攻撃をモロに食らい、かなりの攻撃を首に与えられていた。
「もう一押しです!」
こうなったら……何か重い一撃が必要だな。
その時俺は最初に闇ギルドと戦った時のあの燃える拳、ファイアパンチのことを思い出していた。
名前はダサいが……アレなら……。
「ソラッ! 俺に燃える想いを撃てっ! ファイアパンチ理論だ!」
「!? ………! はいっ! 発動!燃える想い!」
俺はバーンハートを剣で受け止め、炎を剣に宿した。
「うおおおおおお!!」
炎を宿した剣は、ケルベロスの左頭を火の粉を撒き散らしながら切断した。
「ギャアアアア!!」
「よしっ! 名付けて、ファイアソード」
「……ダサいですね……相変わらず」
なっ! こ、これもダサいのか……? 俺ってもしかしてネーミングセンス、ない……?
俺はマルロの方も見てみたが、捻りがない、もうちょっと語彙力を高めた方がいい、と一刀両断された。
「…………来る」
真ん中の頭の炎が消え、その目が俺たちを捉えた時、切断し、何もない首に異変が起きた。
「こ、これが……」
「霊化……!」
切断した左首と右首からうっすらと淡い霊体のような頭が出現したのだ。
「……グルルルル」
「……本番はここから……」
「どんな攻撃をしてくるん――」
「グゴオッ!!」
「ぐあっ!!」
真ん中から超高速で放たれた炎が俺に発射された。俺は偶然目の前に構えていた剣に当たり、弾け飛んだ。
何て速さだ……まるで弾丸。今のはさっきまでの炎と同じなのか?
「シオンっ!!」
「へ、平気だ。運よく剣に当たった」
「……今のは、さっきから奴が放ってた炎。けど、さっきとは速さも威力もまるで別物……。霊化して変わった……」
「次、来ます!」
見ると再びケルベロスが炎を発射していた。くそっ、速え!
「くそっ!」
「きゃあっ!!」
「……くっ!」
「ソラッ! マルロ!」
右と左、両方から発せられた炎がソラとマルロを襲った。2人とも防具をつけているが、当たったところが赤くなり溶け出している。
まずい、余りにも速すぎる。それにアレが防具以外のところに当たったら死ぬぞ。
そういえば防具は溶けてるのにこの剣は全く溶けてないな。かなりいい剣なのか……?
「はぁはぁ……思ったより……速い」
「と、溶けてる。シオン、ど、どうしますかコレ」
……どうすればいいんだろうか。現状、見切る事も出来てない敵の速攻。唯一の救いはあの攻撃は連写出来ないって事か……。
「ははっ……どうすっかな」
「……あの炎。……連射は出来ないみたい……」
やっぱり攻めまくるしかねぇよな……。
「ああ、だから次が来るまでとにかく攻めまくるしかない。真ん中を切り落として勝つんだ」
「行きます……発動、上昇!」
「……発動。溶解」
「発動! 部分支配!」
俺たちは3方向に分かれた。物理攻撃に移る俺とソラが右側と左側に回り、遠距離攻撃のマルロは距離を保つ。
ここで俺は重大な事に気づく。そもそも霊体とか当たり前のように言ってるけど……
「霊体って斬れんのか……?」
「グゴォ!!」
「うおっ!」
ケルベロスは溶解を余裕で避け、再び尻尾を鞭のように振り回し、俺の剣とぶつけ合った。しかし、先ほどより遥かに威力の上がった尻尾に俺の剣は押し負け、吹き飛ばされてマルロ近くにある岩に叩きつけられた。
「ぐああああっ!!」
「シオン!! きゃああっ!!」
俺を叩きつけた後すぐに尻尾はソラのいる反対側へと波打ち、ソラを巻き込んで俺のいる方へと叩きつけた。
俺は吹っ飛んでくるソラを受け止めたが、衝撃で再び岩にめり込んだ。
「ぐううっ!!」
「うっ! ……シ、シオン。すみません」
「はぁはぁ。いや……大丈夫だ」
「……なに、アレ……」
「え……?」
マルロが見ている先を見ると、ケルベロスの3つの頭すべてが上を向き、大きく口を開けていた。ケルベロスの口の先には、あまりにも、あまりにも巨大な1つの炎の塊が出来ていた。
「ぜぇはぁ……ま、まさか……あれを撃つ気か?」
「はぁはぁ。そ、そう、みたいですね」
「……正に……地獄の番犬……」
「グルオオオオオオオオオ!!」
「くっそおおおおお!!」
俺たちが何か行動するよりも早く、その炎の塊は放たれた。その炎は俺たちの全てを巻き込み、あたりすべてを破壊した。次に俺たちが目を開けた時には半径数十メートルに森の木々はなく、あたりにあるのは岩の破片のみだった。
「うっ、ぐっ。……みんな……い、生きてる、か?」
「な、なんと、か……」
「……ぐっ、死ぬかも、しれない……」
皆、身体がボロボロではあったが、なんとか生きているようだった。
「こ、これは勝てませんよ。エドガーさんには申し訳ないですが、逃げましょう」
「……た、確かに、そうかもな」
「……あ、アレ……!」
「なっ!?」
「グルルルル……。」
俺たちが生きている事を悟ったケルベロスは再びさっきの巨大な炎を作り出す準備をしていた。に、二撃目だと……?
「あ、あれを次食らったら、か、確実に……死ぬ……!」
「け、けど、もう、動けません……!」
「……絶体、絶命……!」
「や、やるしかない……発動、部分支配……!」
「そ、そうですね……。くっ!」
「そ、ソラッ!?」
ソラは立ち上がろうとしても、膝から崩れ落ちてしまった。相当なダメージを負っていたようだ。
「……ソラと私がいた位置は場所が悪かった……かなりのダメージを負ってるはず……もう動けないわ……」
「す、すみません……シオン」
「いや、良い……休んでてくれ」
「シオン……コレを……」
マルロは俺に緑色の液体の入った試験管を渡してきた。
「はぁはぁ……こ、これは?」
「……それを、飲めば……少しだけ体力が回復する、はず……」
俺はマルロから受け取った薬品を飲むと、確かに少しだけ体力が回復した。
「ありがとうマルロ」
「私は、せめて……発動……上昇……!」
ソラは俺に向かってライズをかけた。身体が軽く感じる。
「ソラ……ありがとう」
「はぁはぁ……か、勘違いしないでください。い、今は勝つという想いがあるから、スキルが使えるだけなんですからね? 貴方が想い人というわけじゃ……」
「……? なんだ? なんて言った?」
「……な、なんでもないです」
そうこうしているうちに、剣への部分支配もかなり溜まった。光が多くなり、輝きが増していく。ケルベロスの炎も準備が出来たようだ。
「グルオオオオオオオオオ!!」
「き、来ました……!」
「……シ、シオン」
「お前らは……俺が守る」
そう言って走り出すと、嘘のように足が軽い。最初はソラの上昇の影響かと思ったが、違う。以前も似た感覚があった。そう、あれはビッグベアと戦った時だ。
「斬るっ!!!!」
俺は迫り来る巨大な炎に向かって飛び込み剣を振るった。すると凄まじい衝撃音と共に炎は真っ二つに裂け、ケルベロスへの道が開かれた。
しかし炎を切った事で、俺の剣へのチャージは終わってしまった。
くそっ、どうすれば……どうすればこいつを倒せる!?
『……叫べ……と。』
……!? なんだ今の声は……? 心の奥から聞こえる? その声は、近くで聞こえるようで遠くな気もする。そして、声にモヤがかかっていて男か女の声かもわからない。だが何故かすんなりと俺はその言葉を受け入れる事が出来た。
ケルベロスの頭がすぐそこまで迫ってきた時、俺は叫んだ。
「発動!! 地獄の裁き!!」
叫んだ瞬間、俺の剣の周りにはチャージとは違う赤黒い血のような色の光が漂い始めた。これなら……! やれる!
「うおォォオオオおお!!!」
その勢いのまま俺はケルベロスの首に剣を振り下ろした。
「終わりだああああああああ!!!」
「グルオオオオオオオオオ!!!」
ザンッ
真ん中の首を斬り落とした瞬間、剣で切った切り口から赤黒い炎のようなものが発火しケルベロスの全体を覆い、ケルベロスを焼き尽くし始めた。
「ギギャアアアアアア、アア……アア……!」
やがて黒炎はケルベロスを焼き尽くし、あとに残ったのはケルベロスの尻尾であった。
「はっはっ……はっ……や、やった……!」
「シ、シオン……!!」
「……な、なんて力……!」
俺はドロップした尻尾を拾うと、膝から崩れ落ち、そこへ倒れこんだ。それを見たソラとマルロが動かない体を無理に引きずって俺の元へと来てくれた。
「シオン……!?」
「……大丈夫……疲れただけ……」
「クエスト……クリア……だな」
エドガーは戦いの一部始終を遠くの木々の上から真剣な表情で見つめていた。
「……ふふ、なるほど……やはり俺の眼に狂いはなかったようだな……」