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XIV話【異常】



「神の力、ですか」


 俺は思わず聞き返してしまう。そりゃ誰だって神の力を体験しろなんて言われたら動揺するさ。


「ええ。実は私たちが見上げているこの半球体の機械がエデンエネルギーを供給しているのです。言わば御神体ですね」

「へぇ……これがね。なんで教祖様のスキルからエネルギーを取り出すのにこれ程の装置が?」

「それほどエデンエネルギーは膨大なのですよ。教祖様から与えられたエネルギーは」

「……なるほど。それで俺たちはどうやって体験するんです?」


 そう言うとデンダーさんは装置から生えている小さなホースを取り、それを用意したコップに入れた。

 そして赤いボタンを押すと、ホースの先から蛍光色の緑の液体が流れ出してきた。


「こ、これは……?」

「これがエデンエネルギーですよ。これは原液を特殊な液体で300倍に希釈したものです。私たちは毎朝これを飲んでいます」

「の、飲む? 飲めるのかっ? これ!」

「ええ、飲めますよ」


 色合い的に考えれば飲んで良い色とは思えないのだが……。というか燃料を飲むってどういうことだよ?

 そんな事を考えていたがデンダーさんは躊躇する事なくその液体を飲み干した。飲んだ直後から彼の体は震えだし、そして彼は歓喜の表情を浮かべる。


「おぉ……力がみなぎる! 神よっ! 今日も私に素晴らしい御力を与えてくださりありがとうございます! さぁロックさん! あなたもどうぞ神の力を!」


 デンダーさんは明らかにさっきと様子が違う。瞳孔は開いているし視点は合っていない。まさかこれは……違法薬物か?


「……デンダーさん。失礼ですがその液体、調べさせて貰っても良いですか?」

「何を馬鹿な事を! 神の液体を人間が調べて良いわけがないでしょう!」

「あなたの様子は異常だ! もしかしたらそれは違法薬物かもしれない!」

「違法薬物……だと? 貴様……神を愚弄する気か……?」

「で、デンダーさん?」

「神を、愚弄する気かァァァア!」


 デンダーさんは別人のように顔を歪ませ、怒りをあらわにした。俺たちはその豹変ぶりにたじろいでしまう。

 俺たちが引いているのに気づいたのか、デンダーさんは少しすると手で自身の顔を覆った。


「ハァ……ハァ……! す、すみません。失礼を……! き、気にしないでください……!」

「そ、そう……ですか」


 って気にしないわけねぇだろ!

 なんだ今の!? 明らかに異常だったぞ! 確実なのはあの液体を飲んでからだ。やはりあれは飲んではいけない!


 俺は目線をソラとレイに合わせて、脱出する旨を伝える。2人とも意図を理解したようでコクリと頷いた。

 一歩、二歩。前を向いたまま後ずさる。そして俺はタイミングを見計らい、踵を返してダッシュした――しようとした、がその前に何者かに肩を掴まれる。周りを見るとソラとレイも行き手を遮られている。


「――なっ!?」


 振り返ると明らかに正常ではない虚ろな目をした男だった。いや、どこかで見た覚えがある。そうだ、こいつらは。


「行方不明の冒険者……!」

「こっちは、レベル4のガンテツです……!」

「……神の力を……神の力を……!」


 彼らはうわごとのように同じセリフを繰り返す。帰ってこないかと思えばこんなところにいたのか……!

 こうなったら強行突破しかねぇ……悪く思うなよ!


「ソラ、レイ! 無理やり抜けるぞ! 発動! 重力支配グラビティ!」

「はい! 発動! 深層ディリンガル!」

「発動、束縛彼女ロックオン


 俺は重力支配を使い、斥力により張り付いていたやつを吹き飛ばす。

 ソラが手のひらを相手の心臓へと置くと、そこを中心に熱風が巻き起こり、相手を吹っ飛ばす。

 レイに至っては相手を出現させた手錠と足枷で一瞬で捕縛してしまった。

 その隙に俺たちはダッシュでそこから去る。ソラは逃げながら焦った目でこちらを見つめる。


「やっ、ヤバイですよロキ! なんですか!? あの液体は!?」

「わ、わからん! とりあえず普通じゃない事は確かだ!」

「奴隷時代に色々変な物を食べさせられたレイですら見た事ないですよ!?」

「さっさと逃げよう!」


 こうして俺たちはその場から急いで逃げ出した。追っ手が来るものだと思って警戒していたが意外にもそんな事はなく、無事に帰ることができた。

 俺たちは部屋に入り、落ち着いて話し始めた。


「あれは……いったいなんだ?」


 誰もわかるはずがないとわかっていて俺はそう口にする。


「普通の宗教ではない事は確かですね。もしかすると過激思想な可能性もあります」

「レイはヤバイと思います。だって行方不明の冒険者がいたじゃないですか。あれは絶対洗脳されてますよ!」


 ソラとレイは口々にそう言う。そうだ、行方不明不明の冒険者、あれは確実に様子がおかしかった。


「うーん……確かに。とりあえず、今回の事は父さんにも話した方が良さそうだな」

「そうですね、それが良さそうです」


 俺はちょうど今家にいる父さんに報告する事にした。父さんの部屋はこの城の1番奥にある1番大きい部屋だ。ノックして部屋に入ると父さんは机で本を読んでいた。


「どうした? ロキ」

「いや、城に依頼が来てた最近活発な新興宗教について調べて来たんだけどさ」


 俺がそう言うと、父さんは俺の目をじっと見つめながら立ち上がり、


「それで?」


 なぜか俺はその父さんの言葉に少し緊張をおぼえた。


「あ、ああ。やっぱり何か怪しかった。行方不明だった冒険者4人も明らかに正常ではない様子でそこにいたし、何より……。何より、1人の男がエデンエネルギーとか言う怪しげなものを飲んでから情緒不安定になってた。あれは恐らくなんらかの危険薬物だ。父さん、俺は本格的な調査をしようと思う」


 俺がそう言い終わると、父さんはおもむろに持っていた本を閉じて、それを本棚にしまう。


「ロキ、『強さ』とはなんだと思う?」

「な、なんだよ急に?」

「……」


 父さんは何も答えず俺の方を見つめる。仕方がないので答える事にした。


「つ、強さってそりゃあ冒険者ならレベルが高いとか……後はスキルが強力だとか」

「ふむ……それも確かに1つの強さだな。だが、所詮は人間1人だ、限界がある」

「な、なんだ? なんだよ、父さんは何が言いたいんだ?」


 俺は何か底知れぬ不安感を抱いていた。父さんは、本棚から一冊の本を取り出し、俺に見せて来た。とても古く、汚い本だ。


「つまりだ、人間がその限界を超えるにはどうすれば良いか……。そう、圧倒的な力を他から手に入れれば良いのだよ。例えばほら、超強力で無尽蔵なエネルギーがあれば、我が国は圧倒的な強さを手に入れたと思えないか?」

「……!」


 そう言いながら父さんが俺に見せた古い本には、消えかかった文字で『エデン』と書かれていた。

 心臓が痛い。鼓動が早い。不安感はさらに増していく。


「と、父さん! そ、それは、その本は……いったい……いったいなんだよ!」

「そう大きな声を出すなロキ。ただ、私がエデン教の教祖であるだけだ」

「は…………?」


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