27話【エリュシオン高原】
「相手の思考を読み取る、だと?」
エリアが疑問の表情を浮かべる。まぁそれもそのはずだ。今まで自動回避だと思ってたんだからな。
マリーもそれは同じのようで当然の事を尋ねてくる。
「どういうことっ? シオンはなんでそれがわかったの?」
「おかしいと思ったのはあの爆発の時だ」
「爆発? さっきの?」
「あの時、初めてエリアの攻撃が奴に入っただろ?」
「ああ、確かにそうだな。あいつが爆発で隙を見せたから攻撃したら、入ったな」
そう、その爆発で見せた隙、それこそが奴のスキルを暴く鍵だったんだ。
「そもそも自動回避スキルならあんな爆発、避けると思わないか?」
「……確かに」
「なのに奴は避けなかった。いや避けられなかったんだ、自動回避スキルじゃないから」
「ふむ……なるほど。それで?」
「よく思い出してくれ、奴の異常な回避能力を。まるで先読みしたかのような事がなかったか?」
するとエリアとマリーは思い当たる節があったようで、軽く頷く。
「あれは恐らく奴の思考を読み取るスキルによるものだ。その発動条件は、対象者に指をさすこと」
そう、最初あいつがスキルを発動した時、なんも変化が無いから自身を強化する類かと思っていたが、指をさすことこそが重要だったんだ。
「指をさす……確かに不自然に一人一人指をさしていたな」
「そんでもって極め付けはあの攻撃予測だ。あいつは俺たちを挑発したんじゃ無い! 本当に攻撃が四撃目で終わる事を知ってたんだ!」
「なるほどね。確かに筋は通ってるよっ。けど……」
「ああ」
そう、このスキルの厄介なところは、能力に気づいたところで大してメリットは無いということだ。
既に思考を読み取られている俺たちがいくらスキルを暴いたからといって奴に考えは筒抜けだからだ。
ギルガメッシュの奴が俺の説明中に攻撃してこないのもそのためだろう。
「だがシオン。私には1つ解せない事がある」
「……なんだ?」
「ソラの攻撃があったであろう? あれは確実に命中していたはずだ。なのに奴は食らっていなかった。それどころかソラとマルロを気絶させていた」
そういえばそんなのもあったな。俺は瞬間移動の類かと思ってたけど……。
つーかよくよく考えてみればやばくないか?
思考奪取に瞬間移動?
さっき反撃開始だなんて思ったけど、全ッ然勝てる気しないぞ!
「あれはたぶん思考奪取とは別のスキルだと思うぜ。おそらく瞬間移動系か、高速移動か……」
「……厄介だな」
沈黙という名の絶望が俺たちを襲う。実際問題勝てる気がしない。
そんな俺たちの心を見透かしたようにギルガメッシュは閉じていた口を開いた。
「話は終わったか?」
「ああ、おかげさまで絶望してるよ」
「そいつは結構。では続きをしようか」
奴が一歩一歩近づいてくる。
「どうするっ? 来ちゃってるけどっ」
「思考を読まれるなら考えても仕方ない。やることは自動回避対策と同じだ。絶対に避けようがない攻撃を叩き込む」
「うーん、自動回避ね……」
エリアとマリーがそんな会話をする。
確かに現状それしかないんだけど……。
しばらく唸っていたマリーが急に顔をあげた。何かを閃いたようだ。
「ねーっ? 要はさ、さっきの爆発みたいに私たちの心を読めない攻撃なら良いんでしょっ?」
「まぁ……そうだな」
「それがわかったなら、シオンの分析も無駄じゃなかったねっ。私に任せて! 発動!
暴走する薔薇!」
マリーのスキルと共に、巨大な薔薇がツルをうねらせながら出現する。
「なんだこれ、さっきのスキルと何が違うんだ?」
「美しい薔薇と棘は私の意志で操作するけど、こっちのは自動なのっ。その代わり、精度や威力は落ちるけどねっ。だから普段は戦闘じゃあまり使わないんだけど……」
そうか、マリーの意志が関係ない自動攻撃なら思考を読み取るもクソもない!
「よしっ、いけっ!」
マリーの合図とともに薔薇は無数のツルをギルガメッシュに波打つ。
「ちっ!」
案の定、ギルガメッシュは先ほどのように予知した最小限の動きではなく、反射による大雑把な避け方に変更した。
「ふん……なるほど……そういう事なら試す価値はあるな。私も続こう、発動! 剣の舞!」
「……」
エリアがマリーに続き鋭く剣を斬りつけていく。
一方俺はそれをただじっと見ていた。
俺の考えが正しければ、奴はあの瞬間移動をするはず。
そしてギルガメッシュはエリアの剣に集中するあまり、薔薇のツルを捉えられなくなっていた。
「ぐっ! 発動! 神速!」
発動したっ!
俺は一瞬の瞬きもせずに奴を見る。
あれは……!
奴はスキルを発動した途端その場から姿を消した。いや、俺には見えた。正確には圧倒的な速さでそこから脱出したのだ。
つまり奴のスキルは瞬間移動ではなく高速移動。
そのままギルガメッシュはエリアの後ろに回り込み、痛烈な蹴りを加えた。
エリアは吹っ飛び、壁に激突する。
「っぐっ!?」
高速で動いた奴の軸足が踏む地面は摩擦で煙が上がっている。
「……速さはそのまま力となる。ただの蹴りでもこの威力だ。」
激突したエリアはすかさず上体を起こし、剣を構えた。
「くっ……はぁはぁ……どうやら高速移動のようだな」
「そうだ。勝ち目はない」
「それはまだ……わからんぞ。発動、椿の舞!」
能力の発動と共に部屋全体に花びらが舞い、彼女の姿が見えなくなる。
「……姿を消したか」
ギルガメッシュは薔薇のツルを避けながら周りを警戒する。
「ホラホラッ! よそ見してる暇はないよっ!」
「くっ!」
マリーは薔薇とは別に単独でギルガメッシュに剣で攻撃を仕掛けていた。
よし、加勢するなら今だな。
「発動、部分支配」
薔薇を燃やすわけにもいかないので俺はチャージを発動し、マリーの攻撃に加勢した。
「……2人目か」
先ほどまでの俺とマリーなら、攻撃は先読みされていて全く当たらなかったはずだ。しかし、ツルの攻撃が加わった事で、奴の避け方に雑さが現れている。そこを狙う!
ツルがギルガメッシュの頭上から振り下ろされる。奴はそれを右に避けた。
「ちっ」
それに対してマリーは右から剣で切り上げる。奴は仰け反ることで、それをかろうじて避けた。
そして仰け反った奴の胴体めがけて俺は大剣を振り下ろしていた。
「うおおおおおお!!」
「……! 発動! 神速!」
奴は仰け反ったままバックステップをして、後ろに走りながら俺の大剣を避けた。
……あんな状態からでも避けるのか!?
だが――
「なっ……!? ゴホッ!」
「っ!?」
ギルガメッシュの、奴の心臓付近から剣が生えていた。その剣の刺し傷からは血は出ていない。
あれは……エリアの剣!!
いったいどうやって……?
「ふ……こうなったか」
「エリア!」
花びらが一箇所に集まったかと思うと、エリアの声だけがそこから響く。
ギルガメッシュは驚きの表情をしている。
「ぐっ……どういう事だ? 俺はお前の思考も読んでいた。お前はその姿を隠すスキルで
俺の隙をうかがっていたはず。いったいこれは……?」
「血は出ないのか。まぁいい、知りたければ私の思考を今読み取れば良いじゃないか」
「…………」
エリアは不敵に笑いそう言い放った。
それを聞いたギルガメッシュは何故か黙りこくっている。
なんだ? どういう事だ?
「出来ないのだろう? それもそのはずだ、貴様のそのスキル、対象の目を見なければ発動しないのだろう?」
「……っ!」
「えっ!?」
「なっ!?」
なんだって!? 対象の目を見なきゃならない!?
俺は当然のようにエリアに質問を投げかける。
「どういう事だエリア? なんでそんな事がわかる!?」
「ふふん。まぁ元はシオンがスキルを判明させてくれたおかげだ」
「俺の?」
「ああ、対象を指差すなんてのは、思考を読み取るスキルなんていう強力なものを発動する条件にしては簡単過ぎるとは思わないか?」
まぁ、確かに。出したもん勝ちな感じはあるけど……。
「そこで私は考えた。スキルが間違ってないのだとしたら条件が間違っている、もしくは条件が足りないのではないか、とな」
「それでなんで目を見なきゃならない条件にたどり着いたんだ?」
俺はあいつのスキルについて怪しいところは全部考えたつもりだったけどな。
「もしかして、ソラっていうあの女の子の攻撃かな……?」
マリーがそんな事を言った。ソラの攻撃? たしか燃える想いを発動させてたな……
「そうだ。ソラの攻撃、あれは巨大な炎をギルガメッシュにぶつけるものだった。ギルガメッシュの視界を防ぐほどの巨大な炎だ。あの時、こいつはどうやって避けた?」
だからあの時は高速移動……
「あっ!」
「気づいたようだな。そう、こいつは高速移動をせざるを得ない状況だったのだ。そうしなければ次の攻撃をする者の目が見えないからな」
「……」
ギルガメッシュは黙ったままだ。
「もちろん目じゃない可能性もある。私が目と言ったのはスキルにおいての条件の一般性から出した結論だ。貴様の反応を見る限り当たっていたようだが」
そうか、だからエリアは今も姿を見せていないのか。
「さて、貴様は心臓を貫かれても死なんのか? 一応毒も塗っておいたのだが」
「……死ぬ、わけではないな。俺は思念体だからな、存在は消えるがただそれだけだ。どっちみち心臓を貫かれたら終わりだ」
ギルガメッシュの声は既に驚いたものではなく、何か安心したかのような、穏やかな声色だった。
そしてそれと共にギルガメッシュの指先がポロポロと崩れ始めた。
「……どうやら本当らしいな。ならば完全に崩れる前に時の石板を頂く。どこにある?」
「ふん、焦るらずとも俺の体の崩壊と共に石板は出てくる」
「ふん、ならさっさと消えろ」
「ふふ……冷たいやつだな。しかし楽しかったぞ。久々に石板を使うに相応しい器の持ち主に会えた」
そう言うとギルガメッシュはニヤリと笑った。
「まぁ本気の1/3のあんたに言われてもあんま嬉しくないけどな」
「それもそうか。なら過去の俺に会ったらよろしく頼むぞ」
どんどんギルガメッシュの身体が崩れていくなか、マリーが思い出したかのように発言する。
「あっ、ギルガメッシュ! その石板ってもちろん過去に行く奴だよねっ?」
「……さて、そろそろ時間だ。」
「えっ? ねぇ! 聞いてるっ?」
ギルガメッシュは露骨にマリーの発言を無視している。
なんだ? 過去に行けるんじゃないのか?
「最後に言っておく。歴史を渡ってお前たちは自分のすべき事を考えろ」
「それはどういう……?」
「行けばわかる。時の石板に触れればお前らは時間を越せる。」
そして遂にギルガメッシュは全て崩れ去り、その場から消えた。崩れ去る直前に聞こえた声は願うようなものだった。
――世界を変えろ。
そう言って奴は黒い塵を地面に残して消えていった。
その残った塵が集まると、人の頭くらいの大きさの石板が現れた。
「これが……時の石板」
俺は気絶していたソラとマルロを起こし、石板の前へと集合させた。ちなみにエリアも元の身体に戻っている
「いつの間にか終わってたんですね……」
「……情けない……」
石板には絵が彫られていた。人が紐で繋がれている絵だ。なんだこれ? まぁいいか。
「お前ら、準備は良いか?」
「前置きは良いからさっさと行こーよっ! ターッチ!」
「えっ、おいっ!」
マリーが石板に触ると、彼女の身体が光り出し、そしてその場から消えた。
「ま、マジで消えた」
「……わくわく……」
マルロが行きたそうな目をしている。こういうところで研究者っぽいんだなこいつ。
「よ、よーしっ! 俺たちも行くぞっ!」
「はいっ!」
「……はやく……はやく」
「正直私にはあまり関係ないのだが、ここまできたらついて行くぞ」
「うおりゃあっ!」
石板を、触った。
瞬間、身体が光りに包まれる。
頭の中がぐるんぐるん回るような感覚と軽い吐き気を覚えて、少しすると意識がなくなった――
「……んん」
あったまいってぇ。
えーと俺何してたんだっけ……あ、そうだ時の石板に触って、それで……
「成功したっ!?」
俺はすぐさま身体を起こして周りを見渡す。
「……なんだこれ」
そこは、俺が考えていた過去の世界とはまるで違っていた。
周りには草木などなく、土は死んでいる。動物は見渡す限りどこにもいないし、空は厚い雲に覆われている。
いったいこれは……
それよりあいつらはっ!?
周りを見ても誰もいない。
「ソラー!? マルロー!! エリアー! ついでにマリー!」
だが声は帰ってこない。
なんだ? もしかしてあの石板、着く場所はバラバラなのか……?
……とりあえず、歩くか。ここどこだ?
あまり頭の中が整理できないまま、俺はその場から歩き始めた。歩き始めて少しすると、ボロボロの看板を見つけた。
看板を覗き込み、そこに書かれている文字を読む。
えーとなになに? ここは……!?
看板に書いてある文字を見て俺は戦慄した。
『ここはエリュシオン高原。エリュシオンと……という意……です。こ……から数キ……先、ジャ……ア街』
古びた看板、そしてエリュシオン高原。かすれかすれになっている文字は時が経っていることを示していた。
「まさか……そんな……ここは……未来!?」
そう、ここは未来。
時は太陽暦1000年。