20話【起ち上がる意志】
脳裏に浮かぶのは、今より背丈が小さい俺が身体に不釣り合いの大剣を持ち、同じく大剣を持った金の長髪を後ろで束ねた一人の男と訓練? か何かをしている光景だった。
不思議な事に、男の方の顔は何故かボヤけていて顔が識別できない。
「――。お前はもう少し小さい剣から扱った方が良いんじゃないか?」
「うるせー! 俺だってこれくらい出来るぞ!」
な、なんだこの光景は? 俺の記憶なのか? この相手は誰だ? 全く思い出せない……。
それに最初に男が言っている俺の名前がなんなのか聞き取れない。
そして光景が変わり、今度はその男と共闘してライオンのようなモンスターと闘っているものになった。
さっきよりは俺の背丈も伸びている。
「グオオオオッ!!」
「お、おお……なんだよ! か、かかってこいよ!」
「なんだ――。ビビってるのか?」
「ビビってねーよ!」
まただ、また俺の名前だけ聞こえない。
いったいこの男は何者だ?
再び光景が変わると、今度は何やら小さくて狭い個室で俺が不安げな顔をしながら男と話している。
昔の俺の姿は今の俺とほぼ同じだ。
「お、おい。やっぱり俺も行くよ!」
「駄目だ。僕一人で十分だ。」
男は俺を置いていくと天井にある扉から部屋を出て行った。
そして、再び場所が変わり、次に昔の俺が立っていたのは、周りの壁に血が散布し惨劇の後であろう大きな部屋だった。
俺の目の前には目を閉じたさっきまでの男が横たわっている。
これはいったい……? あの男は、死んだのか?
◆
シオンが頭の中で何かの光景を見ている一方で、会場は今シオンの異変にどよめいていた。
何故なら、助からないであろう量の血を吐き、倒れこんだシオンの身体がモゾモゾと動き始めているからである。
「シ、シオンッ!? 生きているのか!? 返事をしてくれ!」
「無駄だよ、生きているはずがない。仮に微かに生きていたとしても内臓の幾つかが潰れたんだ、もうすぐ死ぬさ。さぁ次は君の番だよ、死神エリア。発動、戦闘狂奏曲。」
「くっ!」
ロズモンドは自分に刺さっていた大剣をゆっくりと引き抜いたが、出血をする前に傷口が治っていき、そしてすべて引き抜くと大剣を構えた。
「なかなか重いね、この大剣。よくこんなの使ってたなぁ。」
「その剣はシオンの物だ、返してもらうぞ!」
「やってみなよ! さぁいくよ!」
シオンの様子も気がかりであったエリアだが、最優先事項はロズモンドであると判断し、向かってくるその男を叩きのめすことにした。
一方シオンに加勢するために飛び出したソラ達は、選手入場口に入るために、見張りの兵士を倒しながら進んでいた。
「はぁはぁ。なかなか、見張りが多いですね。」
「……随分時間がかかった。けど、入場口はもうすぐ……」
「くえっくえっ!」
「また、見張りがいますね。待っててください、今行きます、シオン。」
ロズモンドと激しい剣の戦いを繰り広げているエリアであったが、ロズモンドのスキルへの対策が浮かばない事と、シオンの様子が気になり動揺していることも相まって、おされていた。
「ふふ、調子が良くないみたいだね。」
「ちっ!」
◆
昔の俺は、膝をつき涙を流しながら目を開けないその男に何かを呟いていた。
「俺は死なないよ。俺は絶対に死なない。何度失敗したって、必ず――」
――救ってみせるから。
っ!? 今俺、昔の俺が何を言うのかわかったぞ。記憶が少しだけ戻りかけてるのか?
……どちらにせよ、俺の気持ちははっきりした。そうだ、俺はこんなとこで倒れてる場合じゃないんだ。俺は死ぬわけにはいかない。上手く思い出せないけど、それだけは、はっきりした。
すると、再び心の中から声がする。今までは声の特徴がよくわからなかったけど、今は良くわかる。さっきの男の人の声だ。
『なら、さっさと起きろ。1人で起きられるだろ?』
あんたが何者なのか、今はまだ……思い出せないけど、いつか必ず……思い出すよ。
ありがとう。俺は1人で――
――起ち上がる事が出来る!!
♦︎
「……発動。状態支配……。」
静かに、エリアとロズモンドの剣のぶつかり合いの音だけが聞こえるコロシアムの中に、倒れ、既に動かないはずの男の声は響いた。
「シ、シオン……?」
その声は、エリアを驚かせ、そして何よりこの男を驚かせた。
「ま、まさか……? 聞き間違いだよ。」
だが、驚く2人をよそに、ようやく選手入場口まで辿り着いたソラは、そのシオンの様子を冷静に受け止めていた。
「く、くえっ!?」
「……シ、シオンが倒れてる!? あの出血量、間に合わなかった……? ……でも今確かにシオンが何かのスキルを発動させた声が……」
「あのスキルの名前……たぶんシオンは大丈夫です。」
「……どういうこと……?」
シオンの身体には信じられないことが起こっていた。
ロズモンドにえぐられたシオンの肩の傷が徐々に治っていくのである。
「な、何が起きてる? あれは僕と同じタイプのスキルなのか?」
「シオン!」
ソラにはその現象に心当たりがあった。そう、あれは闇ギルドのビーと戦った時と同じ現象。
あの時も、シオンの毒は一瞬でなくなり、そしてその後、信じられない力を使って相手を倒した。
「あれは……あの時と同じです……闇ギルドのボス。ビーと戦った時と。」
「……シオンには何が起きてるの?」
「私も良くわかりません。けど、1つだけわかっていることがあります。」
「……何?」
ロズモンドは、久しぶりに恐怖という言葉を思い出していた。彼が恐怖と呼べるような体験をした事は人生において殆ど無いに等しかったのにもかかわらずである。
「ふ、ふふ。何が起きてるかわからないけど、僕と完全に同じスキルでは無いはず。ならっ!」
「ま、待てっ! 何をするつもりだ! ぐっ!」
「こうするのさっ!」
ロズモンドはエリアを蹴り飛ばすと、その隙をついて、大剣を倒れているシオンに向けて突き刺そうとした。
その光景を見ていたマルロは青ざめた。しかし、それに対してソラは冷や汗こそかいているものの、何か確信めいたものを感じているようであった。
「くえっ!!」
「……ソラッ! ……何をそんなに悠長に……!」
「……1つわかっていること、そうそれは――」
――あの状態のシオンにはおそらく誰も勝てないという事です。
「発動、重力支配」
「なっ!?」
シオンのスキル発動と共にロズモンドは吹き飛ばされ、手から大剣を落とし、コロシアムの壁に激突した。
そして、突然の事にコロシアムの客は驚き、ざわめいた。
「な、何が起きたんだ?」
「あ、あの少年が立ちあがったと思ったら、急にロズモンドが吹っ飛んだぞ。」
「確実にもう動けないと思っていたのに……」
壁がバラバラと崩れ、めり込んだロズモンドの体に降り注ぐ。
ロズモンドはその状況の中、今起きた状況を整理していた。
――何が、起きた?
そう彼は思った。当然である。過去、彼のクレイジーピエロをまともにくらって、しかも確実に内臓まで潰れてから復活をした者はいなかったからだ。
そんな異常事態において、彼が感じている感情は恐怖を通り越しおよそ常人では辿り着けないであろうものであった。
それは、かつて無いほどの興奮。
――また殺せるなんて!!
そう思うと彼は、めり込んだ壁から体を離し、ゆっくりとシオンの方へと向かっていった。
それを見たエリアはシオンの元へと駆け寄った。
「シオン! いったいどうやって……? いや、それより奴が来るぞ! このままやってもさっきの二の舞だ、一旦引こう!」
どうやって……? 俺はどうやってさっきのスキルを使ったんだ? 頭がボンヤリしてる。確かに、普通にやっても奴は倒せないだろう。けど……何故か負ける気がしない。
「ごめん、下がっていてくれエリア。」
「……だが……!」
何か言いたそうな顔をしていたエリアだったが、俺の真剣な表情を見ると、何かを悟ったのか、黙って下がってくれた。俺はロズモンドが落とした大剣を拾う。
静かに奴が近づいてきた。どうやら奴をますますハイテンションにしちまったみたいだな。
「ふ、ふふふふ。同じ人を2回殺せるなんて滅多にないよ! しかもキミのような綺麗な血の人間をね!」
「お前はもう、俺を殺す事なんて出来ない。」
「けど、死なない僕を殺す事も出来ないだろ? さぁ永遠に続く殺し合いの始まりだ!」
「始まりじゃない、終わりだ。発動、火炎支配」
俺は大剣を地面に突き刺し、片手を空にかかげて発動した巨大な炎の塊を迫ってくる奴に放った。奴はそれを避ける気配はない。
「ぐうぅ!」
案の定ロズモンドは炎をまともに食らった。
おそらく奴は自身のスキルで回復が出来るからあえて食らって俺に最短距離で攻撃を与えるつもりだろう。
実際今から大剣を拾い攻撃に移るとなると、俺は奴より一呼吸遅くなりダメージを受けることになる。
炎を纏いながら奴は拳を握り、俺へそれを振るってきた。
俺は大剣を抜いて、それを迎え撃つ。
「ふふ、僕の拳の方が速い!」
「発動。加速支配」
「なっ!?」
俺の剣は加速し、奴の拳が俺に届くよりも早く奴に届いて、奴の迫ってきていた右腕を切断した。
「ぐっ! ……は、発動。戦闘狂奏曲!」
奴がスキルを発動させると、切断された腕の部分から再び腕が生えてくる。しかし再生する速度が明らかに遅い。
すると奴は荒い息づかいをしながら俺と一定の距離を保つため後ろに下がった。
あの疲れ方……なるほど。
「はっ、はっ。ま、まさかキミにここまでの実力があるなんてね……。最初に感じたのはコレだったのか……」
「はぁ、はぁ。ずいぶん疲れているみたいだな。」
「ふ、ふふ。君もだろ?」
「バレていたか。しかしやはり心臓部は弱点だったようだな。心臓を再生させるためにかなりの力を使った、違うか?」
「……。」
図星のようだ。おそらく奴はもうあまり再生スキルを多用する事は出来ない。
奴には武具も防具もない。なら……。
「終わりにしよう。発動、地獄の裁き。」
「……確かにそれをくらったらまずいね。けど、僕はまだ死ぬ気はないよ。……発動、血斬り。ぐうぅっ!!」
奴はスキルを発動させると、自ら右手で左肩から左腕を引きちぎった。
出血はほどなくして止まったが、腕は再生していない。
「お前、何を……」
「はぁはぁ……気が狂った訳じゃないよ。」
すると、奴のもぎれた左腕は徐々にその姿を変え、やがて全てが真っ赤に染められた剣が現れた。
「はぁ……はぁ……さぁ、クライマックスだ。」
「良いだろう、お前の血塗られた剣と俺の地獄の炎。これで決着をつけてやる。」
俺と奴は剣を真正面に構え走りだす。
「ハァァァアア!!」
「…………っつぁ!!」
そして互いの剣がぶつかり合い、火花を散らす。
――なんて奴だ。
俺は素直にそう思った。俺が両手を使い全力で振るっているのに対し、奴は片手。しかし決して俺に引けを取っていない。
度重なるスキルの使用で俺の負担もかなり大きい。今にもぶっ倒れそうだ。
だが! だが俺は、こんなところで倒れるわけにはいかない!!
「うおおおおぉお! 発動! 火炎支配ァァァ!!」
「なっ! なんだ、とっ!?」
地獄から呼び寄せた赤黒い炎に真っ赤に燃える炎が加わる。その威力は奴の血斬りを上回り、剣もろともロズモンドの身体を一刀両断した。
「うあぁあぁああああああ!!」
胴体の切れ口からは発火し、奴の身体を巨大な炎が覆っていく。奴は半身になっても炎の中で悶えていた。
「……ぐっ、がっ……!」
「ぜぇはぁ……ま、まだ生きてる、のか……」
「……うっ、ぐっ。……ふふふ、素晴らしい攻撃だったよ……シオン。」
炎の中で、奴の表情は伺う事は出来ない。だがその声は恨みのこもったものではなかった。
「……お、お前に最初からちゃんとした武器があれば、結果は変わってた、かもな。」
「……そ、そうかな。な、なら……またいずれ、再戦を、き、希望するよ……」
「はぁはぁ……そ、それはごめんだ。」
「ふ、ふふ……こ、これが、再生も出来ず焼かれる感覚、か――」
――わ、悪くないね……
その言葉を最後に、声はしなくなった。炎は消え、跡には奴の残した血斬りの剣以外、何も残っていなかった。
それを遠くで見届けていたエリアが声を張り上げ、高らかに叫ぶ。
「審判! 試合終了だ!」
「えっ?」
戸惑っていた審判だが、言われた意味を理解すると、大きく息を吸い込み、言葉を発する。
「しょっ、勝者!! シオン!!」
そしてコロシアムは歓喜の声に包まれた。