#23 家族に紹介するセフレ
おばあさんに通された居間は、まるで面接会場のようだった。
「初めまして。橘 葉月と言います。大和さんとお付き合いしています。よろしくお願いします」
笑顔を忘れた顔でぺこっと頭を下げる。すると、大和が隣で苦笑した。
「葉月、そんなかしこまらなくていーって」
そんなわけにいかない。好奇の瞳にさらされて注目を浴びているのだから。
「あらぁ」
そう言葉を漏らしたのは、座敷に座るなり「俺の母親」と紹介された、大和のお母さん。
テーブルを挟んで向かいに座る彼女は、優しげな目元にふっくらとした涙袋を浮かべ、にっこり笑った。
「大和の彼女?こんなに可愛い子が?大和も隅に置けないわね~、ねぇお父さん」
そう言って柔らかく、ふふっと笑う。
品のある顔立ちは、若い頃から相当綺麗だったんだろうなと思わせ、無造作にセットされた黒髪のショートヘアは、小顔を際立たせていた。
「ああ、そうだな。こんな可愛いお嬢さんを連れてくるとはな」
「こっちは親父」と紹介された大和のお父さんは、白髪が少し混じった黒髪で、穏やかな目元が大和と似ていた。ハンサムという言葉が似合いそうな人で、物腰も柔らかそうだった。
両親を見て、大和と和臣さんの顔面偏差値の高い理由がわかった気がした。
「大和は昔から面食いやったもんね~」
湯のみを両手で持ちながら、からかうように笑うおばあさんも、よく見ると、目鼻立ちがくっきりしている美人だった。
面食い……知らなかった大和の裏の顔。
「そうそう、静華のこと口説いてたしな」
和臣さんの言葉に、私は反応せずにいられない。
「くど……え!?」
驚きすぎて、私は言葉の切れ端を発するのが精一杯だった。気づけば眉をひそめ、隣の大和を見ていた。
でもこのくらいのほうが、かえって本当の彼女らしく見えるかもしれない。
大和は和臣さんのことを静かに睨んでいた。
「兄貴。いつの話してんだよ」
「14年前」
和臣さんが余裕たっぷりにニコッと笑う。
その隣で静華さんが私を気遣うように微笑んだ。
「葉月ちゃん、大昔のことだから気にしないでね。でもあの頃の大和くん、すっごく可愛かったの」
14年前といえば10歳の頃の大和。
まだほんの子供で、異性に抱く愛なんて理解できていないと思う小さな大和。
「大和、静華ちゃんになんて言ったんだっけ?」
お母さんが静華さんに身を乗り出すようにして楽しそうに聞いている。
静華さんは含み笑いをして口を開いた。
「兄ちゃんより俺の方が静華を幸せにできるぞ!って」
「もー大和ったら~。略奪愛じゃない!まさか葉月ちゃんも略奪してきたんじゃないわよね?」
お母さんは急に目の前の息子を怪訝そうに見つめた。そのノリの良さに、私はクスッと笑った。
「そんなわけねーだろ!」
全力で言い返す大和を、家族たちは面白がって笑っている。
私の前では落ち着いていて色っぽい大和も、家族の前では孫や息子や弟の顔になっていた。
「真面目な話、俺、葉月と真剣に付き合ってるから」
突然の大和の宣言に、さっきまでの賑やかな笑い声が消えた。
「葉月と幸せになりたいし、葉月を幸せにしたいと思ってる」
胸の奥が甘く痺れた。どんな顔をしていいかわからない。
ちらりと大和を盗み見ると、結婚の許しをもらいに来たかのような顔をしていた。
「……だから見合いはしねーから」
ああ……そうだった。
もともとは見合いの話を蹴るための偽装彼女だというのに、私は何をときめいているのだろう。
「せんでいい。お前がそんなに大事に思える相手を見つけたなら安心だ。なぁ、律子さん」
おばあさんは皺が刻まれた顔をめいっぱい綻ばせた。
「そうねぇ。真剣なお付き合いなら、私たちが入る隙はなさそうですものね」
律子さんと呼ばれた大和のお母さんは諦めたように笑った。
「なに、ばあちゃんもおかんも大和に見合いさせようとしてたのかよ」
和臣さんが驚いた顔で口を挟んだ。
「ばあちゃんももう歳だからねぇ。大和の花嫁さんくらい見たいと思ってねぇ」
おばあさんのしんみりした口調が切ない。
「おばあちゃんがこう言うから~。それに私も早く、大和の花嫁さん見たいもの」
「大和、父さんも早く見たいぞ」
「ああ、俺も」
家族の集中攻撃に大和は頭をかいた。
「葉月はまだ学生だし、俺もまだ半人前だから今すぐ結婚ってわけにはいかねーけど、ちゃんと考えてるから」
演技のはずなのに、大和が言うとリアリティがあって引き込まれてしまう。
結婚の予定なんてないのに無駄にドキドキしてしまった。
「だから、ばあちゃん。長生きしてくれよ」
おばあさんは目を細め、愛おしそうに大和を見つめた。
「はいはい、よかよ。そがん言うてくれたらうれしかたい」
そんなおばあさんを見て、照れくさそうに笑う大和の隣で、私は一抹の不安を感じた。
家族みんなを、だましていることになるのではないだろうか。
身体だけの関係で、結婚なんて一ミリも考えたことはない。それなのに彼女と偽り、ここにいる。
家族はそんな私の存在を純粋に喜んで、将来を語る大和に安心し、期待に胸を膨らませている。
悪いことをしているような気にさえなってしまった。
「そろそろ墓参り行こうか」
おばあさんの一言でみんなぞろぞろと動き出し、外へ出た。
玄関で靴を履くと「葉月ちゃん」とおばあさんに呼ばれて振り向いた。
「これは庭に咲いてるサルスベリでね。じいさんが好きな花なんだよ。墓前に飾るんだ。葉月ちゃん、持ってくれるかい?」
おばあさんは新聞紙に包まれた数本のサルスベリを差し出してきた。
細い枝に咲き乱れる、薄いピンクの小さな花。ふんわりまとまって咲く姿は可愛らしい。
「は、はい」
大切な役目を任されたような気がして、少し緊張した。
おばあさんからサルスベリを受け取ると、私は大事に両手で抱えた。
「綺麗……」
私が呟くと、おばあさんは笑った。
「あんたみたいばい、きれいかねぇ」
おばあさんの目が、花ではなく私に向いていて急に恥ずかしくなり、愛想笑いを浮かべながら首を横に振った。
「そんな……」
「ばあちゃん。俺の自慢の彼女」
隣に並んだ大和が私の肩に腕を回し、爽やかに笑った。私は悶えそうになった。
「はいはい、ご馳走さん」
居間から出てきた和臣さんがそう言って、靴を履きながら大和の頭をくしゃりと撫でた。
「女の子は豆腐だぞ、大和。優しく扱えよ」
和臣さんはそのまま外へ出ていった。
その後ろ姿を見つめる。広い肩に大きな背中。背が高い大和よりもさらに背が高く、大人の色気が漂っていた。
「おい、兄貴に惚れんなよ」
大和が仏頂面で私の顔を覗き込んできた。
「え?そ、そんなんじゃないよ」
慌てて顔を背けた。
「兄貴、いつまでもガキ扱いするんだよな」
大和がぼやくと、靴を履いたおばあさんが楽しそうに笑った。
「そりゃそうたい。小さい頃はあんたの面倒ばよう見てくれたばい」
「まぁそうだけど」
「弟の大和、結構かわいいよ」
私がからかうように笑うと、大和は面白くなさそうな顔をした。
「うるせー」
「ほら、いつまで話しとるね。先に行くよ」
お店で買った仏花を片手に、おばあちゃんがペンギンみたいによたよたと歩いていく。
私たちはその後ろをついて行った。
お墓は、風が通り抜ける高台にあった。
立派な墓石を前にして、私は彼女役を安請け合いしたことを少し後悔した。
「じいさん。和臣と大和が来てくれたばい。大和が彼女ば連れてきたとよ。じいさんにも会わせたかったなぁ」
おばあさんが小さな背中を丸めて手を合わせる横で、真夏の日差しを浴びながら私の額からは冷や汗が出そうだった。
「ばあちゃん、水汲んできたぞ」
振り向くと、和臣さんが手桶に水をたっぷり入れて持って来た。その少し後ろには大和がいて、同じように手桶を持っている。
「ここに置いてくれ。まずは墓石を洗って周りを整えようかね」
おばあさんが指示を出すと、お母さんが、持っていた袋からスポンジやタオルを出した。
「じゃあやりますか。親父、墓石に上から水かけて。大和はそのへんの草むしれ」
当たり前のように、和臣さんがスポンジを手に持った。お父さんが柄杓を使って手桶の水を墓石にかけ始めると、和臣さんはワイシャツの袖をまくって墓石を上から下に丁寧に磨いていく。
大和は「はいはい」と言いながらしゃがんで草をむしり始めた。
お母さんは花立を取り外して洗い、静華さんは香炉を掃除している。
花を抱えて立っていると、ますます場違いな気がした。
「あの、私も何かお手伝いさせて下さい」
するとおばあさんは、キョトンとした顔をした後に笑った。
「お客様なのに悪いねぇ。じゃあ花はそこに置いて、大和が抜いた草を片してくれるかい」
「はい」
おばあさんにビニール袋を手渡され、大和が抜き散らかした草を入れていく。
「ねぇ、大和。根っこから抜かないとまた生えてくるよ」
「ああ、わかってるって」
大和は振り向かずに適当そうに答えた。
気に入らない。足元に飛んできた草は根っこが着いていなかった。
「わかってないじゃん。葉っぱだけのもあるよ」
「じゃあ葉月がやってみろよ。抜けなくて大変なんだぜ」
急に立ち上がり、大和が不服そうに私を見てきた。
「え?」
「ほら」
大和はビニール袋を奪って、私の手を引いた。
私は渋々しゃがみこんで軽く草を引っ張る。根付いているのかビクともしない。力を入れても、抜けそうになかった。
「大和、抜けないよ」
「……こうしてもっと力を入れるんだよ」
大和は私の背後から覆うようにしゃがみこみ、草を掴む私の手を包み込んだ。
身体が密着し、一瞬、心臓が強く跳ねた。
「おい大和ー。墓でイチャついてんじゃねーよ」
和臣さんの冷やかしの言葉が飛んできた。
「邪魔すんなよ。今いいとこなんだから」
大和は手を離さないまま、さらに力をこめた。
「いいか?……せーの!」
大和の掛け声で二人して引っ張ると、土まみれの細くて長い根っこを生やした草がどうにか抜けた。
「あ、抜けた……!」
思わず声をあげると大和が笑った。
「ほらな。大変だろ?」
私は仕方なく認めるように小さく頷いた。
「でもちゃんとやって。ほら、まだいっぱい草生えてるよ」
私はツンと言い放って地面に放置されたビニール袋を持つと、根っこ付きの草を入れた。
「はいはい。偉そうだな。誰にそんな口きいてんの?」
大和はポケットに手を突っ込みながら私の目線に合わせるように身を屈ませ、小さく首を傾げた。
目は意地悪そうに細められ、口元は笑っていた。
「大和。無駄口叩いてないで仕事しろ」
和臣さんがそう言って、大和の頭に丸めたタオルを投げつけた。
大和は頭を押さえながら和臣さんを睨む。
「うるせーな、ちゃんとやってるだろ」
「口答えすんな。手ぇ動かせ」
和臣さんは低く言い、鋭い眼光で大和を一瞥すると、墓石の刻印部分を歯ブラシで丁寧に掃除し始めた。
「大和、返事はー?」
「……はい」
大和は素直に返事をして草むしりに戻った。
私にはあんなに強気なのに、和臣さんには逆らえないんだ。
その意外な一面がおかしくて、私はクスッと笑った。
綺麗に磨かれた墓石が、太陽の光できらりと輝いている。
全体が一通り綺麗になった頃、石段に腰をかけていたおばあさんが「よいしょ……」と言って立ち上がった。
「きれいにしてくれて、ありがとねぇ。そろそろ花ば飾って、お線香ばあげようかねぇ」
お母さんが花立に水を入れ、仏花を供えた。
その横で、線香とライターを持ったおばあさんが私に笑いかけた。
「葉月ちゃん、サルスベリ、供えてくれんね?」
「は、はい」
私なんかでいいのかな……と思いながら、墓石の前の段差の上に置かれたサルスベリを手に取って二つの花立にバランスよく供えた。
柔らかい風に乗って線香の香りが鼻先を掠めた。
「ああ、墓も花もきれいかねぇ。じいさん、喜んどらすたい」
線香についた火を手で仰ぎながら、おばあさんが墓石を見上げて呟いた。
「今年は賑やかで、お義父さん、驚いているんじゃないかしら」
お母さんの一言で、家族の中に小さな笑いが起こった。
「大和がいっちょ前に彼女を連れてきたからな」
和臣さんがニタリと笑って大和を見た。
そんな和臣さんを見ながら、私は〝彼女〟と言われたことに良心を痛めた。
大和は照れくさそうに顔をしかめた。
「……うるせーよ」
「おーおー、いっちょ前に口も悪くなったな」
和臣さんは大和の顎を掴むと、指先で頬をグッと押した。
「ん……兄貴、離せよ…!」
「生意気言わないって誓うか?」
「ああ!」
大和は精一杯、反抗的な目を向けながらも、従順な返事をした。
「わかればいいんだよ」
和臣さんは優しい笑みを浮かべて、不貞腐れている大和の頭をポンと撫でた。
子供みたいに扱われている大和を見て、私は小さく吹き出した。隣で静華さんも笑っている。
「昔からああなのよ、二人とも。和臣が怒って大和くんが拗ねるの」
家族の中で育ってきた大和の姿が垣間見えた気がした。
「ほれ。葉月ちゃん、あんたの分の線香だ」
おばあさんから静かに火が灯った線香を受け取ると、家族の輪の中に招き入れられたような気がしてたちまち心がむず痒い。
まずはおばあさんから手を合わせ、お父さん、お母さん、和臣さん、静華さんと続いた。
最後に大和と私。私は多くを語らず、「これからも大和を守って下さい」と語りかけた。




