↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/22

#01 セフレ以上、お断り



「なぁ葉月、俺と付き合わない?」


まただ。

快楽で満たされた心を、こいつは台無しにする。


夕暮れのオレンジ色の光が差し込む広めのワンルーム。

キッチンの換気扇の下で、黒のボクサーパンツ一枚のまま気だるげにタバコを吸う大和(ヤマト)の言葉に、ブラのホックを止める私の手が止まった。


「……え?またそれ?何言ってんの?」


彼の言葉は日本語なのに、知らない外国語みたいに理解できなかった。


「付き合おうって言ってんだよ。俺、葉月の恋人になりたいの」


そう言うと大和は、タバコを深く吸い込んでフーッと煙を換気扇目がけて吐き出した。

その瞬間、見せつけるようにさらされた引き締まった腹筋が静かに上下した。


長身痩躯。さらりとした黒髪に、今どきの整った顔立ち。おまけに最高の身体の相性とくれば、きっと世の女たちは放っておかない。おそらく大和争奪戦が勃発する。

それなのに私は、オークションに出したら高値で売れそうなこの男の告白を、ゾッとした顔で一蹴した。


「やめてよ。もう変なこと言わないで」


せっかくの楽しかった時間が灰色にくすみ、着替えを進める手も心なしか沈んでいく。


「そんな嫌な顔すんなよ。俺と葉月、お似合いだと思うけど」


いわゆる〝イケメン〟に、そう言われて悪い気はしない。

でも密かに恋愛の古傷を抱える私にとって、恋人になりたい宣言はちっとも嬉しくない。


「馬鹿なこと言ってないで服着たら?」


埃一つ落ちていないフローリングに脱ぎっぱなしにされていた大和の服を、ベッドの端に放り投げた。


「人の愛の告白をバカ呼ばわりすんなよ。俺、本気なんだけど」


灰皿にタバコを押し付ける大和の横顔は24歳らしくない憂いを帯びていた。もともと大和には歳不相応の色気があって、行為の後もそれがだだ漏れている。栓をしておきたいくらい。じゃないとその色香に負けてまた何度も求めてしまうから。

私は大和から視線を外し、しらけた顔でジーンズのファスナーをあげた。


「何度も言ってるけど、そういうのいらないよ。私はこの関係がいい。何か不満なの?」


「いや。葉月を独占したい」


独占。その言葉を聞いた途端、夏なのにゾクッと寒気がした。

私は大和に背を向けてベッドの端に座ると、サンローランのバッグから鏡とグロスを取り出した。

何度もキスをして乾いた唇に、グロスを丁寧に塗り直す。


「悪いけど私、恋人作る気ないから」


「元彼引きずってるんだっけ?」


「引きずってない。元彼の歪んだ愛情のせいで彼氏はもういいやって感じ。でも暇を持て余すのは嫌」


ベッドのスプリングが沈んだ気配で、大和の行動がわかった。


「俺は暇つぶしの相手ってわけ?」


そっと腕を回されて抱きしめられただけなのに、背に感じる大和の温もりに窒息させられそうになる。


「うん。最高のセフレ」


肩越しに振り返ってからかうように笑うと、大和は不服そうに目を伏せた。


「で、なに、もう帰んの?もう一回しよ」


アシンメトリーに開いた肩口へ、大和は顔を埋めて素肌に唇を落とした。

何度もキスを繰り返す柔らかい感触に、不覚にも小さく身震いしてしまう。


「もう帰らなきゃ。友達と会う約束してるの」


身をよじって逃れようとすると、大和の腕にさらに力が入った。

耳たぶにまでキスが及んで、私はあえなく小さく吐息を漏らしてしまった。


「友達?……男?女?」


低い声が耳元で問う。おまえは彼氏か。


「どっちだって……いい……でしょ」


執拗なキスの嵐に途切れ途切れになって答える。

このまま流されるのもよかったけど、セフレが原因で友達との時間が潰れるのは嫌だった。


「本当にもう帰る」


素っ気なくあしらって立ち上がる。

普段、長身という高台から見下ろしてくる大和を見下ろすと、それはそれはいい気分だったけど、寂しそうに色づく瞳にわずかな罪悪感を覚えた。

まるで犬だ。「行かないで。まだ遊んで」と無垢な目で訴えている。

思わずその場を離れようとしたら大和が私の手を握った。


「場所どこ?送ってく」


だから、彼氏ですか。

でもこういう有用な申し出はちゃっかり利用したい。


「渋谷のハチ公前」


「着替えるから待ってろ」


大和はベッドから降りて、ブルーの色褪せた緩いジーンズと白いTシャツを豪快に着た。

仕上げに乱れた髪をかきあげると、私に向かって爽やかに笑いかけた。



黒光りした大きなバイクにまたがる大和は、三割増でかっこよく見える。

つまりイケメンの域を超えた。

黒のヘルメットは、顔が隠れてしまうのに装着した姿はどういうわけか魅力的だった。


初めて後ろに乗った時は、乗り方から走っている最中まで終始怖かったけど、最近ようやく慣れてきた。

風を切ることが気持ちいい。そんなことを感じる余裕まで出てきた。

だから余計なことも考えてしまう。

信号待ち。ドッドッドッドッとエンジンが短く鳴る中で、ふと思う。

大和の腰に両手を回して密着している姿は傍から見たらカップルに見えるんだろうな、とか。

こんな彼氏がいたら、かっこよくて大勢の人に自慢したくなるんだろうな、とか。

でも、21歳にして恋愛はこりごりだ。恋なんて、もう白旗を上げたくなる。



スピードを落としたバイクが、駅前の路肩に止まった。


「ありがとう、大和」


ゆっくり降りてからヘルメットを脱いで大和に渡すと、私は真っ先に乱れた髪をさっと直した。

バイクのデメリットはこれだ。髪がペタンコになる。

大和もヘルメットを脱ぎ、軽く乱れた前髪をかき上げると、私のヘルメットを受け取って、慣れた手つきで車体のヘルメットホルダーに固定した。


「帰りも迎え来てやるよ」


さらりと頬を撫でてくる風のように、大和は自然に言ったけど、私たちの関係を思えば不自然な言葉だ。


「あー大丈夫。何時まで遊ぶかわからないし、友達の部屋に泊まるかもしれないし」


大和の切れ長の目が少し丸くなったのを、私は見逃さなかった。


「え?なに?」


「……いや、女友達ならいいなって思っただけ」


大和は胸の内を悟られたくなかったのか、わかりやすく目を逸らした。

私が誰と会おうと大和には関係ない。


「ねぇ大和。彼氏面しないで。私たち、そういう関係じゃないでしょ」


突き放すような、尖った言い方になってしまったかもしれない。

でもそれでいい。ほんの薄い膜の淡い期待すら抱いてほしくない。


「……わかったよ」


一瞬、寂しそうな表情が浮かんだけど大和はすぐに俯くと、不貞腐れたようにそう言ってヘルメットを付けようとした。その瞬間、私は急いで口を開いた。


「あ。でも一応教えておくけど」


大和の手が止まり、ちらりと私を見た。


「これから会うの、女友達。じゃあね」


あっさり言ってハチ公前へ向かう。

意外と私は情に弱いのかもしれない。

あんな顔をされたら完全には突き放せない。


少し遠目から大和を振り返る。

拳を握り、小さくガッツポーズを決めてから、エンジンを吹かして走り去っていった。



大和とはバイト友達の美羽(ミウ)と行ったクラブで知り合った。


「ねぇ、一緒に飲まない?」


振り向くとイケメン二人が立っていた。

声をかけてきた一人はいかにも女慣れしていそうに笑っていてお喋りが止まらず、もう一人は落ち着いた雰囲気を纏っていた。それが大和だった。


「俺、尚人(ナオト)。24歳。車のディーラーで働いてまーす。こいつは友達の大和。エンジニア」


彼らは私たちの三歳上の社会人で、大学生の私たちから見たら大人に見えた。

普段見慣れている大学生男子の賑やかさとは違う、どこか余裕のある雰囲気が二人にはあった。

とくに大和は歳のわりに落ち着いていてアンニュイな魅力があった。


なんと言っても二人は顔が良くて、面食いの美羽は目をキラキラと輝かせていた。

気づけば私は大和に、美羽は尚人にばかり話していて、自然と二組に別れていた。


数日前に束縛モラハラ彼氏と別れて浮かれていた私は、大和に元彼の愚痴を散々こぼしながら、調子に乗ってお酒をたくさん飲んで酔っぱらった。

目が覚めた翌朝、裸で大和のベッドにいて、自分の中にこんな大胆な自分が眠っていたなんて驚いた。

ところどころ記憶がなく、頭を抱えておろおろしていると、


「おはよ。昨夜、すげーよかった」


寝起きでも見た目のいい大和に、妙に色っぽい声でそんなことを言われ、焦った。


「あの、私、こんなこと初めてで……」


「俺も」


「でも私もすごく良かった……」


肝心なところは曖昧なのに、気持ちよかったことだけは覚えていた。


「……あーわりぃ。キスマークつけちった」


大和の指先が私の胸元を指す。見ると、小さなキスマークがついていた。

キスマークなんてつけないで!と怒ろうと思ったけど、元彼にされたことに比べたら可愛いものだったからぐっと堪えた。


「大丈夫……」


それよりも、この軽い関係が心地よさそうに感じてしまい、


「ねぇ、彼女いないならセフレにならない?」


私は思い切ったことを口にした。

きっと、大事に育ててくれた両親が知ったら泣くだろう。

大和は少し驚いた表情を浮かべながらも柔らかな笑顔で「ああ、いいよ」と言った。



大和とセフレになって三ヶ月。週二くらいの頻度で会っている。

面倒見がいいのか、送ってくれたり迎えに来たりしてくれる。

それだけならよかったのに、最近の大和は「俺と付き合わない?」とことごとく言う。

私はあくまでセフレとして割り切り、大和をアッシーとして使う。

まだ二人で食事に行ったことはないけど、そこで大和にご馳走でもされたらどうしようと今から恐れている。

どうしよう。どうしよう。


「そんなの奢られて、付き合っちゃえばいいじゃん。大和くん、超絶かっこいいんだから」


「えーやだ。恋人いらない。めんどくさい。自由でいたい」


私はバイト終わりの美羽とカフェに来ていた。

美羽とは同じアパレルショップで働いていて、こうしてよく恋バナをする仲だ。

イケメンに奢られ慣れていそうな美羽は柔らかく笑いながら、私の悩みを噛み砕いてくれたけど、私はまるで女にうんざりする男みたいな口ぶりで答えた。

すると美羽は驚いたように笑った。


「それ勿体ないよ。葉月、可愛くて綺麗なのに」


アイドル級に可愛い美羽にそう言われると気分がいい。


「セフレなんてやめて普通に付き合うべきだよ」


にやけていたのも束の間。

大和との関係を知る美羽に一撃を食らわされ私はしかめっ面になった。


「やだやだ。だって男って自分の色に染めたがって自分のものにしたがるんだもん。私はあんたの所有物じゃないっつーの」


「大和くんはそういうタイプじゃないかもよ」


「そういうタイプだね。キスマークつけたがるし。独占したいって言うし。大和の愛は重そうだよ」


はぁ……とため息をついて、私はアイスラテを一口飲んだ。


どうしてみんな、相手を独占したがるんだろう。

そりゃ、好きならちょっとの嫉妬はするけど。

好きだからって、相手のすべてを自分のものにしたいなんて、それはもう横暴だ。

誰にだって自分の時間や世界があるのだから。

そもそも独占したところで、相手の心まで手に入るわけではないのに。


「それくらいの方がいいと思うけどなぁ。嫉妬や束縛されてるうちが華じゃない?」


私は急に青ざめた顔を、ブルブルと横に振った。


「男の嫉妬や束縛なんて本当に嫌。もうお目にかかりたくない」


「元彼のこと?位置情報共有させられてたんだっけ?」


「うん。あとはスマホチェックと、外出して遊んだ相手との写真も送れって。異性の友達と遊ぶの禁止とか、服も露出するなとか、心配だからって門限も決められた。あと、女の子は女の子らしく素直でいろって」


「ひゃー。すごいね。それって愛情……なのかな?」


「私は最初、愛されてるなーって浮かれてたけど。あんなの愛情じゃない。支配だよ」


頬杖をついてぼんやり遠くを見た視界の端で、美羽が納得したように頷いた。



元彼の柊一(シュウイチ)とは、もとは予備校の生徒と教師の間柄だった。

六歳上の柊一は大人の落ち着きがあってかっこよくて私の猛アタックの末、塾を卒業し大学に入学してから付き合った。二年ちょっと続いた。

最初の一年は、本当に幸せだった。でも一年を過ぎた頃、柊一の束縛や嫉妬、私に対して否定的な部分が垣間見え、次第にそれは激しくなっていった。


きっかけは私が入っている映画サークルでの活動だった。

ある日、女の先輩の一人暮らしの部屋で男女混合のメンバーが集まり、映画を見て、そのまま飲み明かしてしまい、みんなで雑魚寝をして朝を迎えた。

そのことを何気なく柊一に話すと、彼の顔が明らかに強ばった。


「それ、何かの冗談か?」


「え?こんなこと、大学生なら普通でしょ?」


「普通じゃない。異常だ」


たしかに少しだらしなかったかもしれない。

でも、そんな言い方しなくてもいいのに。


「何もなかったよ?」


肩からずれてきたオフショルの袖を直しながら言うと、柊一の目は一層鋭くなった。


「そういう問題じゃない。恋人でもない男と平気で泊まることがおかしいんだよ」


「友達なんだからいいでしょ」


私が尖った口調で言い返すと、柊一は呆れたように深く息をついた。


「そういうところ、可愛くないぞ」


「べつに柊一に可愛いって思われなくていいし」


つい強がってしまった。

彼氏に可愛いと思われたくない女の子なんてこの世にいない。


「女の子はもっと素直でいろ。それから、今着てるような露出の高い服も着るな」


その日から柊一の目が光り出した。


位置情報を共有しろ。外出する時は、誰とどこへ行くか報告。できればその相手との写真付きで。男がいる集まりには行くな。露出の少ない服を着ろ。門限は夜九時、帰ったら玄関で写真を撮ってすぐ送れ。強がり言うな。素直でいろ。俺の望む彼女でいて。


六歳も年上で、それなりのステータスを持った大人の男からそう求められることが嬉しくて「こんなにも愛されている」。そう思って私は言うことを聞いた。

でも都合で従えなかったり、つい強がったりすると、柊一は言葉で静かに詰めてきた。


俺が言ってることは正しいよな?葉月のためを思って言ってる。そんなこともできないの?だから葉月はダメなんだよ。葉月は俺の言うことだけ聞いてればいい。

挙句の果てには「同棲しよう。葉月を近くで支えて見守りたいから」そう言った。


徐々に柊一の歪んだ愛情に気づき始め、私から別れを切り出した。

柊一は最後まで「葉月のためなんだよ」と言い続けていたけど、私がもう言うことを聞かないと悟ると諦めて身を引いた。


柊一は束縛をするモラハラ男であって、犯罪を犯すような人間ではないと思うけど、つまらない執念の果てにいつか追いかけてきたらどうしようと一抹の不安がよぎる。

まぁその時は大和に守ってもらえばいいか。なんて、都合がいい。


大和の告白は嬉しい反面、複雑だ。

いくら愛情を込めて作った料理でも、最高に美味しく仕上がる保証がないように、それなりの愛情を持って付き合ってもうまくいくとは限らない。

大和はそれをわかってない。

誰かに縛られる恋愛なんて、もう二度としたくない。


大和を思い出したら急に苛立ちが湧いてきて、洒落たグラスに刺さった透明なプラスチックのストローで残りのアイスラテを手荒にかき混ぜた。

小さな氷たちが踊り出し、ジャコジャコと音を立てる。


「あ、元彼の話はやめよ!」


私の不機嫌そうな理由がまさか大和とは気づかない美羽が、明るく言った。


「それより、今度四人であそぼうよ!私と葉月と尚人くんと大和くんで!」


私は怪訝な顔で目を瞬かせた。


「……は?絶対やだ」


「尚人くんと今いい感じなのー協力してよー」


美羽は男を落とす時に使う甘ったるい声全開で私に頼み込む。

私は聞こえないフリをして、アイスラテを飲み干した。




読んでくださってありがとうございます♡

新しい小説、投稿スタートです!


恋愛したくない葉月と、恋人になりたい大和。

この二人がこれからどうなっていくのか、楽しんでもらえたら嬉しいです。


のんびり更新していきますので、

よろしくお願いします。

毎週火曜・土曜の週2回更新予定です♡


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。