表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/42

第33奉仕 セレナの死んだ日

「あっ……ああああ!! 痛い……! 産まれる……産まれるぅううう……」


「ヘレナ! 済まない……遅れてしまった」


 遅れたという男は、軍服を着ていた。黒髪で赤い目をしていた。普遍的な男性だった。


 走馬灯……ではないのか? なぜ、私が知らない部分を見ることができている?


「旦那さん! 応援して上げてください!」


「へ? あ、はい! ヘレナ!! 頑張れ!!」


「奥さん! ひっひっふーです! ひっひっふーと呼吸してください!」


「ひっひっふー……ひっひっふー……!」


「産まれます……! 奥様! もう一踏ん張りですよ!!」


「ひっひっふー……! ひっひっふー……!」


「オギャア! オギャア! オギャア!」


「産まれましたよ! 奥様!」


「良かったぁ……あなた、抱いて上げて」


「あ、あぁ……」


「はぁい、旦那様! 可愛い女の子ですよ!」


「女の子……だと」


 …………


「……あなた?」


「あ、いや……すまない……なんでもない」


 それが、私が産まれた時だった。

 どうやらお父さんは私みたいな非力な女の子ではなく、力が付きやすい男の子が欲しかったらしい。

 私は無事、お父さんの血を継いでハキハキと物事を喋り、目標の為には犠牲をも厭わない。そんな性格に育て上がっていた。


 お母さんは登山が好きだった。

 そんなお母さんに、私もよく登山に連れられていた。


「お母さん、いい景色だね」


「そうでしょ! 私はこの山が好きなの!」

「この景色を今日五歳になるセレナに見せたかったんだ」


「そうなの?」

「…………なんで?」


「う〜ん、セレナが大切な人だから、一緒に大切な一時を過ごしたかったんだよ」


「お父さんは?」


「え?」


「お父さんは、大切じゃないの?」


「お父さんは……長い仕事に行ってるんだよ」


「長い仕事って?」


「う〜ん……まぁ、暫く帰ってこないって事!」

「と言う事で! はい! 紫色の宝石! あげる!

キラキラだよ!」


「キラキラ……!」


「うん! あげる! お父さんとお母さんから!」


「綺麗……! ありがとう!!」


 お母さんは私の五歳になる誕生日で紫色の宝石のネックレスを貰った。

 お気に入りだった。お気に入りだったが故に、私はそれを隠れ基地に隠した。

 幼い頃の楽しかった思い出の一つ、隠れ基地。

 お母さんには内緒で作った秘密の隠れ基地だ。


 時は過ぎ、私が十歳の頃だった。


「お父さん!! なんで私を鍛えてくれないの!! 鍛えてよ!」


 そう、私には兄弟が居た。

 私は一番上。他の子は近い子で二歳差だ。


「私も鍛えてよ!! お父さん!!」


「はぁ……セレナ、軍人は男の仕事だ。お前は女だ」

「それに、軍人なんて職業は幸せを孕むことが滅多にない」

「この道は女のお前にとっては毒。茨の道だ」


「むぅ……いいよ! 私は自分で自分を鍛えるから!」


「全く……お前がどんな状況でも泣かずに、冷静で居られたら軍人と認めてやる」


「ホント!? じゃあ私、絶対に軍人になっちゃうから!」


「……ははっ。約束してやろう」


 私はそれから、必死に体を磨き、弱いモンスターを腕っぷしだけで倒して、リブラを上げていった。

 私は齢十一にして、リブラ九となっていた。


 その頃にはお父さんからも実力を認め始められていて、練習試合に混ぜられ始めていた。

 幸いにも私は胸が小さい。

 その為、重量は小ぶりな男子と変わらず、体格は女子の中でも高く。

 リーチと俊敏性に長けていた。


 そして何より……


「練習試合! 始め!!」


「『発勁(エミッシオ・ウィース)』!」


「『(アルクス)』」

「【自動照準(アウトマティカ・ディレクティ)】、『(アルクス)』」


「ぐっ……ハッ! 『発勁(エミッシオ・ウィース)』!」


「動きが単調! ふんッ!!」


「ごっ……ま……参りました」


「勝負あり! そこまで!」


 私は他のスキルよりも殺傷力に恵まれていた。

 その為、私より年下の男児など、ただのカモだった。


 それから、五年、時が経っていた。

 

「セレナ! 今日は何の日かな?」


「私が正式に軍人となる日だよ」


「あはは! ちょっと堅いね! もうちょっと柔らかく考えてみよ!」


「私が十六歳になる日でしょ? お母さん」


「そう! 今日は宴よ!!」


「はしゃぎすぎだよ。お母さん」


「そう? うふふ! だっておめでたい日だもの!!」


「はぁ…………ふふ、なんでお母さんはお父さんと結婚したの?」


「え? なんでって……え?」


「だって、お母さんのその性格で軍人の家系は価値観から合わないよ?」


「確かに! あはは! なんでだろうね!」


「ええ……適当すぎ」


「あはは! お父さんとは運命的な出会いをしたわ……」

「元々この地域は紛争があったの! 私もその被害を受けてたんだけど……」

「そこで守ってくれたのがお父さんだったの!」


「はぁ……」

「また馴れ初め話? 親の出会いなんて聞きたくないよ?」


「とかいいつつ、最後まで聞いてくれる所、本当にお父さんに似てるわよ! このこの!」


「あはは、つつかないでよ」


「セレナ、さっきも言ったけど、今日は宴よ!」

「お父さんも長い仕事から帰ってくるらしいし! お母さん、張り切っちゃう!!」


「あの人もあの人で、いつも前線に立って、よく耐えるよね。生命力が凄いよ」


「良いじゃないの! お父さんが強いっていう証拠よ!」


「うん。そうだね」


 その日も夜は来なかった。

 雲一つない晴れ晴れとした空を仰ぐ。

 胸が緊張と楽しみで一杯だ。


 私もお父さんと一緒に前線に立って戦う。

 そんな理想が楽しみで仕方がないのだ。


「あ、軍服……お父さん、帰ってきたか」


 ……帽子を深々と被ってる。なんで?


「君は確か……レアー=リタース・ウルティオの娘だったな」


「……誰?」


「警戒しないでくれ。俺は……お前の親父の戦友だ」


「そうなの……? お父さんは?」


 血の気が引いた。

 嫌な予感が脳裏を渦巻いて黒く染めていた。


「……これ、レアーのドッグタグだ」


 銀に輝く、血濡れたドッグタグ。

 それはしっかり、お父さんの名を刻んでいた。


「お父さんは……お父さんは、役割を果たしたんですよね……? 役割以上の働きをしたんですよね?」


「あぁ……あいつは役割と責任を大いに背負った」

「だが、優しすぎた」

「あいつは……見逃した敵に殺された」

「すまない。これはカバーできなかった俺たち軍兵全体のせいでもある」


「待ってください、父は……父は見逃した敵に殺されたんですよね?」


「……あぁ、そうだが……」


「なら、父と言う人間はどう足掻いても死ぬ運命で、父が生き残る為には人間を辞めるしか方法が無かったんですよね?」


「…………」


「そうですよね?」


「……すまない」


 謝らないでよ……

 そこで謝られたら、父は救えたって事になっちゃうじゃん!


「否定して……」


「…………」


「否定してよ……お願いだから……」


「…………すまない」


「なんで……なんで謝るの……」


「……一つ、レアーから伝言がある」


 私は恐る恐る涙を堪えながらそれを聞く。

「……なんですか?」


「お前は強い子だ。お前は俺の誇りだ」

「…………レアーさ、いつもお前の事を話してたよ」


 そうなの……? 知らなかった。

 お父さん、私の事をそんなふうに思ってたんだ。


「そして、こうも言ってたよ」


「……? なんですか?」


「軍人になって戦死して欲しくないって」

「軍人家系の男が軍人になる事を拒むって……まぁ、少し笑えない?」

「……笑えるわけねえか、余計に変な空気にさせちまった。悪かった、じゃあな」


 彼の背中を完全に見送った。

 その後で誰も見えない場所で私は涙を堪え続けた。


「セレナ? 何処行ったの? セレナー?」


「お母さん……」


「暗い顔してどうしたの? 悪夢でも見た?」


「悪夢だと……良かったなぁ……」


「…………セレナ、話して。本当に何があったの?」


 私はお母さんにドッグタグを渡した。


「…………戦友さんはなんと?」


「父の死はカバーできなかった我々にあると……」


「そう……そうなのね……」


 お母さんは静かに泣いていた。

 私は今まで、お父さん以外の中で、この家で一番強いと思っていた。だけど、違った。

 二番目に強いのは、お母さんだった。


「セレナ……ごめんなさい、宴は中止ね」


「ううん……気にしないで、お母さん」


 私はその日の内に家を出て憧れの軍人になった。

 憧れていた理想のキラキラとした軍兵は、地味で血沼でドロドロとした夢も希望もない現実の掃き溜めだった。


「よくやった、セレナ。流石はレアーの自慢の娘だ」


「……ありがとうございます」


 私はスキルツリーに毎晩問いた。

「なんで私はまだ軍人なの?」


 それを問う度に、スキルツリーの立派な木の葉は一枚一枚黒く堕落していった。

 生まれついての軍人、それがウルティオ家。

 私は幾度も前線に立った。


「辞めてくれ! 参った!! 命だけは──」


「頼む!! 俺には家族が──」


「なんで俺がこんな目に──」


 私は、私を殺して、人を殺した。

 こんなので……本当に、こんなので良いのか?

 私は人と話す事が何より好きだった。

 そんな私が人の話を聞かずに、ただ弓を引き、脳天を射抜く。


 私のスキルツリーは段々黒ずんで来て、腐敗してしまった。

 心に溶けた何百枚ものドッグタグ。

 人の私はいつの間にか心の泥沼に沈んで亡くなってしまっていた。


「セレナ、本当に軍隊辞めんのか?」


 お父さんの戦友さんに、そう呼び止められる。


「……うん、私……もう無理だ」


「……そうか、頑張ったな。天国に居るレアーも、お前を誇りだと思ってるだろうよ」


「……そうかな。」


 享年26歳、セレナ=ウィータ・ウルティオ。

 そんな私は、人だった頃の私が嫌いだった自堕落な生物に成り下がってしまいました。


「セレナ! 山にでも行きましょ!」


「…山?」


「そう! 良い景色を見に行きましょ! 好きだったでしょ?」


「…お母さんはお母さんなりに、私を励ましてくれてるんでしょ?」

「……行こうかな」


「よし! それじゃあ、アッカ山に登りましょ!!」


「……アッカ山? どうして?」


「アッカ山は標高が2000mあるんだけど、500mまでなら自然が生い茂ってる美しい所なのよ!」


「……そうなの?」


「見に行きましょ!!」


「わかったよ……行くよ」


 その季節は紅葉が本当に綺麗で、私の心を抉る紅い葉だった。


「お母さん……はしゃぎすぎ」


「そう? 久しぶりにセレナが見れて、嬉しくなっちゃって!」


「あはは……」


 スキルツリーを見ると、それは徐々に生気を帯びていて、根本から再生を漲らせていた。

 しかし、事件は起こったのだ。


「シィア!!」


「くっ……セレナ!! 危ない!!!」


「えっ?」


 自堕落で鍛錬を忘れた私の手には負えない…こんな浅瀬には居るはずのない怪物。

 それは、伝承に出てきた怪物と全てが一致していた。

 正真正銘の山の主だった。


「ッ……お母さん!!」


「セレナ……逃げて!!」


「シィア!!」


 あの怪物は枝を伸ばし、竹を伸ばし、思いつく限り最悪の死を試しお母さんで遊んでいた。


「ゲホッ……セレナ……! 逃げ……て…!」


「お母さん!!」


 その目は、その尊き命を孕んだ目はもう……

 冷たさを新たに孕んで……生を流産させていた。


「お……おかあさ……うわああああああああああああ!!!!」

「『(アルクス)』!!」


「シィア!!」


「うッ……許さない……! 許さない!!」


「シャアーシャシャシャ。シェイア!!」


「くっ……殺す……! 殺す!!」

「『(アルクス)』!!」


 片目を切られた所で、私は止まらなかった。

 だけど、間違いだった。


「シェア!!」


「くっ……!」

「逃げるなよ!! ずっと待ってろ……! 私がお前を殺す!! 必ずしや私が、お前を!!!」


 私は奴の衝撃で両目を失い、崖から突き落とされた。

 不幸中の幸いか、私は軍隊の頃に身に着けた受け身術をまだ覚えていた。

 だが、重症は重症。

 私は両目を失い、落下の衝撃で両腕も失った。

 義手を作ることさえできないような複雑な傷で、自然治癒も望めず、病気になった両腕。


 私は感覚だけを頼りに日常生活、そして復讐を繰り返した。


 でも、いつまで経っても奴は出てこなかった。

 私の歳も三十になろうとしていた。

 四年の復讐は何も進歩を得ずに、手探りの生活が染み付いていた。

 諦めが八割でいつもアッカ山に通った。そろそろ諦めようかなと思ってた所に、ルミナが来た。


「さて、ここまで見て君はどうと思う?」


 誰だ? 私の知らない声だ。姿は見えない。なんで?

 ……また、私の視力が失われているのか。


「君は、このままだと死ぬ。そこでだ、僕と──」


「失せて。思い出を汚す害獣」


「…………そっか。釣れないねえ」


 嫌な予感は消え去り、走馬灯に戻ってきた。私の視力が回復したからだ。


「お母さん、私はなんで『セレナ=ウィータ』なの?」

「フゥーーー……ハァーー……」

 最後に見るのが…この思い出か。


「ん〜? あ〜、お父さんの『ウルティオ』って名前はさ、『復讐』なんて暗ーい意味合いがあるんだよ」

「それで、セレナは穏やかに生きてほしいって、私が思ったから『穏やかな人生』って名付けたんだ」


 私は走馬灯を終わらせて、エネルギーボールに当たる前に地を踏み、天を舞う。そして脇で抱え引いていた矢を口に持ち直す。

 感覚でわかる。もう目の前に葉が迫ってきている。


「シィシャシャシャ!!!」

 目隠しが切り落とされる。


 その時、私の首元で紫色の宝石が輝いた。

 全てを断つ筈だった燃える葉は宝石の前では手も足も出ずに弾かれた。


「シャア……!?」


「これは……」

 目が……見える。

 右目が……見える……?


「……お母さん、討つよ」

『蓄積された(エミッシオ)


 青白い光弾の矢は全ての障害物を貫通して奴へと飛びゆく。

「キィ!? ギッ……ギギッ……!」


「お前の伝説も……私の復讐も……! 終わりだ!!」


「ギッ……ギギッ……シャアアアアアア!!!!」


「ハァ……ハァ……」

 私の体は地面に叩きつけられ、やがて目も閉ざされる。

「ハァ……ハァ……」


 良かった……倒せた……

 まだ……眠るな、私……!


「レオン……起きて……レオン……!」


 足で蹴って揺さぶっている……が、起きない……!


「起きろよ! 世界最強なら! ……なんとかしてよ……」


「ん……んん……? これは……」


「起きた…か…起きたら…治療…を…」


「は…? 状況を…状況を説明してから眠ってくれ!!」


 お母さん…私、頑張ったよ…


「うん…!ありがとう、セレナ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ