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第5章  世界樹で深夜残業

 次の日、3人は午後からプレイルームに集合した。中原が外せない仕事があるとのことで、佳織もたまっていた仕事を片付けていた。


「矢向さん、もっと情報を集めるために魔族領に行ってみたいのですが、可能でしょうか。」


「我々のアバターは外見カスタマイズ機能を使えば魔族になれます。もともとある機能なので変更してもステータスは変わらず、会長の監視も躱せると思います。」

「そもそも魔族とはなんなのですか。」

「前にも説明したと思いますが、簡単に言えば魔素の影響を強く受けて進化した種族の総称です。「魔族イコール悪」というお決まりの存在ではありません。」

「魔族側の人たちもNPCと輪廻サーバーからの転生NPCで構成されています。人類種と生息地域を分けてそれぞれ進化し発展していくことで、いずれ対立していくことを想定し、実際にその通りになりました。」。


北部地域の魔族は魔素を感知する赤い目と人間より広い可聴域を聞くことのできる耳が外見的な特徴だ。ようはゲームに出てくるエルフ族だ。


3人はアバターのカスタマイズをした。

佳織はウキウキである。「かわいいエルフっ」と言いながら小柄なアバターと妖精をモチーフにしたような服、赤い目に合わせた赤いイヤリングをつけていた。胸のサイズはさらに10%増しだ。

中原は「エルフといえば長老だろう!」と少し年配のアバターに貫頭衣をまとった。「杖が欲しいな」とつぶやいている。」

矢向はいかにも森の戦士といった感じのいでたちだ。


「そういえば、この世界では魔法は使えるのかい。ファイアボール!!とかやってみたいんだが。」

矢向が少し残念そうな顔をして言った。

「残念ながら攻撃魔法は定義されていません。魔素を対価に何かが起こるようにしているのですが物理干渉はできません。」

「もしファイアボールが使えたら、相手の体内で発生させることでどんな相手でも瞬殺ですよね。ゲームバランスがおかしくなってしまいます。」

佳織が訊いた。

「ではどんな魔法が使えるのですか。」

「耐久力アップなどのパラメータ補正系がメインでしょうか。あと我々が行ったと同じように石碑を利用した魔物召喚や転移魔法も定義されていますね。石碑が見えなくても存在を認知すれば可能です。」

「神聖魔法と呼ばれる究極の魔法も定義されているのですが、使い手はめったに現れません。秩序サーバーで定義したのは会長ですので僕も詳しくは知らないのです。」


「では準備ができたようなのでログインしましょう。一旦、魔族領の西の砂漠のオアシスにログインします。そこから佳織さんのスキルで会長のいる町、エハンスへ転移しましょう。」


3人は砂漠の真ん中にある岩場に立っていた。青い石碑が砂に埋もれることなく淡く光っている。


すぐ近くにオアシスがある。交易路となっているので外部の者が出入りしても目立たない。

「このオアシスのはずれにある枯れた井戸の底に転移石碑があるはずです。町で準備をした後、向かいましょう。」


3人はオアシスの町で弓矢やナイフなどの武器、中原の希望である杖、ロープなどを購入した。その後、町はずれの井戸に向かい、ロープを使って井戸の底に降りた。井戸の底には石碑があり、黄色く光っていた

佳織は言った。

「では行きましょう。魔王城のある魔族の町エハンスへ。」


画面が切り替わると緑の丘の中腹に立っていた。近くに黄色い石碑が淡く光っている。遠くに集落が見える。その集落の向かいの丘の中腹に一本の大きな木が立っていた。淡いピンクの花が満開だ。


「あれは!」

「まさか世界樹ユグドラシル!」

「この世界にもあったんですね。」

ファランクスにもユグドラシルがあった。だが場所ははるか北の大地だった。この世界でいえば魔族領のさらに北側になる。


「ここは目的地の町のエハンスではないですね。どうやら石碑に罠が仕掛けられていたようです。」

「会長なら石板を見つけることができ、移動させたり行先を変えることもできますから。」


「どうしますかユーリさん。もう一度転移しますか?」

「いえ、やめておいたほうがよいでしょう。次はどこに飛ばされるかわかりません。」

「とりあえずあの村に行って情報収集をしないかい。それに世界樹をもっと近くで見てみたい。」


佳織たちは村に入り、世界樹のほうに歩き始めた。

村の中は活気づいていた。案内版には「世界樹花まつり開催中!」と書いてあった。

「皆さん、観光ですか。止まるならうちの宿屋に来ませんか。温泉もありますよ。」

「世界樹の村モントの名物モントクッキーはいかがですか。」

「この樹のもとで結婚を誓うと世界から祝福を受けるという伝説があります。

お二人さんもそれが目的ですよね。まだ宿が決まっていないのであればうちに!」

客引きの声を振り切り、世界樹に向かう。


途中、多くの観光客らしき人が声をかけてきた。

「こちらはクレール教の司祭様ですね。光の女神様に祝福を」

中原の貫頭衣は司祭の服によく似ていたようだった。

行きかう人々が中原に頭を下げていく。


「祝福を!」

中原が半ばやけになって対応している。


世界樹の広場につくと、世界樹の根本まで木製の小道が続いていた。木の根を傷めない工夫だろう。その小道で一人のエルフの女性が跪き、祈りをささげていた。思わず見とれるほど美しかった。軽く吹いた風が世界樹の花を散らし、彼女の周りを舞っていた。


佳織だけでなく矢向もボーとして見つめていた。


彼女は視線に気が付き、声をかけてきた。

「これは司祭様。光の女神様に祝福を!」

三人を見て言った。

「これは結婚式を行うのでしょうか。お二人にも女神さまの祝福を。」

矢向が慌てて言った。

「ありがとうございます。でも違うのです。私たちはただの観光で立ち寄っただけです。」

「あらそう、でもボウヤ、こんなかわいいお嬢さんを逃す手はないわよ。」

佳織はかわいいといわれて喜んでいる。

矢向はボウヤと言われたせいか、半分からかうように言った。

「いえ私は大人の女性が好みなのです。あなたのような美しい女性が。」

「あら、ありがとう。もっと大人になったらつきあってあげてもよいわよ。」

矢向は軽くあしらわれてしまった。


佳織は訊いた。

「あなたは何をしにこの村に?」

「私も観光よ、お嬢さん。」

「熱心にお祈りをしていたので気になりました。お祈りの邪魔をしてごめんなさい。」

「ええ、いいのよ。私の祈りは通じなかったみたいだから。」

彼女は矢向のほうを向いて言った。

「私はしばらくこの町にいるわ。縁があったらまた会いましょう。」


矢向はまだ少しぼーっとしている。

中原が言った。

「この樹にはまだ秘密があるに違いない。われわれもこの町に泊まろうではないか。」

「ええ、ログアウトできるように宿を確保しましょう。」

村には宿は2つしかなく、そのうちの一つの宿の「魔王の間」を頼んで宿泊することにした。魔王の間には古の大魔王のレリーフが飾ってあった。動作を確かめて矢向が言った。

「これで安全にログアウトできるようになりました。」


「ではもう少し探検しましょう。」

宿を出たところでさっきの女性にあった。

「あら、同じ宿なの、偶然ね。」

女性は中原を見つめると思い詰めたように言った。

「司祭様、少しご相談があるのですが、お話を聞いていただけますか?」

中原は矢向のほうを見た。矢向は首を縦に何度も振っている。

「よかろう。熱心な信者の願いじゃ。わしでよければ何でも話すがよい。」


一同は宿の外のテラスに移動し彼女は話し始めた。

彼女の背景に世界樹があり、一つの絵のようだった。


「私はジーラともうします。この世界樹に祈りを捧げに来ました。」

矢向が自己紹介を始めた。

「私はユーリです。こちらは仲間のオリビア、そしてこのお方がタッカー司祭です。」

「我々はタッカー司祭のお供で旅をしています。結婚式に来たわけではありません。」


ジーラは矢向の方をちらっと見てつづけた。

「司祭様、世界樹の伝説はご存じですか。魂の秘術に関するものなのですが。」

中原は言葉に詰まって矢向のほうに助けを求めた。矢向が耳元でささやく。

「おそらく魂の転生に関する機能だと思います。この機能の開発は会長が受け持っていたいので私はあまり詳しくありません。」

「NPCの中には輪廻転生していく存在があります。この魂を輪廻サーバーで管理しているのですが、世界樹がこの世界と輪廻サーバーのインターフェースとなっているのでしょう。」


中原は司祭プレイを続けている。

「うむ、少しは知っておるぞ。この樹に祈ると魂が救われることがあるとか。」

「試してみましたが、この樹ではだめなんです。なんの力も感じません。」

中原は何かを思いだしたように話した。

「わしらの故郷に伝わる話なんじゃが、世界樹にはもう一つの伝説がある。わしらの目に見える世界樹は幻で、実は真の世界樹が存在すると。真の世界樹は青白く光っており、不思議な力があるらしいですじゃ。死者と会話できるとか、蘇るとか。あくまで伝説じゃが。」

「真の世界樹に出会えればそなたの願いが叶うであろう。」


「ご助言ありがとうございます。では私は真の世界樹に出会えるようにもう少し調べてきますね。」

ジーラは礼を言って立ち去って行った。


矢向は中原のほうを向いて言った。

「この世界の世界樹はどのような力があるのでしょうね。」

「ああ、ファランクスでは死んだ仲間との思い出を記録している場所だったが。」

「オリビアさんはどう思いますか。」

佳織は答えない。いや動かなくなっていた。

中原が叫ぶ。

「平間君!」

佳織がハッとしたように動き出し、答えた。

「ちょっとゲームから抜けていたの。調べたいことがあったから。」

矢向が言った。

「抜けるときは言ってください。セーフティゾーンへ移動しますから。」

佳織はつづけた。

「ごめんなさい。今日は満月ですね。ユーリさん、もしかしてこの異世界も時間軸をリアル世界とリンクさせてますか。」

「ええ、ITSでは転生する顧客の感覚と合わせるために、特に希望がなければ、時間だけでなく、季節の遷移や月齢なども合わせることが基本です。」

「では今夜、「ユグドラシルの奇跡」が起きる日ではないでしょうか。」

中原が言った。

「それを見るためには今日は残業だね。」


「一旦ログアウトし、また夜に集合しましょう。皆さん夜遅くなっても大丈夫ですか。」

「ちなみに私は開発部では徹夜なんてザラなので、問題ありません。」

佳織が言った。

「私もゲームで夜遅くまで遊んでいることがあるので大丈夫です。」

「部長は最近夜早くにゲームを抜けますね。大丈夫ですか。」

中原が答えた。

「40代独身貴族をなめるなよ。」

矢向が嬉しそうに言った。

「では私はジーラさんにそのことを伝えてきます。お二人は先に宿の部屋でログアウトして休んでください。


中原たちは残業届を出した後、軽く食事し、テストプレイルームへ集まった。

宿屋へログインし、ジーラとともに世界樹の元に歩いて行った。月明りで照らされ、スムーズに歩けた。

矢向がジーラに話しかけた。

「月がとってもきれいですね。ジーラさん」

「ありがとう。でもそういうことはそちらのかわいいお嬢さんに言ってあげてね。」

佳織はかわいいといわれて喜んでいる。


佳織たちが樹の根本まで来ると、月光に照らされてうっすらと石碑があるのが見える。

「こんなところに石碑が。」

「昼間には何もなかったのに」

ジーラが言った。

「私には石碑なんて見えないわ」

矢向は石碑の前で魔素石を取り出し、近くに置いた。

石碑とともに樹全体が青緑っぽく光り始めた。とても幻想的な光景だ。

ジーラは石碑の近くにひざまづき祈り始めた。世界樹と会話しているようにも見えた。

矢向がつぶやいた。

「聞いたことのない祈りの言葉。あれは神聖魔法かも。」

祈りが終わった後、ジーラは言った。

「私は世界樹とつながった気がしますわ。」


宿に戻った一同はテラスに座って世界樹を、見ていた。月明りに照らされた世界樹はあいかわらず神秘的だ。


「皆さんはエハンスに向かうのね。」

「では明日、私が案内するわ。私は転移魔法が使えるのよ。」





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