第1話 わたくし、異世界より参りました!
はじめまして。本作を開いていただき、ありがとうございます。
この物語は――
「自分を殺した作者の身体に転生した悪役令嬢」が、物語そのものに反逆するお話です。
処刑されるはずだった彼女は、なぜか“現代日本”で目を覚まします。
しかも、その身体は――自分を書き、そして殺した張本人である作者のもの。
創造主と被造物。
加害者と被害者。
決して交わるはずのなかった二人は、同じ身体と“鏡”を介して対峙することになります。
「どうして私を殺したの?」
その一言から始まるのは、単なる復讐劇ではありません。
物語とは何か。キャラクターとは何か。
そして――運命は、本当に決められているものなのか。
悪役令嬢は、与えられた役割に従いません。
作者もまた、“書いてしまった結末”に抗うことになります。
これは、物語に消費されるはずだった存在が、
物語の支配権を奪い返すまでの記録。
どうか最後まで、見届けていただければ幸いです。
「嫌よ。どうして、わたくしが処刑されなければならないの」
――まだ、何も終わっていないのに。
「……なんで、こんな目に……」
あれ?
今の――私じゃない。
頭が痛い。
鈍く、重く、思考が濁るような痛み。視界の端がちらついて、意識がどこか遠くに引っ張られていく。
まるで、誰かの記憶が混ざり込んでくるみたいに。
(……そう、〆切)
私は小説家だ。
売れているとは言えない。でも打ち切りにもなっていない、いわゆる“中堅”。
そして今――締切直前。
机の上には積み上がった原稿用紙。冷えたコーヒー。ぐしゃぐしゃのメモ。床には脱ぎっぱなしの毛布。
「……もう、無理かも……」
額には冷却シート。暖房はつけっぱなし。指先は震え、ペン先は頼りない。
それでも、書かなければならない。
今書いているのは――
悪役令嬢が断罪され、処刑される物語。
(このシーン……レティシアは、もう逃げられない)
脳裏に浮かぶ。
ざわめく民衆。高く組まれた処刑台。冷たく見下ろす王子。
(悪役がいなければ、主人公は輝けない)
(分かってる。これは必要な展開なの)
自分に言い聞かせるように、ペンを走らせる。
(……わたくしの運命は、ここにあった)
その一文を書いた瞬間。
――息を吸い込む。
肺に入った空気は、妙に温かくて、乾いていた。
おかしい。
処刑場は、もっと冷たいはずなのに。
(嫌よ。わたくしが、こんな目に遭うなんて――)
――誰の声?
(神か何か知らないけれど、わたくしは終わらないんだから!)
「……っ」
頭が、ぐらりと揺れた。
視界が白く弾けて――
ゆっくりと、瞼を開ける。
見えたのは、白い天井。
装飾もない、平坦で味気ない天井だった。
(……どこですの、ここは)
ゆっくりと上体を起こす。
その瞬間、手に違和感。
視線を落とす。
そこにあったのは――
白くも細くもない手。
爪も整っていない。黒ずみ、荒れている。
――下民の手だ。
「……ふざけているの?」
低く、抑えた声が漏れる。
周囲を見渡す。
狭い部屋。積み上げられた紙。奇妙な箱。見慣れない道具。
どれもこれも、品がない。
「誰かいないの? ばあや……返事をなさい」
沈黙。
当然だ。こんな場所に、私に仕える者などいるはずがない。
(状況を整理しなさい)
私は――処刑された。
それは間違いない。
ならばここは死後の世界?
……いいえ。
こんな貧相な場所が、死後の楽園なわけがない。
(では、生きている?)
あり得ない。
あの状況から生還など――
「……は」
乾いた笑いが漏れる。
「神でも気まぐれを起こしたのかしら。くだらない」
だが、現に私は“ここ”にいる。
ならば。
「利用するまでですわ」
ふらつく足で立ち上がり、部屋を歩く。
壁際に、縦長の板。
「……鏡?」
近づく。
そこに映っていたのは――
知らない女。
黒い髪。覇気のない目。疲れ切った顔。
どこにでもいそうな、平凡な顔。
……いいえ。
“知らないはずの顔”。
「……ふざけているの?」
鏡に触れる。
ひやりと冷たい感触。
その瞬間――
「――ねえ」
鏡の中の女が、口を動かした。
「それ、私の体なんだけど」
思考が止まる。
「……その喋り方……え、嘘でしょ」
女はぶつぶつと呟きながら、こちらを凝視する。
「……その設定、私が書いたやつなんだけど」
――は?
理解が、追いつかない。
「あなた、“悪役令嬢レティシア”でしょ」
空気が凍る。
その名を。
なぜ、この女が知っている。
ゆっくりと、口角が上がる。
ああ――なるほど。
これは。
ただの異常事態ではない。
「なら、ちょうどいいわ」
鏡の中の女を、逃がさないように見据える。
「――どうして」
「わたくしを殺したの?」
第1話を読んでくださり、ありがとうございます。




