御愁傷様
「これはこれは侯爵閣下!ようこそおいでくださいました!本日はどのような物をお求めでしょうか?」
店に足を踏み入れてすぐ、揉み手をしながら商会代表の大旦那が近付いて来た。
「首元が寂しいだろう?良さげなものを何点か見せてくれ」
いつもより背筋を伸ばし、言葉遣いも硬くする。
僕はもうすぐ八歳、ブランク侯爵なんだと心の中で唱えるのも忘れない。
「それではこちらの黒真珠のブローチは如何でしょう?通常のものより閣下の御髪のように美しい黒紫色を用いておりますので礼服にも調和するかと」
「色味はいいが少し女性向きのデザインだな。花ではなく植物のモチーフならば考えたが……」
「ではこちらのスギライトのブローチは如何でしょう?ここまで濃い紫はなかなかございません」
うーん。
色が綺麗だし、デザインも石を引き立てているけど、首元につけたらブローチにしか目がいかなそうだなぁ。
誕生日パーティーには襲爵祝いを兼ねて参加する人も居るから、顔を覚えてもらうには不向きだよね。
視線を分散させるか、いっその事、式典用のマント留めに作り替えてもらおうかな。
「……ブローチだけでは強すぎるな。同じ色でカフスはあるか?」
「申し訳ございません。色味を抑えたものでしたら……」
「ふむ。ではこれをマントの留め具に加工出来るか?」
「はい!多少お時間をいただきますが……」
「構わない。……黒のブローチはないか?」
「もちろんございます。──こちら左からブラックダイヤモンド、純度が高い黒水晶、無傷のオニキスを使用しております」
あっ、良かった。
売り切れてなかった。
黒水晶が目当てだったけど、オニキスもかっこいいな。
チラッとフォンセを見ると小さく頷いた。
よしっ!
「黒水晶とオニキスをもらおう」
「ありがとうございます!すぐにお包みいたします!」
「マント留めの方は、後日デザイン案を持ってきてくれ。──先に馬車に戻る」
「かしこまりました!自信作をお持ちいたします!ありがとうございました!」
ブローチは護衛役の神官に受け取ってもらい、僕はフォンセに手を借りて馬車に乗り込む。
しっかりドアが閉まったのを確認して大きく息を吐く。
「緊張した〜。どう?僕ちゃんと侯爵に見えた?」
「はい。堂々とした立ち振る舞い、見事でございました」
「……僕、三つも買っちゃったけど大丈夫?」
「ダーク坊ちゃま。心配はご無用、ブランク侯爵領の立て直しは順調そのものでございます。あの程度の買い物など何の支障もございません。もしや毎月お小遣いを余らせてらっしゃるのは財政難を気にされてのことですか?」
「うーん。それもあるけど、単純にお小遣いが多いのと、何か欲しいって気持ちがあんまりないみたいなんだ。だって両親があれだけ色々買い集めていた絵画や装飾品のほとんどが贋作だったでしょ?見る目を養わなければ買うのが怖いというか、そもそも欲しくないというか」
「……もしやダーク坊ちゃまは、知識はあれど実際に目で見て手で触れたことがないため、物欲に結びついていないのではないでしょうか?視察や街歩きには馬車でも徒歩でも護衛を伴いますので、目立ちますし、道の閉鎖や移動制限等を領民に強いることもございます。ダーク坊ちゃまはそれを憂いて外出を控えてらっしゃるのでは?……申し訳ございません。もっと早く気付くべきでした。ダーク坊ちゃま、これからはお忍び歩きや、商人を呼び寄せる回数を増やしましょう。様々な事を経験する事で、ダーク坊ちゃまのお気に入りもきっと見つかるはずでございます」
「うーん。そうだね、確かに僕は色々経験不足だと思う。悪魔と出会って外の世界を知ってからのここ数ヶ月は、以前の七年よりもずっと濃い気がするもん。僕もね、侯爵になった以上人付き合いが必須だと分かってるんだ。せっかく視察に行くなら現地の雰囲気だけでなく領民からも話が聞きたいし、商人とのやり取りはフォンセが補佐してくれているからカモにされずに済んでいるけど、これからは貴族同士でのやり取りも増えるだろうから、少しでも経験不足を補いたい。そしたら気疲れでダウンする事も減ると思うんだ。……お気に入りを探すのはその後かな」
「ダーク坊ちゃま、ブランク侯爵家は、我々闇の神殿が後ろ盾になっておりますから、たとえ王家であっても不当に扱うことを避けるでしょう。ですから焦る必要はございません。自分のペースで着実に成長されるとよろし──」
『侯爵様!助けてください!旦那に暴力を振るわれて逃げてきたの!この傷を見て!ナイフで切られたんです!侯爵様!助けて!話を聞いて!……ちょっと触らないでよ!』
突然聞こえた金切り声。
カーテンの隙間から外を伺うと、護衛の隙を狙って馬車に近付こうとする女性が見えた。
「……全身真っ赤に光ってるね」
「ダーク坊ちゃまに害をもたらす者でしょう」
この馬車は悪魔印の特別なもので、色々な機能が付いている。
敵対心の判別、乗り物酔い防止、寒暖耐性、揺れ防止、守護魔法、浄化魔法、回復魔法……他にもあるらしいけど、これ以上聞いたら普段使い出来なくなるので止めた。
僕が初めて馬車で街にお出かけした日、珍しく悪魔も馬車に乗り込んできた。
屋敷から外に出られるんだと内心すごく驚いたけど、本格的な外出でちょっぴり不安だったので、とても心強かった事を覚えている。
僕は打ち身防止のクッションが敷き詰められた席で、あれこれ予定を立てながら期待に胸を膨らませていたのだけど、乗り物酔いやら何やらで、中央広場に到着する前に倒れてしまった。
すぐさま悪魔が転移魔法で屋敷に運んでくれたけど、気疲れからか熱が出て数日間寝込んでしまい、ようやく動けるようになった僕に悪魔がプレゼントしてくれたのが、この馬車なのである。
僕が外出嫌いにならないよう、フォンセと共同で制作したらしいけど、見かけ倒しの王家の馬車と違って機能面を充実させたと得意家に話す悪魔を見て、不敬罪で捕まりそうだから公の場に連れていくのはやめようと思った。
「……ダーク坊ちゃま。差し出がましい申し出でございますが、あの者を主への手土産にしてはいかがでしょうか?」
「悪魔はああいう気の強そうな人が好みなの?」
「──小物だが足しにはなるか」
「わっ!びっくりした!……悪魔、天井からぶら下がってるけど、腰から下は屋根から飛び出てるの?」
「出ていた方がいいのか?」
「ううん。止めて欲しい」
この馬車はブランク侯爵家の紋章入りの、黒を基調とした重厚なデザインなのに、屋根から下半身が生えていたとか噂になったら嫌すぎる。
「ふん。……ダーク、アレを雇え。掃除でもさせれば良い余興になるだろう」
「余興?……うーん、雇うのはいいけど、フォンセ、出来るだけ周りに迷惑をかけない所に配置してね」
「かしこまりました」
フォンセが魔法で指示を送ったのか、護衛の一人が咽び泣く女に話し掛ける。
……多分あの人は死ぬんだろうな。
護衛達には上手く隠していたけど、馬車からはより一層赤みを増した女の口元が、にやりと笑ったのがよく見えたのだ。




