女神の願いと俺の思い
湖の守り神であるシロミズチ様と共に
家まで戻ってきたんだけど、
俺はシルバと過ごす部屋の中で
正座させられ、貴船さんから
女神様が何も着ていない姿なのに、
配慮がなかったとか、目線がいやらしいとか
色々と怒られてしまった。
いや、そんなこと言われてもと、
言いかけたら、もっときつい口調で
怒られる始末だった。
メイド長のザラさん達に服を着せられたシロミズチ様は
尾羽が長い綺麗な鳥の刺繍が入ったローブを羽織って、
1階の食堂のテーブルについて紅茶を楽しんでいた。
「あ、カケル殿。
我にはこのような歓待は不要であるのに、
気を遣わせてしまったようだな。
うむ、この紅茶という飲み物は
香りも楽しめる良いものだな。
さて、改めて自己紹介させていただく。
我はこの湖で守り神を務めておる白水蛇だ。
カケル殿の浄化の力で助けてもらった恩がある。
この居の周りにはここに住まうものが望まぬものを
近寄らせぬよう我が加護を授けるためにここに参った。
ところで、上の方でヘスティア様の神気が
感じられるのだが、出来れば、そこで
加護の儀を執り行っても良いだろうか。」
シロミズチ様によると、加護の力は周囲の神気が強ければ
より効果が高くなるということらしい。
また、加護の力はそこにいるものにも効果があるそうだ。
みんなで2階に上がり、加護の儀を拝見させて頂く事になった。
ココとメイドの皆さんがやや興奮気味だ。
女神様がそのお姿を顕現することも珍しければ、
加護の儀を行う姿を見ることなど神殿の記録でも
数えるほどしかない稀有なことだからだそうだ。
2階のダンスホールの広間の入り口に俺たちは横一列に
整列し、ホールの中央に立つシロミズチ様の姿を見つめていた。
シロミズチ様はいつの間にか透明なガラスで出来たような杖を
手にしていて、その先の丸くなった部分を真っ直ぐ先に伸ばして、
何やら唱え始めていた。
声に出しているのではなく、抑揚だけが耳に伝わってくる。
その杖の先を大きく輪を描くように横に振り始めた。
空中に小さな煌めきの円弧が残像で描かれてゆく。
体を回しながら、何度も円弧を描いていく。
それぞれの円弧が螺旋を描くようにうねり始め、
近くの円弧の螺旋と絡み、複雑な動きを始めていく。
やがて、シロミズチ様がすっと杖を天井に向けて突き上げると
複雑な動きをしていた模様が一際強く輝いたかと思ったら、
放射状に光の粒が弾け飛び、家の壁だけでなく、
傍で見ていた俺達の体も突き抜けて散っていた。
突き抜けていく時に体の中に暖かいものが流れくるのを感じた。
これがきっと加護の力なんだろうなと思った。
幻想的な儀式が終わると、ココもメイドさん達も感動して
目が潤んでいた。俺とシルバはびっくりした感が強かったけど。
「シロミズチ様、
加護のお力を授けていただき、感謝しますにゃん。
これからはこの湖のことも大切にしますにゃん。」
ココが感極まったのか、少し声を震わせながら、
シロミズチ様にお礼の言葉を述べていた。
メイド長のザラさん達も口々に感謝の言葉を述べていた。
俺はふと気になったことを聞いてみる事にした。
「シロミズチ様、
加護の儀式を取り行って頂き、感謝致します。
確認させて頂きたいのですが、良いでしょうか?
さっき言われていた、湖を汚すということなんですが、
汚水を流すこととか、ゴミで汚すことなんでしょうか?」
「礼を言われるほどのものではない。
ふむ、目に見えて汚すということではないのだ。
そうだな、わかりやすく言えば、皆の心が澄んでおれば、
必然的にこの湖には良いものしか流れ込んでこぬ。
心が荒み、恨み辛みに取り憑かれたものが多くいれば、
悪しきものが多く集まり、湖はまた悪意で汚れ荒んでゆく。
汚水やゴミなどは湖の中におるスライムが
消化してくれておるので、気にすることはない。
この湖に向けられる想いが、悪しき精霊などを
呼び込むものでなければ良いのだ。
どうかこの湖を見る時は、ここの水のように
澄んだ気持ちを持っていて欲しいのだ。
我からはそれだけをお願いしたい。」
皆、大きく頷いている。
「それなら大丈夫だと思いますよ。
ただ、そうですね、たまに、本当にたまに
湖を見つめながら感傷に浸ることがあるかもしれません。
出来るだけないようにしますが。」
「それは構わぬ。
心の涙を受け入れるのもこの湖の役目だ。
この湖に悲しみを溶け込ませて、
少しでも和らぐのであれば、
無理をせずにその想いを向けてくれ。
特にそなたは心に蓋をしておるな。
悲しい時に泣くのは情けないことではない。
嬉しい時も同じだ。
降りかかる雨に涙を飲ませるだけでは足りぬ時もある。
眠る時に流す涙もあろう。涙は流すためにあるものだ。
その悲しみや想いに蓋をして閉じ込めてはいけない。
それは、体に無理を強いているのと同じく、
心に無理を強いているのだ。
何かを失って泣くことも、
新たに何かを得て泣くことも、
心のためには必要なことなのだ。
少しでいい、この湖にそなたの悲しみを
少しでも良いから溶かしてくれれば、
そなたの心も少しは和らごう。
閉じこもりたいのではなく、閉じ込めたいと思う気持ちが
強くなっておるのだ。
そなたは周りにこんなに優しく接することができるのだ。
もっと自分を認めてやってはどうか。
生きていければ良いと思うておるようだが、
それは違う。自分を正しく見つめて、大事にできるように、
もっとよりよく生きていきたいと思える日が来るまで、
我はそなたと共にあろう。
この世から消えてしまうところを助けられたのだ。
今度はそなたの心を助けさせてくれ。
迷惑に思うかもしれぬが、我をそばに置いてくれるか。」
予想していなかったシロミズチ様の言葉に
俺の中で忘れていた想いが溢れそうになった。
俯いてグッと堪えた。
「俺は大丈夫ですよ、何も・・・問題なんてないですよ。
今は、ほら、こんなにたくさんの仲間が出来たんだ。
一緒に生きていきたいと思える仲間が・・・。
もう一人じゃ・・・。」
ダメだった。堰を切ったように涙が溢れてこぼれ落ち出した。
思い出してしまった。
俺は両親を亡くしてから一度も泣いていなかった。
泣く暇なんてない。やらなきゃならないことがいっぱいあるんだ。
頼る人がいなくても俺は一人でも大丈夫だ、
死なない程度に生きていればいいさと思い続けていた。
だが、過労で倒れて病院で目を覚ました時に
一人で死ぬことの怖さを病院のベッドの中で思い知ってしまった。
その時から少しおかしかったのかもしれない。
お金を手にして、さらに。
お金でなんとかなるとひたすら自分にそう言い聞かせていた。
お金さえあれば一人でも問題なんてないんだと。怖くないんだと。
その重しのような思いを全て引き裂くように
抑えていた感情が溢れ出してきた。
カケルの横にいたシルバはカケルの手を握って
心配そうに見つめている。
シロミズチはそんなカケルの肩をそっと抱き寄せると
落ち着くまでそっと優しげな眼差しを向けていた。




