第五話 影対影
「三木君!」
「投影が不完全、不利だ。態勢を立て直さないと……」
右腕に振って脅かすように怪物へと向ける。
先ほど殴られたことで怪物はルイを敵として見たようだった。
「これを持ってて」
そう言ってルイがサキに渡したのは懐中電灯である。
ジリジリと怪物から距離をとるルイ。まるで誘導しているようだ。
サキから怪物の目をひきつけると、見えている建物の壁に向かって駆け出した。
逃げたわけではない。
「オレに光を!」
サキはもう恐怖から立ち直っていて、ルイの言葉通り壁を背にするルイをライトで照らした。
サキはルイがなにをしようとしているかわかっていた。鋭敏になった感覚がルイの考えていることをサキに教えるのだ。
影を背にしたルイが自分の影に後ろ手で触れる。両手を壁を掴むように突き立てると、驚くべきことに影がその指に巻き込まれて引っ張られた。
「投影!」
シーツに身をくるませるように影の中に体を埋めるルイ。
影は灰のような泥のような、マットな質感を持った粘土状の柔らかなシートになってルイの両腕に絡まり、その姿を変形させ、皮膚を剥がされた熊の腕のような、黒く恐ろしい形態をとったのである。
「投影者っていうんだ……」
サキは徐々にルイの心がはっきりと見えはじめていた。弱々しく不確かな読心術がルイには強くて確かなものとして働く。
不思議だった。さきほど逃げた男にもここまでの力は働いたことがない。
ルイの戦いは思った以上に鈍かった。
ある程度の距離をとり可能な限り長いリーチで攻撃する。そこにはスピードも華麗さもない。お互いにただ隙を見て決定的な攻め込みができるまで待っているだけなのである。
それはつまり獣同士の戦いなのであった。
いくつかの攻防の後で踏み込んだのはルイだった。
道からはずれ広場に入りつつある戦場の端、ちょっとした雑木林の中に気配があって、怪物がそちらにわずかに気をとられたのだ。
ルイは自分を守りつつその巨大な腕で怪物を掴むと思い切り引摺り、ポツポツある照明の下に引き出して地面に叩きつけた。
「暗いところだと潜って逃げられるんだ……!」
サキに伝わるルイの戦法がそうである。
どうやら投影という能力によってルイは怪物に効果的な武器を持つことができる。しかし、それはルイ自身がそうであるだけで環境を変えられるわけではない。有利なのは常に怪物。唯一対等になれるのが明るい場所に引っ張り出したときということだ。さらに、どうやら能力はルイの身体能力はあげてはくれるものの基本的には通常の人間とそう変わるものではないらしいのだ。おそらくは現実に武装した人間を上回るような戦闘能力を得ているわけではない。よって、ルイは獣の戦いに徹するしかないのである。
しかし、この今の踏み込みがルイに勝利をもたらした。殴り、抑え込み、そして掴んで締め上げた。熊かゴリラのような巨大で不気味な腕はさらに奇怪な怪物の全身を折り砕き、ついにはその息の根をとめることに成功したのである。
勝利を確信して吠えるルイを見て、サキは表現しようのない不安と恐怖を覚えたが、しかし、同時にルイに対しての大きな労りの情が涌いていた。
戦っている最中、闘争本能から来る激情の裏でルイを満たしていたのはサキの感じていたものよりももっともっと強い恐怖だったからだ。
「……ケガは?」
ルイは元気だった、そして怪物に勝利し高揚した状態にある。
しかしサキには、見た目や態度とは真逆に、ルイは傷だらけで今にも倒れてしまいそうに見えた。




