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竜騎士と俺  作者: 5u6i
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第二十二話 葛藤

前回のあらすじ


 宮中晩餐会の裏側を竜達の視点で見てみました。

 基地の竜厩舎に初めて来たモリーゴはなかなか寝付けないようです。

 嵐のような一日が過ぎ去り、枯れ草の香りがするふわふわの寝床に身体を横たえても、寝付けなかった。

 実際、寝付きの良い俺が寝付けないというのは、めったにない事だ。


 そう、俺は悩んでいたんだ。

 元来俺は細かい事にいちいち悩むような性格じゃない。

 だけど、ある日突然気付いたら飛竜になっていた。

 そんな状況に置かれたら、俺だって少しくらい悩んだってバチは当たらないだろう。

 異世界に来て飛竜としての生活を始めたものの、なんとなくずっと頭の片隅でモヤモヤしていた。

 実際、一応民俗学をかじった人間としては、この国の文化がどのようにして成り立ったのかなんかは、興味があるし記者として血がたぎる。

 だけど、この姿じゃどうやっても限界がある。人間だったら本も読めるし、字も書けるようになるかもしれない。でも、飛竜のこの鉤爪じゃ何も出来ないのだ。

 俺はやっぱり人間なんじゃないか。人間にもどるべきなんじゃないかと思ったりもして、自分のアイデンティティがわからなくなっていた。

 この状況はなんなのか。なんで俺はこんな身体なのか。元に戻る方法はあるのか。

 珍しく俺は悩んでいるんだ。


「迷える飛竜よ──付け合せにフライドポテトはいかがですか?」

 唐突にどこかで聞いたような女の声がする。しかし、その声はジョセーフォのものでも、アメリーオのものでもなかった。

「フライドポテト?」

「新大陸発見前の中世にはジャガイモはない……そう言いたいのかしら?」

「……そもそも、ここがどこなのか、俺に何が起きたのかすら、よくわからないんだが」

「そうね。賢い子だから大体の事はわかっているみたいだけど、もう少しだけヒントをあげるわ」

 声のする方向に目を凝らすが、部屋の隅に、光沢のある柔らかい布をまとった神官のような女が立っているような気がするだけで、一向にその姿が見えない。

 多分この世界の神様か何かそういったものだろう。地方の伝奇ではこういった事はよくあることだ。頭ごなしに否定していたら売れる記事にはならない。

「あなたが忘れてしまっている事を、教えて差し上げるわ」


 俺が忘れてしまっている事。それは転生の瞬間に起きたことだ。

『毎年、お盆の最終日の夕方に、村境の県道のトンネルから一台のダンプカーが猛スピードで出てくるが、これを見たものは異界に連れて行かれる』

 これはフリーライターだった俺が追いかけていたネタだ。そして、あと少しでその真実に届くところまで来たんだ。

 轟音を響かせながらトンネルを驀進してくる影に、必死でシャッターを切った。俺は最後の瞬間まで鮮明に覚えている。

 あの激しい雷雨の中、トンネルから飛び出してきたのは、()()()()()だったんだ。


「あの瞬間、あなたはこう言ったの。『なぜだ!』とね」

 俺は目の前に飛び出してきた青色の飛竜に、これが追いかけていた噂の真相なのかもしれないと、並ならぬ興奮を感じていた。

 次の瞬間、凄まじい爆音と共に吹き飛ばされた。

 すべてがスローモーションだった。

 白い稲妻が俺のカメラを一瞬で金属の塊にした。枝分かれした稲妻の小枝が何度も俺の身体を打ち付けるのを感じていた。

 俺は悔しかった。

 すぐ目の前で真っ黒になっていくカメラに、噂の真相が記録されていたのに。

 俺の後ろを落ちていくバイクの荷台には、防水紙のメモ帳に記した原稿が入っているのに。

 俺はそれを誰にも伝えることができず、谷底に向かって落ちていく。

 俺は受け入れられなかった。だから叫んだ。


「ああ、確かに言った」

 その時の悔しさが、焼け付くような痛みとなって、身体の奥底から訴えてくる。

 現代に生き残った恐竜があの村にいることを知ってしまったのだ。

 もっと知りたかった。もっと調べたかった。

「そう。わたしはあなたの意思を尊重して、あなたの知りたかった事がもっとわかるように、お膳立てしてあげただけ」


 そうだ。俺は怒っていたんだ。

 だけど、俺の叫びは誰にも届かないと悟ったんだ。

 だから俺は、自分の身体が谷底の岩に叩きつけられるまでの間、考えられるありとあらゆる事を考えた。

 俺はどうなるのか。残された物はどうなるのか。残された人はどうなるのか。

 そして、これが走馬灯の正体かと笑った瞬間にすべてが途切れた。


 俺はその時考えたありとあらゆる事を、思い出せる限り辿った。

 そのまま落下して、仮に即死でなかったとしても、あれだけ人里離れた場所では助かる可能性は限りなく低い。救急車だって麓から来るのに一時間はかかる。

 そもそも気付いてくれる可能性がある村人たちだって、気づくのは早くても翌朝だ。俺の身体が谷底にあるとなったら、数ヶ月後かもしれない。そうなったら、白骨死体で見つかるかもしれない。

 いずれにしても、あの状況から助かる方法は既になかった。


 一人で取材することが多かったから、万一のことを考えて、バイクのタンクバッグにも、ポケットの財布にも、胸に下げたドッグタグにも、あらゆるところに身元がわかるようなものを残している。歯型で照合できるよう、行きつけの歯医者の電話番号だって残してあるから、黒焦げだろうが白骨化してようが身元不明遺体って事にはならないはずだ。


 俺が死んだとなれば、もう何年も会ってない母や伯母に警察から連絡が行くだろう。多少は驚くだろうが、あの飄々とした性格だ。すぐに遺物の整理に取り掛かるだろう。

 殆ど出ずっぱりだから、自宅には季節ごとの着替えが少し残されている程度だ。引き払うのも簡単だろう。

 別に出てきて困るものはないし、遺産相続で揉めるような資産もない。


 原稿はほぼ書ききってるから、運良くバイクだけでもすぐに見つかって、あのメモ帳が新聞社まで届けば、記事に穴は開かないはずだ。むしろ俺の原稿が届けば、遺稿として記事に箔がついたかもしれない。

 そうでなくとも締め切りまでだいぶ日数があるから、最悪誰かが代筆して埋める時間は十分有る。

 そもそも単発のお試し企画だったし、続編がなくても差し支えないはずだ。

 いずれにしても、俺が居なくなって困ることもそんなにない。


 それならば、ここから元の世界に戻る方法はあるのかと考えてみる。

 落雷と崖からの転落で身体は相当なダメージを負ってるから、同じ身体に戻れたとして生き残れる可能性はまったくない。

 雷に打たれる直前に戻ったとしたらどうだろう。写真を取るのをやめて山を降りていたら、青色の飛竜の事は知ることができないまま終わってしまう。原稿は書ききっても、真相は謎のままだ。それは少しつまらない。

 仮に、元の世界の別の身体に戻れたとしたらどうだろう。むしろ俺が守口鳥彦であることを証明するのに難儀するだろうから、結局、守口鳥彦とは異なる人生を歩むことになる。俺が居なくなって困ることもない世界で、俺とは異なる人生を歩むために戻るというなら、別に異界で新しい人生を送るのと変わらない。


 結局今、俺はこの通り青色の飛竜として異界にいる。パラレルワールドなのか、異次元なのか、あるいは別の星なのかも定かではないが、割と元の世界に近い設定の異界なので、そんなに困ることはない。

 多少魔法みたいなものはあるにしても、重力や運動量保存則など、ある程度物理法則に従っている。竜だの変な化け物だのがいるにはいるが、人は人の形をしているし、よくわからないが何かしら西欧言語っぽい言語で会話しているし、魚や野菜に至っては元の世界のものとそんなに変わらない。新大陸発見前を舞台にした中世ファンタジーではご法度の、ジャガイモやトマトだって普通にスープに入っていた。

 竜やら騎士やらが出てくる、ややファンタジーっぽい脚色がなされた現実世界、という印象だ。


 ボロ雑巾の様に満身創痍で洞窟の中に倒れていた俺は、言葉も通じない若い竜騎士の手当で回復し、導かれるままにこの身体ひとつで自由に空を飛んだ。

 橙色の飛竜やら見たこともない化け物と闘って、共に勝利の喜びを分かち合った。

 アメリーオや仲間達に不満はない。死にそうな思いも経験しているけど、なんとかこうして生きている。

 アメリーオに頼りにされ、ハオランやレオポルドと大空を飛び回って、闘っている方が楽しいのも事実だ。

 ここまで考えて、結論ははっきりしていた。


 元の世界の俺は既に死んでいる以上どうにもならないし、このまま異界で青色の飛竜として生きていくというのも、悪くない提案なのだ。

 俺は、ひと呼吸おいて答えた。

「そうか。わかった」

「物分りが良くて助かりますわ」

 そう言って、声の主の気配は消えた。


「……俺、死神様と話しちゃったんだな」


 悩んでも仕方ないと悟ったら、あっという間に眠気が俺の意識を駆逐した。

用語解説


・ワンポイント・エスペラント語

 今回は守口鳥彦視点なのでお休みです。


・境界の神プルプラ(Purpura)

 再び現れましたプルプラちゃん。守口さんからは死神扱いされています。

 『山や川などの土地の境、また男や女、右や左など、あらゆる境界をつかさどる神。北東の辺境領に信者が多い。

 顔のない神。千の姿を持つもの。神々の主犯。八百万の愉快犯。

 非常に多芸な神で、また面白きを何よりも優先するという気質から、神話ではトリックスターのような役割を負うことが多い。何かあったら裏にプルプラがいることにしてしまえというくらい、神話に名前が登場する。

 縁結びの神としても崇められる他、他種族を結び付けた言葉の神はプルプラが姿を変えたものであるなど他の神々とのつながりが議論されることもある。

 過酷な環境と敵対的な魔獣などのために死亡率が高い辺境では、性別に関係なく子孫を残せるよう、プルプラの力で同性同士での子作りや男性の出産などが良く行われている』

 (異界転生譚 シールド・アンド・マジック 長串望 著 第六章 イッツ・オンリー・ア・ペイパー・ムーン 第三話 死後至る所 の 用語解説より)


・「……俺、死神様と話しちゃったんだな」

「…………私、神様と話しちゃったんだな」

 (異界転生譚 ゴースト・アンド・リリィ 長串望 著 第四章 異界考察 第八話 妛原閠の神前談話・下 より)



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