第十二話 敗退と再会
前回のあらすじ
全身に傷を負い、痛みをこらえて橙色の飛竜の大群と闘ったモリーゴ。
橙色の飛竜の大群の中に謎の黒い竜を見つけたが……。
俺は焼け焦げた森の真ん中に倒れていた。全身が物凄い熱と痛みで、ひどい火傷を負っているのがわかる。
辺り一面に焦げた橙色の肉片が散らばり、肉の焼ける匂いがしていた。朝日が空を茜色に染めていた。
痛みをこらえながら首を持ち上げ辺りを見回すと、俺の周り数メートルの範囲だけ何かで覆われていたかのように焼け残っていた。
ふと首もとを見ると、水晶が弱々しく水色の光を放って、割れた。
俺は仰向けに空を見上げてぐったりと倒れた。
「ごめんよ、アメリーオ……俺はヤツらを倒せなかった」
そして意識が遠のいていった。
「ちょっと! 早すぎるんじゃないかしら?」
突如、目の前に現れた女に起こされる。
「アメリーオ?……」
「あなたの意志は尊重するけど、せっかく転生させたのに、ここで物語を終わらせられてしまうと、つまらないのよ」
光沢のある柔らかい布をまとった神官のような女は、そう言って去っていった。
あれは誰だったんだろうかと考えているうちに、また意識が薄れていた。
透き通るような深い青空に一筋の蛇が泳ぐ。透明な湖を覗き込んでいるような不思議な光景だ。
その蛇はくねくねと揺らぎながら私に近づいてきて、大きな声を発した。
「Jiuzai nabian! Na bushima?」
蛇が去っていくと、程なく見慣れた大きな竜の影が視界に入った。レオポルドだ。
「Morigo! Cxu vi povas movi?」
ジョセーフォの声がする。見上げるとジョセーフォがロープを使って降りてくるところだった。
「すまん……ちょっと、ムリだ」
俺は力なく首を振る。
ジョセーフォは手早く傷の状態をチェックすると、あちこち木綿の布でぐるぐる巻きにしていった。
そして、傷口を避けるように添え木を下に敷き、ワイヤーを何箇所も掛けていった。
レオポルドを指笛で呼ぶと、手鉤でフックを手繰り寄せてワイヤーを掛け、レオポルドに少し持ち上げさせて一回り確認すると、スルスルとロープを登っていってしまった。
そして、俺は宙吊りのまま洞窟に運ばれたのだ。
洞窟の入り口では、あちこち包帯だらけで、松葉杖をついたアメリーオが立っていた。
「Morigo! Kial vi iris sola? Mi tiom maltrankviligxis pri vi!」
「すまない……アメリーオ」
俺とアメリーオはしばらく頭をくっつけて、再会に涙した。
「アメリーオ……そろそろ、モリーゴを下ろすのを手伝ってもらってもいいかな」
ジョセーフォの声にはっと我に返る。
「失礼しました!隊長!」
「挨拶はいいから、手を貸してくれ」
添え木の下に木箱で台を作り、アメリーオが手鉤でワイヤーを引っ張って、洞窟の入り口辺りにモリーゴを下ろす。
ワイヤーを引いて合図するとレオポルドがワイヤーをたるませて、ジョセーフォがフックからワイヤーを外す。
アメリーオは足を引きずりながら、体中に巻かれた布を外してまわり、バケツの湯で傷口を洗い流しては、新しい布で巻き直す。
「つい数日前、こうしてモリーゴの傷を治してやったばかりだというのに……まったく」
「飛竜は血の気が多いからな、無理させないようにきちんとコントロールするのも、竜騎士の手腕だ」
ふくれるアメリーオを諭す。
一回り傷の手当をすると、ジョセーフォとアメリーオは豆茶を淹れて一息ついていた。
「レオポルドと見て回ったんだが、かなりあちこちで森が焼けていた」
ジョセーフォが豆茶をすする。
「カローロと蛇長竜のハオラーノが片っ端から焼跡を確認してくれたから、すぐ見つかって助かった」
「やはり、狂気の種ですか」
「多分そうだな」
つまりモリーゴは狂気の種に独りで立ち向かって、ヤツの咆哮を食らって、なおも生き残ったということだ。
風精のお守りが多少助けになったとはいえ、大したものだった。
「やはりヤツと一戦を交えないと、いけないのですね」
「ああ、あまり時間はない。カローロの報告ではヤツはまだ領域内にいて、徐々にまた朱飛竜を集めているそうだ」
そう言ってジョセーフォが懐から、綺麗な装飾の施されたガラス瓶を二つ取り出して、アメリーオにわたす。
「毎回これに頼られると、軍の予算がいくらあっても足りないが、今回は喫緊の脅威があるから特別支給だ」
「ありがとうございます、隊長」
アメリーオは瓶の中の怪しく色を変え続ける奇妙な液体を、一息に飲み干した。目を瞑り大きく深呼吸をすると、松葉杖を置いて立ち上がった。
「流石に……強力ですね」
「当たり前だ。それ一本で家が建つくらいなんだから、効いてくれなきゃ困る」
ジョセーフォが笑う。
アメリーオは残りの一本を持って、モリーゴの元に駆けつけると、すぐさまモリーゴにも飲ませる。
「ォォ?ドヲタ?オィピギャギオ?!ジコィド!」
モリーゴが不思議そうな顔をして、目を瞬きながら、ゆっくりと立ち上がった。何度か首を傾げると、体中を眺め回したり、凝り固まった筋肉をほぐすように翼を広げたりしている。アメリーオも早速自分の包帯を外し、嬉しそうに鎧を着込み始めている。
「やれやれ、私がその二本を手に入れるのにどれだけ苦労したことか、分かっているのかな」
ジョセーフォは豆茶を飲み干すと、モリーゴの包帯を外してハーネスを取り付け始めた。
用語解説
・ワンポイント・エスペラント語
久々のアメリーオ達の登場で、少しだけエスペラント語が出てきました。
「Cxu vi povas movi?」
→「動けるか?」
エスペラント語の疑問文を表す言葉にCxuというのがあります。文頭にこれをつければYes/Noで答えられる一般疑問文になります。
Viはあなた、Povasは能力、Moviは動くなので、合せて「あなたは動けますか?」となります。
「Kial vi iris sola?」
→「なぜ独りで行った?」
疑問文を表す言葉は他にも、英語の5W1Hのような疑問詞があります。
kio=なに、kiu=だれ、kia=どんな、kies=だれの、kie=どこに、
kial=なぜ、kiel=どんなに、kiam=いつ、kiom=いくつ
と言った具合です。
Irisは行く、Solaは独りですから、「なぜ独りで行った?」となります。
「Mi tiom maltrankviligxis pri vi」
→「私はお前のことがとても心配だった」です。Miは私、Tiomはそれだけ、trankviligxisは安心したですが、Mal-(マル)がつくのでそれの反対、つまり心配したとなります。
・狂気の種
モリーゴが見た黒い竜のことです。クジラのような形をした流線型で、首も翼もなく、二本の白い足と、大きな歯と、青白く燃える瞳を持ちます。
空を飛ぶことだけではなく、地上を歩くことも、海の上を滑るように進む事もできます。
テレパシーで魔獣に直接呼びかけて仲間を集めて、エネルギーを吸い取っては、咆哮で街や森を焼く厄介なやつです。
数年おきに発生して、領域内を破壊してまわります。どうにかして倒すか、うまく誘い出して東の山脈の向こうの辺境の領域に追い出すしか方法がありません。
・綺麗な装飾の施されたガラス瓶に入った怪しく色を変え続ける奇妙な液体
「オィピギャギオ?!」(回復薬か?!)とモリーゴも言ってましたが、そうです回復薬です。
『危険な冒険に回復薬は欠かせない。一瓶飲めばあら不思議、疲れも痛みも飛んでいく。二十四時間戦えますか』
(異界転生譚 ゴースト・アンド・リリィ 長串望 著 第一章 冒険屋 第六話 白百合と死神の慈悲 の 用語解説より)
・光沢のある柔らかい布をまとった神官のような女
生死の境を彷徨う者の前に現れる神様です。
『顔のない神。千の姿を持つもの。神々の主犯。八百万の愉快犯。』
(異界転生譚 ゴースト・アンド・リリィ 長串望 著 第四章 異界考察 第五話 妛原閠の異界考察 の 用語解説より)