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Wraith  作者: 神威
第二章 禿鷹
22/23

黒妖犬

 招かれざる客ポールを撤退させたルークとアルフレッド。

 アルフレッドとは旧知の仲という様子だったが、一体何者なのか……

 ルークはポールと禿鷲(ヴァルチャー)に何らかの関係性があるように思えていた。


「このうっとうしい剣を早く消してくれ」

「おっと、すみません」

 アルフレッドが地面から聖剣バルムンクを引き抜く。

 すると、ルークの周囲に浮いていた剣が風に舞う砂の様に消えていく。

「……一本しまい忘れてるぞ」

 暁色の剣身が一本だけ突き刺さったままその場に残っている。

 この剣だけ召喚された時から不動を貫き、佇んでいた。

「きっと十三本目ですね……いつもこの剣だけ動いてくれません」

「やる気のない奴まで混じってるなんて、まるで人間みたいだな」

「きっと僕の事をまだ認めてないのでしょう、輝神将に入って一番日が浅いので」

 ルークは地に突き刺さる暁光剣を引き抜くと、家にあった適当な鞘を見繕い、剣を収めた。

 呆然とそれを眺めるアルフレッド。

「あの……何してるんですか?」

「剥き出しの剣が家の前で突き刺さったままじゃ困る」

「そ、そうですね……」

 困惑するアルフレッドに暁光剣を手渡すルーク。

 しかし剣はアルフレッドの手をすり抜け、すとんと地面に落ちてしまう。

「ふざけてんのか?」

「いえ、普通に受け取ろうとしましたけど」

 ルークは再び拾いなおし、アルフレッドの開いた手のひらにしっかりと置く。

 だが剣はまるで持ち主から逃げるように重力を無視した動きで地面に落ちる。

「こいつもお前の事を嫌いなのか」

「……どういう意味ですか?」

「なんでもない」

 とりあえず暁光剣はルークが預かるということで落ち着いた。




 ルーク達は家を後にし、各々が目的地に着くまである程度話を交わした……

 アルフレッドとポールが孤児院で育ったこと。

 流行り病によって生まれ育った村と親友のポールを失ったこと。

 行き場を失くしたアルフレッドに聖女が軍隊へと救いの手を差し伸べたこと。

 

 ルークは彼の振る舞いから、貴族の生まれが成り行きで騎士になったものとばかり思っていた。

 彼の優しさは騎士としての義務からではなく、自身の境遇から生まれたものだった。

 とはいえ、ルークにとって彼の正義と自信に満ち溢れた性格が苦手な事には変わりないが……



「オレが蛇の毒にやられた事は誰が知ってるんだ?」

「ロビン君は当然として僕とエステル、ドレッドさんとお医者様くらいですね」

 ポールはルークがエキドナの蛇毒によって窮地に陥ったことを把握していた。 

 どこから情報が洩れたのか、可能性として考えられるのは……

「ポールも禿鷲の一人なのか……?」

「ヴァルチャー……?なんですかそれは」

 十年前に暗躍した暗殺者集団を説明するルーク。

 アルフレッドの顔は段々と深刻な顔つきなっていった。

「白光の国の者が、青の国でしかも暗殺者と手を組むなんてありえません」

「そうとしか考えられない、お前ならともかく何であいつがオレの事を知ってるんだ」

「それが現実だったらどういうことか分かってるんですか?国家間の問題にまで発展しかねません」

 国際問題と聞いてブルワークの事が思い浮かぶルーク。

 こういった問題に敏感なのはブルース達の筈だが連絡の一つもない。

 少なくとも情報は入っていそうなものだが。

「待てよ……あいつ公には死んだ事になってるんだよな?」

「そうですね。いるはずもない人間なら知らない振りをすればいいだけで話が……」

 その考えに至った時点で聖女に対する不敬だとアルフレッドは首を振って口を噤んだ。

「ポールはもしかして捨て駒として――」

「慈愛に満ち溢れたお方がそんな薄情な事するはずがありません!」

 ポールに対しての詮索はアルフレッドによる一方的な否定で区切られてしまった。



 町の大通り、三叉路に突き当たった所で二人の道はここで分かれる。

 別れ際の前にアルフレッドが一つ尋ねる。

「ルークさん、前に戦ったときにあなたの戦い方は危うさを感じました」

「お前に言われる筋合いはないよ」

 ぶっきらぼうな口の利き方をするルーク。

 しかしアルフレッドはそんな態度に気づく様子もなく続ける。

「何かを守ったり、困難へ立ち向かうのであれば敵を打ち負かすだけで済みます」

 アルフレッドの真剣な眼差しから、目を逸らすルーク。

「……」

「あなたは……まるで殺す為だけに剣を鍛えたような……」

 ルークは返す言葉が見つからなかった。

 見透かしたようなアルフレッドの言葉。

「あの巨人達を殺すときに迷いはありましたか?」

 ようやく望みの質問をぶつけたアルフレッド。

 少しの沈黙の後、ルークは剣に手を添えてこう答えた。

「こいつで迷いも斬れたら、オレだって楽に生きていける」

 そう吐き捨てると、ルークは行き交う人混みの中へと消えて行った。

「人は迷う者か、やっぱり彼は剣聖の意思をついだ暗殺者か……」

 彼の答えを聞いて、肩の荷が下りた様な気がしてアルフレッドは苦笑いした。

「言葉に出すとやっぱり良く分からない人だ」 




 服飾店バーミリオン



 時刻は早朝、相変わらず黒と白の服だらけの店内は閑古鳥が鳴きそうだ。

 ルークの扉を開く音と鈴の音が聞こえたのか、店の奥からレジーナが姿を現す。

「いらっしゃい、おや……アンタ毒で倒れたって聞いたのに」

 頭のてっぺんから足のつまさきまでじろじろと眺めるレジーナ。

 またよからぬ事を考えてそうな顔をしている。


「本調子じゃないけど歩く程度ならもう大丈夫だ、ロビンはどうした?」

「あたしが起きた頃にゃもう居なかったよ、ナティと散歩でもしてるんじゃないかね」

「町中で傭兵に追いかけられてたぐらいだぞ?そんな悠長な事できないだろ」

 何か心当たりがないのかと聞くルークに、レジーナは目を閉じて唸る。

「そういやアンタの仕事着を気にしてたね、持ってくるの忘れてたとか」

「まさか、たかが外套の為にあの屋敷に一人で戻ったのか!?」

 ルークの言葉に何か引っかかったのか、レジーナは眉間に皺を寄せた。

「正確にゃ一人と一匹だよ。それとあたしの作った物に『たかが』とはなんだい」

「あれはレジーナが作ったのか……」

「あのイモータルコートは境界池の宵水と黒霧の魔力を織り込んだ一級品さ」

 レジーナはまくし立てるようにイモータルコートの素晴らしさを語る。

 焦げ跡や、血の染みが出来なかったのは偶然ではなかった。

 後者については元々黒い事もあり、見えないだけだと思い込んでいたが。

 様々な効果を謳っているが、今のルークには頭に入ってこない。


「その……素晴らしさは分かった、分かったから。とりあえず探してくるよ」

「早くいっといで、ナティになんかあったらアンタ……レイチェルに殺されるよ!」

 レジーナは、普段のひょうきんな雰囲気と違ったドスの利いた声で脅しを掛けた。

 ルークは店を飛び出すと急いで屋敷のある郊外へと向かうのであった。

 


 シアン領 郊外 


 一方その頃、ルーク達の心配をよそに屋敷に向かって歩くロビンとナティ。

「僕一人でも大丈夫なのに、どうしてついてくるの?」

「おいらは、ばんけんだからね!まもってあげないと」

 嬉しそうに尻尾を振ってロビンの周りを元気に走り回っている。

 ナティの小柄な体では護衛の役目を果たすには少々心許ない気もするが。

 それでもロビンは申し訳なさそうにありがとうとほほ笑むのであった。


 屋敷にたどり着いた二人は庭で置き捨てられたルークのイモータルコートを見つける。

「あった!」

「やったね!」

 ロビンがそれを手にした時だった。

 後ろから空気が震えるかと思うほどの大きく低い笑い声が周囲に響き渡る。


「がはは!おいおい!まさか本命が釣れるとはよぉ!」

 声がする方へロビンが振り向くと……

 どこに隠れていたのかと思うほどの巨体の大男、アガートが立っていた。


「……本命はレイスだったんだがな、拍子抜けだな」

 大きなアガートの背後から姿を現したのはシルクレイと白狼。

「つれねえな……白狼の旦那。この仕事が終われば俺達もまた昔みたいに大暴れできるぜ」

 アガートの興奮をよそにシルクレイは深くため息をつく。

「こいつらでは錆びた剣を研ぐ事もできん。さっさと連れて行くぞ」

「旦那は随分丸くなっちまったな。俺が藍鉄監獄にぶち込まれてから何があった?」

 外見で言えばアガートの方が歳を取っている。

 しかし彼はシルクレイの過去の戦いや冷酷さに尊敬を込めて“旦那”と呼んでいた。

 アガートの言葉を耳にもいれずシルクレイはそそくさと白狼と共にその場から去ろうとする。


「……?」

 が、しかし白狼の様子にシルクレイは異変を感じ取る。

 白狼がロビン達を見て、わずかに震えている。

「シルバ、どうした」

 シルクレイは動物が持つ野生の勘を信頼している。

 大きな白狼のシルバが、子供と子犬を前にして警戒の構えを取ったことに疑いを持たなかった。


「生死問わず……だったよな?旦那は外を見張っててくれや、殺してから運ぶ」

「ひっ……!」

 アガートは銀色に鈍く光る右手で握り拳を作り、大きく肩を何度も回す。

 ロビンとナティどちらから潰してやろうかと品定めをしている……

 ロビンは腰を抜かし、ただただ身震いしかできなかった。

 せめて巻き込んでしまったナティには逃げてほしいと切に願った。

 しかし、ナティはその場に座り込みアガートにきょとんとした顔で首をかしげている。

「くぅーん?」

「肝が据わった犬っころだ……こいつからにするかぁ!」

「ナティ!!逃げて!!」

 アガートの怒声と共に膂力が乗った全力の拳がナティに迫る!

 地面が震え、重い金属音が辺りに響く。


 むせたくなるほどの土煙が晴れていく中で、聞こえたのはアガートの唸り声だった。

「どういうつもりだ……」

「待て」

 アガートの拳はナティの眼前で、シルクレイの剣に押さえつけられ地面に埋まっていた。

 目にも止まらぬ俊足と剣さばきは、アガートを止める事すら容易いようだった。

 悔しげに暴れるアガートに対し、それを止めるシルクレイは汗の一つもかいていない。

「分かった!話聞くからその剣を退けろ!!」

 シルクレイが剣をどけるとアガートは地面に唾を吐き捨てる。


「その犬……何か不吉な物を感じる」

 一見ただの黒い毛並みの子犬にしか見えないが、シルバはいまだに警戒を解かない。

 解くどころか、獲物を前にした様に姿勢を低くし唸り始める。

 この子犬のどこにそれほどの脅威を感じているのだろうか。

 その疑問はすぐに晴れる。

「……む!」

「なんだ!?」

 突然の出来事で何の予兆も無かった。

 炎が吹き荒れ、アガートの指先とシルクレイの剣先を撫でるように包むとスッと消えた。

 遅れて来た熱風と蜃気楼がまるで警告の様に二人の視界を歪ませる。

 シルクレイは黒ずんだ剣先を観察して、ふと頭に浮かんだ単語をぽつりと呟く。

「……ヘルハウンド」

「この犬、何しやがった!?」

「くしゅん!」

 ナティは土埃が鼻に入ったのか、くしゃみをしてぶるぶると体をひねる。

 炎の事など気づいてすらいない、シルバの身構えた様子と比べて真逆と言っていい。

 

「義手で良かったな。生身なら消し炭になっていた」

「ああ……旦那の言う通りだ」

 ナティの思わぬ反撃に戸惑う二人。

 しかし手練れの暗殺者がその程度で諦めるはずもない。

「そうか、この町には有名な墓地があったな。そこから来たのか?」

 シルクレイは過去に聞いた逸話を思い出し、ぶつぶつと独り言を重ねる。

「伝説が本当ならこの犬を殺せば呪いで三日間は燃やされ続ける。そいつは放って子供を連れていけ」

「チッ……しらけるぜ」

 アガートはロビンの首根っこを掴み、コートを奪い取るとナティに投げ捨てた。

 ナティの姿がコートに被さって見えなくなってしまう。

「ガキ連れてコバルトまでは行くのはかったりいなぁ」

「お嬢の悲願の為だ、我慢しろ」

 禿鷲の二人と一匹は獣道の暗がりへと消えてしまった。


 


 ロビンは肩に抱えられ必死に抵抗してあばれるが金属の腕はびくともしない。

「僕をどうするつもりですか!」

 騒ぐロビンの頭に布袋をかぶせ、紐で縛るシルクレイ。

 アガートはあくびをして、気怠そうにのっしのっしと歩き始める。

「さっさと馬を探すとしようぜ……どっから奪うか」

「そうだな、とはいえ……馬だけではな……」

「んだよ……何が言いてえんだ」

 シルクレイの歯切れが悪い返事に苛立つアガート。

「お前の体格では馬が潰れる、馬車を探すぞ」

「…………」

 アガートはシルクレイの寝首を掻こうと考えたが、想像できなかったのでやめた。


 先を歩いていたシルバが歩みを止める。

 同時に二人も気配を察知して前方の木陰を見やる。

「やあ、ここにいたんだね」

 二人を迎えるように出てきたのはポールだった。

「おお!ポールじゃねえか!」

「貴様……!屋敷でエキドナと共にレイスを討つ算段はどうした」

 剣を抜こうと構えるシルクレイにアガートが仲裁に入る。

「旦那、落ち着けよ。こいつは俺を脱獄させた――」

「知っている。お嬢によからぬ悪知恵を吹き込んだのもこいつだ」

 殺意を露わにするシルクレイにポールは物怖じするどころか笑みを浮かべる。

「やだなあ、少し背中を押しただけだよ。それに馬車も用意してあるよ」

 無言の空気が流れた後、耐えきれずにアガートが口を開いた。

「こいつはまだ使える。ちんけな傭兵よりましだ」 

「アガートさんの言う通り!ボクにも裏の世界で腕試しさせてよ」

 シルクレイの神経を逆撫でするような物言いでポールは彼を煽る。

 シルバが彼の足元に擦り寄り、こちらを見つめる。

 それはまるで『落ち着け』と言っているようだった。 


「……貴様は何をしていた。それにエキドナはどこだ」

 アガートと合流し、屋敷に着いた頃には既にエキドナの姿は無かった。

 あったのはレイスの仕業と思える地面や草に刻まれた剣閃の跡。

 その中心は広がる血の海が乾いて、黒い染みが広がっていただけだった。


 シルクレイにとっては確かにこの仕事は気が乗らないものではあった。

 しかしかつて共に戦った仲間がどういう顛末を辿ったのかも分からない。

 ポールが予定と違う行動を取っている事も不審な点に拍車が掛かる。


「ボクは毒が回ったレイスにトドメを刺しに行ってたよ」

「抜かせ!エキドナの蛇毒に掛かればどんなに強健な奴も三日は持たん」

 ポールは深く溜息をついて呆れた様に言葉を返した。

「それが生きてたから困ってさあ、結局失敗しちゃったけど」

 まるで他人事のように話すポールにシルクレイは無言で睨み返すだけだった。

 アガートは正直どうでもいいといった様子で忠告した。

「殺しても構わねえが……メイルが何言うか分かんねえぞ」 

 怒りを押し殺し、構えを解くシルクレイ。

「お嬢に感謝するんだな……」

「まあ目的は達成したんだしさ、早く行こうよ」

 そうだ、と彼ははまるで忘れてたように付け足してこう言った。

「エキドナさんなら馬車で待ってるよ」

 殺伐とした空気の中、ポールは無邪気に笑みを浮かべた。

文章に変な点、荒い所を見つけ次第


添削・修正しております。

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