表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Wraith  作者: 神威
第二章 禿鷹
20/23

聖騎士の葛藤

 青碧の国 西の海上


 どこまでも続く海原の向こうに水平線が見える。

 太陽は半分ほど海に姿を沈め、空を赤く染めていた。

 そんな景色の中、空を走る一つの影。


「わあ、綺麗な夕焼け……」

 黒霧(こくむ)の魔女、レイチェルは海を眺め感嘆の声を上げていた。

 宙に浮かぶ杖に腰を下ろし、海の上を悠々と飛ぶ彼女。


 魔女の茶会へと向かうため、彼女は西側の海に浮かぶ島へと向かう途中であった。

 主催は青海の魔女ルーシー、名の通り海に囲まれた場所を拠点としている。

 ルーシーは自身の魔力が人間達に影響を与えないように、人目を避けて暮らしている。


 長距離移動に苦ではなかったレイチェルだが、少し支障が出始めていた。

「あー、寒い!お尻も痛くなってきたな」

 薄着で潮風に当たり続けたせいか、少し体が冷たい。

「なんでこんな遠くに住んでるんだか、もしゲートが使えれば今頃……」


 ハーディが管理する冥府の門、ゲート・オブ・ハデス。

 墓石を軸とし別の墓石へと瞬間移動する手段。

 一見便利に見えるが細かい条件が重なってようやく発動できる代物なのだ。

 管理者のハーディは気軽に使わせてくれるが……

 問題は肝心の墓石がルーシーの住む海上都市に存在しない事だった。

 彼女の住む島では“水葬”が常識となっている。

「門をくぐっていきなり海底なんてたまったもんじゃないし」

 いかにして楽ができるか考えるレイチェル。


 どこからともなく出した鞄の中を無心でまさぐり始める。

「そうだ!黄砂の魔女から貰ったアレが……」

 丸まった布きれを空中に放り出すと綺麗に広がって浮かび始める。

「魔法の絨毯!」

 杖から勢いよく絨毯に飛び込むレイチェル。

 彼女を優しく受け止める絨毯の心地よさにうっとりとした顔で仰向けになる。

「じゃあ私は少し寝るから、あとよろしくね」

 次は鞄から毛布を取り出すとレイチェルは眠りに入ってしまった。

 まるで空飛ぶ寝床と化した魔法の絨毯はゆっくりと水平線の彼方へと向かった。

 しかし彼女は気付かなかった、後ろから迫り来る雷雲の姿に……



 シアン領 モーガンの家


 町外れの切り立った崖の上にぽつんと構える一つの家。

 ルークとモーガンが長い年月をそこで過ごした。

 今そこには複数の人間が病人の寝るベッドを挟んで喧騒が飛び交っていた。


 白衣の男性がエステルに向かって言った。

「君達の使う光の魔法というのは肉体を一時的に活性化させてるだけで……」

 エステルが食いかかる

「うるっさいわね、さっきから同じことばかり!だからなんなのよ」

「……要は寿命までの時間を前借りして、縮めているだけだと言っているのです」

「元軍医だかなんだか知らないけどね、私は!これで!人を救ってきたのよ!」

「エステル、病人の前でやめないか」

「うるさいわね!あんたはちょっと外してなさい!」



 やれやれと行った様子で席を外すアルフレッド。

「参ったな、こうなったエステルはしばらく時間を置くしか……」

 扉を開け、外の空気を体にゆっくりと取り入れる。

 すっかり陽は沈み、夜風がアルフレッドの頬を撫でる。

 ふと、視界の端に目を向けると家の壁に一人の男が腕を組み寄りかかっていた。

「あなたは確かドレッドさん……でしたよね」

「ああ、しがない墓守さ」

 彼が案内してくれたおかげでアルフレッド達はルークを家に運べたのだが……

 ここは以前、巨人の男が現れたという事件で一度訪れている。

 その時には目的のモーガンにも会えず、兵士たちからも彼の情報も一切語られることはなかった。

 アルフレッドにとって、今ベッドで寝ている青年が何者なのか気になって仕方がなかった。

「彼は一体何者なんですか?」

「……」

 ドレッドは口を閉ざしたまま、困ったように低く唸る。

 ロビンが助けを求めた男女の旅人が、よりにもよって白の国から来たこの二人だったとは。

 余計な事を言って、悪い展開になる事だけは避けたい。

 どうやって辻褄を合わせるか、必死に考えていた。

「エステルには記憶が無いようですが、僕はエルムで彼と剣を交えたのを明確に覚えています」

 ルークとレイチェルの報告通り、アルフレッドに人払いの黒霧は効いてないようだ。

 ドレッドは姿を見られていないという点に利がある、無関係な人間を装う事もできるが……

「エルムっていうと、最近事件があったアレか」

 なぜ戦った相手の事を覚えておきながら助けたのだろうか。

 そのことが気になりアルフレッドは話を合わせてみることにした。

 すると、アルフレッドは悩みを打ち明けるように心情を吐露した。

「あの事件以来、僕は誰と戦えばいいのか迷うようになりました……」




――それは、エルム領でアルフレッドとルークの戦いが終わった後の話……


「聖騎士様!大変です!」

「どうかしましたか?」

「突然エルムの騎士達が次々と巨人に変貌し敷地内で暴れまわっています!」


 気絶したエステルを使用人と共に避難させ、アルフレッドは東側にある騎士の宿舎へと駆け足で向かった。

 その時は幽霊と名乗った男がの口にした巨人という存在を一切信じてはいなかった。

 崩壊した宿舎を徘徊する大きな人影を見るまでは……


「おい!一体どうしちまったんだよ!クソ!」

 一人の騎士が巨人と対峙しているのが見える、騎士は必死に巨人へと声を掛けるが荒い息を吐くだけだ。

 騎士の剣と巨人の拳がぶつかり合い、騎士は今にも潰されそうだ。

「正気に戻れよ!馬鹿野郎!なあ!なんか言えよ!」

 アルフレッドは横やりを入れるように、盾を構えながら巨人の脇腹へと体当たりで吹き飛ばす。

「大丈夫ですか!他にも何体もいるみたいです、早く立って!」

「あ、あんたは!?」

「僕は聖騎士アルフレッド、あなたはエルムの騎士ですよね?」

「そうだ、ジョウでいい」

 手短に自己紹介を終えた二人は、互いに背を預け、迫りくる巨人たちに剣を構える。

「先程のやり取りを見る限り、話の通じる相手ではなさそうですね」

「ほんの少しまでは通じてたんだ、酒を飲んだとたん皆おかしくなっちまって……」

 会話を遮るように次の巨人がとびかかってくるところをアルフレッドが剣で斬りはらう。

 剣から轟音が鳴り響き、巨人が地に伏せる。

「これが元は人間だったと……!?」

 ジョウの方へ振り返り驚愕の声を上げるアルフレッド。

「おい、油断するな!こいつらはちょっと斬ったくらいじゃ大人しくならねえ!」

「大丈夫ですよ、僕の聖剣バルムンクは一撃で敵を――」

「危ねえ!」

 倒れていた巨人は聖剣が生み出す衝撃波など効かないといった様子で既に立ち上がっていた。

 巨人は歯をむき出しにして、アルフレッドを噛もうとした瞬間だった。

 ジョウは身を挺してアルフレッドを押し出した。

「ぐああぁぁ!」

「ジョウさん!!」

 ジョウは失った右腕を抑えながら必死に歯を食いしばっていた。


「うおおおおお!!!」

 アルフレッドは叫びながら盾を構えると突進し、凄まじい力で巨人を吹き飛ばす。

 ジョウの元へ駆けつけるアルフレッド、しかし彼が目にしたのは予想と違った結果だった。

「どうしちまったんだ……俺の体……」

 ジョウは右腕からは真っ赤な煙を噴き出し、千切れたと思われた腕が植物のように凄まじい速度で生えだしていた。

 アルフレッドは吹き飛ばした巨人の口元に目を向けるが、ジョウの右腕は確かに咥えている……

「これは……一体……」

「俺も少しあの酒を飲んだからか……?」

 ジョウの不可解な現象は一瞬で終わったが、事態が収まった訳ではない。

 再び起き上がり続ける巨人達を斬っては払い退ける戦いが続く……

「……少し時間を頂けませんか?」

「かまわねえぞ、今の俺なら多少、体が張れそうだしな」


 アルフレッドは盾を構えて瞼を閉じると祈るように呪文を詠唱し始める……

『光よ!我が盾に集いて悪しきを隔てん……顕現せよ―』

 盾に光が集まり始め、周囲を照らし始める。

『ディバイン・ジェイル!』

 光は様々な色を宿し、極彩色の硝子の障壁が辺りを包み始める。

 アルフレッドは盾を地面に突き刺すと巻き起こる突風と同時にジョウを連れ出し撤退する。



 一度身を引き、建物の陰で息を整える二人。

 取り残された巨人たちは極彩色の障壁を壊そうと試みるが、弾かれて何もできない。

「そんな芸があるなら最初から使えよ……!」

「この魔法はブリュンヒルデの盾が吸収した光の分しか出せないんです!一度使ってしまったので……もってあと数分です」


 いくら常勝無敗の聖騎士といえど、人の身である以上戦い続けるのには限度がある。

 ジョウは体の節々から血の色の煙を噴き出しながら体を再生しているが疲労が消えている訳ではなさそうだ。

「一体どうすればいいんだ、あの人達を戻す術はないのか!?」

「アルフレッド、あんた……気づいてるかい?最初に……弾き飛ばした……あいつを」

 最初に吹き飛ばした巨人はあれ以降襲い掛かっていない。

 物陰から顔を出し、障壁越しに倒れた巨人を覗くと、首元に木の柱が突き刺さったまま微動だにしていない。

 それによく見ると血の気を失いしぼんで白くなっている。

「なあ……あいつらの弱点は……首なんじゃねえか?」

 アルフレッドは、はっとした表情であることに気づき驚愕する。

 幽霊とのやり取りを思い出す……


『あの巨人達も好きで殺したんじゃない』


 パーティ会場に転がっていた無数の首……

 言い訳だと思っていたが本当に彼はやむを得ず戦い、巨人を殺したのか。

 今までアルフレッドが戦ってきた者達は“戦う意思があった者たち”である。

 意思すら分からずただ殺人衝動に走る化け物相手に剣を振るってきた訳ではない。

 彼らも元はエルムの騎士として、人の生をまっとうしていたはず。

「聖女様ならこんな時なんと……」

「あんたは俺より強いだろうが!何を今更怖気づいてんだよ」

「なら、あなたは同志を殺せるんですか?!」

「さんざん斬りつけた後に聞くんじゃねえよ!俺は右腕も食われたんだぞ、もう人間じゃねえ!」

 急に躊躇いを見せるアルフレッドに怒りを露にするジョウ。

「お前の国はどうだか知らないけどな、俺達はいろんな奴らを蹴落として、やっと騎士に成り上がったんだ」

 ジョウは立ち上がり、剣を担ぐと障壁の方へと歩き出す。

「どうせ俺達はロクな集まりじゃなかった……いつか殺しあう日だって来てたかもしれねえ」

 アルフレッドの聖盾が作り出した障壁も徐々に色を失い、徐々に脆く零れ落ちていく。

「……それが今日来ただけだ!」

 ジョウは巨人に立ち向かって走り出していった……



 アルフレッドは突如生まれた葛藤に困惑し、どうすればいいか分からず立ち尽くしていた。

 幽霊との会話で放った言葉が、全て自分に返ってくる。


『あなた達のような“非道”と僕達の“善行”を取り違えないで下さい』

『僕は悪を裁き、正義を貫く。この剣で悪事を裁く事は、あなた達が人を殺めるのとは訳が違う』


 彼が放った言葉の意味が今更伝わってくる。


『眩しい奴だな。まるで……人を殺す事が至極真っ当に聞こえてくる』


 全て聖女様の意思という名目で人の命を葬ってきたアルフレッド。

 それが正しいと、信じて今まで行動してきた。

 今、彼は自分の意思を問われている。

「僕はどうすれば……」


 ジョウの先ほど言った言葉は本心ではないだろう。

 あれが本心なら戦いながら声を掛けたりなどしないはずだ。

 ジョウは自分の意思で、仲間を殺すと決意したのだ。

「アルフレッド!!」

 目の前でジョウが巨人に肩を噛まれ、こちらに助けを求めている。

「くそっ…!くそおおおおお!」

 アルフレッドは頭の中の靄を振り払い、ただ無心に巨人達へと向かっていくのだった……



 数十分後……

 アルフレッドとジョウは噎せたくなるほどの血と煙が巻き上がる中、最後の巨人を倒した。

「終わったか……」

「…………」

 アルフレッドは無言のまま、盾を拾い上げる。

 あれほど使い込んでも鏡のように傷一つもつかない盾が、アルフレッドの顔を映す。

 頬や髪に付いた巨人の返り血は煙となってすぐに蒸発し、ただそこには暗い表情の自分が映る。

 あの不気味な現場は“こうせざるをえなかった”結果なのか。

 幽霊のしたこと全てに合点がいく。


「ぐっ……うあ……」

 ジョウが突然うめき声をあげる。

 腕がめきめきと盛り上がり、いびつな姿へとゆっくりと変貌していく。

「ジョウさん!!」

「そう……だよなあ……俺だけ……助かるなんて……おかしいと思ってたんだ……」

 ジョウの姿は徐々に先ほどまでの巨人たちと全く同じ姿へと変わっていく。

 目から涙を流し、ジョウは懇願した。

「俺を……殺せ」

「そんな!さっきまで一緒に戦ってた……仲間なんですよ!?」

 変化は止まらず、顔つきも変わっていき、もはやジョウの面影すらなくなっていく。


「グオオオオ!!!」

 先ほどまでジョウだった巨人が雄たけびをあげ、剛腕でアルフレッドを吹き飛ばす。

 無防備だったアルフレッドは衝撃をまともに受け、壁に叩きつけられる。

「げほっ……げほっ……」

 その場で血反吐を吐き、剣を杖代わりにして立ち上がる。

「ジョウ……さん……すみません……」


 目の前の巨人を正確に捉えようとするが、視界が涙で歪んではっきりと見えない。

 アルフレッドは涙を振り払い、高らかに叫んだ。

「僕は聖騎士アルフレッド・ウィル・ロード!!」

「……介錯を執行します!」

 一閃だった。

 アルフレッドの剣が、ジョウの首を斬り落とす。

 落ちた首は徐々に元の顔に戻っていく。

 その表情は、どこか安らかに眠っているようにも見えた。




 跡形も無くなった騎士の宿舎を前にして、アルフレッドは目を伏せる。

 白光の国で死を弔う時のように、拳を胸に当て祈りを捧げる。

 駆けつけた兵士や避難していた会場の者達も安堵を覚え、アルフレッドの行動に賞賛と感謝の声を上げた。

 ゆっくりとアルフレッドは目を開ける。


 幾つも転がった人の頭。

 干からびたような死体の山。

 耳に入る歓声以外は、全てあの光景と変わらない。


『要するに、やる事はオレ達と一緒じゃないか』


 彼の言葉が深く胸に突き刺さる。

 アルフレッドはまるで胸に穴を開けられた感じがした。

 息をいくら吸っても吸った気がしない。

 達成感など微塵もない。

 ただただ、悲しみと虚しさだけが彼を満たしていた。




「関係ない話を長々とすみません」

 アルフレッドはため息をつくと夜空を眺めていた。

「んなこたねェよ……俺も仕事柄、故人への想いを聞くことがある。この国は神父とかいねェからな」

「そうなんですか。僕は彼が起きたら聞きたいんですよ『迷いはなかったのか』と」

「いやあるんじゃねえかな、あいつも若いし」

「あれ?彼とは顔見知り程度と聞きましたが?」

「ん……!いやこれは憶測ってやつさ、ハハハ」

 ついアルフレッドの話に同情してしまい、素で応答してしまったドレッドは苦笑いをする。

「爺さんが居たらこう言うだろうな。『剣は斬る物、人は迷う者』なんてな」

「人は迷う者……ですか」

 しばらく間をおいて、アルフレッドはドレッドに尋ねる。

「……モーガンさんと仲良かったんですか?」

「え?!これも憶測ってやつさ、ハ……ハハ」


 次の言い訳を探すドレッドにまるで助け船という拍子で扉が開く。

 エステルと言い合っていた白衣の男だ。

 やれやれといった様子でアルフレッドとドレッドに話しかける。

「容態は安定しましたが、どう転ぶかは正直わかりません。本人次第でしょう」

「私はもう行きます、診療所も多くの傭兵でごった返しているので」

「ハハハ、先生もありがとうございました」

 心当たりがあるドレッドは正直、申し訳ないと思いながら二重の意味で感謝の意を述べていた。

「近くでは禿鷹が飛んでいたとか、なんだか十年前を思い出しますよ」

文章に変な点、荒い所を見つけ次第


添削・修正しております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ