16話:最期の時
「風鳥。」
「はい。」
「僕、女の子と話しちゃったよ。」
「それは、それは、良かったですね。」
「へへっ」
俺は、無邪気に笑う。
幸福なひと時だった。
何も悲しい事なんてない、幸せな時間。
でも、それはすぐに終わった。
「…おいっ、行くぞ。」
「ああ。」
「ねえ、風鳥…なんか喉乾いちゃった。」
「わかりました。何か飲み物を買ってきましょう。」
「うん。ありがとう。」
そう言って、俺がひとりになるとそれを待ってたかのように男に背後から、口を塞がれ何か嗅がされる。
俺の意識が遠のいていく。
(まず…い…)
何か、目覚めてはいけないものが目覚めそうになる。
(化け物が、くる。)
その瞬間、俺の意識は飛んだ。
「おいっ、さっさとずらかろーぜ!」
「……。」
「ああ。」
「…おいっ、お前達。その汚らわしい手で俺に触れるな。」
そう言うと、男達は見えない力に押され、後方に吹き飛ぶ。
「元春坊っちゃま?!」
風鳥が、飲み物を買い終え、帰ってきたようだ。
風鳥は、凄く焦っていた。
「…坊っちゃまですか?」
「…誰だ?貴様は。…ああ、もしかして、こいつの下僕か何かか?」
「執事をしております、風鳥です。」
「風鳥か…そういえば、風鳥家はある一人の少年が家を裏切り滅んだと言われている家だな?」
「何が、言いたいのです?」
「いや、分かってるんだろう?」
俺じゃない『オレ』が、不敵に笑う。
背筋がゾッとした。
「とっ、とにかく坊っちゃまを返してください。」
「嫌だと言ったら?」
「力尽くで取り返すまでです。」
額に手を当て笑う、オレは大魔王のようだった。
風鳥が、力強く一歩を踏み出し、オレの顔面めがけて拳を突き出す。
しかし、オレは身体の向きを変えるだけであっさり避けてしまう。
「ちっ」
風鳥は、舌打ちする。
「はぁ…これは、いよいよ本気で坊っちゃまを殺さないといけませんね。」
風鳥の目は、笑っていない。
どちらかというと、死んだ魚の目だ。
「ふぅ…」
息を静かに吐く。
オレは、ニコニコ笑ったままだ。
「来いよ?早く。オレを楽しませろ。」
「やれやれ、なんてわがまま坊ちゃんだ。」
そういうと、風鳥はポケットに手を突っ込み2本のバタフライナイフを取り出し、それを回す。
オレは、楽しそうに笑う。
「手先、器用なんだな。」
「ええ。」
その瞬間、風鳥の目に光が見えた。
そして、手先から全体へと電気が走る。
風鳥は、その電気に耐えられず、うめき声をあげる。
「ぐあっあああっ!」
痛みを感じなくなるまでに1分は、かかった。
風鳥の鼻から血がたれる。
「くっ!流石に強いですね。」
「まあ?世界一だかんねー、オレは。」
「それは、傲慢というものですよ?坊っちゃま。」
「くくっ。」
「…元春坊っちゃま…私は最初貴方が大嫌いでした。裕福な家庭に生まれ、何不自由無い生活を送るあなたが。」
…
『元春、今日からお前の執事の…』
『風鳥です。』
『か…ざ…と…り…、風邪っ!』
『はい。困ったことがあれば、何でもお申し付けください。』
『うむっ!よろしくな?』
あの時の私は、なんでこの家に生まれたのが私じゃないんだろうと自分を呪った。
『…風鳥。僕、ちょっと外行ってくるね。』
『しかしっ!』
『大丈夫。家の敷地からは、出ないよ。』
『そうですか。わかりました。』
『じゃあね。』
毎日毎日、同じ時間に庭へ行っては、何かをし、泥だらけになって、同じ時間に帰ってくる。
私は、泥だらけの服を洗濯する度に「頼むからおとなしくしていてくれ」と願っていた。
そして、私はある日坊っちゃまが何をしているのか、気になり見に行った。
『…ふっ!…はっ!…ちょっと、違う。もっと強くならなきゃ。強くっ!』
彼は、ずっと1人で剣の稽古をしていたのだ。
『…坊っちゃま、どうして剣の稽古などをされているのですか?』
『?…っていつの間にっ?!』
『先ほど来たばかりです。』
『そっか。僕ね、1人なんだ、ずっと。』
『両親がいらっしゃるでは、ないですか?』
『確かに、父上も、母上も優しいよ。だけど、1週間に1度会えたら、ラッキーくらいなんだ。皆忙しくて、誰もいないんだ。たぶんそんな僕のことを知っていて、父上は貴方を雇ったんだ。』
『……』
私は、その瞬間自分の浅はかさを恨んだ。
『…坊っちゃま、すみません。これからは、仕事の一つであなたと遊ぶを取り入れましょう。』
『本当か?…プッ、でもなんか言葉が変だな(笑)』
『申し訳ございません。勉強します。』
『いいよ、その方が気楽だ。』
彼は、笑っていた。
でも、心の底から笑っていたわけではなかった。
…
(坊っちゃま、あなたを救うためなら…私はいつでも死ねます。)
「さようなら。元春坊っちゃま。」
「か…ざ…と…り?」
その瞬間、風鳥は自分の腹部を刺す。
「かハッ!」
「風鳥っ!」
「正気に戻られましたか?」
「いや、それどころじゃないよ!どうしたの?!」
「…フフッ、すみません。私は、もうすぐ死ぬと思います。」
「何言ってんの?!」
「私は、ずっと1人で自分の死場を探していました。そして、今日見つけました。」
「嫌だ!死なないで!」
「坊っちゃま、強く生きないとダメですよ?」
そして、風鳥は死んだ。
人の死というものは、あっさりしていた。
「ごめんなさい。ごめんなさい…ごめんなさい!」
僕は、風鳥の冷たい身体をずっと抱えたまま、泣き叫んだ。
ごめんなさいと謝りながら。




