7話 あるじの資格
私は十五歳にしては小柄な女の子である。
成長期はもう終わった気がするので、制服はもちろん、持参した私服も少し小さめな女性ものしかない。アイ君は十歳らしいけど、身長は私よりも高い。私の服はアイ君に貸せないのだ。
そこで、私は閃いた。
人型の全裸がダメなのであって、獣型の全裸なら何も問題なくない?
「キャウン、キャウン」
はわ~、モフモフかわいい~♡
私はアイ君を抱えてダッシュするも、腕の中の彼は不服そう。
私の腕から降りそうとしている?
自分で走りたいのかな?
獣形態になると、人の言葉は話せないらしい。
だが、そこがいい!!
私はアイ君にほっぺすりすりしながら優しく応じる。
「ダメだよ。アイ君は病み上がりだし、怪我もちゃんと治ってないんだから」
それに、このサイズなら授業も一緒に受けられるかもしれない。
アイ君と一緒に勉強できたら嬉しいな。
なんて、将来をルンルン考えていたときだった。
「フェルミエさんっ!」
校舎に入ろうとしたところで淑女に呼び止められ、私はピタッと止まる。
担任の先生だ。楕円形の眼鏡がとてもクールな女性である。
そんな先生がきっぱりと告げてきた。
「この学園はペット禁止です!」
「ペットじゃありません、私の従者です!」
ちょっぴり、ドヤっと感が出てしまったかもしれない。
だってねぇ? 従者なんかいらんと昨日まで思っていたけど、こんなにかわいい従者ができたら、やっぱり嬉しいじゃん? ちょっと自慢したくもなるじゃん?
実際、腕の中のアイ君も恥ずかしがっているように見える。
ふふ、実に愛いやつめ。ニマニマしちゃう。
「従者……?」
先生が眼鏡をクイッとしながら、アイ君に注視する。
そのとき、私はハッと気が付いた。
入学書類の中に従者申請書があった。
あのときは私には必要ないと書かなかったけど……すっかり忘れてた。書記官を目指すなら、こういうところはしっかりしないと。
私はあわてて謝罪する。
「すみません、今朝従者になってもらうことになったので、まだ書類が――」
「それは、まあ。今日中に提出してくれればいいのですが、先ほども申したとおり、ペットは禁止です。校舎に連れていくなら、きちんと人間の姿にさせなさい」
おや、さすが先生。一目でアイ君が獣人だと気が付いたようだ。
正直、獣人の従者なんてと非難される可能性もあると今になって気が付いたのだけど……そこは容認してくれるようで、ちょっと安心しつつも。
私が目先の問題に対して交渉する。
「……全裸でも、いいですか?」
「はい?」
「あの……彼の洋服の用意がまだなくて……」
上目でおずおず告げる私に、先生が「はあ」と深いため息を吐いた。
「洋服の一着も用意してあげられないで、何が主人ですか」
結果、今日だけは大目に見てくれることになった。
しかし、先生の言うことは最もだ。
洋服も用意してあげられないのに、従者をもつなんて百年早い。
「でも、どうしよう……」
放課後にでも買いにいきたいところだけど、そもそもお金がない。
教科書は支給だったからいいものの、ノートやインクは自費。それすら、私は寮母さんから卒業生が使い残していったものを分けてもらっているくらいだ。
手作りしてもいいけど、安い麻とかじゃなくて、他の従者と同じようなスーツ生地はかなり高価だ。当然、既製品はもっと値が張る。
「休みの日にできる仕事とかあるかな」
そんなことを考えながら、私はギリギリで教室についた。
当然、アネモネちゃんはすでに教室にいる。今日も従者や友達に囲まれているようだ。……挨拶だけでも、難しいかな。
残念に思いながら、自分の席に着こうとしたときだった。
「少しよろしいかしら?」
「ア、アネモネちゃん!?」
なんと、アネモネちゃんから話しかけてくれた。
嬉しい、なんだろう!?
ワクワクアネモネちゃんの席に寄ると、彼女は座ったまま用件を話し出す。
「昨日、うちの所有物を拾ったそうだけど、返してくださらない?」
「所有物? なにを落としたの?」
私が小首を傾げると、アネモネちゃんは私の腕の中に視線を向けた。
「とぼけても無駄よ。その腕の中のものに、うちの刻印がしてあると思うのだけど」
「あっ……」
アイ君のことだ。確認してみれば、腕にある刻印がカリオン家――すなわち、アネモネちゃん家の家紋である。昨夜は治療でいっぱいいっぱいで気が付かなかった。
飼い主……つまり奴隷商はアネモネちゃん家の管轄ということだよね。
なら、アイ君をここまで傷つけたのも……。
当然、迷い犬の飼い主が現れたなら、すぐに返すのが道義。
だけど……私はアイ君を抱きしめ直しながら条件をつけてしまう。
「アネモネちゃんが大事に飼ってくれるなら……」
「馬鹿言わないで――ゼイン」
「かしこまりました」
ゼインと呼ばれたアネモネちゃんの黒髪の従者が、アイ君に手を伸ばす。
「キャウンっ!」
その手を、アイ君が思いっきり噛みついてしまった。
やっぱり……アイ君は戻りたくないんだな。
嫌な思い出がたくさんあるのだろう。
ゼインという従者が舌打ちする。
今度はもっと乱暴に、私の腕を引きはがそうと掴んできて。
痛い。でも、アイ君が嫌がるなら……絶対に離すものか!
「やめて! アイ君は渡さないっ!」
私が叫ぶと、アネモネちゃんがうんざりと告げてきた。
「返さないのなら、あたくしはあなたを窃盗と傷害で訴えても構わないのよ?」
「それなら、私が買い取るよ……出世払いになるけど」
売り言葉に、買い言葉。
でも、我ながらいいアイデアだ!
そうだ、私がアイ君を買い取ればいい!
そうすれば、正式にアイ君は私の従者。
奴隷扱いなんてしない、私がアイ君の家族になってあげられる!
だけど、私の新しい夢をクラスメイトらがドッと笑い出す。
「出世払いとか、どこの酒場だよ?」
「ご実家は借金まみれとのお噂じゃないかしら」
「獣人なんて、しょせん使い捨てですのに」
ケラケラ、ゲラゲラと。
とっさに出てきた言葉とはいえ、私は真剣だ。
素敵なかわいい従者を守ってあげたいだけ。
そんな夢を、新しく抱いただけ。
だけど、アネモネちゃんだけは私の夢を笑わなかった。
「なら明日の学力試験で、出世すると証明できるだけの点数をとってみなさい」
「アネモネちゃん……!」
やっぱりアネモネちゃんだけは私のことを笑わない。悪口を言わない。
変わらない優しさと信用に喜んでいると、アネモネちゃんが立ち上がる。
そして、私の目をまっすぐ見ながら「ただし」と条件をつけてきた。
「できなければ退学してもらうわ」




