5話 ノブレスオブリージュ
「おっと」
私が振り回した箒に、さすがの従者たちも距離をとる。
だけど、彼らは私を鼻で笑った。
「おれたちは狩りの練習をしていただけですよ、お嬢様?」
「狩り? 学園の中庭でバカな言わないで!」
私が箒を振り回しながら叱責を飛ばすと、令嬢が扇で口元を隠した。
「狩りの腕前も、殿方の立派なステータス。それを応援するのも、わたくしたちの立派な嗜みでしてよ」
この人は、何を言っているのだろう?
私が訝しげに眉をひそめるも、彼女が堂々と持論を述べる。
「それに、その獣はただの落とし物ですもの。血が流れても、悲しむ人なんておりませんもの。おわかりになりましたなら、早く寮へお帰りなさい」
モフモフワンコが、落とし物?
その言い方に私が眉間をしかめる前に、彼女は「それとも」と扇の向こうでうっそりと微笑む。
「故郷へ帰るよう、アネモネ様に言われておりましたっけ?」
あぁ、いやだな。
こんな人が、今のアネモネちゃんの友達なんだ。
そんなことを思ったせいか、思いのほか低い声が出る。
「狩りは生きるためにするもので、遊び目的でするべきものじゃない」
貧乏になったからこそ、体感した。
人間、食べるものがなければ生きていけない。
毎日命を分けてもらっている。命を繋ぐための弱肉強食を否定するつもりはない。
だからこそ――私はゆっくりと立ち上がる。
「たしかに定期的に王族主催の大々的なイベントもあるようだけど、それは害獣による近隣住民や農村被害を抑えるために行うもの。ただの貴族の道楽じゃない!」
たしかに、うちは貧乏だ。没落寸前だ。
だけど、爵位は剥奪されていない。私だってまだ貴族だ。
かつて、アネモネちゃんが弱かった私を守ってくれたように。
今度は、私がだれかを守れように強くなるんだ――!
「貴族たるもの、ノブレスオブリージュ――弱いものいじめなんて論外よ!」
私がきっぱり言い切ると、令嬢が憎々しげに眉間を寄せた。
「この貧乏人にも教育が必要なようね!」
令嬢の命令に、従者たちが私に襲い掛かってくる。
覚悟を決めて、箒を構えたときだった。
「さすが、よく勉強しているじゃないか」
パチパチと、気の抜けた拍手が物陰から聞こえてきた。
近づいてくる煌びやかな美青年に、私よりも先に令嬢が彼の名を呼ぶ。
「ルシアン王太子殿下!? どうして、あなた様がこんなところへ……」
「入学式のほかにもやることがあってね、たまたまだよ」
そんな殿下と目があって、私はすぐさま視線を逸らした。
やばい……私、今、めちゃくちゃ箒を武器にしてた……。
「まあ、彼女の論理には配慮が欠けている点もある。ここは、かよわい女性の通う学園だ。子犬の小さな牙が、乙女の柔肌を傷つけないとも限らない」
殿下の言葉に、彼女が前のめりに賛同し始める。
「そ、そうですわよね!? わたくしは、皆様の安全を慮っただけで――」
「そういうときこそ、きみの自慢の従者の使いどころだよね?」
殿下が威圧的に微笑む。
「たとえ鳴き声が勉強の妨げになるとか、誰かの迷惑になる理由があったとしても、力自慢の男なら、そっと学園の外へ逃がしてあげることもできるはずだ。淑女を目指す者なら、それを命じることこそが務めなんじゃないか?」
殿下の黒い微笑みに、令嬢が「ひぃ!?」とおびえてその場に座り込んでしまう。
その哀れな姿に、殿下も苦笑したようだ。
「やんちゃなきみも、これで留飲を下げて……あれ?」
そこで、ようやく気が付いたのだろう。
その場に残っていたのが、落ちた箒だけのことに。
物陰に隠れていた私の耳に、殿下のくすっと笑い声が届いた。
「箒の妖精だったのかな?」
そう――王太子が登場して、私はすぐさまワンコを抱えて逃げていた!
もし、箒を振り回すような乱暴なやつって知られたら……将来、書記官の採用面談で、落とされるかもしれないじゃない?
私はこっそりその場を離れながら、腕の中で今だ苦しそうなワンコを撫でる。
「必ず、私が助けてあげるからね」
私は一晩かけてワンコの治療にあたった。
作り置きの手製薬が効いたようで、朝方には熱が下がった。
ワンコを寝かしたベッドに突っ伏して仮眠をとっていると、誰かが毛布をかけてくれたようだ。
「ママ……?」
私が徹夜で勉強していると、よくママが毛布をかけてくれたな。
思い出しながら振り返ると、そこいたのは全裸の少年。
少し年下の十二歳くらいだろうか。
かわいらしい顔つきだ。だけど、浅黒い肌は傷だらけ。桃色のふわふわくせっ毛がかわいい細身の少年は、何度も確認してしまうが全裸だ。
ただ、あちこちに包帯が巻かれた形跡が残っていて、頭の上にはぴょこぴょこと動くケモ耳があり、おびえたように足の間にモフモフ尻尾を挟んでいる。
そして、ベッドで寝ていたはずのワンコがいない。
ぼんやりした頭で、私が推察した結果は――
「もしかしてワンコ、獣人だったの!?」
全裸の少年がこくりと頷いた。
彼の上腕に、家紋のような文様が刻まれている。
◆
あぁ、今日はなんて嫌な日なのかしら。
まさか、あの子と再会してしまうなんて。
無邪気に成長した親友の顔を思い返しながら、あたくしアネモネ・カリオンは飲みかけのグラスを床に叩きつけた。
ここは、あたくしの自室。
グラスを割ろうと、お友達を跪かせようと、あたくしの自由。
「それで? うちの商品をどうしたって?」
あたくしの質問に、お友達が床に額をつけたまま震えた声を発する。
この子は、俗にいう取り巻きのひとり。あたくしと仲良くしたいというから、ひとつ頼みごとをしてあげたというのに……。
彼女は落とし物を見つけるどころか、あたくしの名を汚す失態を犯した。
「王太子殿下とお話している間に、逃げられてしまい……」
「つまり、殿下にも我が家の不始末がバレてしまったというわけね?」
「も、申し訳ございません!」
あたくしは彼女の頭を足置きに使う。
でも、あたくしの新しい足置きは、主の許可なくおしゃべりするようね。
「し、しかし! 獣人はあの貧乏人が連れていったと思われますので、御許可さえいただければ、すぐにでも――」
「あの貧乏人?」
思わずあたくしが返すと、足置きは嬉しそうに顔をあげる。
「名前はたしか……ナズナ・フェルミエ!」
あぁ、聞きたくない。聞きたくなかった。
思わず足に力をこめすぎたようで、痛がる彼女を尻目に筆頭従者のゼインが「そのくらいにしては」と諫めてくる。
あぁ、あたくしはあの子と再会などしたくなかったのに!
耳の奥に残る彼女の無邪気な声に、あたくしは思いっきり歯ぎしりをする。
本作はワンコくんを愛でるお話しでもあります。
さて、作者から、ここまで読んでくれた皆様へお願いです
「おもしろい!」「続きが楽しみ!」「ワンコくんとの交流たのしみ!」
などと、少しでも思っていただけましたなら、
まだ未登録のかたは【ブックマーク登録】、感想やレビュー、並びに、
ページ下の評価(☆☆☆☆☆→★★★★★)から、応援いただけると嬉しいです。
皆様からの声や反応が何よりのやる気に繋がります。
ぜひご協力のほど、よろしくお願いいたします!




