第9話 単艦決戦思想
「もう一週間は出てないな…」
最近の牧野茂は広島県の呉に置かれた艦政本部出張所に缶詰となっていた。時は1937年に差し掛かろうとしている。彼は友鶴事件と第四艦隊を経て大佐に異例の短期昇進を果たした。平賀譲を予備役に追いやり退場いただき、藤本喜久雄が死去したため、海軍を造船から牽引する人物は彼しかいない。今度の計画が纏まり次第に少将への昇進も暗に示されていた。誰も反対しない。航空巡洋艦最上に始まった快進撃は止まることを知らなかった。さすがに全ての軍艦は見れないため牧野会と呼ばれる若手の有志が分担している。
今の仕事は何と言ってもA140の設計に注力した。今まで抱えていた計画は建造中や起工間近など実現を予定している。それ以外も後輩という仲間に振り分けた。適切な言葉でないが脇目も振らずに走っている。それだけの大仕事を担わされていた。条約は失効している。仮想敵国であるアメリカも相応の戦艦を投じてくると読んだ。地形的にパナマ運河を通過できるサイズの制限が入る。したがって、アメリカ海軍は建造の数を稼ぐことはできても個々の質は頭打ちを強いられた。日本海軍は量は稼げずとも質で勝る。
そういうがポケット戦艦という特異な戦艦を2隻送り出し、ノウハウを基に改善と改良を図った2隻の追加を待っており、航空巡洋艦も8隻の体制を迎えようとした。軽巡洋艦は新5,500tクラスの量産が始まり、艦隊指揮に特化した1万トンクラスも計画が存在する。駆逐艦は艦隊型を適正化した汎用型の量産と並行して防空駆逐艦、二等駆逐艦が待った。質で勝負するというが数でも競っている。
「藤本さんから預かった。これこそ単艦決戦思想だ。俺が無碍にするわけにはいかない」
アナログな時代のため計算用具と紙が頼りだった。とても温かみのある世界だが不便さを感じないわけでもない。これまで正直をいうとノリと勢いで図面を引いてきた。着実にキャリアを積み上げてきたところで急ブレーキをかける。若き天才でさえブレーキせざるを得ない重圧がのしかかった。亡き恩師から私案を預けられただけでなく、日本海軍を越えて大日本帝国の命運を左右する計画を預けられ、何かと悩むことが多いのである。戦艦の時代が終わるからとコンパクトにしては米海軍の物真似だった。戦艦の時代を信じて超巨大戦艦を建造しても航空機の餌である。ちょうどいい落としどころを模索した。
「20インチの51cm砲を基本に10cm高角砲を加え、大量の高角機銃を搭載できる。水上機運用能力は敢えて切り捨てた。他に巡洋艦と行動するし、龍驤の量産型と共同するし、主砲のせいでぶっ壊れてしまうからな。主機関は艦本式タービンを基本としつつ補機に艦本式ディーゼルを入れたハイブリッドを採用した。これにより最速33ノットと長大な航続距離を得る。今までの凝縮だが…はたして」
鉛筆は何本も犠牲に払っている。雑多なメモを含めると紙は千に迫る枚数を消費した。1日が24時間であることをこれほどまでに恨んだことはない。あまりにも時間が足りなかった。今まで積み上げた設計を注ぎ込むが、ただ奇想天外なだけでは勝てず、実直で堅実な設計も数量に押されるだけ。
「防御を考えれば前部集中配置により重要区画を限定できる。ただし、前部に対する重量が過剰だ。前部集中配置は中口径の艦砲だからできる。20インチの主砲でやることじゃなかった」
主砲は18インチ案と20インチ案の二つが存在した。今のところ前者が基本線に進んでいるが牧野案ではないことに留意が求められる。藤本私案を継承して20インチを前提に組んでいた。20インチとは50.8cmの約51cmである。ビッグ7でさえ16インチの41cm砲が一般的な中で10cmもの拡大は規格外を極めていた。一発の威力は全ての戦艦を粉砕できる。
しかし、当然ながら弱点も大きかった。それだけの巨砲を動かすに膨大な労力を要する。一回の砲撃に1分以上はかかった。1分に1回撃つことができれば十分とは言わせない。敵艦は1分に2回か3回は砲撃できるため砲弾の投射量に天と地の差が生じた。百発百中の砲一門は百発一中の砲百門に勝ると言うが、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるの言葉もあり、少なくとも現代の海戦では砲弾の投射量は無視できない。1発も当てられずに沈むことがあり得た。やはり46cm砲に落ち着くことが現実的であるのかと落胆する。
「牧野さん! すみません! 時間いただきましたが試算が出ました!」
「どうだった?」
「いけます! 51cm連装砲3基を前部集中配置して後部に20cm高角砲と155mm高角砲で釣り合いが取れます!」
「手間をかけてすまない。それだと重量が嵩むんだ」
「電気溶接の全面採用で大幅に軽減できます。それは牧野さんが最も理解していることです。それに嵩んでも良いじゃないですか。どうせ一隻しか作らないんです」
「どういうことだ?」
「二番艦と三番艦は空母への転用が内部で承諾を得ました。牧野さんの設計ならと」
「でかしたぞ!」
もはや腹心たる後輩が飛び込んできた。造船屋としては甘々であるが非常に気が利くので可愛がっている。最近の缶詰め状態を心配して外部から新鮮野菜の食料や海軍サイダー、羊羹など差し入れを欠かさず、内部で動きがあれば直ぐに教えてくれた。今日もマル秘情報を携える。もっとも、当初の仕事は計算だけは正確で早いため重量の計算を行わせた。かなり酷であるが20インチと18インチ、副砲と高角砲、装甲の厚さなどありとあらゆることを含めている。日本はアメリカと異なり地形的な制約は少なかった。そもそも建造できて修理できるドッグが少なく、海域の水深によっては航行のルートも限定され、何も大きいことが正解ではないらしい。
牧野は愛蔵の前部集中配置を繰り出したが20インチ砲が規格外に重かった。人力を廃して機械を多用することが拍車をかける。三連装砲が理想的であるが重量があまりにも嵩むため無難な連装砲に落ち着いた。ただし、砲弾の投射量を考えると3基6門は必須である。なんとか4基8門にできないか苦心するも不可能が判明した。これに伴い副砲で補うことを考えているが重量の問題はどこでも付き従ってくる。
電気溶接を多用することでリベット打ちに比べて大幅に軽減できるが規格外過ぎて効果は薄かった。それでも軽量化できるならばと全面採用を予定する。水上機の射出機と本体も全廃してまで軽くしようと試みた。水上機の偵察は航空巡洋艦に委託する。龍驤の量産型が艦隊随伴の補助的な軽空母を務めるため偵察機は任せられた。弾着観測に関しては電探の搭載を大前提として最新型のアナログ式電算機も備えることで解決を図る。
「主砲を前部集中配置としますので後部に副砲を集中させます。20cm四連装砲を2基ずつ並列に4基と両舷には10cm高角砲10基ずつ置きました。これならば釣り合いがとれるかと」
「それでも前のめり気味だ。それに副砲を増やしすぎると弾薬庫が誘爆するかもしれない」
「だったら厚くすればいいだけです。いいですか。牧野さん。俺たちは世界最強の戦艦を作るんです。表向きは3万5,000トンですが5万トンに増えて10万トンに迫りましょうよ」
「お前に焚き付けられるなんてな。よしわかった。今から図面を引き直す。手伝ってくれるか」
「はい!」
海軍御用達の地元の蕎麦屋に出前を頼んだ。
今日中に仕上げよう。
続く




