第10話 赤城改装
佐世保の海に佇んだ。
「いい艦だ。我ながら褒めてやりたい」
「ちょっと! なに触っているんだ! 改装したばっかりなのに!」
「おん?」
呉から佐世保までは列車ではなく旅客機を選んでいる。やや怖ったが速達性は流石だった。なぜ佐世保に訪れたのか。それは航空母艦である赤城の大改装が終了を迎えたからだ。旧時代の巡洋戦艦と建造されたが軍縮条約に伴い加賀と仲良く空母へ改造が行われる。当初は黎明期らしい三段式航空母艦と誕生した。新型艦載機が続々と登場すると三段式では対応しきれないことは明白である。したがって、オーソドックスな一段全通式飛行甲板に直す大規模な改装工事が行われた。
その設計を引いたのも牧野茂である。お前は大型空母も引けるのかと驚かれた。今後の主戦力となる以上は妥協できない。大型艦から小型艦まで己の信念に基づいて図面を作成した。加賀に関しても参加したが赤城の方が手直しするところが多い。旧時代の老人や理解力に乏しい者共の試案を心の中で笑い飛ばした。表面上は黄金仮面を被る。最終的には牧野案を入念な根回しの上で押しとおした。そうして完成した赤城のピカピカな飛行甲板を歩いている。
「あんた甲板が汚れるでしょうが!」
「それは大変申し訳ない。一応新品の靴できたつもりだが」
「俺たちが磨いているんです!」
「素晴らしい心がけだ。物を大切にする。それは日本人の誉れだ」
「おい! おまえこそ何をしてる! よく見んか! 牧野造船少将だぞ!」
独り歩きをし過ぎたようだ。警備なのか若い水兵が怒り心頭とやってくる。同じ海軍の軍人であろうと自分達が磨き上げた飛行甲板を汚されることが堪らなかった。古い物を大切にする精神は守らなければならない。ここは素直に謝罪した。しかし、若い水兵の上官らしき男がアタフタしている。士官ですらない若者が造船のインテリジェンスな少将を叱責した。何よりも規律が重要な世界では顔面蒼白に陥る。ようやく事態の重大さに気づいた。若いなりに誠意を示そうと90度の最敬礼である。上官らしき男がすかさず殴ろうと拳を振りかぶった。
「いけません。私の目の前で暴力は認めません。これは少将の命令です」
「そ、それでは示しがつきません。何か罰を与えなければ」
「掃除をさせればよろしい。掃除はダメージコントロールに繋がる。日頃から物を大切にすることは被弾時の応急修理に出てきます。身体を痛めつけても変わりません」
「わかりました。仰せの通りにいたします」
「申し訳ございませんでした」
「精進しなさいね」
いかにも外向けな付け焼き刃の対応であるがスマートさを見せつける。自身が最前線に立つことはあり得なかった。自分の考えた艦艇ふねで死にに行く。海上の規律のためというが、こんな小さなことで体罰は認めるわけにはいかず、精進の一環と掃除を徹底させた。ダメージコントロールに繋がるというのは場当たり的な理由であるが馬鹿にできないと改めて考える。どこか気まずいため新型機が並ぶ甲板後方へ移動した。
「三菱の九六式艦戦か。本当に美しい飛行機だ。この無駄を削ぎ落した赤城にこそ相応しい。20cm砲なんて要らないし、煙突も艦橋一体型で十分だし、めちゃくちゃだったぞ」
恨み節が漏れるも最大限の静粛に抑えている。元が巡洋戦艦のため致し方ないが大改装は新造に等しいと言われる程の難工事だった。工数も多く牧野氏の設計にしては珍しい。大きな反省と貴重な経験と残った。今のうちに経験しておくことが重要である。これから量産型を突き詰めていくに向けて個人的にも組織的にも勉強になった。紙の上だけではわからないことはゴロゴロと転がっている。
彼の設計では砲撃用の20cm砲は全廃した。まず使いどころがなく砲撃時に甲板が捲れ上がる可能性が指摘される。被弾時に弾薬庫の誘爆も危惧されると全廃で決まった。該当箇所は装甲を張り直して防御力の改善を図る。弾薬庫は適当な物置小屋としたが可燃物の積載は十分に注意するように言っておいた。煙突に関しても一本に纏めながら側方から出すのではない。艦橋と一体型のワールドスタンダートに合わせた。友鶴事件や第四艦隊事件からトップヘビーを嫌う声は確かに上がる。牧野が自ら事件の原因究明にあたったのだから対策は講じていた。被弾の危険性やバランスを損ない転覆など言われるが居住性を優先する。兵士たちの士気が上がらなくては戦える時に戦えなくなった。
「おぉ、高い」
「落ちてもバッチリ大丈夫です。網を張ってますから」
「私を突き落とさないでくれよ」
「お望みとあらば」
「いや、結構だ」
どんなものかと海を見下ろすが結構な高さを持っている。ここから落ちたら生きて帰れないかもと思うがネットを張っていた。落下事故の対策を講じている。仮に落下しても近場の高角砲から救助してもらえた。高角砲の換装と増設も怠らずに八九式12.7cm高角砲に一貫している。新型の10cm高角砲もあったが供給数量が足りなかった。八九式と部品を共通化させて大量製造を急いでいるが贅沢は敵である。八九式は米軍の5インチ両用砲と互角だ。ちょうど背後に士官が立つ。いざ振り返ると見覚えのありすぎる男と見えた。
「源田少佐も見学にいらっしゃった。勉学は大丈夫なのです?」
「論文も提出して余裕があります。赤城の改装が終わったと聞いて居ても立っても居られない。夜行列車に飛び乗りました」
「それはお疲れ様である。日頃から空母と空母と応援してくれて感謝してもしきれなかった。この改装も少佐の組織の応援があってこそ」
「航空巡洋艦など造船から航空機を見ている。牧野少将を応援しない道はございませんでした。超大型戦艦の建造は頂けませんが」
「まぁまぁ、牧野茂も組織の一人ということ。それより、開放式格納庫は便利か。台風が怖いが例の事件から学んでいるはずだ」
「はい。格納庫を広く使えますので作業効率を高められます。不要な廃棄品はすぐに投棄できました。さらに、外部昇降機と合わせて迅速なる発艦を見込みます。ただし、ご指摘の通り、荒天時の故障や被弾時の対応など課題は残りました」
「完璧な物はない。忘れてはいけない」
源田実少佐である。日本海軍の中でいち早く航空戦力の拡充を訴えてきた。牧野設計の艦艇に理解を示すどころか全面的な支援を約束する。私的な組織という研究会を立ち上げて入念な根回しを代理してくれた。赤城の大改装も牧野案を支持してくれる。何かとお世話になったがこれからもお世話になるはずだ。造船屋だけではどん詰まる時が存在する。そんな時に空母を実際に運用する用兵側の声も拾って打開を図った。
源田氏から拾ったと責任を擦り付けた設計が開放式格納庫である。オープンな設計のおかげで格納庫を広く使えた。再利用もできないゴミの類を素早く投棄できるためダメージコントロールに繋がる。火災への耐性など防御面で有利と見えるが自然の脅威が立ち塞がった。日本特有の荒れた海を航行する際に海水が流入してくる可能性が拭えない。特に台風が襲来すると滅茶苦茶にされた。第四艦隊事件が台風の脅威を物語る。台風の予測精度は世界一なのだから予め回避して荒天に巻き込まれないことが対策だった。これと合わせる装備が外部昇降機ことサイドエレベーターである。現時点での評判は芳しくなかったが標準に定めようと赤城で実績を重ねてもらった。
「正直言って、赤城と加賀は継ぎ接ぎだ。本当の航空母艦と言い難い」
「それで改造空母の計画を練られている」
「もちろんだが真の航空母艦は別に考えていた。いつか作ってみる」
「今からでも良いはず、教えてください」
「それはね…」
続く




