断罪と新生の魔王
第13章 断罪と新生の魔王
1. 燃える平安京
時計の針は、ハルアキが山形での虐殺劇を演じてから、わずか1ヶ月後へと進む。京国・首都、京都。千年の都を模して作られたこのサイバーパンク・シティは今、かつてない紅蓮の炎に包まれていた。
「総員、退くな! ここを抜かれれば御所まで一直線だぞ!」「ダメです! 制御システムが……うわぁぁぁッ!!」
上空には、宮国の爆撃機編隊が我が物顔で飛び交い、雨のようにミサイルを降り注いでいる。地上では、京国が誇る最新鋭の自動防衛ドローンたちが、次々とコントロールを失い、同士討ちを始めていた。
『……呪言・強制接続……』
戦場の真っ只中、漆黒の悪夢が歩いていた。土御門ハルアキ。宮国の次世代型強化外骨格を纏った彼は、物理的な破壊兵器であると同時に、歩く「電子ウイルス」だった。彼が指先で虚空に印を結ぶたび、京国のセキュリティ網はズタズタに引き裂かれ、味方であるはずの兵器が宮国軍への道を切り開いていく。
「見ろ、これが貴様らの誇る『雅』な防御システムだ。……あまりに脆い」
ハルアキは冷笑し、眼前に立ちはだかる朱塗りの巨大な門――帝都の最終防衛ライン「羅生門」を見上げた。強力な光学障壁が展開され、物理攻撃を一切寄せ付けない鉄壁の門。だが、元「四柱」のリーダーであるハルアキにとって、その裏口は勝手知ったる庭だった。
「開け、ゴマ。……いや、『開け、無能』でおじゃるな」
ハルアキが漆黒のガントレットに覆われた手で扇子型端末を一閃させる。ズズズ……パリーン!!ガラスが割れるような音と共に、光学障壁が霧散した。
「バ、バリア消滅!? 侵入されます!」「終わりだ……京国は終わったんだ……」
逃げ惑う守備隊を、宮国の戦車隊が蹂躙していく。わずか1ヶ月。金国の策略に翻弄され、ハルアキという怪物の介入により、西日本を支配していた大国は、あまりにも呆気なくその歴史に幕を下ろそうとしていた。
2. 裏切りの回廊
炎上する市街地を背に、ハルアキは単身、御所へと続く長い回廊を歩いていた。かつて、彼はこの道を誇らしげに歩いたものだ。最強部隊「四柱」のリーダーとして。御門への忠誠を胸に。だが今、彼の足元にあるのはレッドカーペットではない。かつての同僚、近衛兵たちの死体と、瓦礫の山だ。
「……ハルアキ様! お待ちください!」
回廊の奥から、数名の陰陽師部隊が飛び出してきた。彼らはかつて、ハルアキの下で働いていた部下たちだった。
「謀反をおやめください! 我々は同胞ではありませんか!」「貴方様の『雅』な心はどこへ行かれたのですか!」
彼らは涙ながらに訴え、結界を張ってハルアキの行く手を阻もうとする。ハルアキは足を止めた。フェイスプレートの奥で、彼の瞳が揺れることはなかった。
「……同胞、か」
ハルアキの声は、氷点下の冷気を帯びていた。
「天国で我々が孤立した時、救援要請を無視したのは誰だ? ……イズナが行方不明になり、私が深海へ沈んだ時、見捨てたのは誰だ?」
「そ、それは……上層部の決定で……」
「そうだ。貴様らは何も悪くない。……ただ、主人の顔色を窺い、友を見捨てただけの『無能』だ」
ジャキッ!!ハルアキの背中から、霊鋼で形成された四本の触手が展開された。
「そして無能は、私の新しい国には不要でおじゃる」
ドシュッ! ドシュッ!「あ……が……」
一瞬だった。触手が陰陽師たちの胸を貫き、彼らは声もなく崩れ落ちた。ハルアキは血に濡れた回廊を、一度も振り返ることなく進んだ。ベンケイは死んだ。ヨイチも死んだ。イズナは行方不明だ。ならば、この国に残る全ての人間は、彼らが味わった絶望を購うための「燃料」に過ぎない。
3. 玉座の真実
そして、ハルアキは最奥の「謁見の間」へと到達した。豪奢な襖を霊鋼の爪で引き裂き、踏み込む。そこには、ホログラムによる神秘的な演出も、威厳ある御簾もなかった。あるのは、炎に怯え、玉座の陰に隠れようとする一人の小柄な老人だけ。
「ひっ、く、来るな……! 余は御門ぞ! 神の末裔ぞ!」
老人がしわがれた声で叫ぶ。京国の絶対支配者。その正体は、テクノロジーで延命措置を施されただけの、醜悪な権力者だった。ハルアキはゆっくりと歩み寄る。その重厚な足音が、老人の心臓を直接叩く。
「……金国のポンコツ兵器を掴まされ、誇り高き部下を切り捨て、最後はこのザマか」
ハルアキは老人の胸ぐらを掴み、軽々と持ち上げた。
「よ、余は悪くない! 騙されたのだ! 金国の銭屋に……そう、あの武器さえまともなら、宮国など!」
「……まだ他人のせいにするか。その『無粋』さ、反吐が出る」
ハルアキは冷めた目で老人を見下ろした。これが、自分が命を懸けて仕えてきた存在なのか。かつて自分が忠誠を誓っていたものが、いかに空虚で、価値のないものであったか。それを確認するための儀式――**『答え合わせ』**の刻が来たのだ。
「終わりでおじゃる」
ハルアキの手刀が閃いた。
ザンッ!!
老人の首が飛び、床を転がる。噴き出した血が、漆黒の強化外骨格を赤く濡らした。ハルアキは無造作にその首を踏み、空席となった玉座にドカと腰を下ろした。燃え盛る御所。崩れ落ちる天井。だが、ハルアキは微動だにせず、モニター越しに全軍へ――そして世界へ向けて宣言した。
「これより、まろが京の……いや、世界の御門でおじゃる」
4. 孤独な王と北の盟約
「……見事だ、土御門」
静まり返った謁見の間に炎の爆ぜる音だけが響いていた。
拍手と共に、瓦礫を踏みしめて巨漢が現れた。宮国軍最高司令官、剛羅将軍。彼は血の海となった謁見の間を見渡し、満足げに頷いた。
「わずか1ヶ月で京国を落とすとはな。……貴様こそ、真の怪物だ」
「……フン。褒め言葉として受け取っておく」
ハルアキは玉座に頬杖をつき、気だるげに答えた。剛羅はニヤリと笑い、ハルアキに歩み寄った。
「約束通り、この国はお前にくれてやる。我々は『霊鋼』と『技術』、そして金国への牽制となる拠点が手に入ればそれでいい」
剛羅が手を差し出す。それは対等な同盟者の握手に見えた。だが、ハルアキはその手を取らなかった。
「……勘違いするなよ、剛羅」
ハルアキの瞳が、赤く怪しく発光した。
「私は貴様らの『飼い犬』になったつもりはない。……宮国(北)も、金国も、いずれすべて私が飲み込む」
「……ほう?」
剛羅のこめかみに青筋が浮かぶ。一触即発の殺気。だが、剛羅はすぐに愉快そうに笑い声を上げた。
「ハハハ! いいぞ、その野心! ……ならば見せてみろ。この乱世で、貴様がどこまで登り詰められるかをな!」
剛羅は背を向け、燃える宮殿を去っていった。宮国軍は撤収し、占領統治はハルアキに委ねられる。それは「自由」であると同時に、世界を敵に回す「孤独」の始まりでもあった。
5. エピローグ:狂ったシナリオ
北陸・金国。CEOオフィス。窓の外、黄金の雨が降りしきる日本海を、無数の軍艦が通過していく。それは京国を滅ぼし、意気揚々と凱旋する宮国軍の艦隊だった。
「社長、ご報告します」
秘書の**雲母**が、冷徹な声で告げた。
「宮国軍の艦隊が、再び我が国の領海を無断で通過中です。……沿岸防衛システムを起動し、迎撃しますか?」
窓際に立つ銭屋・キョウは、苦虫を噛み潰したような顔で眼下の海を睨みつけていた。
「……馬鹿言え。今のあの『怪物』に喧嘩を売るのは得策じゃねぇ。……見過ごせ。通行料は高くつくがな」
キョウは持っていたグラスを床に叩きつけた。ガシャンッ!高級なクリスタルガラスが砕け散る。
「クソッ! 話が違うぜ、ヴォルグさんよ!」
キョウが振り返ると、ソファでウォッカを煽っていたソーシア連邦大使・ヴォルグもまた、不機嫌そうに眉を寄せていた。
「……ハルアキとかいう小僧か。想定以上のイレギュラーだ」
「イレギュラーだ!? ふざけんな!」
キョウは髪を掻きむしり、声を荒らげた。
「俺たちのシナリオは、『京国と宮国を泥沼の戦争に持ち込み、疲弊した京国を借金漬けにして丸ごと買収(M&A)する』だったはずだろ! 兵器の代金も、敗戦の賠償金も、全部パーだ! ……京国が滅んじまったら、誰が俺に金を払うんだよ!?」
そう、金国の狙いは「支配」ではなく「搾取」だった。生かさず殺さず、経済と軍事の両面から首輪をつけて、ソーシアの傀儡として飼い慣らす。それが完璧なビジネスモデルだったはずだ。だが、ハルアキという**「想定外のジョーカー」**は、盤面をひっくり返すどころか、盤そのものを破壊してしまった。
「……債権回収は不可能、か」
ヴォルグが静かに呟く。
「だが、嘆いていても金は戻らんぞ、銭屋。……新たな『魔王』が誕生したのだ。奴をどう利用し、どう処分するか。次の賭け(ベット)を考えるのが商人の仕事だろう」
「……チッ。分かってるよ」
キョウは新しいグラスを取り出し、乱暴に酒を注いだ。日本の勢力図は塗り替わった。東国、天国、金国。そして、ハルアキが支配する新生・京国(実質的な宮国の傀儡)。四つ巴の均衡は崩れ、より激しく、より血なまぐさい最終戦争へのカウントダウンが始まっていた。
「……高くつくぜ、ハルアキ。テメェの首の値段は、青天井だ」
黄金の雨が降る夜の街で、計算を狂わされた死の商人の、苛立ちに満ちた呟きだけが響いていた。
第13章 断罪と新生の魔王(完)




