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錆喰いの古刀(ラスト・イーター)  作者: 赤紫


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12/21

鉄屑の都と漆黒の復讐者

1. 高みの見物と「故障」

時計の針は、ハルアキが京(きょう)国の帝都を血に染める1ヶ月前へと戻る。 北陸エリア、金(きん)国。 降りしきる黄金の雨の中、CEOオフィスで銭屋(ゼニヤ)・キョウは、上機嫌でグラスを傾けていた。眼下のスクリーンには、日本海を北上する大艦隊の映像が映し出されている。 流線型のボディに深緑のラインが走る、京国の強襲揚陸艦隊だ。本来なら、金国の領海侵犯で警報が鳴り響くはずの状況だが、司令室は奇妙なほど静まり返っていた。

「社長、ご報告します」

秘書の**雲母(キララ)**が、タブレット端末を操作しながら事務的な口調で告げた。

「先ほど、沿岸防衛システムのメインサーバーに『原因不明のアクセス障害』が発生しました。復旧までの約三時間、我が国の日本海側エリアは監視の目が届かない『空白』となります。……偶然とは恐ろしいものですね」

雲母の表情は能面のように冷徹だが、その口調には微かな嘲笑が含まれていた。 これは事故ではない。金国が意図的に作った「抜け道」だ。

「ハッ、とんだポンコツシステムだな。担当者は後でシメとけよ」

キョウは芝居がかった口調で肩をすくめ、ニヤリと笑った。

「ま、客人が通り過ぎるには丁度いい時間だ。……行かせてやれ。あれは、これから屠畜場(とちくじょう)へ向かうドナドナの群れだ。邪魔しちゃ野暮ってもんだろ」

京国は、金国から購入したソーシア連邦製の兵器を満載し、意気揚々と北の宮(きゅう)国へ侵攻しようとしている。彼らは信じているのだ。金国との「業務提携」が、自分たちを救ってくれると。 だが、その兵器が型落ちの欠陥品(在庫処分)であり、この進軍自体が彼らを破滅させ、金国が京国を乗っ取るためのシナリオだとは夢にも思っていない。

「ヴォルグ大使の筋書き通りだ。……京国が宮国に喧嘩を売り、ボロ負けする。借金は雪だるま式に膨らみ、最後はウチが国ごと買い取る(M&A)。完璧なビジネスモデルじゃねぇか」

キョウはモニターの中の艦隊に、乾杯の仕草をした。

「行ってらっしゃい、雅(みやび)なカモたち。……精々、北ののエサになってこいよ」


2. 張り子の虎の進撃

翌日。山形県・庄内平原。 かつて日本有数の穀倉地帯だったこの場所は、黄金色の稲穂ではなく、鉄と火薬の匂いに満たされていた。

「見よ! これぞ我が軍の『雅』なる新兵器でおじゃる!」

最新鋭の指揮車輌の上で、扇子を振りかざして号令を下す男がいた。 京国軍・左近衛権中将(さこんえのごんのちゅうじょう)、花山院(カザンイン)。 彼はハルアキたち「四柱」よりも遥かに位の高い、生粋の貴族階級(上級国民)である。実戦経験は皆無だが、家柄だけでこの侵攻作戦の総指揮官に任命されていた。

「蹴散らせ! 野蛮な北の軍勢になど後れはとらぬ! 本日中にこの平原を制圧し、御門への手土産とするでおじゃる!」

花山院の号令と共に、上陸した揚陸艇から無数の多脚戦車が吐き出された。 北の大国・ソーシア連邦製の重厚な機体だ。本来の京国の流麗な美学とはかけ離れた無骨なデザインだが、その巨体と大口径砲の迫力は圧倒的だった。

ズドォォォォン!!

戦車砲が火を吹き、無人の農家や防風林が吹き飛ぶ。 初日は、京国軍の独壇場だった。 宮国軍の抵抗は散発的で、京国の新兵器群は障害物を踏み潰し、順調に内陸部へと侵攻していく。

「オホホホ! 見ろ、宮国の兵が蜘蛛の子を散らすように逃げていくぞ! 恐れをなしたか!」

花山院は有頂天だった。 金国から買い入れた兵器は、カタログスペック通りの破壊力を発揮しているように見えた。彼は知らなかったのだ。敵が「あえて」引いていることに。


3. 冷徹なる分析

「……フェーズ1、完了。敵戦力を内陸部へ誘引しました」

遠く離れた山岳地帯。雪に覆われた観測所から、眼下の惨劇を見下ろす巨漢がいた。 宮国軍最高司令官・剛羅(ゴウラ)将軍。 彼はモニターに映る、燃え盛る庄内の町並みを見ても、眉一つ動かさなかった。

「住民の避難率は?」 「約40%です。残りの民間人は……京国軍の砲撃により死傷、または孤立しています」 「構わん。データ収集の尊い犠牲となってもらえ」

剛羅は冷酷に切り捨てた。 彼は知っていた。京国が投入した兵器が、最新のソーシア連邦製ではないことを。だが、腐っても大国の兵器だ。まともに正面衝突すれば、宮国側にも相応の被害が出る。 ならば、地の利を生かすべきだ。

「奴らの兵器は、大陸の乾燥地帯での運用を想定している。……日本の、特に北国の湿気と泥濘(ぬかるみ)には適応していないはずだ」

剛羅は空を見上げた。鉛色の雲が垂れ込め、冷たい霙(みぞれ)が降り始めている。

「泳がせろ。奴らが勝利に酔いしれ、整備を怠り、泥沼に足を取られるまで……徹底的に引きつけろ」

庄内平原の町が一つ、また一つと地図から消えていく。 だが、それは宮国の敗北ではない。巨大な「罠」の入り口が開かれただけだった。


4. 泥沼の悪夢

異変が起きたのは、侵攻開始から24時間が経過した頃だった。 天候は悪化し、霙は冷たい雨へと変わっていた。舗装されていない農道は泥の海と化し、気温は急激に低下していた。

**プスン……。**ガガガッ、シューッ……。

「な、なんだ!? 動かぬぞ!?」

進軍していた多脚戦車の一台が、突然異音を上げて停止した。

「報告! ジェネレーター出力低下! 冷却系に泥が詰まり、オーバーヒートしました!」 「こっちもだ! 関節駆動部に凍結確認! 油圧が作動しません!」 「照準システムにエラー! 湿気で回路がショートしています! 敵をロックできません!」

無線から悲鳴のような報告が相次ぐ。 戦場は大混乱に陥った。寒冷地仕様にチューンされていない、しかも整備不良の旧式兵器群は、北国の過酷な環境に耐えきれず、次々と機能不全を起こし始めたのだ。あるいは、最初からまともに動かないジャンク品を、金国に掴まされていたのか。

「ええい、何をしておる! 整備班、早く直さぬか! これではただの鉄屑でおじゃる!」

花山院中将がヒステリックに叫ぶ。 だが、泥に沈んだ重量級の戦車を、戦場で修理することなど不可能だった。進軍は完全に停止した。 そこへ、地平線の向こうから地響きが轟いた。

「……来たか」

観測所の剛羅将軍は、獰猛な笑みを浮かべた。 宮国軍の反撃ではない。もっと恐ろしい、「身内」による粛清の始まりだ。

「総員、手出し無用。……あれの『試運転』を行う」

剛羅の視線の先。上空から一機の輸送機が飛来し、混乱する京国軍のど真ん中へ、巨大なコンテナを投下した。

ズドォォォォン!!

落下の衝撃で大地が揺れ、泥水と土煙が舞い上がる。


5. 漆黒の悪魔

「な、なんだ!? 敵の増援か!?」

花山院が指揮車から身を乗り出す。 噴煙を切り裂いて現れたのは、一人の「騎士」だった。 いや、それを騎士と呼ぶにはあまりに禍々しい。 全身を覆うのは、宮国の無骨な重装甲。漆黒のボディには、血管のように赤く脈動する**「霊鋼(タマハガネ)」**の回路が不気味に絡みつき、装甲の隙間から蒸気を噴き出している。

『……久しぶりでおじゃるな……懐かしき同胞たちよ……』

スピーカーから響くその声は、電子的なノイズと金属の反響音が混じり合い、地獄の底から響くような不協和音となっていた。

「その声……まさか、行方不明の【青龍】か!?」

花山院が目を見開く。 かつて京国最強と謳われた男。だが、今の姿にかつての「雅」な面影はない。

「おお、ハルアキ! 生きておったか! ちょうど良い、この役立たずの兵器どもが動かんで困っておったのだ。貴様の呪術で修理せよ!」

花山院は安堵し、扇子でハルアキを指図した。彼にとってハルアキは、使い勝手の良い「下の者」でしかなかった。 ハルアキのフェイスプレートが、赤く明滅した。

『……修理? 違うな……』 ジャキッ!! ハルアキの腕から、霊鋼で鍛えられた巨大な爪が展開された。

『……まろは……“掃除”に来たのだ……』


6. 一方的な蹂躙

次の瞬間、ハルアキの姿が消えた。 否、速すぎたのだ。 霊鋼が生み出す爆発的な推力によって、彼は砲弾のような速度で動かない多脚戦車へと突っ込んだ。

ガギョオオォォォン!!

金属が悲鳴を上げる。 ハルアキの爪は、ソーシア製の分厚い複合装甲を、濡れた紙のように引き裂いていた。

「ひっ、うわぁぁぁぁ!?」

中にいたパイロットごと、コックピットが握りつぶされ、ミンチになった肉とオイルが飛び散る。

「なっ……貴様、乱心したか!? 味方でおじゃるぞ!!」

花山院の絶叫に対し、ハルアキは冷酷に戦場を駆け巡った。 彼の纏う次世代型強化外骨格は、単なるパワーアシストではない。霊鋼のエネルギーを呪術的に変換し、周囲の電子機器へ干渉(ハッキング)を行う「歩く電子要塞」だ。

『……呪言(コマンド)・強制接続(ハッキング)……』

ハルアキが呪詛の言葉を呟くと、周囲の無人機たちが痙攣し、味方の戦車に向けて一斉射撃を開始した。

「なぜだ……なぜ我らを攻撃する!」 「やめろ! 俺たちは同胞だろぉぉぉ!!」

兵士たちの断末魔。 ハルアキは、動けなくなった戦車の上に降り立ち、逃げ惑うかつての部下を見下ろした。

『……同胞? 笑わせるな……』

フェイスプレートの奥で、ハルアキの瞳が狂気に歪む。

『……私を……我ら『四柱』を見捨て……金国のガラクタに魂を売ったのは、貴様らとあの愚王(ミカド)ではないか!』

脳裏に蘇る、深海での孤独。霊鋼の実験体となった兵士や中部自治連合の難民の焼死体。そして、自らが人間を辞めた瞬間の激痛。 もう戻れない。戻るつもりもない。 この圧倒的な「力」と「恐怖」こそが、新しい時代の「雅」なのだ。

ギュオオオオオンッ!! ハルアキのスーツから赤い光が奔流となって溢れ出し、残存する京国軍を飲み込んだ。 物理的な破壊と、呪術的なハッキング。二つの暴力を備えた怪物の前では、数千の軍勢もただの鉄屑の山だった。

「ひ、ひぃぃッ! 助けてくれ! まろは上級貴族ぞ! 金なら払う! 位もやる!」

指揮車の中で、花山院が失禁しながら命乞いをする。 ハルアキはその車のボンネットに、重い足音を響かせて着地した。

『……位だと? 無粋な……』

ハルアキが拳を振り上げる。霊鋼の赤熱が、花山院の恐怖に歪んだ顔を照らし出した。

『……必要なのは、血の贖(あがな)いのみ……!』

ドォォォォン!! 一撃。 指揮車はアメのようにひしゃげ、爆発炎上した。 断末魔すら残さず、上陸部隊は全滅した。


7. 逆侵攻の狼煙

雨が上がった。 静寂が戻った戦場には、黒煙を上げる鉄屑の山と、ひしゃげた死体の山だけが残されていた。 その頂点に、ハルアキは一人立っていた。漆黒の装甲は返り血とオイルでさらに黒く濡れ、赤いラインだけが不気味に輝いている。

パチ、パチ、パチ。「……合格だ」

剛羅将軍が、装甲車から降りて歩み寄ってきた。彼は満足げにハルアキの機体を見上げ、拍手した。

「見事な破壊力だ、土御門。これでお前は証明した。京国を食い破る資格があることを」 『……フン。これしきの雑魚、準備運動にもならぬ』

ハルアキはフェイスプレートを開き、冷たい風を吸い込んだ。その表情には、勝利の喜びよりも、昏い復讐の炎が宿っている。 彼は南の空――故郷である京都の方角を睨みつけた。

「剛羅。約束は忘れていまいな?」 「ああ。道を切り開け。その先に待つ玉座は、お前のものだ」

ハルアキは再びマスクを閉じ、宮国全軍に向けて宣言した。 その声は、以前のような機械的なノイズではなく、明確な王の意志を帯びていた。

『……聞け、北の戦士たちよ! これより我々は南進する! 腐りきった京の都を焼き払い、真の王を迎えるために!』

「「「オオオオォォォッ!!」」」

宮国軍の野太い歓声が上がる。 金国の策略によって始まった戦争は、ハルアキという怪物の介入によって、京国の自滅と、宮国による「逆侵攻」へと変貌した。 北から迫る嵐が、雅な都を飲み込むまで、あとわずか1ヶ月。 日本の勢力図が、赤く塗り替えられようとしていた。


第12章 鉄屑の都と漆黒の復讐者(完)



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