1 x 01
アダンは、控えめに言っても「普通ではない」少年だった。世界的に有名なモデルでありながら、常にスポットライトを浴びる生活を送っていた彼には、いわゆる「普通の暮らし」など微塵もなかった。そんなある日、父親の決断により、彼は「サン・マリー・デュ・メルシ」という高校に入学することになる。
一見無害そうに見えながら、実は破壊的な存在を宿す器となってしまったアダン。彼の人生は、その事実の発覚を境に、180度激変することになる。パリの街を恐怖に陥れている一連の出来事の背後にいるのは、一体誰なのか?――これは、困難を乗り越え、成長していく少年の物語。その壮大な物語の幕開けを、ここから体験してほしい。
フラッシュ、メイク、雑誌の表紙、インタビュー……。
それが、アダン・ヴォーブランクが物心ついた頃からずっと送ってきた人生だった。彼は非常に名声のある一家に生まれた。父親は世界的に有名なファッションデザイナーであり、母親は今から12年前に亡くなったものの、かつては名の知れた女優だった。
幼い頃から有名人として生きてきたうえに、父親の性格もあって、彼には普通の青春時代を過ごすことなど決して許されなかった。
アダンは、その日もいつもと変わらない一日になると思っていた。朝から予定どおりモデルの仕事をこなす、そんな一日だ。
エメラルドのような緑色の瞳と金髪を持つ彼は、年齢のわりにとても魅力的な少年だった。しかし、その内面に秘めた美しさは、父親であるガエル・ヴォーブランクから絶えず向けられる恐怖と抑圧によって覆い隠されていた。ガエルは、ほとんど彼の人生のすべてを支配していたのだ。
その日も、アダンはいつもどおり目を覚まし、目をこすった。
彼の部屋はとても広かった。大きなベッドに、立派なピアノ、本が並ぶ本棚、巨大なウォークインクローゼット……。すべてが豪華だった。
けれど、彼にとっては、そのすべてが空っぽに感じられた。
そのとき、誰かが部屋の扉を開けた。
入ってきたのは、背の高い女性だった。鋭い顔立ちに、透き通るような青い瞳。その視線は鋭く、黒い髪はお団子にまとめられていた。服装は黒いスーツで、全体的に上品でありながら、どこか厳格な雰囲気を漂わせていた。
「ヴォーブランク様、お知らせがあります。あなたは学校に通うことになりました。お父様のご命令です。どうやら、教育機関で勉強する必要があると判断されたようです。本日からサン・マリー・デュ・メルシー学院に通っていただきます」
女性は制服を手渡した。
白いシャツにジーンズ、そして学院の校章が入った淡い青色のセーター。それから、制服と一緒に持ってきていたショルダーバッグも渡した。
「えっ……ほ、本当なの、フェリシア? 僕、学校に通えるの?」
金髪の少年は、渡された服を見つめながら、信じられないといった様子で尋ねた。
「そのとおりです。着替えてください。出発まであと30分です」
女性はそう言うと部屋を出ていった。
その瞬間、アダンの瞳が輝いた。
彼の顔には、まるでクリスマスを迎えた子供のような満面の笑みが浮かんでいた。そして、嬉しそうに制服へと着替え始めた。
制服を着終えると、髪を整え、通学用のショルダーバッグを手に取った。そして屋敷の玄関まで降りていった。
アダンは一度後ろを振り返り、父親の姿を探した。
しかし、そこにガエルはいなかった。
――おそらく、重要なデザインの仕事をしているか、次の撮影について誰かと話しているのだろう。
そう考えたアダンは、再び前を向き、リムジンへと乗り込んだ。
車で走ること約5分。
彼の目の前に、目的地である学院が現れた。
その建物はかなり大きく、アダンにとっては何もかもが初めて見る光景だった。
学院へ向かって一歩踏み出した、そのときだった。
周囲の人々が自分について話していることに気づき始めたのだ。
当然だった。
彼は「モデル」であり、「有名な若手スター」だったのだから。
「見て! あの人よ!」
「どうしてアダンがここにいるの?」
「嘘でしょ、信じられないくらいかっこいい!」
アダンは悲しそうにうつむいた。
人々が自分を普通の人間として見てくれないことに、少し恥ずかしさを感じていた。
考え事に夢中になっていた彼は、前を見ていなかった。
そして、誰かにぶつかってしまった。
「わっ!」
アダンはそのまま尻もちをついてしまった。
「うわっ! ご、ごめんなさい!」
彼は少しふらつきながら頭に手を当て、それから自分がぶつかった相手を見上げた。
そこにいたのは、日に焼けた肌と濃い茶色の瞳を持つ少年だった。彼も同じ制服を着ていたが、首にはオレンジ色のヘッドホンをかけていた。
「大丈夫? どこか痛くない?」
アダンは首を横に振った。
すると、その少年は彼に手を差し伸べ、立ち上がるのを手伝ってくれた。
「ぶつかってごめんね。なんだか、ここにいると色々なことがあって、少し圧倒されちゃって……」
アダンは申し訳なさそうに言った。
「君、この学校は初めて?」
少年は少し興味深そうに尋ねた。
アダンは少し不思議に思った。
目の前の少年は、どうやら自分がモデルであることも、有名人であることさえも知らないようだった。
それが、彼に少しだけ安心感を与えた。
「うん、初めてなんだ……。僕はアダン。アダン・ヴォーブランク」
褐色肌の少年は笑顔を浮かべると、自己紹介を返した。
「ハイード。ハイード・スラハファだ。よろしくな、新入り! よかったら、この学校を案内してやろうか?」
それを聞いたアダンの瞳が、期待に満ちて輝いた。
彼は嬉しそうにうなずいた。
その様子を見て、ハイードも笑顔を浮かべた。
「よし、それじゃあついてこいよ。ちょっと案内してやる!」
ハイードはそう言って歩き出し、アダンに後をついてくるよう合図した。
二人は学院の中を歩き始めた。
その間、ハイードはいくつか質問を投げかけた。
「それで、前はどこの学校に通ってたんだ? 地元の出身か?」
「うん、この近くに住んでいるよ。でも……実は、今まで一度も学校に通ったことがないんだ」
アダンは少し恥ずかしそうに答えた。
それを聞いたハイードは、目を大きく見開いた。
そして、何度かまばたきをした。
「……はあ!? 一度も!?」
アダンは首を横に振り、正直に答えた。
「うん。一度もないよ。僕はとても小さい頃からモデルの仕事をしていて、両親が学校に通わせてくれなかったんだ」
ハイードは、その話を聞いて信じられないといった表情を浮かべた。
そして、ただ一言こう言った。
「マジかよ……。君の親、相当ひどいな。どうして今まで学校に通わせなかったんだ?」
その言葉に、アダンは少し驚いた。
自分の父親がどんな人間なのかも、自分がどんな人生を送ってきたのかも知らない人間から見た意見。
それは、とても率直なものだった。
「そ、そうかもしれないね……。母さんはもう何年も前に亡くなっていて、少なくとも8年は経つかな。それに父さんは、僕の人生のあらゆることを管理したがる人なんだ。だから、その……」
アダンの話を聞いたハイードの表情には、同情の色が浮かんでいた。
彼は少年に近づくと、その肩に腕を回して言った。
「なあ、世の中には最低な親なんていくらでもいるんだぜ。俺の親だって相当ひどいもんだ。でも、どうしようもないこともある。君の気持ちは少しわかるよ」
その言葉を聞いて、アダンの心は少しだけ軽くなった。
しかし、その直後だった。
二人の耳に、突然大きな轟音が響いた。
二人は同時に振り返った。
そして、恐怖に目を見開いた。
そこにいたのは、体長2メートルほどもある、8本の脚を持ったクモのような姿の怪物だった。
怪物は学院を襲撃していた。
ハイードとアダンは急いでその場から逃げ出したが、混乱の中でアダンはハイードの姿を見失ってしまった。
アダンにできることは、空いている教室に隠れることだけだった。
彼は先ほどの出来事のあと、呼吸を整えた。
自分の身に何が起きているのか、まったく信じられなかった。
「いったい何なんだよ、これ……! あの化け物は何なんだ!?」
アダンは恐怖に震えながらつぶやいた。
そのときだった。
教室の中から、突然足音が聞こえてきた。
アダンは振り返り、その音の主を確認した。
そこに立っていたのは、一人の男だった。
どこか風変わりな人物だった。
年齢は40代から50代ほど。頭は禿げていたが、眉は濃く、表情は厳格だった。胸元には奇妙な紋章が描かれた白いローブを身につけ、腰の横には革製のショルダーバッグを提げていた。
「ヴォーブランク君、君を探していたんだ」
その謎めいた男は、落ち着いた口調で話しかけた。
当然ながら、アダンは恐怖を感じた。
彼は怯えながら後ずさった。
「だ、誰なんだよ!? 僕に何をするつもりだ!? 僕を傷つける気なの!?」
金髪の少年は恐怖に震えながら尋ねた。
「そんなことはしないよ、少年。実は、君の力を借りに来たんだ」
男は落ち着いた声で答えると、ショルダーバッグの中を探り始めた。
数秒間、アダンは男の行動を見つめていた。
なぜ、誰かが自分の助けを必要としているのだろう?
そんな疑問を頭の中で巡らせていると、男はバッグから何かを取り出し、アダンに見せた。
「これは『カオスの指輪』。その手に破壊の力を宿すものだ。あのフィリアが君の学院を襲っている。今、邪悪な存在がこの世界に現れ始めている。誰かが人々を守らなければならない」
アダンは男の手にある指輪を恐る恐る見つめた。
そして、疑問を口にした。
「どうして僕なんですか? どうして、僕みたいな人間にこんなことを任せるんですか?」
「君の心の中に、あるものを見たからだよ、ヴォーブランク君。君の中にある何かが、自分を縛りつけている鎖を壊したいと願っている。そして、混沌そのものも、それを成し遂げるための手を求めているんだ」
その言葉に、アダンは驚きを隠せなかった。
彼は少し恐る恐る指輪を受け取り、右手の薬指にはめた。
その瞬間、指輪が強烈な緑色の光を放った。
そして、その光の中から、巨大なエメラルド色の瞳を持つ、猫のような姿をした黒い影が現れた。
「ほう……。何年もの眠りから、ようやく目覚めることができたか。やっと私にも契約者ができたようだな」
アダンは、その存在を目の当たりにして驚いた。
彼がその目をまっすぐ見つめると、ほんの少しの沈黙が流れた。
やがて、黒猫のような存在が口を開いた。
「なるほど、お前が私の契約者になる少年か……。お前が混沌の力をどう扱うのか、なかなか面白そうだ。私の名はエキビョウ。混沌と破壊のネウマだ」
「アダン……。アダン・ヴォーブランクです」
少年は少し緊張しながら答えた。
「さて、自己紹介も済んだことだ。小僧、そろそろ爪を見せて、あの化け物を食い尽くしてやる時間だぞ」
「ど、どうやって!? どうやったら変身できるんだよ!?」
アダンはエキビョウに尋ねた。
「簡単なことだ。『エキビョウ、僕を変身させて』と言えばいい」
アダンは指輪を見つめ、それを握りしめた。
そして深く息を吸い込み、叫んだ。
「エキビョウ、僕を変身させて!」
エキビョウは指輪の中へと入り込んだ。
指輪が輝き、その光がアダンの全身を包み込む。
やがて光が消えると、そこには別の姿へと変わった少年が立っていた。
黒い革製のスーツに、緑色の装飾。
胸元は開かれており、首には金色の鈴がついた首輪を身につけていた。
腰には二本のベルトが巻かれ、その先端は二本の尻尾のようになっていた。
耳の部分には、猫の耳を模した切れ込みが入った円盤状の装飾があり、目の下から頬にかけてはマスクが覆っていた。
少年は自分の姿を見下ろし、信じられないといった様子で変化を確かめた。
「どうだ、気に入ったか? さて、今度はあのクモと戦う番だぞ」
エキビョウのからかうような声が、アダンの頭の中に響いた。
「待ってよ! 変身していても、僕と話せるの?」
「もちろんだ。ほら、無駄話は終わりだ。さっさと怪物を追いかけろ、小僧!」
アダンはうなずくことしかできなかった。
そして教室を飛び出していった。
その場に残された謎の男は、彼の背中を見送りながら小さく微笑んだ。
「彼の心は、あまりにも深く傷ついている……。混沌の力こそが、彼自身の心の闇から彼を救う唯一の手段なのかもしれない」
一方、その頃。
クモのような怪物は、依然として人々を襲い続けていた。
そのとき、突然何かが怪物の上に飛び乗った。
それは、あの猫のような姿をした少年だった。
「おーい、クモちゃん! そんなにたくさん脚があるんだ。だったら、この猫を捕まえられるか試してみな!」
猫の姿をしたヒーローは、怪物を挑発した。
巨大なクモは、少年を振り落とそうと左右に激しく動き始めた。
しかし、そんなことをしても無駄だった。
ヒーローは鋭い爪を怪物の体に食い込ませ、しっかりとしがみついていた。
「よし、小僧。今から私の言うことを聞け」
エキビョウの声が、アダンの頭の中に響いた。
「お前の力を使うんだ。自分の中にある混沌の炎を感じろ。そして、その手で叩き込むんだ!」
アダンは言われたとおりにした。
目を閉じ、自分の体の中で何かが燃え上がるのを感じた。
それは、特別な炎だった。
暗く、破壊的なエネルギー。
そして、その力が片方の手に集まっていくのを感じた。
黒いエネルギーが手の中に凝縮される。
猫の姿をしたヒーローは、その拳を怪物へと強く叩き込んだ。
攻撃と同時に、凄まじいエネルギーが怪物へと流れ込んだ。
次の瞬間、巨大なクモは完全に破壊され、灰となって消え去った。
少年はそのまま地面へと着地した。
そして、彼らは気づいた。
怪物によって破壊されていたものが、次々と元の状態へ戻っていく。
人々は猫の姿をした少年を驚いた様子で見つめ、やがて歓声を上げ始めた。
そのとき、アダンは不思議な感覚を覚えた。
自分の中に、これまで感じたことのない特別な感情が満ちていく。
それは、作り物の名声とはまったく違うものだった。
人々を救うことができた。
その事実が、彼の心を満たしていた。
誰かが自分をこんなふうに見てくれることが、これほど嬉しいことだとは、今まで思いもしなかった。
「おーい! 君、名前は何ていうんだ!?」
そのとき、誰かが尋ねた。
猫の姿をした少年は少し考えた。
そして、ついに答えた。
「フェライン! 僕の名前はフェラインだ! この子猫ちゃんが、みんなを守ってみせるよ!」
そう言うと、猫の姿をした少年は大きく跳び上がり、その場から姿を消した。
人目につかない場所まで移動すると、フェラインはエキビョウに尋ねた。
「ねえ、どうすれば元の姿に戻れるの?」
すると、突然アダンの姿が元に戻った。
彼はその変化に驚いた。
「ああ、ありがとう……」
元の姿に戻った自分を見つめながら、少年はそうつぶやいた。
「まだまだ新米だからな。破壊の力は、しばらく使い続けると変身が解除されるんだ。何度も変身を繰り返せば、少しずつ変身していられる時間も長くなっていく。だから、今はこの方法で元に戻ることを心配する必要はない」
エキビョウはそう説明した。
金髪の少年は小さく微笑んだ。
そして手を差し出し、目の前にいる小さな幽霊のような黒猫に近づけた。
黒猫はその手に寄っていき、尻尾を少年の手首に巻きつけた。
そして、優しく語りかけた。
「どうやら、お前と私は最高の友達になれそうだな、小僧」
その言葉を聞いたアダンの胸に、特別な温もりが広がった。
彼は少し寂しそうに、それでも確かな笑みを浮かべた。
一方、その頃。
暗闇に包まれた別の場所では、一人の男が大きな薔薇窓越しにパリの街を見下ろしていた。
男は黒い衣装を身につけ、鏡のような蝶の形をしたバイザーがついたヘルメットをかぶっていた。
そして、何より目を引くのは、胸元に留められた白い蝶の形をしたブローチだった。
「ついに……。混沌のネウマが現れたか。計画を始めよう。すべては、これから少しずつ形になっていく……」
男は小さく息を吐いた。
そして、静かに言葉を続けた。
「まだ彼からそれを取り上げることはできなかった。だが、少しずつ成功させてみせる。これは、ドミノを倒すための最初の一枚にすぎないのだから……」




