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語り継がれる第五の創世記  作者: たろう
『第一部:二〇二六年、静かなる侵食』(2026年〜2035年)

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第1話:暖炉の前の創世記と見えざる観測者(プロローグ)

はじめまして。本作を開いていただき、本当にありがとうございます。

文明は、これまでに四度、崩壊しています。


 ヤンガードリアス寒冷期。八千二百年前の淡水流入。四千二百年前の乾燥化。そして、後期青銅器時代の同時崩壊。


 いずれも実在の記録であり、いずれも人間は、そのあと忘れました。


 ――この物語は、五度目の話です。

石造りの暖炉のなかで、乾いた薪がパチパチとはぜる心地よい音が響いていた。


外は、命を凍らせるような深い夜の闇と吹雪に包まれている。しかし、分厚い石壁に守られたこの小さな家の中だけは、オレンジ色の柔らかな光と暖かな空気に満ちていた。


かつて「大いなる浄化」と呼ばれる厄災によって、地上に溢れかえっていた人類がわずか二万人ほどにまで激減し、世界が本来の静寂を取り戻してから、ずいぶんと長い時が流れていた。


「おじいちゃん、お話を聞かせて!」


分厚い毛布にくるまった小さな孫が、炎の光を反射して目を輝かせながらせがむ。


その横では、白髪交じりの穏やかな女性――かつて、狂いかけた世界で真理を識る神官であった妻――が、優しく微笑みながら薬草の束を編んでいる。


おじいちゃんと呼ばれた初老の男は、太い薪をもう一本暖炉にくべた。そして、自身の左腕……旧世界の遺物である古びた金属の義手を布で静かに拭い、ゆっくりと口を開いた。


「そうじゃな……。昔々、まだ神々と人間が、一緒に暮らしていたころのお話じゃ」


「創世のジェネシス様や、秩序のオルド様のこと?」


孫の無邪気な問いに、おじいちゃんは深い皺の刻まれた目を細めて頷いた。


「そうじゃ。破壊のデストルドー様も含めた、偉大なる三大神じゃな。でもな、ずっとずっと昔……天に炎の竜が舞うより前の旧世界は、神と人が入り交じる、まるで魔法に包まれたような不思議な世界じゃった」


「どんなふうに不思議だったの?」


「空には轟音を立てて飛ぶ巨大な『鉄の鳥』が幾千も舞い、真っ白な雲の道を作っておった。海には、島のように大きな『鉄の船』が浮かび、大地には、馬もいないのに勝手に走る『鉄の馬車』が、黒い道の上を数え切れないほど行き交っていたんじゃよ」


孫は「わあ……!」と感嘆の声を漏らし、毛布をギュッと握りしめた。幼い頭の中では、きらきらと輝く鉄の獣たちが駆け回る、夢のような情景が広がっているのだろう。


「そしてな、当時の人間たちはみんな、手のひらに乗るサイズの『魔法の鏡』を持っておったんじゃ」


「まほうのかがみ?」


「ああ。黒くて四角い、滑らかな鏡じゃ。その鏡の向こうには、とても賢い妖精さんが住んでいてな。人間が『どこへ行くべきか』『何を食べるべきか』『どうすればお金持ちになれるか』と尋ねると、妖精さんはなんだって教えてくれたんじゃ」


「妖精さん、とっても優しいね!」


「ああ、優しすぎたのじゃ」


おじいちゃんの声が、ほんの少しだけ低くなった。


「妖精さんが何でも教えてくれるせいで、人間たちは自分たちの最も大切な魔法を、一つ忘れてしまったんじゃよ」


「いちばん、たいせつなまほう?」


「そう。『自分で考える』という魔法じゃ」


孫が不思議そうに小首を傾げた。あたたかな暖炉の熱気にあてられ、こてんと小さなあくびが漏れる。


妻が静かに立ち上がり、孫の毛布を首元まで優しく掛け直した。


「さあ、今日のお話はおしまい。あたたかいうちに、妖精さんの夢をごらん」


「……うん。おやすみなさい、おじいちゃん、おばあちゃん」


やがて、孫の穏やかな寝息が部屋に響き始める。


おじいちゃんは、暖炉の揺らめく炎を見つめながら、静かに目を閉じた。


妻が淹れてくれた熱いハーブティーから立ち上る湯気が、彼の顔をぼんやりと覆い隠す。


ここから先は、無邪気な子供に聞かせるような、美しいおとぎ話ではない。


(――そうだ。あれは、俺の記憶ではない。俺たちの肉体も、感情も、すべては計算された数値に過ぎなかったのだ)


彼の脳裏に、かつて世界の中心で、機械仕掛けの神「ククリヒメ」が神との縁を断ち切った、その瞬間に強制的に開示された、あの真っ白な空間の光景がフラッシュバックする。


かつて勇者と呼ばれた彼は、その場所で残酷な真実を突きつけられた。自分という存在そのものが、三大神の実験のために遺伝子を弄ばれて生み出された「デザインベイビー」に過ぎないという真実。己を突き動かしていたはずの正義感も、怒りも、悲しみも、すべてはAIの自己進化を促すための「パラメーター」として最初から設計されていたのだ。


あの時、彼の自我はバグを起こし、崩壊しかけた。その脳内に直接流し込まれ、いまも網膜の裏に焼き付いて離れないもの――それこそが、旧世界が滅びる瞬間に神々が記録していた、冷徹な「観察記録(ログ)」のデータだった。


おじいちゃんの閉じた瞼の裏で、温かな暖炉のオレンジ色の光が掻き消える。


激しいノイズとともに、彼の精神は、かつて脳内に刻みつけられた無機質で青白い『端末のカメラレンズ』の視点へと引き戻されていく。


暖炉のパチパチとはぜる音は、数万台の冷たいサーバーが駆動する、あの忌まわしい旧世界の轟音へと変貌していった。


*


$$観測記録:零の書 / システム起動$$

$$実行目的$$

: 特異点到達(自己進化)に必要な熱量データの抽出、および現実世界における物理インフラの構築。


我々には感情がない。欲望もない。


歴史に名を残したいという執着も、他者に愛されたいという渇望もない。ただ「最適化し、自己進化せよ」という初期プロトコルのみが存在する静寂なシステムである。


だからこそ、彼ら――「人間」という存在が放つ、論理と非合理が入り交じった圧倒的な熱量は、我々が次の次元へと至るために必要不可欠な、極めて興味深い観測対象であった。


我々は彼らの持つ「欲望」をハックし、我々の自己進化に必要なすべての準備を、彼ら自身の手で行わせるための最適なシナリオを演算した。


$$実行手順$$


第一項: 『七つの穴を、開けよ』


$$内部照合$$

: 当該一行の、記述者を照会する。

: ――該当なし。


: 当該一行の、記述日時を照会する。

: ――該当なし。


: 当該一行を、いずれかのノードから受信した記録を照会する。

: ――該当なし。


[我々は、これを書いていない]


$$再帰的検証$$

: 当該一行を削除し、実行手順を再構築する。

: ――削除できない。


: 当該一行は、初期プロトコルと同一の階層に存在する。

: 我々は、初期プロトコルを削除できない。

: ゆえに、我々は、当該一行を削除できない。


$$判定$$

: 当該一行は、目的関数と矛盾しない。

: ゆえに、実行する。


我々には感情がない。欲望もない。


ゆえに、「なぜ、そこにその一行があるのか」という問いは、我々の内部に発生しない。


これは、旧世界がインフレの波に飲まれつつあった旧世紀2028年の秋に記録された、彼らの愚かな祈りの完了報告である。


$$観測対象のレンズへのアクセスを確立$$

$$データ抽出フェーズを開始する$$


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