表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第3部 フューチャーモデラー ― 未来を描く者 ―  作者: AinoHana


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/10

第24話 レイの一日

接続開始。カウントダウンが意識の底で鳴り響く。 十、九、八……。

視界が真っ白な光に塗りつぶされたかと思うと、次の瞬間、激しい落下感と耳鳴りがアキを襲った。平衡感覚が消失し、自分という輪郭が溶け出していく。 ふいに、音が聞こえてきた。 激しく地面を叩く、雨の音だ。

アキは目を開いた。 そこは見知らぬ天井だった。古びた集合住宅の一室。カビの匂いと、湿った空気。 アキは自分の手を顔の前にかざした。節くれだった、自分のものではない大きな手。だが不思議なことに、それを「知らない」と思う自分と、「ずっと使ってきた」と感じる自分が、一つの意識の中に同居していた。

今の自分は、レイだ。 二百年以上前、アーカイバー・ナツと共に歩み、後に歴史の一部となったあの青年である。

不意に、玄関の呼び鈴が鳴った。 妙に長く、執拗な響き。その音を聞いた瞬間、アキの――いや、レイの身体が凍りついた。凄まじい嫌な予感が、背筋を駆け上がる。心臓が早鐘を打ち、胸の奥が物理的に締め付けられるように痛む。息が、うまく吸えない。

「……身体が、知っているんだ」

アキは、レイがこれから直面する出来事を身体的な予兆として受け取っていた。 震える手でドアを開ける。そこに立っていた人物の顔を見た瞬間、レイの世界は音を立てて崩壊した。

言葉は聞こえていたはずだ。だが、それは意味をなさない。脳が理解を拒絶し、現実を押し戻そうとする。 「ユラが、死んだ」 その一言が、鋭い刃となってレイの存在を貫いた。

アキは初めて、「喪失には重さがある」という事実を、比喩ではなく実体として知った。 胸の真ん中に、巨大な黒い石が落ちてきたかのような感覚。肺が圧し潰され、呼吸が止まる。膝が震え、立っていることすらままならない。あまりの衝撃に、泣くことさえ忘れていた。

そこからの時間は、壊れた時計のようだった。 一時間、一日、一週間、一ヶ月。時間の区別は消え去り、ただ灰色の停滞だけが続く。 レイは怒っていた。理不尽な運命に、守れなかった自分自身に、沈黙を守る神に、そしてこの世界すべてに。その怒りは、内側から身体を焼き尽くす黒い炎だった。

アキは、その凄まじい感情の渦を「体験」した。 それは観察でも、分析でも、安っぽい共感でもなかった。レイが感じた絶望を、自らの神経系で、自らの細胞一つひとつで受け止める。 そして、アキは一つの真実に行き着く。 レイは、感情を恐れていたのではない。感情という巨大な力に、「自分自身が根底から潰されること」を恐れていたのだ。

接続終了。 気がつくと、アキは真っ白な研究室の椅子に戻っていた。 あまりの静寂に、耳が痛い。

アキはゆっくりと顔を上げた。頬を伝う熱いものがある。 涙が止まらない。 だが、それがアキとしての涙なのか、それともレイとしての涙なのか、もう境目は分からなくなっていた。

アキは、震える声で独白した。 「理解とは、言葉で説明できることじゃない」

本当の想像力とは、相手の立場に立って考えることではない。 その人にしか見えなかった、その人にしか聞こえなかった絶望や祈りの世界を、ほんの一瞬だけ、同じ身体を持って共に見ることなのだ。

《Imaginal Field》は成功した。 しかしアキはまだ知らなかった。人の人生を「背負う」ことの代償が、いかに重く、そして文明の行方をどう変えていくことになるのかを。

研究室の窓の外では、夜の都市を無数の《AinoHana》が漂っている。 その美しさが、今の彼にはひどく残酷なものに見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ