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逃げ癖高校生は、誰も見捨てられない聖女を救いたい  作者: きわみん
第二章 『都市国家アルツバーン』

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第七話 適正あり、師匠なし

 男に教えられた通り、角を曲がる。大通りの喧騒が背後に遠ざかり、路地に入った瞬間、空気が変わった。


 石造りの建物が左右から迫り、空が細く切り取られる。人の流れもぐっと減り、足音がやけに響くようになる。

 

 しばらく進むと、風に揺れる布が視界に入った。色とりどりの刺繍が施された布が、軒先から垂れ下がっている。


 その前の人物に見覚えがあった。亜麻色の髪が、布の隙間から覗くように揺れる。

 

「あ」


 少女がこちらに気づき、ぱっと目を細めた。


「ユウトじゃ~ん。なぁに、私のこと探してくれたの?」


 ティノだった。腰に提げた革袋を軽く鳴らしながら、露店の前からこちらへ歩いてくる。昨日と同じ、妙に人懐っこい笑顔だった。優斗は足を止める。


「あー、期待させたなら悪い。今からギルド行く途中なんだ」


「ふぅん」


 ティノの口元が、ほんの少しだけ下がる。


「そっか。残念」

 

 一瞬だけ、本当に残念そうに見えた。だが、それもすぐ消える。


「じゃあ私も行こっかな」


「え?」


「ちょうど暇だし」


 ティノはけろりと言った。優斗は思わず露店を見る。


「いや、店は? 放っておいて大丈夫なのかよ」


「んー?」


 ティノもつられるように振り返る。風に揺れる布。並べられた雑貨。けれど、立ち止まる客の姿はない。ティノは数秒眺めてから、あっさり肩を竦めた。


「今日は全然だめ。見て分かるでしょ?」


「それ、笑って言うことか……?」


「だって本当だし」


 ティノはくすっと笑う。

 

「それはそれで、心配になる発言だな……。俺が言うのもなんだけどさ、ちゃんと稼げてるのか?」


「まぁ、商いだけで食べてるわけじゃないからね。ギルドの依頼受けたりもしてるし」


「へぇ」


「小銭稼ぎってやつ」

 

 言いながら、ティノはもう露店を畳み始めていた。幌を外し、布を折り、商品を袋へしまっていく。動きに無駄がない。


「ほい、終わり」


 最後に布袋を肩へ担ぐと、ティノは振り返って笑った。


「じゃ、行こ」


 優斗は畳まれた露店と、もう歩き出す気でいるティノを見比べた。止める理由も見つからず、小さく頷く。

 

 二人で路地の奥へ進む。突き当たりに、目的の建物はあった。

 

 他の建物よりも一回り大きく、壁は煤けた石でできている。入り口の上には見慣れない紋章が彫られていた。長い年月を経ているのか、縁が少し削れている。

 

 扉は分厚く、鉄の金具が打ち込まれている。手をかけて押し開けると、重い音とともに内側の空気が流れ出した。

 

 革の匂い。金属の匂い。古い木材の乾いた匂い。それらが混ざり合って、鼻を突く。


 中は思ったより広かった。天井が高く、声がわずかに反響する。壁には紙がびっしりと貼られている。依頼書だろう。端がめくれ、重なり合い、何度も貼り替えられてきた跡が見える。

 

 カウンターの向こうには、受付らしき女性が一人。帳簿を開き、何かを書き込んでいる。


 その前に、エリシアが立っていた。腕を組み、微動だにせずカウンターに向かっている。その姿勢は崩れていない。こちらに気づくと、視線だけが向く。

 

「遅い。一体いつまで寝てたの?」

 

 優斗は肩をすくめるようにして答えた。

 

「……ごめん、どのくらい待ってた?」

 

「三十分くらいかしら。次から気をつけて」

 

 ぴっと指を向けられる。地味に圧を感じる。

 

「悪い悪い、善処するよ」

 

「善処じゃなくて、ちゃんとやって!」

 

 返す間もなく、ぴしゃりと切り返される。そのやり取りの途中で、エリシアの視線がティノへと移った。ほんのわずかに、肩の力が抜ける。

 

「……ティノ? どうしてあなたがいるのよ」

 

「さっきそこでユウト捕まえた」


「捕まえたって何よ……」


「ギルド行くって言うから、暇だしついてきちゃった」


 ティノは悪びれもなく笑う。


 エリシアは呆れたように小さく息を吐いた。それ以上追及せず、再びカウンターへ向き直る。


 優斗は一拍だけ遅れて、その背中を追う。カウンターの向こうで帳簿をつけていた女性が、顔を上げた。


 エリシアは足を止めると、無駄のない動きで紹介状を差し出した。

 

「登録をお願いします」

 

 女性がそれを手に取り、目を通す。視線が滑り、途中でわずかに止まる。眉がほんの少し動いた。

 

「領主様の紹介状ですね。承りました。念のため、登録の目的をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 

「帝国に関する情報収集です。関連する依頼があれば受けたいと思いまして」

 

「あぁ、申し訳ないのですが、帝国方面の依頼は今はほとんど来てないです。帝国からここまで依頼を出す人間がいないんですよ」

 

 言いながら、女性はわずかに肩をすくめた。困っている、というよりは、どうしようもない事実を伝えているだけの反応だった。

 

 エリシアが、わずかに黙った。それからこちらに視線を向けてくる。どうする、という目だった。


 優斗は一瞬だけ考えた。そもそも依頼を受ける側になっても、帝国の情報が欲しいなら誰かに集めてもらう方が早い。

 

「じゃあ、情報収集の依頼を出す側になるのは大丈夫ですか? 帝国の情報を持ち帰った人間に報酬を出す形で」

 

「一点だけご確認を。達成条件が不確定な依頼になりますので、報酬額はやや高めに設定される傾向がございますが……よろしいでしょうか?」

 

 優斗がうなずくと、女性は帳簿へ視線を落とし、静かにペンを走らせた。さらさらと紙を削る音だけが、部屋に残る。

 

 エリシアが、ゆっくりとこちらを向く。首をわずかに傾けた。

 

「……そんなこともできるのね。確かに思いつかなかったわ。あなた、こういうの慣れてるの?」

 

「いやまぁ、システム自体は知ってたかな、みたいな」

 

「システム……?」

 

「依頼を出す側と受ける側がいる仕組みってこと。まぁ、元の世界でも似たようなのはあったから」

 

「ふーん」

 

 エリシアは短く相槌を打つ。そのまま、少しだけ考えるような間が落ちた。胸の奥で、ほんの少しだけ何かが緩む。

 

「じゃあ、遅刻の件はこれでチャラってことでいいよな」

 

「……は?」

 

「役に立ったんだから、チャラでいいだろ」

 

「何がチャラよ。そもそも私とあなたは協力する立場なんだから、目的のために意見を出し合うのは当然でしょ。遅刻は遅刻、別の話よ。それに――」

 

「はいはい、わかった」

 

「ちゃんと聞いて!」


 ぴしゃりと言い返される。そのやり取りを横で見ていたティノが、くすっと笑った。


「……なんか、思ったより普通に喋るんだね。二人とも」


「何よそれ」


「いや、エリシアがこんなテンポで言い返してるの珍しいなって」


 ティノは悪戯っぽく目を細める。エリシアは露骨に嫌そうな顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。優斗も返しに困って曖昧に視線を逸らす。


 短い沈黙。カウンターの向こうで、受付の女性が気まずそうに小さく咳払いした。

 

「あの、話が一段落したようでしたら、続けてもよろしいですか」

 

「どうぞ」

 

 優斗が間を置かずに返す。エリシアは小さく息をついて、とりあえず口を閉じた。

 

「ギルドの冒険者として登録もされますか? 依頼を出すだけなら必須ではないですが、受け取る側にもなれた方が何かと便利ですよ」

 

「まぁ、一応しとくか」

 

 優斗が答えると、エリシアも短く頷いた。依頼料を稼ぐためにも、どうせ小銭稼ぎは必要になる。受付の女性が優斗とエリシアを見ながら問いかける。

 

「ちなみに、得意なことをお聞きしてもいいですか。冒険者登録の際に、戦闘スタイルを把握しておきたいので」

 

「剣術と魔法が使えます」

 

 間を置かずに、エリシアが答える。女性が頷き、帳簿に書き込む。ペン先が優斗の方へ向く前に、一度だけ止まった。次に視線が上がり、こちらを見る。

 

 自分に何ができるのか、答えは出なかった。剣は握ったこともない。魔法なんて論外だ。元の世界でやっていたことを並べても、ここでは何の意味も持たない。

 

 言葉が出ないまま、沈黙が伸びる。女性は急かさなかった。代わりに、小さな水晶をカウンターに置く。静かな音がした。

 

「もしよければ、これに触ってみてください。魔法の才能が分かるんですよ。この属性が使えそう、みたいなのが出るので」

 

 優斗はその水晶に手を乗せる。ひやりとした感触が、掌に伝わる。何かが吸い取られるような気がした次の瞬間、水晶の内側がじわりと濁った。光るでもなく、砕けるでもなく。何かが滲み出すように、ゆっくりと、暗く染まっていく。

 

「これって……闇属性?」

 

 エリシアの声が、わずかに低くなる。

 

「そうです。珍しいですね……、私も初めて見ましたよ!」

 

 女性の声が少し弾む。周囲の空気が、ほんのわずかに動いた。カウンター近くにいた者たちの視線が、こちらに集まる。


 優斗が手を離すと、水晶はゆっくりと透明に戻った。暗く沈んでいたものが、すっと晴れていく。さっき何かが宿っていたとは思えないくらい、元通りだった。

 

「珍しいのか? だとしたら、ここから俺の秘めたる力が覚醒して――」

 

「盛り上がってるところ悪いけど、別に強いわけじゃないわよ。珍しいだけで、戦闘向きの属性でもないし……」

 

「……そうなのかよ」

 

「ええ。そもそも闇属性は扱いが難しくて、使いこなせる人自体が少ないんです。才能があるかどうかと、実戦で使えるかどうかは別の話で」

 

 さっきまでの高揚が、すとんと落ちた。

 

 ふと、視線を感じた。横を見ると、ティノがこちらをじっと見ていた。笑顔のままだ。品定めというより、珍しい生き物を前にしたような目で、優斗をまじまじと見つめる。

 

「ねぇ、ユウト」

 

「なんだよ」

 

「ユウトの親は、魔法使えたの?」


 日本生まれ日本育ちの優斗に、魔法使いの親などいるはずがない。両親だって例外ではない。魔法なんて、向こうではファンタジーの中の話だった。

 

「……いや、使えない」

 

「ふぅん」


 ティノは少し考えるような間を置いてから、受付の女性へ視線を向けた。


「闇属性って、何ができるんですか?」


「それなんですが……、闇属性の魔法は使い手が少ないので、情報もほとんどなくて……」

 

「……数少ない闇魔法の使い手か。かっこいいな。受付嬢さん、闇魔法ってどうやって覚えるんですか?」

 

「それなんですが……」

 

 女性が少し言いづらそうに続けた。

 

「魔法は普通、その属性に熟達した師匠に教わるんですよ。ところが闇魔法は使い手が少なくて、師匠を探すこと自体が難しくて……」

 

「……そっすか」

 

 エリシアが横でこちらを見ていた。特に慰める様子もない。ただ、一拍置いてから言った。

 

「喜んだり落ち込んだり、大変そうね」

 

「うるせぇな! ……まぁ、得意なことはひとまず空欄にして、登録できますか?」

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