【発売記念SS】先生VS生徒
時系列としては、秘密の花園に行った後くらいです。あとがきに書影載せてます。ぜひ最後まで読んでくださいませ。
レヴォルが請け負っている特別実技訓練の参観をしている。
特別実技訓練とは乙女ゲームにもある内容で、端的に言えば、魔法レベルを上げるバトルシステムだ。それもこれも、ラスボスである悪役の私を倒すための魔法レベルなので、正直気が気ではないけれど、生徒たちに見に来てほしいと頼まれて断れるはずもなく。
乙女ゲーム主要メンバーの内、エリスとレオンとノーマンがいる。私は少し離れた、階段状のスペースから鑑賞しているのだけど、みんな心なしか気合が入っているような。レヴォルはこっちを見て爽やかに手を振ってきている。今からレヴォルと一対一で試合をする。時間制限内に一発でもレヴォルに魔法が当たれば合格だ。
【第1ラウンド・レオン】
「よそ見は感心しませんね」
レヴォルはレオンの視線を追いかけた。レオンはあからさまに視線を逸らしたが、少し投げやり気味にレヴォルに向かって火魔法を放つ。レヴォルはこれをあっさりと避ける。
「はあ、いい加減婚約したらどうですか? 王子なのに、人の婚約者に手を出そうとするなんて」
「そもそも、まだ婚約してないだろ」
「ふふ、もうしているようなものですよ」
レヴォルは不敵に笑う。余裕のある表情にレオンは少しイラッとして、力任せに火魔法を放っていく。レヴォルの視界にはハラハラと試合を見守るアクアの姿が映っている。アクアの視線を辿ってあることに気が付いたレヴォルは突然水魔法をレオンに向けた。
「はっ!? ちょっと急に何するんだよ」
びしょびしょにされたレオンは怒ってレヴォルを睨んだ。
「火ですよ、服の裾が燃えていたんです。火の威力も威勢がいいのも結構ですが、気をつけて。あと、気づいたアクアに感謝してくださいね」
レオンはしばらく恨めし気にレヴォルを見ていたが、アクアの方に目線を向け、ほっとした様子のアクアにレヴォルが言っていたことが本当なのだと理解した。アクアに大声で「大丈夫―!?」と投げかけられ、レオンは頷き返した。レヴォルが後ろからレオンの肩を叩く。
「まあ、気持ちは分からないでもないですが……災難でしたね」
【第2ラウンド・ノーマン】
「はは、先生も相変わらず余裕がないですね。そんなだといつか嫌われてしまいますよ?」
試合開始直後、水魔法を生成しながらノーマンは嫌味たっぷりに投げかけた。先程のレオンとのやり取りを見ていたのだろう、と気が付いたレヴォルは口角を上げ、ノーマンの魔法に目を配る。アクアが得意とする水魔法。それも先日授業で教えたばかりのものだとアクアが同じ魔法を見せてくれたことを思い出す。
「君はいやな性格をしているなと思いますよ」
「お褒めに預かり光栄です。ああ、念のため言っておきますが、僕は先生とアクア先生の間を邪魔したいわけではないんですよ?」
ノーマンは柔和な笑みを浮かべながらも、攻撃の手は休めない。
「レヴォル先生もご存じだと思いますが、アクア先生って少しレヴォル先生のこと、警戒してるじゃないですか。僕は女性の意見を尊重すべきだと考えているので」
「忠告ありがとう。ですが、心配しなくても大丈夫ですよ。アクアとは一緒に寝るくらいには仲がいいので」
「はっ?」
目を見開いてノーマンは分かりやすく動揺する。ちょうど試合もタイムアウトとなる。
「寝るって、まさか」と呟きながら、ノーマンはアクアの方を勢いよく見た。能天気な表情で「お疲れ様、よくできてたわ」と褒めているアクアからは何も読み取れない。
嘘ではない。秘密の花園でキスをしたあの日、間違いなく2人は朝まで一緒に添い寝をしていた。真っ赤になって気絶したアクアを眺めていただけだが。レヴォルは若干ノーマンを不憫に思った。
「まあ、そのまま勘違いしててくださいね」
【第3ラウンド・エリス&ビビ】
「手加減なしでお願いします!! ビビ、アクア先生が見てるから、かっこいいとこ見せようね!」
魔法が使えないエリスはビビを誘導してレヴォルに触れられれば合格だ。レヴォルは意気込むエリス越しにアクアの様子を眺める。不安げな顔でこちらを見ている。なぜかアクアはエリスと自分が絡むことを気にしているな、と薄々ながら感じていた。嫉妬か何か分からないが、自分のことで悩んでいる様を見るのは少し嬉しく思う。
「レヴォル先生は本当にアクア先生のことばかりですよね」
完全に不意を突かれ、ビビがレヴォルの腕のギリギリをかすめていく。間一髪かわした様子を見て、エリスは悔しがる。
「レヴォル先生とは同意見ですよ、仲間です。アクア先生は超絶美人なのに天然で可愛いんですよ! あんな天使が毎日近くにいれば好きになっちゃうのも当然です」
「エリスとは話が合いそうですね」
「アクア先生って、なんだかんだ言ってレヴォル先生といるとき楽しそうですもん! 最初はもっとうげって感じの顔してましたけど、最近では照れたりしてて本当に可愛いですよね」
エリスはそのまま「そんなお顔を見せてくれたレヴォル先生に感謝です」と言いながらビビを差し向けてきた。
「アクアが、俺で照れてる……」
レヴォルは少し浮ついたように言い零して観戦をしているアクアに目を向けた。不安そうに見ていたアクアと目が合う。緩んだ口角をごまかすために、なんとか笑いかけてみせると、なぜかアクアは顔を思い切りうつむかせ、そのまましゃがみ込んでしまった。
レヴォルがそれに釘付けになっていると、頭にぽむち、とビビの肉球が触れた。
「レヴォル先生の負けです!」
呆気に取られていると、「アクア先生戦法で勝てた!」とはしゃぐ声が聞こえてきた。どうやらレオンとノーマンも承知済みらしい。会話や視線も重要だと教えたのはレヴォルであり、それを逆手にとったらしい。レヴォルは自分がアクアにめっぽう弱いことを再認識させられ、困り眉になって笑うしかなかった。
「初めてレヴォル先生に勝てた! アクア先生がきてくれるから、今日はどうしても勝ちたくて……でもちょっと卑怯だったかな」
合格報告に来たエリスは少し申し訳なさそうに呟いた。レオンとノーマンは怒りながら「卑怯じゃない」とエリスに言う。私は試合中にどんな会話がされていたのか分からないので、なんとも言えない。
ただ、レヴォルが私に笑いかけた直後に負けてしまったことは分かるので、私のせいではないだろうか。あまりにも勢いよくしゃがみすぎて、心配させてしまったのかもしれない。でも、レヴォルの微笑みをもろに直撃してしまったから、とは言えそうもない。
そこへ、件のレヴォルがやってきた。
「みんな、休憩おしまい。試合実践のあとは生徒同士の実戦練習。そろそろ戻って練習してくださいね」
レオンとノーマンが若干不服そうにレヴォルを見た後、しぶしぶ戻っていく。レヴォルは階段に腰かけている私の真下まで近づく。なんだか気まずくて、私もそろそろ、と言いかけるとレヴォルが私の手をとった。
「俺、初めて負けてしまいました。アクアにかっこいいところが見せられなくて悲しいです」
私の手を自分の頭に持っていく。座っている私が手をのばすと、レヴォルの頭にちょうど触れる高さだった。銀色の髪が思ったよりもふわふわしていた。上目遣いでこちらを見てくるのは、わざとなのか。わざとじゃないなら、本当に末恐ろしいのだけど。
「そんなことないですよ。魔法もよけて、難度の高い魔法もびゅんびゅん放っていたじゃないですか。それを一日に何十人もできるなんてすごいですよ」
「偉いですか?」
「はい、偉いです!」
思わずよしよし、と頭を撫でる。なんだか大型犬みたいだ。にこにこしながらしばらくは頭を撫でていたのだけど、その表情はなぜか不服そうだ。私の手を自身の頬まで移動させると、頬を擦り、私を見上げた。
「さっきはあんなに照れてくれたのに、これは照れてくれないんですか?」
その妙に色っぽい目つきと、先ほど照れてしゃがみ込んだことがバレていることが分かってしまい、私は盛大に口をぱくぱくさせてしまった。しばらくしてやっと「授業中です!」と声が出せた。わなわな震えていると、レヴォルは生徒たちの方を向いてから、私に向き直った。
「たしかにそうですね。こういうのはまた2人きりのときに」
「はい、分かってくれてよかったです……ん?」
待って、何か余計なこと言った。2人きりのときにもダメですから、と言おうとしたのに、レヴォルは生徒たちの方へと戻ってしまった。溜息しか出ないわ……
満足げに戻ってきたレヴォルを見ながら、レオンたちは悪態をついていた。
「なあ、あれ絶対これ見よがしにやってたよな」
「僕も同感です。だって、一度僕たちの方を振り向いたときすごい笑ってましたから」
先程、アクアがレヴォルの頭を撫でているところをがっつり生徒たちは目撃していた。というか、あの教師たちは最早隠す気がないだろう、というのが全会一致の意見だ。エリスはキャーキャー言っていたし、私も撫でてもらいたいと騒いでいた。
けれど、レオンとノーマンはわざとらしくこちらに顔を向け、笑みを浮かべた一連の動作に目ざとく気が付いたのだった。
「多分アクア先生は気づいてないんでしょうね……」
不憫なものを見る目でアクアを見た。けれど、アクアはそれに対しても「続き頑張って」と笑うので、怒るにも怒れず、結局毒気は抜かれてしまったし、レヴォル先生も大変だろうなと思ったのだった。