5.転生モブ令嬢、掌返しに遭う
大変遅くなりました
〜前回までのあらすじ〜
死んだと思ったら転生先が某乙女ゲームの中に出てくる冴えないモブ令嬢だったんで、とりあえずイメチェン始めました。程なくしてお城からお茶会に招待され、しょうがなく参加したら、そこで女神のような美貌を持つゲーム内一の悪役ライバル令嬢ロザリアと邂逅。実はロザリアがツンデレと判明し、ツンデレ至上主義のツンデラーである私は勢いでロザリアとお友達になったぜひゃっほう!!
―――んで。
現在私とロザリア、それからその他大勢の令嬢達(こいつらに興味ないし名前も知らんのでその他大勢扱いでよかろう)は、老執事さんに先導されるまま庭園の一角に案内された。
さすが、一国の威光を示す為の巨大にして尊厳な宮城といい、それに付属して広大なお庭の出来栄えよ。
今を盛りの花々が私達を招き入れる。花の色彩とそれぞれの大きさを考えに考えて構成された庭園は、360度、どの角度から見ても楽しめるようになっている。いい庭師さん雇ってんな、これ。
そりゃ私達の税金で成り立ってるようなものだから、ショボかったら逆に承知せんわ。
―――それはそうと……。
「皆さん、ようこそお越しくださいました。本日はどうぞよろしくお願いします」
丸テーブルに着席した私達の前には、グリード王子に扮したサフィリアスが。8歳とは思えない堂々とした出で立ちで、右手を胸に当てて私達に向かって紳士の礼をした。
そこはいいのよ、そこは。
でもごめん、一言だけツッコミいれさせて?
あんた仮にも乙女ゲームのメインヒーローのくせに、なんでそんな太ってんだぁぁぁぁぁぁぁぁ!?
え?サフィリアスの幼少期ってこんなにデブってたの?肥満児?肥満児だったの?知られざるヒーローの過去に開いた口が塞がんないよ!
あ、ほら!私と同じようにその他大勢の令嬢達もぽっかーんってマヌケ面さらしてるじゃん!でもわかるよその気持ち!王子様っていう最高身分だから、物語に出てくるような眉目秀麗で勇猛果敢なキラキラしい男の子を想像しちゃうよね!?かくゆう私もゲーム内のサフィリアスのスラっとしたスタイルに甘くて凛々しい顔が頭の中にインプットされてたから、ビックリするなという方が無理だわ!
いや、顔立ちはいいんだよ?顔立ちは。
あと、健康的に太ってるならそこまで嫌悪感を抱かない。むしろぽっちゃりくらいがちょうどいい。
それなのに、お前とゆーやーつーはー!
明らかに太りすぎじゃボケェ!
なんの謀略か知らんが、せめて痩せてから影武者務めろよ〜!
一応一国の王子(本当は影武者)が挨拶したんだから、挨拶をしなきゃならないのだろうけれど、ゲームのサフィリアスを知っているだけに衝撃を受けている私はもちろんのこと、他の令嬢達も明らかに動揺を隠せず。
驚きのあまり硬直してしまった私達を尻目に、ただ一人、ロザリアだけがサフィリアスの前に立ち、右腕を水平に伸ばし、もう片方の手でドレスの裾を足元が見えるギリギリのラインであげながら優雅に腰を下ろした。
「お初にお目にかかります。わたくし、ヴィッテンバッハ公爵が娘、ロザリア=キェリー=ヴィッテンバッハと申します。本日はお招きくださり、誠にありがとうございます。今日という良き日に、グリード殿下とお逢い出来たこと、至極恐悦に存じます」
ロザリアすげぇぇぇぇ!
おデブな殿下(本人は影武者だけどね)を前にしても顔色ひとつ変えることなく、教本に載ってる文章をそのままスラスラと音読するが如く、お手本のような淑女の挨拶を返した!しかも口元には笑みが溢れています!すでに他を圧倒する美しさを誇っているロザリア嬢、カンストしている芸術点に加え、高い構成点も期待できますね!
すると、おデブなグリード殿下―――もとい、絶賛影武者中のサフィリアス(もう面倒くさいからサフィリアスで統一するわ)は、ちょっとだけ目を見張ったあと、年頃の男の子らしく照れ臭そうにはにかんだ。
「ヴィッテンバッハ公爵のご息女でしたか。噂通り、とてもキレイな方ですね」
「まぁ。わたくしの噂など、いったいどこのどなたが言いふらしていらっしゃるのかしら?醜聞でないことを祈るばかりですわ」
「醜聞なんてっ!その……ご令嬢を前に言うのは気が引けるのですが……あの、その……」
なぜか言い淀むサフィリアスを前に、ロザリアはこれまた「ふふっ」と可愛らしく小鳥が囀るように笑った。
「お気になさらず、殿下。おおよその検討は付きますわ。どうせ『宮廷の悪魔』と誉れ高い、我が父の関係者あたりからではありませんか?わたくしを殿下に売り込もうと印象操作をして、刷り込み作戦に出たつもりでしょうけれど」
おいおいおいおい、おおぉぃぃ!
そんなあけすけに言っちゃっていいんかーい!?
ほら見てみろ!サフィリアスもどんな反応すればいいのかわかんなくて目が点になっとるやないかーい!8歳児を困らせんなよ!
飾らないロザリアも素敵!抱いて!
一旦言葉を区切ったロザリアは、これまたうっとりとしたため息が出そうな優雅な所作で扇子を広げると、己の形の良い唇を覆い隠し、サフィリアスに向かって瞳だけで微笑んだ。
「周りの口喧しい連中など、捨て置いてくださいまし。全ては殿下の御心のままに。わたくしはそれを何よりも望みます」
到底8歳児とは思えないロザリアの口から出た言葉に、サフィリアスはほんの少しだけ唖然としていたけれど、我に返った彼は慌てて「ありがとう」と苦笑いを浮かべながら一言だけお礼を言った。
え?なにこの私らの空気感?
いや、私自身は別にいいんだけど。
この世界の最高峰である王家に連なるチャンスである今回のお茶会に張り切ってやって来た他ほかの令嬢達が、ロザリアにあらぬ嫉妬をしなければいいなぁと思いつつ、さりげなーく視線だけ周りを見渡してみる。
すると、他の令嬢達はなにやら感心するかのような面差しで、ロザリアの方を熱心に見つめているではないか。中には『そのままくっついてくれ!』と言わんばかりに両手の指を絡めて祈ってる令嬢もいる。
いくら王族とはいえ、ロザリア以外の令嬢達は太った王子様に興味はないようだ。
サフィリアスに会うまでは、婚約者候補になりかねないライバル令嬢をひとりでも減らそうと、私にいちゃもんつけてきて癖に!
『ひどい掌返しに遭った』とは、まさにこのことである。