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第195話 可憐なる災厄と全知の魔導書

 ◆◇◆


 ミラルカは迎撃に出てくる竜翼兵を破壊魔法で撃ち落としながら、クヴァリスに接近していく。クヴァリスの周囲には黒い雷が生じているが、ミラルカはそれが発生する位置に法則があることを見抜き、黒雷の影響など無いかのように飛行魔法で空中を駆ける。


(クヴァリス……浮遊島の上部に広がっている森の中に、結界が展開されている。あれは……竜翼兵に攻撃されているの?)


 三体の竜翼兵が咆哮しながら、同時に槍で結界を突く。魔力が十分であれば維持されたはずの結界は限界を迎え、その攻撃を跳ね返したところで消失した。


 竜翼兵が続けて攻撃を繰り出そうとする――結界を張っていた人物が中にいるならば、一刻の猶予もない。


「その辺りにしておきなさい……っ!」


 ――多重破壊型無式改・散華(さんか)――


 ミラルカが袖を振ると同時に空間に展開した魔法陣が、竜翼兵三体を瞬時に範囲に入れる。竜翼兵たちは内側から爆砕され、破片すらも花弁のように散って消失する。


(ここまで来るとディックの支援が届かない……魔力の使いすぎは禁物ね)


 『塔花』を複数同時に発動させる『散華』は、人間の魔法使いとしては規格外の魔力容量を持つミラルカにとっても、明確に負荷を覚えるほどの消耗があった。


 大気中の魔力量もクヴァリスの周囲は極端に低下している。竜翼兵が起動するだけで周囲の魔力を取り込んでいるため、ほぼ枯渇している状態だった。これでは自然な回復は見込めず、ミラルカは持ってきていた小瓶を開けて、中身を喉に流し込む。


「んっ……霊薬(ポーション)なのに、味にこだわるのよね……あの人は」


 半分は感心し、半分は呆れたような口調でミラルカは言う。そして結界が消えたばかりの、クヴァリス甲板の森へと降下していく。


 ――そこには、樹木の幹に背を預けた、魔法使いらしき少女の姿があった。


 銀色の髪を持つ少女は、辛うじて意識を保ちながら、ミラルカを見て力なく微笑む。


「……あなたが、カインと組んでいたっていう人ね」

「……天使がお迎えに来たのかと思いました。その金色の髪と青いドレスは、ミラルカ・イーリス……聞いていた以上の破壊魔法ですね」

「あなたも魔法を専門にしているみたいだけど……魔力が枯渇しているわね」


 ミラルカが近づくと、アストルテは手に握っていた杖を動かしかけたが――ミラルカに敵意がないと悟ると、その手から力が抜けた。


「っ……こんなに大きい杖を使うのは、非効率だと思うのだけど」

「私の国では、魔導杖(ロッド)の結晶を介して詠唱を補助する技術があります。大きければ大きいほど結晶の価値は高いのですが、小さくできた方がいいのでしょうね」

「ええ……私の国でも、そういった研究はされているけれど。この杖に近いものは、そうそう作れないでしょうね」

「……私の国でもです。この杖自体は、私の家に伝わるもの……遺跡で発見されたものですから」


 アストルテは苦笑する。ミラルカもまた、それに近い感情を返す――二人は、自分たちが歩いてきた道に重なる部分があると気づいていた。


「子供の頃から魔法の力を磨いてきて、大学に入れば私に何かを教えてくれる人がいると思っていたけれど……そんな人はいなくて。生徒になる前に、教える側に回ってしまったわ。それも、楽しくはあるのだけれど」

「……私も、国を出る前まで、後進の育成に当たるようにと頼まれました。国の人たちは、私が教えていれば、いつか私を超える魔法使いを輩出できると思っていたみたいです」

「そういう出会いも、長く続ければあるのかもしれないけれど。私たちは千年に一度の才能を持つと言われてしまっているのだから、生きているうちに会えるか分からないわね。教え子でなければ、こうして出会うこともあると分かったけれど」


 ミラルカはアストルテの力量を、見ただけで感じ取っていた。それはアストルテの側も同じで、互いに近い高さの目線を向けあっている。


「……カインは、私たちのリーダーと戦っている。あなたはどうするの?」

「私は……カインを止められなかった。もっと早く、彼の考えに気づいていたら……」

「自分の意志で異空の神と手を結んだ……そんなふうに取れることも言っていたみたいだけれど。それが本当に彼の意志と受け取るのは、尚早だと思うわ」

「長く彼を見ていたからこそ、分かってしまうんです。カインはいつも孤独だった。私は序列二位として彼と行動を共にしました……それでも彼は一度も、本心から私のことを対等の存在とは見てくれていませんでした」


 アストルテは、竜翼兵を振り切ってカインを追うこともできたはずだった。


 彼女がそうしなかった理由を、ミラルカは察していた。アストルテはカインを止めたいと願いながら、もう一度相対することを恐れているのだと。


「それでも……あなたにとっては、大切な仲間なんでしょう?」

「……本当は、クヴァリスを落とすことを考えていました。私の魔力を全て転換すれば、クヴァリスを半壊させることはできます」

「そうしなくて良かったわね。例え海に落ちたって、全ての機能が完全に止まるまでは、クヴァリスの脅威は消えないわ」

「クヴァリスの動力源……『擬神核』の力は、カインが多くを吸収してほとんど残っていません。今も少しずつ高度を下げている……どこかの陸地に落ちてしまうよりは、海に落としてしまった方がいい。人々の暮らしている場所に針路を転換するかもしれませんから」

「そうね……東方諸島に落ちるようなことは、避けなければならない。短い時間しかいなかったけれど、私も仲間も、あの場所が嫌いではないの」


 ミラルカは髪をかき上げ、得意そうに微笑む。彼女にとって、守るために必要な動機は、大義というほど大きくはない――それをアストルテは羨ましく思う。


「ミラルカ・イーリス……」

「家名を一緒に呼ばれるのは堅苦しいから、ミラルカと呼びなさい。どうするかは決まったの?」

「はい。私は……カインとの協力関係を解消していません。彼にとっては、もう意味のないことかもしれませんが……」

「手加減なんてできる相手ではないし、私はディックに生き残ってもらわないと困るのだけど……」

「私にできることがあるのか、今はまだ分かりません。ですが……」

「あなたにしかできないことがあるのなら、それを言ってみなさい」


 自分では力不足かもしれない、それでも同行したい。そう言おうとしていたアストルテは、ミラルカの質問に不意を突かれる。


 ミラルカはアストルテが戦力となる可能性を模索している。もし答えが曖昧なものなら、ミラルカは自分を助けはしても、戦力として数えないだろうとアストルテは思った。


「……私は『時空間転移』を行使することができます」

「そう……私も原理さえ理解すれば、行使できるかもしれないけれど。その点において、あなたは私より先を行っているわね」


 ミラルカはアストルテの傍に屈み込むと、霊薬の小瓶を差し出す。


「ありがとうございます。んっ……」

「……効くでしょう?」

「え、ええ……こういった薬は味が良くないものなのに……美味しいなんて……」


 魔力の回復という第一の効能より、味の評価が先に来ている――この感想を聞かせたらディックは喜ぶだろうか、とミラルカは思う。


(カインという人が大事だと思うのだけど、そんな人にまでこんな顔をさせて……あの人、霊薬に何か入れてるんじゃないかしら)


「それに、効能も……即効性がある魔力回復薬で、生命力を代わりに消耗するなどの副作用もない。このポーションを、貴女が作ったのですか?」

「作ったのはディックよ。私の名前を知っているなら、彼のことも知っているんでしょう」

「っ……ディック・シルバーが……優秀な魔法剣士とだけ聞いていましたが、それだけではないのですね。私よりもよほど『全知』と呼ばれるにふさわしいのでは……」

「ポーション作りは彼にとって趣味みたいなものだから、そこまで評価されても戸惑うんじゃないかしら。自分を器用貧乏だと思っているけど、彼は……」

「それはただの……万能ということですね」


 アストルテが少し遠慮がちに言う。ミラルカは腕を組み、くすっと笑った。


「そうなのよ。私もみんなも、彼が何でもできるから、自分の専門を一緒に研究したり、訓練したいと思っているわけ……ユマだけは、なかなかそうもいかないのだけど」

「『沈黙の鎮魂者』……確かに彼女の能力だけは、後天的に習得するのは難しいでしょうね。けれど、仲間同士なら欠けた部分を補い合える」

「その『繋ぎ役』もしてくれていたから、私たちが届かないくらい強くなってしまったの。皆の力を合わせて強くなるなんて……本当に、勇者みたいな人なのよね」


 ミラルカは今まで誰にも言ったことのないような本音を、初めて会った相手に話していることを不思議だと感じながら、しかし胸がすくような思いでいた。


「カインも他者の力を集める能力を持っています。けれど、ディック・シルバーとは似て非なるもの……」

「どちらが勝つと思う? 私は、ディックに全部賭けるわ」

「……不謹慎かもしれませんが。それは、答えないでおきます」


 ミラルカが手を差し出すと、アストルテはその手を取って立ち上がる。


 二人は赤い空を見上げる――その空から襲ってきた竜翼兵たちは、アストルテが作り出した結界によって弾き飛ばされ、ミラルカの陣魔法で爆砕する。


「魔法使い同士というのも、悪くないものですね」

「ええ……でも、あなたの防御魔法って、ディックとあまり変わらないかもしれないわね」

「……あなたはディックさんのことが……いえ、何でもありません」

「何か聞こえた気がするのだけど。今は聞かないでおいてあげる」


 二人は飛行魔法を使い、クヴァリスの上部から飛び立つ。


「っ……あれは……」

「……カインの姿が、無数に……」


 遥か南の赤い空に、無数の人影が見える。それはカインとディックの戦いが佳境に入ったことを示唆する――決着の時が近い。


「ディック……ッ、無事でいないと殲滅するわよ……っ!」


 ミラルカとアストルテは連携しながら、追ってくる竜翼兵を撃退しつつ、南の空へと急いだ。


※いつもお読みいただきありがとうございます!

 ブックマーク、評価、ご感想などありがとうございます、大変励みになっております。

 次回の更新は8月25日(火曜日)となります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最初からずっとミラルカがヒロインの位置にいる事。 [一言] こういう小説って、人気の出方でヒロインが変わったりするんですよねぇ~。
[良い点] 第195話 可憐なる災厄と全知の魔導書 更新ありがとうございます。 [一言] 『「……あなたはディックさんのことが……いえ、何でもありません」』 究極のツンデレさんは、滅多なことではデレ…
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