第196話 列席の魔人と極致の剣戟
◆◇◆
赤い空に無数に現れたカイン――全てが同等の魔力を持つように知覚されるが、それは事実であり、しかし錯覚であるとも言える。
世界の外側、そしてこの世界。二重に存在するように見せているが、俺の目で知覚しているのは『霊体』であり、つまり実体がない。
しかしその霊体が物質化する速度が零に近い。そのため同時に複数の実体が生じ、攻撃してくる。
(つまり複数のカインが同時に存在し、攻撃してくるというのは事実になる。理論上は理解できても、理不尽なことこの上ない――だが……!)
実体化の速度が零に近いからこそ、一体のカインの放った斬撃は実体化した別の自分を斬る軌道を取らない。
回避する隙のないような斬撃であっても、軌道を読めば必ず隙間が生じる。
『――我が剣は、全ての敵を斬り滅ぼすものなり』
――蒼刃流刀術奥義 無限斬滅――
予兆がない剣とカインは言った。しかし殺意を消すことはできても、意志は筋肉を動かす――身体と感情を完全に切り離すことはできない。
俺の中に宿るスフィアを守りきる――カインの剣を、躱しきる。
「――うぉぉぉぉっ……!」
――『真影分身・再生』――
『お父さん……っ!』
カインの斬撃の標的を増やし、その一つずつが超加速転移を行う。カインの攻撃を回避するには、S4――冒険者強度15万を満たせば足りる。
その条件で作れる分身は3体。それらは役目を終えて斬られた後、俺の身体に戻る。
空を裂き、海を割る斬撃を回避し続ける。外から見れば、瞬きをしただけで過ぎるような時間――カインの放った斬撃はゆうに千を超え、分身三つはどうしても回避しきれない斬撃によって断ち割られた。
だが、俺は生きている。斬られることなく意識を保ち、カインに吸収されることなく分身体の魔力を回収する。
七百の斬撃を回避した時点で、俺はカインの次の手を読むことが可能となっていた。異空の神に支配されてもなお、人間としての癖が残っている――それすらもなければ、この場を凌いで仕切り直さなければならなかっただろう。
カインが放つ千百回目の斬撃。そこで俺は仕掛けた――先読みが成功し、カインの裏を取ることに成功する。
ここで霊体に変化されれば、俺の剣はカインに決定的な打撃を与えられない。しかし――。
『――逃さないっ……!』
――真影分身・精霊体分身――
スフィアの力を借り、S4ランクに相当する『霊体の分身』を作り出す。
「っ……がぁっ……!!」
カインが霊体に変化する一瞬を、スフィアの剣が捕らえる。
そのわずかな遅延に、俺は持ちうる限りの最大の剣を繰り出す。
『――ディックッ!』
――無銘の剣だけではなく。コーディが光の速さで撃ち出し、俺の左手に持たせてくれた光剣を使って。
「うぉぉぉぉぉぉっ……!」
――零式・双極光刃・逆十字――
「がっ……ぁ……ぁぁぁっ……!!」
手応えはあった――大気が震え、カインの鎧が断ち割られ、赤い飛沫が散る。
しかしカインの姿は、舞い散った血と同じような赤い影に変わり、再び転移して別の場所に現れる。
「ラグナ、コーディのところに戻ってくれ」
光剣を手放すと、コーディのもとに戻っていく。飛行戦艦の守備に当たっているコーディから長く借りておくわけにもいかない。
『……マキナ。魔神具をここに』
盟主の声が聞こえる――おそらく、念話でマキナに呼びかけているのだ。
「あんたの娘は、あんたに力を貸せない。もう終わりにしよう」
『魔神具の力を使えば、私の目的は達成される。滅ぼすべきは……異空、の……人間……』
「――目を覚ませ、ヒューゴー! あんたの二千年は、こんなことで無駄にしていいもんじゃない! 永く生きるってことが辛いことでも、俺はそれを肯定する……何度だって肯定してやる!」
『遺された民』の不老不死の宿命に、師匠も苦しんで、苦しみ抜いた。俺に殺して欲しいと願うほどに。
俺は不老不死じゃないから言えるのかもしれない。『遺された民』の思いを全て理解することはできない、それでも。
「あんたに生きてほしいと願う人達がいる。あんたの娘だって……ただの道具として娘を育てただけなのか? 俺には、そうは思えない。もしそうだったら、マキナはあんなふうにあんたのことを話したりはしない……っ!」
『――ディック・シルバー。もう、いい』
マキナの声が聞こえる。時空間転移――俺と盟主の間を隔てた赤い空に、金属の殻と、空中に浮かぶ巨人の両腕、そして両足が姿を現す。
これが『魔神具』の真の姿――人工の巨人。これもまた、異空の神にとっては、この世界を滅ぼすために使える道具だと見なされているのだろう。
「……マキナ。私の傍に……」
ヒューゴーがマキナに向けて手を伸ばす。マキナはそれを見て、少しだけ巨人の腕を動かした――しかし。
「盟主様……私は、あなたが与えてくれた命令に従う。この魔神具を使って『異空の神』を倒す」
「……その命令は無効だと言ってもか?」
「無効にはできない。今のあなたは、『覇者の列席』の盟主ではないから」
「そうか……ならば、魔神具を渡してもらおう」
ヒューゴーの宿ったカインの身体は、全く殺気を感じさせないまま――しかし、動かなければならない。
マキナが殺される――そう訴えてきた凶兆は、形になることはなかった。
――特殊防御魔法 時空間封剣――
確かにカインは動いたはずだった。しかしマキナのいる空間を斬撃が断ち割ることはなかった。
それを俺は、以前にも見たことがある。時空間防御――攻撃を別の空間に送ることで回避する、究極に近い防御手段。
「……アストルテ……ッ」
マキナがその名を呼ぶ声が、辛うじて聞こえた。北の空から飛んでくる、二つの人影――そのうちひとつはミラルカで、もう一人は見たことのない人物だ。
『ディック、この距離なら念話が届くわね……今のうちに、ヒューゴーを……っ』
『ディックさん、カインさんには霊体のヒューゴーさんが宿っている……私にまかせてみていただけますか』
ユマはヴェルレーヌの翼に守られながら、高度を上げてくる――俺とは少し離れた位置にいるが、その場所なら歌が届く。
カインがユマとヴェルレーヌに視線を向けた瞬間、俺は動いた――疑似転移で間合いを詰め、カインと剣を合わせる。
「……神に抗う者は、滅びなければならない」
「そうですかと従えるなら、俺たちはここまで来てない……そうだろう……!」
もう一度、気が遠くなるほどの一瞬が始まろうとしている――しかし、その前に。
ユマが歌い始める。アルベインの聖歌ではない、もっと原始的な歌。
それはアルベインの民が、遥か昔から歌い継いできたわらべ歌だった。親が子供に聞かせるような、子守唄だ。
「――その、耳障りな音色を」
「止めさせるか……正気に戻れ、ヒューゴー、カインッ!」
ユマの歌がヒューゴーに影響を与えていることは確かだった。しかし音を遮断する防壁を張り、歌から耳を塞ごうとしている。
(それなら無理やり聞かせてやる――防壁を貫いてでも……!)
ミラルカの『零式』を宿した魔力剣に、さらに付与する――ユマの『歌』そのものを。
――魔力剣強化・鈴鳴――
『……お……おぉっ……おぉぉぉぉぉっ……!』
ヒューゴーの声が聞こえる――カインの赤く染まっていた鎧が青に変わり、血のような色の瞳もまた、本来の色らしい深い青色に戻っていく。
「……っ」
カインは俺を見るなり――驚くように目を見開き。そして、笑った。
「ふっ……!」
俺に斬られるつもりだったのだろうが、辛うじて峰打ちに留める。カインは東方の剣術を使っていたが、『峰打ち』は奇しくも、同じ東方の剣術を使うカスミさんから教わった技術だった。
失神したカインを片腕で支える――今の今まで敵対していたとはいえ、見殺しにすることはできなかった。
『……お父さん……』
「ああ……勝てたみたいだ。だが、まだ……」
ミラルカとアストルテが接近してくる――アストルテの目を見て、俺は彼女が何をどうしたいのかを察する。
「あんたは列席二位のアストルテか……カインはヒューゴーからは解放された。今は気を失ってるが、任せても大丈夫か」
「……はい。あなたには、感謝してもし尽くせません」
アストルテが作り出した球状の結界の中に、カインが収容される。俺と同じ系統――いや、師匠に学んだ防御結界と術式が似ている。
「彼に、回復魔法をかけてもいいでしょうか。目が覚めたとき、彼がまだ操られていたらと考えると、まだ……」
「大丈夫です、カインさんは悪しき力から解放されています。彼の魂の波動に、異質なものは混じっていません」
ヴェルレーヌに抱えられ、『翼を持つ者』の力で飛んできたユマが、アストルテに呼びかける。アストルテはそれを聞いて、張り詰めたものが少し緩んだのか、片方の瞳から涙をこぼした。
「っ……す、すみません。彼が助かったからというわけではありません、少し感情を御しきれなくて……」
「いいのよ、仲間が戻ってきたのだから素直に喜びなさい」
この短い時間に、ミラルカとアストルテの間には、ささやかながら友誼が結ばれたようだった。同じ魔法使いということで気が合ったのかもしれない。
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