59話 気付き
登場人物の番号と種族
14209番(主人公)
14210番(狐獣人)
11054番(女エルフ)
13882番(人間・少女)
07241番(熊獣人)
08511番(女竜人)
細剣の力を限界まで使った代償──猛烈な貧血と右腕を蝕む熱により意識を失っていた俺は、鼻腔を突くツンとした煙くささと、植物の焦げる臭いで目を覚ました。
重い頭を揺らしながら周囲を見回すと、地下通路の壁に背を預け、第28班のメンバーと、狐獣人、少女、そして熊獣人が深い眠りに就いているのが視界に入った。
いまだに微かに熱を持ってズキズキと痛む右腕を左手で抑え、俺は静かに立ち上がって通路の外へと歩みを進める。
外はすっかり暗くなっていた。満天の夜空の下、女エルフと女竜人の二人が見張りをしていた。
背後からの足音に気づいた二人が、ちらりとこちらを振り返って声をかけてくる。
「あら〜、もう大丈夫なの〜?」
「おいおい、まだ横になってた方がいいんじゃねえか?」
「少し身体が重いけど、もう大丈夫。充分休ませてもらったよ」
二人の気遣わしげな言葉に苦笑交じりで返し、俺は本題であるトレントの現状について問いかけた。
「トレントの様子は、どんな感じだ?」
「どんな感じって言われてもな。見た通りだよ」
女竜人が大剣の柄に体重を預け、顎で前方を指し示す。
彼女の視線を追うと、トレントの巨体はいまだに内側から赤い炎をチリチリと燃え立たせ、夜闇を照らしている。外の暗さからして、俺が気を失ってから少なくとも数時間は経過しているはずだ。縄文杉よりもふたまわりは巨大なあの巨躯が完全に燃え尽きるには、まだかなりの時間を要するだろう。
「燃え始めてから、他に何か変化はあったか?」
俺の言葉に、女エルフがいつもの間延びした、けれどどこか安堵したような口調で答えた。
「14209番が意識を失った直後からね〜、あの厄介なスケルトンたちも、みーんな糸が切れたみたいに崩れ去って、それっきりピクリとも動かないわよ〜」
その言葉を聞いて、俺は心の底から胸を撫で下ろした。
(良かった……。あれで完全にトレントは止まったんだな)
一人で安堵していると、女エルフが静かな足取りでこちらへ近づき、俺の右腕の袖をそっと引き上げた。
そこには、以前ほどでは無いが、赤黒く変色し浮き出た血管の痕が残っていた。彼女は俺の右腕を自身の綺麗な指先でそっと触れる。
「ククルちゃんに調律された細剣でも、力をギリギリまで引き出すとこうなっちゃうのね〜。……痛みとかは、本当にない〜?」
「うん。もう痛みはないよ。右腕の熱もだいぶ引いたし、気を失う前まであった血管がズクズク脈打つような痛みもさっぱり消えた」
「そう〜? それならよかったわ〜」
俺の腕から手を離すと、女エルフはやわらかく微笑んで袖を元に戻してくれた。
「にしてもよぉ。なんでこんな場所に、あんなデカいトレントが居座ってたんだ?」
今までの空気を変えるように、女竜人がぽつりと口を開いた。
「どういうこと?」
「ああ。14209番が倒れた後、14210番と一緒にこの周囲を軽く偵察してきたんだ。07241番が最初の任務の時に支給された、魔族侵攻前の王国周辺の地図と照らし合わせてみたらさ……あの屋敷から伸びていた地下通路の出口は、この場所を指してるんだよ」
女竜人は地面にどかりと胡座をかくと、熊獣人から借りてきたであろう古びた地図を広げ、俺の目の前で現在地を指し示した。
魔族侵攻の影響で周辺の地理は多少変貌しているが、おおよその位置関係は掴める。彼女が指さした現在地──まさにこの燃え盛る巨木がある位置には、緑の森林地帯を示すマークのなかに、墓石のような小さな記号がひっそりと描かれていた。そして、魔物などの脅威は一切確認されていない安全圏の地域だった。
「まさか、魔物が一切出ないはずの安全な場所で、ずっと前からあの化け物が『ただの木』のフリをして擬態してた……なんてわけねぇだろ?」
女竜人は首を傾げ、何が原因なのか分からず悩むように唸っている。
彼女の言葉を聞いた瞬間、俺の脳裏に巨大ネズミの姿が過ぎった。
──『アルビノ・グナッシャー・ラット』。
もし、俺の推測が正しいのだとしたら。
ほんの少し、確かめたいことができた。俺はふらつく足に力を込め、未だに熱気を放ちながら燃え盛るトレントの根元へと歩き出した。
「おい! どこ行くんだよ、危ねえってっ!!」
女竜人が焦った声を上げるが、その制止に合わせるように、隣を歩く女エルフが俺の歩調にそっと合わせてくれた。
「私が隣について行くから安心して〜。何か異変があったら、すぐに引き返すわね〜。ね? 14209番?」
「うん、最初から無理をするつもりはないよ。ただ……どうしても確認しておきたいことがあってさ」
俺の顔を覗き込んできた彼女に短く頷き、俺たちはゆっくりと巨木へ近づいた。
地面からうねるようにでこぼこと顔を出す、トレントの太い根。それを直接確認できる距離まで近づき、俺はその場にしゃがみ込んだ。まだ距離はあるというのに、燃え盛る大樹からの放射熱で、肌がじりじりと焼けるように熱い。
額からじんわりと流れる汗を拭いもせず、俺は執念深く、地面を這う根の表面を一つずつ目で追っていく。
(……やっぱり、あった……!)
くまなく探していた俺の視線が、ある一点でピタリと止まった。
泥を払い除けた太い根の根元──そこには、何かに激しく削り取られたような、不自然な『かじり傷』が無数に刻み込まれていた。それは刃物によるものではない。明らかに、あの巨大ネズミの前歯によってつけられたであろう痕跡だった。
「さっきから根っこを見つめて、一体何を探してるの〜? 14209番〜」
後ろから覗き込んできた女エルフが不思議そうな顔をしていたため、俺は言葉を発さず、手招きして彼女をすぐ隣へと呼び寄せた。彼女は俺の意図を察して静かに隣へしゃがみ込み、俺の指先が示す、その不気味なかじり傷の痕跡をじっと見つめる。
古い地図に記された、かつては安全だった大樹。そこに刻まれた、ネズミの歯型。
すべてのピースが、俺の頭の中で噛み合った。
「あらぁ……。これは、夜が明けて皆が起きたら……すぐに知らせてあげないとね〜」
「……ああ、そうだね」
女エルフの言葉に俺は短くそう答えると、ゆっくりと立ち上がり、首を傾げている女竜人の元へと戻っていった。
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