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第五話


 川に飛び込んで全てを終わらせようとした、あの日。


 翔太は、一人の老人に声を掛けられた。七十前後だと思われる老人。彼の右手には、直径五センチほどのガラス玉が握られていた。


「そこから飛び込む気か?」


 老人に訊かれて、翔太は黙り込んだ。自殺しようとしている自分。正直に答えたら、当然、この老人は止めようとするだろう。でも、止められたくない。この苦しい日々から、早く逃れたい。苦痛から逃避すること以外、翔太の頭には何もなかった。他には何も考えられなかった。


 翔太の沈黙を肯定と判断したのか、老人は続けた。


「そんなに自分の人生が嫌か」


 嫌だ。こんな自分が嫌だ。外見はよくない。運動神経も身体能力も低い。さらに、頭もよくない。いじめられていて、毎日苦しんでいる。


 未来に希望なんて抱けない人生。


 黙り込んだ翔太に対し、老人は、右手に持ったガラス玉を差し出してきた。


「自分以外の誰かになれたら、生きる気にもなるだろう?」


 老人はニヤリと笑った。決して優しい笑みなどではなかった。外見も年齢もまるで違うが、翔太をいじめているときの五味に似ていた。


「その玉に念じれば、人の心と体を入れ替えることができる。使い方によっては、自分と誰かを入れ替えるだけじゃなく、他人同士も入れ替えることができる」

「……」


 この老人は何を言っているのか。あまりに馬鹿らしい彼のセリフに、翔太は失笑しそうになった。他人と入れ替われるなら、どれだけ人生が楽になるか。自分以外の奴になれるなら、もう誰でもいい。そんなことを考えるくらい、翔太は追い込まれていた。


 老人は翔太に近付いてくると、強引にガラス玉を手渡してきた。


 頭のおかしい老人に、変な物を渡された。ガラス玉を持った瞬間は、そう思った。


 だが。


 渡されたガラス玉の冷たさを感じて。つい、ガラス玉を見つめてしまって。


 翔太の心持ちは、なぜか急激に変わった。ドクドクと心臓が高鳴り、奇妙な高揚感に包まれた。ガラス玉は、夜空を写し出している。さらにガラス玉の奥を見ると、色んな人物の顔が見えてきた。翔太の知り合いの顔。


 翔太の様子に満足そうに頷くと、老人は、ガラス玉について簡単に説明してくれた。


「その玉を握りながら、入れ替わりたい人物のことを思い浮かべるんだ。そのまま強く念じれば、思い浮かべた人物と入れ替わることができる。入れ替わる条件は、知り合いであること」


 どうやら、誰とでも――面識のない芸能人などとは入れ替われないらしい。


「知り合いであれば、誰とでも入れ替わることができる。さらに、自分と誰かを入れ替えるだけじゃなく、やりようによっては、自分以外の者同士を入れ替えることもできる」

「どうやってですか?」


 自分でも不思議だが、翔太は、もう、老人の話を疑っていなかった。


 老人は続けた。


「その玉は、何度でも使える。そして、常にお前の手元にある。お前が誰かと入れ替わっても、入れ替わった先についてくる。だから、誰かと入れ替わった後、また他の誰かと入れ替わればいい。そうすれば、結果的に、他の奴同士の体も入れ替えることができる」

「……」


 翔太の高揚感は、ますます高まった。自分以外の誰かになれる。それだけでも有り難いのに、何度でも入れ替えができるのだ。つまり、入れ替わった先の人物で人生に失敗しても、また他の誰かになってやり直すことができる。


 では、誰になりたいか。


 真っ先に翔太の頭に浮かんだのは、愛香だった。美人でスタイルもよく、皆にチヤホヤされている。彼女と入れ替われば、楽で楽しい人生を送れるだろう。


 加えて、愛香になれば、別の楽しみ方もできる。これまでの人生で、女性と縁がなかった翔太。母親以外の女性の体に触れることなど、一生ないと思っていた。でも、愛香と入れ替れば、彼女の体を好き勝手に扱える。


 早速、翔太はガラス玉を握った。目を閉じ、愛香の姿を思い浮かべた。強く、強く念じた。


 直後、翔太の意識は暗転した。


 ◇


 ラブホテルの一室。

 淡い光に照らされた、薄暗い部屋。

 キングサイズのベッド。


 今日の相手は、ラグビー部の笹崎。筋肉質な外見に違わず、体力と腕力が凄い。

 セックスも見た目通りに乱暴だが、これはこれで悪くない。


 ベッドの上で嬌声を上げながら、愛香は激しく乱れていた。


 愛香の体に入った、五味が。


 ひと月半ほど前。

 朝起きたら、五味はなぜか愛香になっていた。


 目が覚めた直後は、ひどく戸惑った。夢だと思って寝直そうと思ったが、あまりに衝撃的で目が冴えてしまった。


 戸惑いながらも起き上がり、朝のシャワーを浴びた。体つきも、間違いなく愛香だった。何度もセックスをして、見慣れた体。


 自分が愛香になったということは、自分の体には別の誰かが入っているということだ。シャワーを浴びながら当たり前のことを考え、着替え、用意をして、学校に行った。


 愛香になりきるのはそれほど難しくなかった。愛香になったと自覚した途端に、彼女の記憶が流れ込んできた。五味にとって、腹立たしい記憶だった。愛香は、五味のことが好きなわけではなかった。ただ、現時点で付き合うには一番都合のいい男、としか思っていなかった。

 

 もっとも、五味も、同じような理由で愛香と付き合っていた。美人で、一緒にいると気分がいい。彼女のことが好きかと言われれば、それほどでもない。もっと美人な女がいたら、簡単に乗り換える程度の気持ち。


 学校に行くと、五味は、愛香になりすましながら周囲の様子を探った。誰が自分になったのか。どうしてこんなことになったのか。周りの奴等を観察しながら、必死に推測した。

 

 五味はセックスが好きだ。色んな女と手当たり次第に寝ていた。愛香だけではなく、真紀、小町、翼、優花といったクラスで目立つ女とは、ことごとくセックスをしていた。性の快楽を追い求めるように。


 女と寝たい。男である自分の人生に、悦びを感じている。それなのに、女の体になってしまった。五味にとって、愛香の――女の体になるということは、人生の楽しみの大半を失うに等しい。


 自分の体を取り戻したい。男の体に戻って、色んな女とセックスがしたい。


 そんなことを考えて、数日を過ごし――

 五味は、ある日を境に、自分の変化に気付いた。


 性的欲求が高まっていた。男としての性的欲求ではない。女としての性的欲求だ。顔やスタイルのいい男を見たとき。逞しい男を見たとき。どこか小動物的で、可愛らしい男を見たとき。女としての欲求が刺激される男を見ると、どうしても思い浮かべてしまった。


 女として、彼等とセックスをする自分を。


 欲求は、日を重ねることに強くなった。オナニーをして抑えているものの、悶々とした日々が続いた。それでも、「男と寝るなんて」という思いが、なんとか自分にブレーキを掛けていた。


 そのブレーキを壊したのは、五味の体に入った誰かだった。


「俺も色んな女とヤッてるんだから、お前も、色んな男とヤッてみろよ。人生観変わるぞ」


 付き合っている相手から、浮気の了承が出た。五味はあっさりと、嵐ような欲求に身を任せようと決めた。


 では、まずは誰としようか。

 

 現状では、五味の姿をした誰かとするのが一番まともな選択と言える。五味と愛香は付き合っているのだから。セックスだって、何度もした。それなら、五味の姿をした誰かとすべきだ。


 しかし、心が拒絶した。自分とするなんて気持ち悪い、と。オナニーをする自分を眺めるようなものだ。


 では、誰とすべきか。

 当然、性的に興奮できる男がいい。


 五味は、元の自分の外見に自信があった。自分ほどの男などまずいない。だから、適度な男で手を打った。ナンパをしてきた、外見に自信がありそうな男。


 ナンパ男と寝てみて、驚いた。愛香の体は、五味に、今まで経験したことない快楽を与えた。体を触られている時点で少しずつ欲求が湧き出し、セックスが始まると波が襲ってきた。最初は小さな快楽の波。波は徐々に大きくなり、全身を包み、波が弾けてビクンビクンッと体が痙攣した。


 もっとしたい。もっと色んな男と寝てみたい。女として初めてのセックスで、五味は、すっかり快楽の虜となった。


 愛香は美人だ。男を落とすのは難しくなかった。色んな男とセックスをした。ナンパしてきた、俳優の吉田亮に似た男。一組の滝川。隣りのクラスの松前。SNSを通じて知り合った変態男。


 次は誰としようか。次の男は、どんなセックスをするのだろうか。どんなふうに楽しませてくれるのか。


 愛香になった五味は、男だったときの自分を忘れ、すっかり享楽に耽っていた。


 ◇


 翔太が最初に入れ替ったのは、愛香だった。

 自分には一生縁のない女の体を、思い切り楽しんでやろうと思った。


 入れ替わり、最初に目覚めたとき、ベッドの中にいた。部屋は暗く、夜中だということが分かった。


 時計を探して確認すると、午前三時だった。


 今頃愛香は、翔太の体になって自宅で眠っているはずだ。


 愛香になった直後、彼女の記憶が、翔太の頭の中に流れ込んできた。どんな将来を思い描いているのか。五味のことをどう思っているのか。男という生き物に対し、どんな気持ちを抱いているのか。


 同時に、愛香は性欲が強い女だと知った。


 夜中に目が覚めて、すぐに愛香の体は疼き出した。真夜中の部屋の暗さが、愛香の体の性欲を刺激していた。


 愛香の体で、二回オナニーをして。

 時計を見ると、午前四時半になっていた。


 性欲が解消されると、翔太は少し冷静になった。

 このまま愛香の体で生きるのも、決して悪くない。自分が今まで知らなかった女の体を、好きにできる。


 でも、と思った。


 どうせなら、男の体で女とセックスをしてみたい。

 同時に、自分をいじめ抜いた五味や愛香を、地獄のドン底に叩き落としてやりたい。


 では、彼等を地獄に落とすには、どうしたらいいか。


 答えは簡単だった。


 今度は、五味と入れ替る。そうすれば、翔太は五味になり、愛香は翔太になり、五味は愛香になる。


 五味はクズのような男で、同時に、自分の欲求に正直だ。性欲の強い愛香の体に入ったら、貪るようにセックスをするだろう。


 愛香は、自分が虐めていた翔太になる。毎日虐め抜かれるだろう。さらに、自分の体で好き勝手にセックスされるところを、目の当たりにすることになる。


 愛香の体でほくそ笑むと、翔太は、老人に貰ったガラス玉を探した。

 老人の言った通り、ガラス玉は、翔太の手元にあった。愛香と体が入れ替ったのに。


 ガラス玉を握り、翔太は再び念じた。五味を思い浮かべながら。


 直後、翔太の意識は再び暗転した。


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