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8.おでかけ中の急接近

初夏の陽射しがガラス張りのショーウィンドウに反射し、街を明るく照らしていた。


ナツは、自分の手を見下ろした。

そこには、しっかりと握られた雪の手がある。

細くて、でも意志を感じるような力強さで、雪はナツの手を引いていた。


「行こう、ナツ」


その一言で、何も考える暇もなく、気づけば繋がれていた。

横断歩道の信号が変わる。

渡る人波の中、ナツの視線はずっと雪の後ろ姿を見ていた。


白いブラウスに、ハイウエストのパンツ。

そして、目元には艶のあるアイラインが引かれ、大人びた雰囲気をまとっていた。

大人の女性・雪。


ショーウィンドウにふと目をやると、ガラスに映るふたりの姿があった。

まるで、恋人みたいだった。

こんな日が、自分に訪れるなんて。


「ねえ、ナツはこんな服、どう思う?」


雪が立ち止まり、手に取ったのはラベンダー色のワンピースだった。

清楚で上品な長めのスカートに、小さなレースが施された胸元。

可愛らしさの中に、ほんのりとした大人っぽさも香る。


「……とても素敵です」


ナツは素直にそう言った。


「着てみてよ。私、こっちのジャケット買うから」


そう言って雪が見せたのは、淡いラベンダーに似たカラーのノーカラージャケット。


まさか——


「それって……」


「うん、ちょっとだけ、お揃い。どうかな?」


その言葉に、ナツの頬が熱くなる。


「……はい!」


試着室へ向かうと、明るい声の店員が声をかけてきた。

「お二人ともご試着ですか?」


ナツが返事に戸惑っていると、雪が先に言った。


「はい、一緒で大丈夫です」



えっ、一緒!?


驚いたナツの思考が追いつく前に、雪はそのままナツの手を取って試着室のカーテンを開ける。

そして、ナツを中へと引き込んだ。

閉じられるカーテン。二人きりの空間。


心臓の音が跳ね上がった。


「え、えっと、雪さんの前で着替えるのは、ちょっと……」


「どうした? 恥ずかしい?」


「……ちょっとだけ」


ナツが顔を伏せると、雪はふっと笑って言った。


「じゃあ、目を瞑っててあげる。着替え終わったら教えて?」


「わかりました……」


雪はその場で目を閉じる。

ナツはそっとブラウスのボタンを外した。

カチャリ、という小さな音にさえ、自分の鼓動が反応してしまう。


目を閉じた雪の顔が、あまりに穏やかで綺麗で。

ふと、動きが止まった。


その気配を感じた雪——


「ん?」


雪がそっと目を開けた。


「あっ……」


ちょうどキャミソール姿になっていたナツの姿が、雪の瞳に映る。

その瞳の色が、一瞬で変わったのがわかった。

濃く、深く、何かを求めるように。


「ナツ……」


低く呼ばれた名前に、ナツの全身が震えた。

次の瞬間、雪の手が伸びる。


背中が壁にあたる。逃げ場がなくなる。

 

 ドン——。


雪の手がナツの顔のすぐそばに。

その指先が、そっとナツの顎に触れる。



 「……っ」


もう、息ができない。


「キス、したい……」


雪が目を閉じる。


あと1センチ、ほんのわずかでも唇が動いたら——。


ナツは咄嗟に雪の肩を押した。


「だ、だめです! こんなところで……!」


肩を押され、雪は少しだけ後ずさった。


「……あ、ごめん。嫌だった?」


その声に、ナツは首を振った。


「違います。嫌じゃないです。ただ、その……ちゃんと試着、しないと」


真っ赤になりながら言うナツに、雪は苦笑して頷いた。


「うん、そっか。ごめん、ごめん」


その優しい笑顔に、ナツの胸はまたどくんと跳ねる。

着替え終わって鏡の前に立つと、ラベンダーのワンピースはナツの身体にぴたりと馴染んでいた。

小柄な体型がスラリと見え、まるで雑誌のモデルのようだった。


「うん、やっぱり似合う。可愛いよ、ナツ」


照れながら鏡を見るナツ。


「私、これ……買います」


「じゃあ私が買ってあげる」


そう言って、雪はスマートにレジへ向かう。

ナツが慌てて後を追う。


「え、でも……! プレゼントももらったのに、これ以上は……!」


「気にしないで。今日は、ナツに似合うものを一緒に選べて、すごく嬉しいの」


そう言って雪は、レジで会計を済ませた。

その背中が、大人びて見える。


堂々としていて、余裕があって、頼りがいがあって——


もしかして、過去に恋人がいたのだろうか。

そんな疑問が、ナツの胸に芽生える。

胸の奥に、チクリと小さな棘が刺さったような痛み。


 もっと知りたい。


雪さんの過去も、気持ちも、全部。

この感情が、ただの憧れじゃないと、ナツはもう気づいていた。

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