13.夢の扉
朝食を終えたナツと雪は、すっかり打ち解けた様子でソファに並んで座っていた。
肩と肩が触れるか触れないかの距離。静かな安心感がふたりの間に漂っている。
雪がスマホを操作しながら、ふと何かを思い出したように声を上げた。
「そうだ……! ナツ、まだ『Autumn』のオーディション、受けられるじゃん」
唐突な言葉に、ナツは驚いたように顔を向ける。
「……それは、年齢的には、だけど……でも、無理だよ。私、歌もダンスもやったことないし……」
雪は「ふーん」と軽く相づちを打ちつつも、どこか納得のいかない顔をしていた。
「ねぇ、オーディションって、どんなことやるの?」
「歌とダンスの基礎があって、課題曲もある。今年も募集してるみたいだよ。ほら」
そう言って、雪がスマホの画面をこちらに傾ける。
そこには『Autumn 第28期生 オーディション開催』と書かれた案内ページが表示されていた。
華やかな写真の中に、アイドルたちが笑顔で並んでいる。
「……オーディションって、何回あるの?」
「10月、2月、4月の3回。私は2月に受けたの」
「どうして2月?」
「4月はね、Springのオーディション落ちた子たちが流れてくるから、めちゃくちゃレベル高くなるんだよ。だから、少しでもチャンスがある時期を選びたくて」
ナツは静かに頷いた。
Spring。あの憧れの事務所。雑誌や舞台、メディアを次々と手がけ、キラキラした女の子たちが羽ばたいていく世界。
ナツはポツリとつぶやいた。
「私、Springの事務所で働きたかったな……」
「えっ、どうして?」
「雑誌、作ってるでしょ。編集部とか、裏方の仕事。文章書くの、好きなんだ。……編集者になれたらなって、ちょっと思ってた」
自分でも、口にするのが不思議なほど素直な気持ちだった。
夢というより、ずっと胸の奥にしまっていた“願い”に近い。
雪は、ふっと笑ってナツの肩を軽く叩く。
「ナツなら、絶対向いてるよ。想いを言葉にするの、うまいもん」
「……ありがとう。でも、夢のまた夢かな。水月さんも葉月さんも、もう卒業しちゃったし」
ぽつんと漏らしたその名前に、雪の表情が少しだけ柔らかくなる。
——きっと、雪も彼女たちに憧れていたのだろう。
「ちょっと待って。これ、見て」
雪が再びスマホを見せる。そこには『Spring 編集部 中途採用 募集要項』の文字があった。
「本当に……!? これ……」
ナツの声が震える。
「でも、見てよ……。倍率、60倍……。Springのアイドルオーディションより高いよ……」
夢の扉が目の前に開かれかけているのに、それはあまりにも遠く感じた。
ナツが目を伏せると、雪がそっとその手を握った。
「それでも、やってみなよ。ダメ元でいいじゃん。ナツなら、絶対何か掴めるよ」
その言葉は、まっすぐで、あたたかかった。
怖いと思った。挑戦して、ダメだったらどうしようって。
でも、今、隣で笑ってくれる雪の存在が、少しだけ背中を押してくれる気がした。
「……うん。やってみる。やってみたい」
ナツがそう答えたとき、雪は嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔は、まるで“未来”を信じているかのように、眩しかった。




