12. 朝
カーテンの隙間から差し込む光が、部屋の空気をやわらかく揺らしていた。
先に目を覚ましたのは雪だった。隣にいるナツは、昨夜とは打って変わって、どこか無防備であどけない表情を浮かべている。
雪はその額に、そっと唇を寄せた。
「……ん……」
ナツが小さく声をもらし、まぶたをゆっくり開く。
寝起きの瞳が雪の姿を捉えた瞬間、彼女は少し驚いたような顔をして、体を起こした。
「あ……」
その顔がみるみるうちに赤く染まっていく。昨夜のことを、まるで夢だったかのように戸惑っているようだった。
「おはよう、ナツ」
雪のやさしい声に、ナツはこくりと頷く。
「……おはようございます」
「体、痛くない? 大丈夫?」
「……はい、大丈夫です」
小さく微笑むナツの目元には、まだ恥じらいが残っていた。
雪の言葉はあたたかく、やさしく心に染みるけれど、ナツの胸の奥にはひとつ、小さな不安が渦を巻いていた。
(雪さんは……誰かと、こういうことしたことあるのかな)
口に出すのはためらわれた。でも、気づけばその思いが声になっていた。
「……あの、雪さん」
「うん?」
「……誰かと、こういうこと、したこと……ありますか?」
雪はほんの少しだけ眉を寄せたあと、正直に答えた。
「……あるよ。付き合ったこともあるし。でも、男の人だった。だから、ナツが……初めて」
「そう……なんですね……」
言葉ではそう答えながら、ナツの胸には鈍い痛みが走る。
それが嫉妬なのか、不安なのか、自分でもうまく説明ができなかった。
雪はそんなナツの心の揺れを、見抜いたようにそっと言った。
「……ナツ、もしかして……私の過去の恋愛、気になってる?」
ナツは反射的に目をそらす。けれど、頷かずにはいられなかった。
「……うん」
雪は、少しだけ遠くを見つめるように言った。
「……私ね、水月さんのことが好きだったの。気持ちを伝えたけど、付き合えなかった」
「……葉月さんがいるから?」
「うん。だから、余計に辛くて……現実から逃げるように、小説を読むようになった。そこで出会ったのが、ナツだった」
ナツの唇がわずかに開く。心の奥にしまっていた不安が、にわかに形を持って浮かび上がってくる。
(やっぱり……私は水月さんの代わりだったのかな)
そんな疑念が胸を締めつける。
けれど、雪はそっとナツの手を握りながら続けた。
「最初はね、水月さんに似てるな、よく書けてるなって思ってた。けど……ナツと話して、関わって、心が動いて……気づいたら、水月さんよりもずっと、ナツが好きになってた」
ナツの目が潤む。ほんとうに? と声には出さなかったが、そのまなざしが問いかけていた。
雪は静かにうなずく。
「本当だよ。……父にアイドルになることを猛反対されて、いまだに口もきいていない。でも、どうしても夢をあきらめたくなかった。最初はただ、水月さんに近づきたかっただけだった。でも今は……ナツがそばにいてくれるから、頑張れてる」
「……私が?」
「そう。ナツがいるから、私は前を向ける」
ナツはそっと雪の肩に額を寄せるようにして、震える声で言った。
「……大丈夫です。雪さんは、きっとトップアイドルになれます」
「ありがとう……ナツ」
「私は、雪さんのファン第一号です」
雪は小さく笑って、ナツの頭をやさしく撫でた。
「ナツ……アイドルになるってことはね、たくさんの人に支えられていくこと。だから、会いたくない人とも会わないといけないし、心を削られることもある。もしかしたら、ナツがつらいって思う日もあるかもしれない」
ナツは黙って、それでもしっかりと雪の手を握り返した。
「でも、忘れないで。どんな時も、私はナツのことを思ってる。アイドルを卒業したら……たくさん、ナツとの時間をつくるから」
「……はい。わかってます。私、雪さんの夢、応援してます」
「ありがとう、ナツ……ほんとうに、ありがとう」
朝の光の中で、ふたりの指がしっかりと絡まり合った。
まるで、この手を離さないと誓うように――。




