277 託された想い
シゲルが兄から刀を奪ったと聞いてから随分悩んだが、ミノルの話を聞いて彼がアッシュに『イザナミ』を託してくれた理由がようやくわかった。シゲルの考えと少し異なるところはあるかもしれないが凡そ間違っていないと確信した想いがある。
「シゲルさんからは貴方や『イザナミ』のことについては何も聞いていません。代わりにゲンさんに挨拶しに行くように言われました」
「うん。シゲならそういうだろうね」
生真面目なシゲルならばそういうだろうとそこはミノルも納得しているようだ。
だが、そうなればどういうことになるのかまでは思い至っていないようだ。
「でも、会えばゲンさんは必ずミノルさんの話をするでしょう。その話を聞いて『イザナミ』を持つことに疑問を感じた俺がミノルさんに会いに行くかもしれない」
ハヅキのことで予期せぬ出会いになってしまったが、実際アッシュは会いに行こうとしていた。シゲルが皆に言って回っていたことは真実なのかを確かめるために。
「『イザナミ』のことで苦しむ貴方の姿を知っているシゲルさんがそのことに気づかないはずがないんです」
アッシュがシゲルのことを知っているのと同じで、彼もアッシュのことをよく知っている。そんなことを言えばアッシュがどういう行動をするのか彼がわからないはずがない。
だとすれば、彼はわかっていてあえて言ったとしか思えないのだ。
「…プレッシャーに負けた弱い僕がシゲは許せなかったってことなのかな」
周りが色々なことを言っていたが兄弟仲は決して悪くはなかった。それが、自分が『イザナミ』を押し付けたことで壊れてしまったのかもしれない。成長するにつれて誰に何を言われてもそこまで思わなくなった。
だが、シゲルに見切りを付けられたのだと思ったら急な絶望感に襲われた。全ては自分が招いたことなのに勝手に落ち込む自分に激しく嫌悪する。
「違いますよ」
思わずうつむいてしまったミノルが顔を上げると迷いのない瞳でこちらを見ているアッシュと目が合った。
「今の貴方なら乗り越えられる。シゲルさんはそう言いたいんじゃないでしょうか」
フクハラの地に降り立った時から悩んでいたことが口に出したことでハッキリとした。シゲルはおそらくミノルにこう言いたかったのだ。
しかし、幼い頃からの経験で何を言っても自分の言葉はミノルには届かないとシゲルは知っていた。
――私の言葉はもうあの人には伝わらないんです
そう言ったあの少年の鬱屈としたものは諦めのから来るものだったのだ。
だからこそ、アッシュに託したのだろう。彼なら自分の想いに気づいてミノルに伝えてくれるはずだと信じて。
「それに劣等感に襲われながらも剣を捨てず、今も鍛錬しているミノルさんが弱いはずありません」
優しく微笑むアッシュを見てミノルの脳裏にシゲルの言葉が蘇った。
――兄さんは弱くないです。
それに兄さんは誰に何を言われても鍛錬を怠らない努力家で誰にでも好かれる素晴らしい人です。皆、それをわかっていないだけで
兄として情けない姿しか見せていないはずなのに慕ってくれることが嬉しい。
だが、それ以上にどうしようもなく才能に溢れた弟が妬ましい。だから、彼の言うことを素直に聞き入れることが出来なかった。どうせミノルを憐れんでそのようなことを言っているのだろうと疑ってさえいて、アッシュに言われるまでシゲルにそんな風に言われたことを忘れていた。




