(2)
翌日の後夜祭の時、俺は体育館で見ていたバンドのライブーー演者は全員生徒だが――を抜けて、美術室へと向かった。
別に用があったわけではない。ただ、あの絵は俺に答えをくれそうな気がした。――ずっと探し続けている答えを。
ただの絵だ、と言えばそうなのだけれど、海の青とか空の青が、まるで本物のように描かれているのだ。――こんな時、上手く説明できない自分がもどかしい。
電気をつけなかったのは、ただの気まぐれ。
だからだということにしておいてもらいたい。
俺の背後に人が現れたことに気づかなかったことは。
「その絵、気に入ったの?」
――つくづく気配を殺すのが上手い女だ。
脅かすな、と俺が文句を言えば、平野はまた含むような笑みを洩らした。
「こんな暗がりにいることもないのに」
「お前こそ何でここにいるんだ?」
「別に……なんとなく」
なんとなくで普段行事に参加しないくせに後夜祭までいるのか、と思ったが、言うのはやめておいた。
それから俺らは、なぜだか話を始めたんだ。
俺は今でも思う。あの時俺が美術室に行くことがなかったら、俺の人生は大きく変わっていたのではないだろうか。
平野、と呼びかければ、瑞希でいい、と彼女は言った。
「瑞希は、生きている意味って何だと思う?」
「何を突然」
そう言いながらも、瑞希は俺を笑ったりはしなかった。
「俺さ、何で生きているのか、って思うことがよくあるんだ。楽しくねぇ人生、これから何かいいことがあるとも思えない。何もねぇんだよ。それでも生きている意味、あんのかな」
俺は本当に答えがほしかったんだ。今のこの状況から逃れたかった。
「自殺しようと思った?」
「思ったけど……死ぬ意味もねぇな、って思った。――いや、死にたくはねぇんだろうな。だから生きている意味を見つけたいと思ってる」
「……生きている意味なんて、ないと思うよ」
瑞希が、つぶやくように言った。
俺の話を軽く流しているのかと思ったが、瑞希は真剣な顔をしていた。
だから俺は――俺の問いかけの意味がわからないヤツじゃなかった、と改めて思った。
死にたいなどと思ったこともない。なぜそんなことを考えるのかもわからない。――そうヤツが悪いとは言わないが、それでは俺のほしい答えが手に入らない。
「お前も……死にたいと、思ったことがあるのか」
「あるよ」
そう言って、平野は笑う。もう全て過去のことだと言うように。
「いつもギリギリな状態だった。いつ両親を殺してもおかしくないと思った。でもそんなことを考えているのもイヤで、どうしようもなくなっていた」
俺も、その状態だ。いっそ離れてしまいたかった。両親から。
瑞希は続ける。
「中三の時、全部がバカらしくなっちゃって。――両親を、殺そうとした」
「……え?」
瑞希は両親を嫌っていたのだという。何がイヤと言えるわけではないが、小さいことの積み重ねでイヤになってしまったのだと俺に語った。
俺の場合は、両親は別に悪くないのだと思う。ただ俺とは合わないんだ。――だから嫌った。
「――でも、殺したわけじゃない。何がしたかったのか、自分でもわからないけど……。それで充分だった。私は精神病にされ、両親に勝手に入院させられそうになった。――それを助けてくれたのが、恭ちゃんだった」
――だから、駆け込み寺。
「恭ちゃんは自然に私を置いてくれた。やっと『自分』になれた気がした」
瑞希はそうして一息つき、続けた。
「生きることに意味なんてない。だけど、自分が自分でいられること。それが一番大切なんじゃない? 周りに流されずに、自分をしっかり持つ。それだけでいいんじゃないかな。本当の『自分』を見つけることが、人生の目的なんだよ、きっと」
何だか瑞希の言葉は偽善にも聞こえたけれど、それでもアイツの経験したことを知って、それを信じてみたいとも思ったんだ。
その時俺はふいに気づいた。
――ああ、コイツ俺に似ているんだ……。