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Ephemeral note~夢を見る世界  作者: 瑞月風花
夏休み編

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12/50

失われたものはなんだろう?……1

 

 何だか分からないが、ワカバはいつも楽しそうだ。いろ葉は朝食のトーストを齧りながらぼんやりとワカバを見つめていた。例えば、これが逆のパターンであったのなら、いろ葉はこんなにも、うかれていられるのだろうか。もし、ワカバのいる世界にいろ葉が飛ばされて、全く見ず知らずの世界で生きていかなければならなかったのなら、……。考えるだけでも恐ろしい。つまるところ、いろ葉は突っ立っていることができて関の山だ。きっと、いろ葉はただ立っているということすらできず、建物の陰に隠れて、身を潜め、この身に起きた災いを嘆くくらいしかできないだろう。


 そう思えばワカバは逞しい。いや、そもそもワカバは魔女なのだ。これは文字だけの問題でも単なる事象でもなく、確実に『魔女』だった。変な術も使うし、空中に浮いていることもあるし、やけに物覚えがいいし……人の心を読んでしまう。何と言っても、あの変な黒い影を消してしまう。いろ葉は何度となくその魔法の凄さを見ていた。


 ワカバが言っていた。あれは『妖魔』というものだと。あれは、この世界を滅ぼそうとしている、と思うと。どうして、そこを言い切らないのかは全く分からなかったが、人間に危害を加えるものであるということは、胸を張って言い切っていた。「それで、いろ葉を護りに来たのよ」といろ葉は力強く見つめられた。彼女の思いに嘘偽りはない。だから、いろ葉が返すことのできた言葉はたったこれだけ。


「……ありがとう」


 うん、護ってくれようとする気持ちはありがたく受け取るべきだろう。この際、彼女が運命の王子様でも構わない。きっと「ごめんなさい」と断っても、付き纏われよう。最早、彼女が男子でなくて良かった域だ。もし、ワカバが男子でこんなにもしつこいよく分からないストーカー野郎だったら、いろ葉は引きこもり鬱もどき、から完全な引きこもり鬱になってしまうだろう。もう、布団を頭から被ったまま出てくることが出来ないレベル。


 あれから一週間。宣言通り、両親の記憶を改ざんし、完全に留学生でホームステイをしているワカバになった彼女は、あの本当に存在するのか分からないリディアスという国までぼんやりと全員の知識の中に忍び込ませたのだ。彼女曰く、『みんながよく知り過ぎて、改めてリディアスのことを尋ねるのを憚られるくらい常識な国名』要するに主食の米を炊いたら『ご飯』と呼ばれるくらいのレベルらしい。しかも、それは彼女の大雑把な性格上、事細かく『設定する』『削除する』よりも、世界全体に大きくうすらぼんやりとの方が簡単なのだそうだ。確かに、彼女のボロを取り繕う手間は省ける。しかし、それにしてもなんて末恐ろしい力なんだろう、といろ葉の足を竦ませたのも確かだった。そして、危害が及ばない限り逆らわない方がいいという動物的警戒心をいろ葉は深めた。


 ただ、いかんせん。ワカバは悪い子ではないのだ。どちらかと言えば、庇護欲をそそる相手。嫌いになれるほど嫌でもない。いろ葉はそれだけに救われていた。

 同居人となったワカバはいろ葉の隣の部屋を両親から与えられ、いろ葉の部屋でそのほとんどの時間を費やしていた。一人っ子のいろ葉としては、その急に増えた他人に違和感があり、時にこそばゆくて、時に鬱陶しいものとなっていた。


 あぁ、孤独万歳。一人ってなんて素晴らしかったんだろう。なんて思う日も少なくない。しかし、悲しいかな、学校で一人になっているとどうもワカバが懐かしくて仕方なくなる。


 この目の前にいる、何にでも好奇の目を向け、ドキドキしている子どもの様なワカバが。

「ね、いろ葉、あのね」

ワカバはいつもこのように話し始める。そして、その内容は真剣かつかなりどうでもよい物ばかりだった。

「なに?」

「どうして、こんなにもたくさん仕事があるの?」

そう言いながら、求人広告を見つめているワカバは真剣そのものだ。

「どうしてって。人が足りないからだと思うけど」

「じゃあ、どうして昨日テレビの中の人は仕事がないって言ってたの?」

ワカバはこういう矛盾が気になる性質らしい。それは、実力に見合ったもの以上を望んでいたり、なりたいものを選ぶからだったり、正規雇用にこだわるからであったり、こだわらなかった結果、自分に全く合わない仕事で、結局失業していたりと人それぞれなのだが、いろ葉にもそれをしっかりと説明できなかったりするのだ。


「だって、したい仕事じゃなくちゃ、意味ないでしょ?」

「そうなの?」

「そうよ。だから、頑張るんじゃない」


 ワカバは「何を」とは聞いてこなかった。でも、いろ葉はだから勉強を頑張っているのだ。まだ、何をしたいのかは分からないけれど、いい大学へ入って、いい会社に入って、みんながうらやむような人生を手に入れるんだ。だから、今がつまらなくてもいいのだ。


 だから、今、苦しくたって、いいんだ。


 そんないろ葉を見つめていたワカバがにっこりとした。

「いろ葉のいい場所(・・)に行けるといいね」

少し考えを読まれた感は否めなかったが、何故だか、それが今のいろ葉にしっくりくる励ましとなった。


「わたしも頑張る」


そして、何を頑張るのかワカバの言葉の理由も考えず、いろ葉は学校へと向かってしまった。


 だから、今無性に後悔しているのだ。実に由々しき事態になってはいないだろうかと。



 いろ葉を見送ったワカバはここ三日ほど留守番をしていない。ここでずっと待っていることに飽きてしまったのだ。この家にある本は読んでしまったし、光を発する大きな板『テレビ』の中の人間はいくら待っても出て来るどころか、会話にもならないし。彼らは一方的に喋って笑って、泣いて、騒いだ挙句、歌を歌って次の人に勝手に交代していくのだ。箱の中にどれだけの部屋があるのかよく分からないが、どの部屋でも同じことをしていた。

 もちろん、ワカバが図書館に行くことは、いろ葉が怒るからいろ葉には断ってある。この町を探索するためだとは言っていないが……。

 そして、ワカバは今ある人間に会いに行っている。


 最初の出会いは、図書館へ向かう途中だった。その人間は玄関先にあるごみの入った袋を物色し、缶を取り出して行っていた。彼の乗るあの自転車には缶が山ほど詰め込まれた袋が後輪の両脇に結わえられているのだ。もちろん、リディアスにもある一定の収集家は存在していた。例えば、くず鉄を拾い集める仕事がきっと彼のそれに値するはずだ。しかし、彼はあの自転車に乗って、あの袋の塊を最終四つも括り付けて、危なげなく走行している。ワカバにはそれが尊敬に値する人間にしか思えなかったのだ。


 何と言っても、ワカバはあの日の夕方、いろ葉に自転車の乗り方を指南してもらいはしたが、結局暗くなっても乗ることができなかったのだ。いろ葉はそれを、「最初はそんな感じだよ」と励ましてくれたのだが、この町を探索すればするほど、それは間違いなのではないだろうか、という気持ちにワカバは苛まれ始めてしまったのだ。

 何と言ってもワカバみたいにふらふらと誰かに支えてもらわなければならない人間の年齢は、どうみても一桁の年数しか生きていないのだ。それがこの数日間、この世界を観察したワカバが出した結論だった。だから、一見ぼろを纏う彼も、もしかしたら大魔法使いなのかもしれない。


 きっと、ワカバの知らないことをたくさん知っている。


 そう思ったのだ。しかし、実際は違う。なんと言っても自転車を運転する技術は一桁の人間でもできることなのだから。早ければ一桁後半に差し掛かった辺りから練習しはじめ、ほとんどの者が乗るようになるものなのだから。「乗れない」のならば、それはワカバがどんくさいだけで、齢一桁の人間でも人並みに運転する乗り物。それを二桁中盤くらいの人間が思うように操っていたとしても、人々はそれほど感動するほどすごいことではないのかもしれない。彼は、自転車にまたがり、大きな荷物を抱えてもこけてしまわないだけで、この世界の人間レベルでは当たり前レベルの運転技術なのかもしれないだけで。


 しかし、やはりそこはワカバには通じない。


 三日間の観察を終え、公園の塀に腰かけて休む彼を眺めながら、ワカバは考えていた。それに、彼のまわりにはたくさんの妖魔がいる。小さいものばかりだけれど、彼の人生において、あまりよくない結果しかもたらさないものだろう。

 もし、彼が大魔法使いなのならば、彼の周りに飛び交う『妖魔』は確実に滅せられているはずなのだ。もしくは、それを自身の利益へとつなげる。


 もし、わたしならば……。


 ワカバはその視線を外さないように、攻撃を仕掛けた妖魔を呑み込み、自分の頭上に持ってきた。黒い陽炎のような拳程度の塊がワカバの作る空気の層の中で動き回る。使い魔なんて使ったことがないけれど、これならこんな感じで使える。


 とりあえず、妖魔を消し去ることは、ワカバの仕事の一つでもある。メインではないけれど、大きくずれてはいない。

 平たく伸ばした妖魔を、彼の発する妖魔にぶつける。ワカバの力を含んだ妖魔は、彼から生まれ出てしまった妖魔なんか足元に及ばなくなる。もし、彼が本当の大魔法使いなら、その状態を異常と感じるはずだし、なんらかの対策を練るはずだった。そして、力では負けるそれを解き始めるだろう。いわば、氷を砕くのではなく、溶かしていくように。ラルーならそうする。だから、ラルーは負けない。


 彼の頭上には既に大きく引き伸ばされた妖魔が、最早彼を呑み込む勢いで存在している。だが、彼は気づかない。そして、ワカバはそれらすべてを呑み込む切れ間を作る。そして、圧縮。綺麗になった彼の元へワカバは一歩近付く。道路向こうにいる彼はその異常さに気付かず、ただ、世間を穿って見ているだけ。彼の視界に影が映る。


「こんにちは」


屈託なく微笑むワカバの前には、怪しい者に対して当たり前の訝しさを瞳に映す、まだ呑まれていない男がいた。


以前仰ってくださっていた過去作の概要である設定資料集をアップしております。

https://ncode.syosetu.com/n3150hf/「Ephemeralシリーズの設定資料集」


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― 新着の感想 ―
[良い点] いろ葉が妙に素直で物分かりが良い少女だと感心していたのですが、ただ単純に諦めの境地に至っていただけなのですね……リアルでズッコケそうでした。(笑) それにしても、職場やご近所さんで、リディ…
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