ストーリーイベントを潰せ!
7話です。
主人公の独白が続きます。
乙女ゲームの世界を題材にしたストラテジーゲームの世界で、大陸を統一しようとする俺は、その障害となる帝国を弱体化させるために、イベントを潰していくことに決めた。
時系列的に最も早くに起こるのが、「学園生活イベント群」の最初のイベント、学園創設イベントである。学園創設を主導したのは、ルーベラン伯爵という帝国の法衣貴族である。彼は学園長に就任して、その運営資金を掠め取ろうとしていた。しかし学園創設の直前で伯爵は帝国の国庫から長年にわたって横領を働いていたことが発覚し逮捕される、帝国政府は急遽代わりの学園長を探す必要に迫られ、微妙な権力バランスの結果として、皇帝の弟、☆学のメイン攻略対象であるエーリッヒが学園長に就任することになる。
このイベントを潰すのは簡単だ。ルーベラン伯爵の横領の事実を、帝国政府に伝えればいい。学園の創設が具体的に進む前に発起人であるルーベラン伯爵が消えれば、学園創設イベントは発生せず、連鎖するイベント群も発生しない。
俺は帝国政府の要人たちの家に、ルーベラン伯爵が横領を行なっていると書かせた文書を投げ込ませた。程なくして伯爵は失脚、学園創設の計画も水泡に帰した。むしろ、横領をしていた罪人が熱心に遂行しようとしていた計画、ということでケチが付いたほどだ。これで「学園生活イベント群」は発生せず、帝国貴族たちの能力と結束も高まることは無くなるだろう。
次のイベントが起こるまでの間に、俺は帝国内部の切り崩しを図る手を打った。大金を投じて、バドルス王国出身の司教であるミヒャルド・ベネロートを帝国教会の枢機卿にねじ込んだのである。彼は東方への遠征に参加し、聖職者ながら自ら剣を振るって異教徒たちを殺戮し、その後に慈悲深い顔をしながら布教を行うという活躍(?)を見せ、その功績からか、あまり反発を受けることなく、帯剣枢機卿となった。負傷によって隻眼隻腕という態なのに、よく受け入れられたものだ。
帝国教会はアドレット教義枢機卿の元、帝国出身の聖職者たちを集め、帝国の支配に肩入れする態勢を整えている。だが、俺が送り込んだミヒャルド帯剣枢機卿はそれを批判した。曰く「帝国教会は俗世の政治に関わるより、異教徒たちへの布教を優先するべきだ! 私は東方でそれを実践したぞ!」。
ミヒャルド帯剣枢機卿の主流派への批判は、非帝国出身の聖職者たちの支持を集め、1つの派閥を構成した。これは帝国教会内部での権力闘争をもたらす。高位聖職者は終身職が多く、更に一度叙任した者を更迭することも難しいので、この権力闘争は長期にわたって帝国教会の機能を麻痺させるだろう。帝国教会と帝国政府との関係にも悪影響を与える。
また思わぬ副産物もあった。アドレット教義枢機卿の息子、☆学の攻略対象の1人であるルーク・バルディ司祭がミヒャルド帯剣枢機卿に心酔してしまい、司祭の座を投げ捨てて、東方への宣教修道会に加わったのである。ルークは優秀な聖職者であるので、我が国に平定されつつある東方地域の異教徒たちへの宣教と改宗を進めてくれるだろう。彼らを改宗できれば、バドルス王国の国力は大いに増大する。
最愛の息子が遠くへ行ってしまったアドレット教義枢機卿は消沈し、しばらく病気療養を余儀なくされ、その間にミヒャルド帯剣枢機卿の派閥は勢力を伸長させることができた。
ヒロインと攻略対象たちとの「関係イベント群」、その最初のイベントは攻略対象の皇太子とヒロインとの邂逅イベントだ。不用意にも、護衛も付けずに市中をお忍びで訪れた皇太子が雑貨屋でヒロインと遭遇するイベントである。皇太子はヒロインに一目惚れする。
これを防ぐには、皇太子とヒロインが遭遇するのを防げばいい。これは好機でもあった。仮想敵国の優秀な後継者が無防備で街を歩いているのだ。市中ならば暗殺者が捕まる可能性も低い。俺は直ちに密偵を呼んだ。
皇太子の暗殺は無事に成功した。しかも足は付いていない。俺が放った密偵は、帝都に潜入すると、現地のならず者たちを雇った。彼らはイベントの舞台になる雑貨屋の前で数週間待ち伏せし、皇太子を殺した。このとき、皇太子が身に付けていた金になりそうな物は、ならず者たちにボーナスだと言って持っていかせた。そして密偵はならず者たちを手引きして帝都から脱出させると、夜の山道で彼らを殺し、死体は川に流した。
これで「関係イベント群」は発生せず、メイン攻略対象たちの能力が強化されることも無い。
ユリウス皇太子の死は、帝国の継承を混乱させるだろう。帝国の他の有力後継者には第2皇子のガイウス、第3皇子のルキウス、帝弟のエーリッヒの3人がいる。しかし、ガイウス皇子は庶子、ルキウス皇子は年少かつ病弱、という問題を抱えている。するとエーリッヒが次期皇帝になる可能性は高い。
だがエーリッヒには見えない問題がある。彼は、教育者としては有能だが、実践者としては無能なのである。
彼は学園長になる前は、武官として帝国政府で勤務していた。しかし、彼の職務は給馬長官と、階位こそ高いものの閑職だ。皇帝の弟であるのにも関わらず、である。☆学の設定資料には書かれていないが、エーリッヒは情実的で、官吏として、あるいは為政者としては向いていなかったのではないか。そのような推測があり、SCSLでのエーリッヒは能力値が全般的に低く、また性格も「温和」「優柔不断」「お人好し」などが設定され、その代わりに「優れた教育者」という特性を持っていた。これは、彼が教えた人間は能力値が急上昇し、またエーリッヒに対する友好度にプラス補正が入る、という特質だ。
俺の想像だが、エーリッヒは次の人物が見つかるまでの繋ぎとして学園長になった。しかし、そこで予想外に成果を発揮したことで、兄である皇帝を始めとする帝国の中枢たちは彼を見直したのだろう。そのまま、恒久的に学園長としての職務を任されることになったに違いない。
つまり、エーリッヒの性格は良いが、教育以外にはあまり能が無い。しかもその教育の才能も、学園が設立されていない現状では発揮されない。そんな彼が次代の皇帝になってくれた方が、帝国の征服を狙う俺には好ましい。そして、無事にエーリッヒの皇太子宣下が決まった。
嬉しいことに、メイン攻略対象の1人、帝国騎士総長であるレーベン子爵の息子、フリード・フォン・ベルガーが、皇太子死亡の責任を取って刑死した。彼は武力だけならばベルトラン王子に並ぶだけの逸材である。いないに越したことは無い。
俺は、息子の不始末から職を辞し、子爵位を返上したレーベン子爵に手紙を送り、その力を東方での戦いに役立てないか、と勧誘した。「異教徒との戦いに加わることは善行であり、刑死した貴方の息子も天国へ行けるだろう」、と適当なことを書いたら、感動して我が国に来てくれた。後で帝国と戦う際に牙を向かれても困るので、権限は少なめにして、なるべく僻地の戦場に送り出した。
レーベン子爵が帝国の騎士総長職を退いたことは、連鎖的に帝国の内情に影響を与えた。
まず、新たな騎士総長としてフラーベル侯爵が就任した。彼について調べると、その貴族としての格と政治的な手腕によって騎士総長となったことが分かった。SCSLにおいて、高位貴族は国家の要職に就けた方が都合がいい。なぜなら、彼らは自分の貴族としての格に見合った地位を求めるからであり、そうでないと不満を持つからである。今まで比較的に下位の貴族であるレーベン子爵が要職に就いていたことが異例なのであり、帝国内部の地位を求める高位貴族たちの反発を買っていたはずだ。
このフラーベル侯爵が騎士総長に就任したことで、それまで帝国内部で表面化していなかった問題、つまり文武官の権力争いを表面化させた。今までは宰相ガトレント侯爵に対して、騎士総長レーベン子爵が格下だったために、文官が武官に対して優位に立ち、武官たちは文官の指示に従っていた。無能なエーリッヒが高位の武官だったのも、武官たちが文官たちに押されているために、皇族を擁立して対抗しようという武官たちの意図があったのだろう。
そして、フラーベル侯爵を頂点に立てた武官たちは文官たちに反撃を行なった。宰相ら文官の指示に従わなくなったのである。SCSLならば、「国家の要職が入れ替えられたことによる、一時的な国政の効率性へのペナルティ」とでも言うべき状況で、時間が経てば対立は収まっただろう。しかし、無能な皇帝は、これに狼狽したらしく、すぐに宰相を解任し、フラーベル侯爵より格上のエリトゥール公爵を新たな宰相に据えた。
なぜ宰相が解任されたか、についてはSCSLのシステム上の制限が関係する。国家の要職に就いた者をすぐに解任すると、その人物は自分が侮辱されたと感じて、君主に対する友好度に重大なマイナス補正が掛かる。逆に、長年要職に就いていた人物ならば、解任へのペナルティは少ない。そのため、ガトレント侯爵が解任されたのだ、と俺は推測していた。
そして、宰相の息子ということで国政に携わっていた、メイン攻略対象のルークも国政から排除された。未成年で、正規の役職も持っていなかったのだ。当然のことと言える。武力が全てを決しうる武官とは違い、文官は勤続年数と実家の格が物を言う。ルークは、向こう15年間は国政の中で権力を握ることはないだろう。
一連の騒動によって、帝国の要職、文武官の頂点である宰相および騎士総長職が交代した。後任に就いたのは、家格と政治力で選ばれた人物である。帝国の統治機構は弱体化していくだろう。
最後は、ウォートリア王国による「帝国への侵攻イベント群」、このトリガーとなるイベントは、ウォートリア王の崩御イベントである。これによって、「黒騎士」ベルトラン王子がウォートリア王位を継承する。そこから連鎖する形でウォートリアでは帝国との関係を悪化させていく代わりに、国力全体を強化するイベントが連続して起こる。最終的には、帝国に肩を並べるほどの圧倒的な軍事力を有するようになるのだ。
これを防ぐには、ウォートリア王を長生きさせるか、ベルトラン王子をウォートリア王国から排除する必要がある。しかし、前者は天命によるしかない。そのため、なんとかしてベルトラン王子をウォートリアから切り離す必要があった。
俺はそのために、ベルトラン王子をバルドス王国に適当な名目で呼び寄せ、ハニートラップを仕掛けた。俺が領地を与えて取り立ててやった貴族の娘たちを入れ替わり立ち代り王子に近づかせ、最も反応が良かった娘を煽ってその気にさせ、王子と深い仲にした。
ベルトラン王子はウォートリアに帰国した後、彼女の父に、ご息女を妻として迎えたい、と手紙を送った。悠長なことだが、正式な作法でもある。自らの娘を他国の王族に嫁がせられるのだから断られない、と思ったのかもしれない。
しかしこれは調略の一環である。俺はそれを断らせた。そして彼女には前々からさる高貴な婚約者がいて、もうすぐ結婚の予定だ、という偽情報をも流した。
すると、ベルトラン王子はウォートリアの王位継承権を放棄して出奔し、バドルス王国に亡命してきた。そして、恋仲の令嬢の家に飛び込むと、令嬢の父親に「祖国を捨ててきました! 娘さんと結婚させてください!」と詰め寄ったという。俺はそれを仲介して、ベルトラン王子に新たに伯爵位を与えて結婚させ、騎士団の要職に任じた。その武力と統率力とは、来るべき帝国侵攻に役立ってくれるだろう。
王子が意味不明な行動を取っているかのように見えるだろう。しかし、これには理由がある。まず、ベルトラン王子はSCSLでは「強欲」の性格を有していた。「強欲」キャラは、恋愛関係にあるキャラクターとの縁談が断られると、強引に押しかけて相手と結婚するイベントが発生する。俺はそれを利用した。
もちろん事前に、ベルトラン王子と結婚することになる令嬢と、その父親には同意を得ていた。既にベルトランはウォートリア王国で騎士たちを率いてきた経験があり、その実力は知られている。彼が我が国で結果を残せば、彼と婚姻関係にある貴族の権勢も増大するのだ。
ウォートリア王の崩御の後、確固たる後継者を定められなかったことが原因か、第2王子と第4王子との間で継承権争いが顕在化し、すぐに内戦になった。人材は失われ、国土は荒廃するだろう。もはや俺の大陸統一の妨げにはならない。
こうして俺は、SCSLのストーリーイベントの発生を全て防ぐことに成功した。
帝国は見かけ上は正常に機能している。だが、宰相や騎士総長などの重鎮は交代し実力が無い者が取って代わり、帝国教会内部では権力闘争が激化、皇位継承が確実視されていた皇太子は死んで後継者は無能、とガタガタである。現状の我が国は国力で帝国に劣っているが、周辺諸国を併合すればそれも覆せるだろう。
その裏で俺が進めていた東方の異教徒の領域の平定は終了し、宣教修道会の活躍もあって、彼らのほとんどが改宗した。それらの新領土は国王である俺のものになり、バドルス王国での王家の力は抜きん出ている。ベルトランやレーベン元子爵のような優秀な武官も揃った。
大陸統一という覇業に向けて、やっとその下準備が整ったといえる。次は、内戦が続くウォートリアに介入し、傀儡政権を立てるとしよう。その次は、ウォートリアを通って北方の小国群に侵攻する。
ところで最近、家臣たちが俺に結婚を迫るようになってきた。前世の記憶に引きずられて意識していなかったが、君主は子孫を残し、継承を安定化させることも努めである。俺も25歳になる。国の安定のためにも、そろそろ結婚して子供を作らねばならない。
国内の貴族から嫁を取ることも考えたが、王権が著しく強力な我が国の現状を鑑みると、下手に外戚を作ると次代の権力バランスが崩れかねない。ならば、国外から、嫁を連れてきた方がいい。
側近たちに集めさせた、未婚かつ婚約者のいない他国の高位貴族の令嬢についての資料を眺めていると、ある女性に目が止まった。
ミリア・フォン・バーレンツ。帝国の大諸侯、ハーフロンド侯爵の長女だ。まだ若いが、もうすぐ成人するので問題はない。
彼女は☆学だと帝国皇太子ユリウスの婚約者であり、ヒロインの敵役だった。しかし、俺が皇太子を暗殺したので、フリーになったのだろう。SCSLでの彼女は、性格こそ「傲慢」や「我侭」など設定されていたが、「端麗」「陰謀家」などの特性も持っており、能力値もかなり良かったはずだ。来るべき帝国侵略を考えると、ハーフロンド侯爵との協力も望ましい。
俺は婚姻を申し入れる手紙を書くべく、羊皮紙を持ってくるように近侍に言った。
この後、嫁いできたミリアがヨハネスを見て、タイプだ!と一目惚れしたり、ヨハネスがミリアが思っていたよりも優秀で美人だったので溺愛するようになったり、ヨハネスが転生者だと分かってミリアが怒り狂ったり、ミリアが転生者だと分かってヨハネスが同情したり、夫婦仲良く大陸を制覇したりするのは、また別の話である。
これにて完結です。読んでいただいてありがとうございます。(主人公2人にとっては)ハッピーエンドです。
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