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It's too late.

盛り上がっている最中、休憩室の扉がガラリと開いた。皆で一斉にそちらを見ると、長野先生がいた。


「あら、盛り上がってるわね」


「長野先生ーお邪魔してます-!」


「はい。賑やかね」


図書室はどうしても静かだ。昼休み位、これくらい賑やかな方が良いと長野先生は言った。


「あら、君が噂の編入生かしら」


「はい。Liam Murphy です」


「宜しくね、司書教諭の長野よ」


「宜しくお願いします」


一通りの自己紹介を済ませると、先程とは雰囲気が違ったリアムがいた。

それに目ざとくはづきが気付き、どうしたの? と声をかけた。


「アー……、みんな俺のこと編入生って呼ぶんだ」


「うん」


「自己紹介しても、名前じゃなくてそっちで呼ばれる事が多くて気になって……」


これに皆が「あー」という納得した声を上げた。リアムは何か意味があるのかと困惑していた。


「うちの学校の仕組みが原因だね」


「そだね」


「どういうこと?」


きょとんとするリアムに、はづきが説明した。


「内部生とか、外部生って聞いたことない?」


「ある。どういう意味なの?」


「えっとね、ここが付属校だからなの。大学付属の学校って意味」


「ああ、うん。それは分かる」


「幼稚園から小、中、高とエスカレーターで上がってきた人が内部生。外部生は高校から受験して入ってきた人の事を言うの。ちなみにミケが内部生。私とみづきが外部生だよ」


「俺は編入してきたから編入生……?」


「そう」


しかし、やはり自己紹介しても名前が呼ばれないという現象が納得できないらしく、リアムはう~ん、と唸っていた。


「編入生って、ここは基本無いから珍しいんだろうね」


「あー、確かにリア君すっごく噂になってたもん」


「そうなの……?」


「留学生でもなかったから余計かもしれないね」


「アー……」


何だか悲しそうな顔をしているリアムに、はづきは励ますように言った。


「みんなでリア君の名前を頻繁に呼べば、きっと名前で呼んでくれるようになるよ!」


「え?」


「名前を知らない人も多いから、都合が良い編入生って言葉を使うと思うの。だから私達が率先してリア君の名前を呼べば、みんなも名前で呼んでくれるようになると思うよ」


「……そうかな」


「うん。私も呼ぶし、ミケもみづきも呼ぶよ! ね?」


「リアム君が良ければシバと一緒にクラスに遊びに行くぞ~」


「あ、良いね! 他のクラスとか興味ある~」


盛り上がるはづきとミケの隣で、黙々とご飯を食べていたみづきにリアムの期待の目が向けられた。


「みづきもリア君の名前呼ぶよね?」


「…………」


「みづき~?」


わくわくと期待の目を向けているリアムに根負けしたのか、ごくんとご飯を飲み込んだみづきは、ぼそりと言った。


「……マーフィー先輩」


「…………」


名字で言われたせいか、リアムの顔がむむむ、と唸った。


「あ、みづきからは先輩だったね」


「……みづきはイケズだ」


「なんでそんな日本語だけちゃっかり習得してんだよ!」


「Oh yeah!」


みづきの突っ込みに嬉しそうに両手を叩いて喜ぶリアムに、みづきは毒気が抜ける。

深い溜息を吐いているみづきに、クラスに遊びに来てねとリアムは言った。


「無理無理無理! 上級生のクラスとか無理!」


「……私のクラスにはよくお弁当たかりに来るくせに」


「姉ちゃんのクラスは別」


「なるほど。食欲に抵抗が吹っ飛ぶのか」


ミケの呆れた声に、横で聞いていた長野先生が肩を震わせながら笑っていた。


「じゃあ、俺がはづきのクラスに行くね」


リアムはにこりと笑って言った。これにミケとみづきが戸惑いを隠せずにはいられなかった。はづきは「いつでもおいで~」なんて笑顔で言っている。

男子から女子のクラスへとわざわざ会いに行く意味が分かっていない二人に、ミケとみづきは頭を抱えそうになった。


「シバ弟、分かっているな」


「……了解っす」


ミケの言葉に素直に頷くみづきの様子に、はづきが「何?」と首を傾げた。


「これからお昼はシバのクラスでって意味」


「え? 私のクラスにみんなが来るの?」


「そう」


「Yap!(うん)」


嬉しそうに返事をするリアム達を見て、黙って見守っていた長野先生が苦笑しながら言った。


「ここ、使ってくれても良いわよ」


「え?」


「いつもここで一人で食べてるのよ。たまに三毛門さんが来てくれるの。みんなが使ってくれたら賑やかになるでしょ? そっちの方が先生は嬉しいな。どうかな?」


こんな至れり尽くせりの場所をこっそり使わせて貰えるなんて、まるで秘密基地が出来たようではづきとリアムはテンションが上がった。


「長野先生……ここは私の穴場だったのに~」


「あら、良いじゃない」


「……マグカップ持ってきても良いですか?」


ちゃっかりみづきが言った。それに笑いながらカップの底に名前を書いてねと長野先生の許可を得て、みづきはガッツポーズを取る。


「みづきがおこづかいの節約してる! 私も!」


はいはーいと手を上げるはづきに、長野先生は良いわよと笑っていた。マイカップは内緒ね? と言うのも忘れない。先生との秘密は何だか蜜の味がする。それも友達と一緒ということで、何だか楽しくなってきた。


「姉ちゃんもおこづかい会議には呼ぶからドリップコーヒー買って」


「本当? なら良いよ!」


急に態度をコロッと変えて喜ぶはづきをじっと見ていたリアムは、急に肩にぽんっと手を置かれてびくりと震えた。

ミケは他の人達には聞こえないように、こそっとリアムに言った。


「リアム君、シバが似てるって思ったでしょ」


「え?」


「柴犬、飼ってるんでしょ?」


「……うん」


リアムは顔をほんのり赤らめて頷いている。

これにミケはくすくすと笑いながら、「シバに惚れるなよ」と冗談めかして言った。


おこづかいアップの作戦会議をしている姉弟の中にミケは戻っていった。

長野先生も学生は大変よねと頷いている。そんな中、ちらっとはづきを横目で見たリアムはぼそりと言った。


「It's too late……(もう遅いよ)」


リアムは心臓が鳴りっぱなしだ。はづきが気になって仕方が無い。

せっかく友達になったばかりだというのに、自分の気持ちは、みんなとは別の所へぽーんと飛んでいってしまったようだった。



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