第七話 ―その3―
軽やかで、鋭く、一片の迷いもない。それは風というより光。そしてその光は意志そのものである。澄み切った意志から放たれる閃きは悪意でも善意でもなく、ただひたすらに断つのみ―――。
その実直な剣に憧れた。その柔らかな眼差しが眩しかった。ただ自然とそこに在り続けられるということが、憎悪を燻らせる自分には羨ましくて、怨めしくもあり……。だからこそ、その人について行こうと決めた。一流などという枠組みを超えた、その剣士は―――
「マー兄ちゃっ……!」
跳ね起きた先には、誰もいない……もはや見慣れた丸太組の壁だ。
(夢……また……)
あまりにも鮮明だったマークス兄ちゃんの姿。夢と現の境がおぼろげで、頭がクラクラする。
(何で、毎日……これは……)
隣のベッドを見ると、布団は丁寧にたたんである。もうコレットは起きているようだ。
「ふぅ……」
アシェルが寝ているのは客間。コレットの部屋は別にあるのだが、二日目の晩からコレットが旅のことを聞きたいと言い出し、アシェルの隣のベッドに乗り込んできたのだ。
少々鬱陶しく思ったが、旅人が宿をとれば家主が話を聞きたがるのはよくあることで、宿泊させてもらっている手前、断るわけにもいかないのが常だ。アシェルはこれまで辿ってきた道程であった出来事を適当に―――ただし不死者に関することは一言も漏らさないように注意深く避けながら、楽しかったことだけをどうにか思い起こして話した。コレットはことのほか喜んだのだが……なぜか毎晩、話したことを夢に見る。それも不気味なくらい鮮やかに―――。
ふと、立てかけてある剣が目に入った。毎日触ることだけは欠かさないが、ここ一週間は全く振っていない。
「……………」
着替えてリビングに行くと、コレットは朝食の皿を並べていた。
「おはよう、お寝坊アシェルさん。たまには朝食の準備も手伝って欲しーなー」
「あ…と、ごめん」
「いやいや朝っぱらから暗い顔しないでよ。ほら食べて、元気だしてこー!」
「うん…」
パンを齧るが、どうも食が進まない。まだ夢に引きずられているようだ。
「あのさ……私、夜中うなされてない?」
「あン? あへるがー?」
口をモグモグさせながら適当に返事するコレットは、何のこと?と言わんばかりだ。
「んぐ……別に、うなされているようには……うーん、私は寝つきがいいほうだから、気付いてないだけかもね。どこか調子悪い? それほどコキ使ってるはずもないんだけど」
「…どの口が言ってんのよ」
キャンプファイヤーしたいから薪をとってこいだの、夕日が綺麗に見えないからあそこの岩をどかせだの、一日一回は突拍子もない理由で重労働を押し付けてくる。まあ炊事やら洗濯はまかせきりなのだから文句も言えないが。
「うーん、ここにきて一週間過ぎるもんねぇ…。じゃあさ、今日は気分転換に山を下りてみる? 調味料とか買い足しにいかないといけないし」
「それは構わないけど……アンタはいいの?」
「何が?」
「大聖者様に仕えてるんでしょ? 今さらだけど、そんなホイホイ出歩いたりしてもいいわけ?」
まさしく、率直な疑問。今日までコレットが大聖者様のために何かしていたような気配はまるでない。
じっと目で問い詰めてみるが、コレットはケラケラ笑って返してきた。
「いいっていいって、瞑想中は放っておけばいいんだから。用がある時はちゃーんと呼ばれるし、指示されたらちゃーんと働くし」
「えぇ…!?」
さすがにこれは奉仕している立場の態度じゃないだろう。
「ア…アンタ、そんなんでいいの?」
「いいのいいの。ホラ、準備してさっさと行こう!」
もう呆れた。というか、諦めた……。
出発して三十分ほどし、いつもの道を下ると、いつも通り薄雲が掛かってくる。
(そう、ここまではいつも通り……)
結界の中には五回入ったが、通り抜けるのは初めてだ。急激な季節の変化は一朝一夕で順応できるものではない。まして下層に行くほどめまぐるしく変貌するのだから、相応の準備と覚悟が必要になる。だというのに―――だ。
「ん? どうしたの?」
「いや………」
コレットはこざっぱりしたお出かけ用の服に着替えてはいるが、荷物は中サイズのリュック一つ(空同然)である。
「荷物、それだけ?」
「だって調味料を買いに行くだけだし。アシェルこそ何? なんで剣を下げてるわけ?」
「習慣よ。本当はいつも持ってなければ……」
「禁断症状が出るって? あーヤダヤダ、武器依存症のマーダー予備軍は。大体、女の武器は猫撫で声と涙とビンタに決まってるのに」
「世俗に塗れた解答ね……。で、肝心なことを聞くけど。それだけの装備で本当に結界を抜けられる?」
「アシェルは何か持ってきたの? 剣の他に」
コレットは剣を見ながら嫌みったらしく言う。
「アンタが何も持たなくていいって言ったから、私はてっきりアンタが用意してるのだと……!」
「あはは、そっか。そうだねぇ……強いて言うなら、心構えとか?」
「真面目に聞いてる!」
「マジメに答えてるよ。ま、今にわかるって」
コレットはあくまで楽観的だが、こっちは気が気ではない。結界に飲まれたら一気に走りぬけようかとも考えたが、『大季圏』は一種の別空間だ。単純に前に進むことに意味はない。となると……やはり、コレットの力に頼るしかない。あとは「大したことない」が本当であることを祈るだけだ。
(そうは言っても、吹雪の中で普段着でも平気だしなぁ……)
あまり希望は持たないでおこう…。
――……降り始めて二時間経ったろうか。
いつも通りならもう大季圏ど真ん中のはずだが、まるで景色が変わる気配がない。気付かないうちに普段と違う道に入っているのだろうか?
しばらくして―――。
「アシェル」
「何?」
「今、どの辺りだと思う?」
「どの辺りって………まだ薄雲が掛かったままだ。大季圏にも入ってない」
「ブー。正解は、私がアシェルを拾った辺りですー」
「えっ!?? どこが!?」
「だから、この辺が」
薄い靄ばかりが立ち込める岩場は大季圏では……少なくとも、気を失った雪景色ではない。
「そんな……じゃあ、ここは結界の入り口辺りだと?」
「そ。もう抜けるよ―――ほら出た」
靄が晴れると、一気に空気が変わる。肌に当るのは久方ぶりの下界の風だ。
「結界は侵入者用だから、出る時はそれほどでもないよ。大聖者様に認められているわけだしね」
あまりにもあっさりと抜けてしまったことに拍子抜けだが、瞑想中でありながらこれだけの結界を維持できる大聖者様とは……。
(不死者王の力を超えているんじゃないの……?)
あの銀髪の魔王、ディルノアークすらも……。
「ほら! かなり遠いけど、町がみえてきたよ」
指された方に目を向ける。海に面した港町は、遠目に見ても活気があるようだ。
「アシェルが来た方向と逆かな? あの町に行ったことは?」
「いや……ない」
「じゃあ気分転換にはちょうどいいね! 今晩はあそこに泊まって、レストランでちょっと豪華に食べよう」
「え? ……お金、持ってんの?」
「持ってるよー、失礼な。滅多に使わないから貯まる一方なんだよね、これが」
調子に乗って急勾配を駆け下りるコレット。もはやアホらしいが……
(……折角だから、便乗しておこう)
鬱な気分を払うべく、自分も後に続いて駆け出した。
コレットの奢りで遅めの昼食をとり、コレットの提案でのんびりと往来を歩く。
こういうことは初めてだった。なんのノルマもなく、かといって旅の途中でもなく。ただ、買い物に来ただけ。楽しむためだけにここにいるのだ。
(半年前なら考えられなかった……。その時には―――)
ザクルムを捜して不死者を狩りまわっていた。そしてアロンに会い、不死者王と―――。
無意識に右手が剣に伸びる。柄を握る寸でのところで止めて、深呼吸した。
ディルノアークは自分を妻にすると言った。壮大な計画の元に復活した男だ、気まぐれを口走ったりはしない。いずれ目の前に現れるだろう。その時自分はどうするか、未だに答えは出ない。ただ……
「ん? どうかした?」
先を進んでいたコルサが顔を覗き込んでくる。
「ううん……なんでもない」
「ウソだ。愛想笑いしてるもん」
「え…?」
笑っていたか…?
「笑うのヘタねー、アシェルさんは。怒る時はマジなのにさ。もっとこう……ニコッとできないかね、ニコッと」
無作為に伸ばしてきた手で頬を摘んで引っ張ってくる。
「――……」
「うん? ……怒った?」
「いや……」
全く反応できなかった。まるで隙だらけだ。
(こんなにコレットに気を許しているのか……)
実感だった。一週間前は他人だったのに、もうサムギラグムの仲間のように……いや、ある意味それ以上に―――。
(いいのか……本当に?)
初めての感覚だ。こんな……
「アシェル」
「あ……」
腕を組んでくっついてくるコルサータ。
「行こ?」
「……うん」
照れくさいような恥ずかしいようなどこかおかしいような―――でも、悪い気はしない。
(こういうのが、日常なんだな……)
チラチラ送られてくる周りの視線がむず痒かったが、コレットに引っ張られるままにすることが心地いい。
と―――
「アレ? ジャネルじゃねぇの!?」
唐突に声をかけてきた男の視線は、コレットに向いている。
ジャネル……?
「人違いよ?」
コレットは不可思議といった表情で答えるが、男は食い下がる。
「おい、そんなはずねぇだろう? オレだよ、ケール。七年前の秋にさぁ……ほら、波止場の宿でぇ…」
「――人違いでしょ」
「………!?」
目の前の男だけでなく、アシェルも目を丸くした。決して荒い口調ではないが、その声色には頑なな否定を含んでいる。
「あ……そうか、違うのか。そういや、七年前にしちゃあ……いや、悪かった。ホントにすまねぇ、気を悪くしないでくれよな」
男は〝悪い〟と手を掲げて去っていく。
(一体なんだったの……?)
さっきのコレットの一言がやけに耳に残っている。普通ならありえなくもない。ヒステリックになればあんな声も出る。ただ……コレットにしては冷たすぎた気がする。
(ん…?)
コレットがギュッと腕を掴んできた。
「コレット、大丈夫……?」
「何が?」
「何がって……その…」
遠まわしに様子を伺おうとしたが、コレットの顔はひまわりの様に朗らかだ。
「あーあー、折角アシェルとデート楽しんでたってのに、とんだ水入りだよねぇ」
「デ、デート!? 変なこと大声で言わないでよ……!」
「あ、ナーニ意識してるんだか。二人で手を繋いで歩いたら、そりゃデートでしょ」
「……離して」
「ダメー。ハハ……港行こ、港! あっちの方は珍しいもの並んでたりするから」
「もう…」
私は手を引かれるままに、日が傾くまで町の端まで楽しく回って―――……
「……で? どうしてこんなに大荷物になったのよ」
次の日の帰り道は降りたときがウソのように辛い。背にはいっぱいに膨らんだリュック、それと同程度の麻袋を両手両脇に。
「重い?」
「人間が易々と運べる量だと思う? これが」
総重量は五十キロ超えるんじゃないか? それに比べて――
「どうしてアンタは手ぶらなのよ」
「私は作る人、アシェルは食べる人。じゃあ運ぶ役はアシェルでしょ? 私が疲れちゃったら料理できないし。おいしい海鮮料理、食べたくなぁい?」
「…………」
ろくに反論できない自分が情けない。が、コレットの料理は町のレストランより口に合うのも事実。期待している自分もいるのだ。
そして期待以上の豪勢な夕餉を食べきって風呂に入ると、疲れがお湯に溶け出した。
「ふうぅ……」
旅をしていた頃に比べれば、歩いた距離も帰りの荷物の重量も大したことはない。それなのにここまで手足が重いのは……
(遊んだから、か……)
気配を殺すこともなければ、辺りに気を張り巡らすこともない。何にも気を労することなく、ただただ楽しんで時間を浪費していくことは、剣を振り回して戦うのと同様に全力を用い……何より、新鮮だった。
「湯加減はどうかナー?」
ひょっこり顔を出してきたコレットは服を脱いでいて、一緒に入る気満々だった。
「………」
「おりょ? ツッコミはなし?」
「…別に。居候だから、文句言える立場じゃないし」
「そう? ウフフ……」
一度身体を流して入ってきたコルサはアシェルの隣に落ち着き、アシェルの濡れた髪で遊び始めた。
「止めてよ」
「手入れしてるだけだって。全然髪梳かしてないでしょ? ちゃんと綺麗にしとかなきゃ」
「別にいいって」
「私は綺麗なアシェルがいいもん。好きな人には綺麗にしていてもらいたいしねー」
「へ……?」
「おおー! アップにすると意外に女っぽいね! よく似合う」
「褒めてるの、それ……」
風呂から上がってベッドに寝転がると、もう動けなくなった。コレットもすぐ後にやってきて、隣のベッドに飛び込む。
「お疲れでしたぁ」
「誰かに振り回されたから」
「あはは…助かったよ、ホントに。アシェルがいるといないとじゃ大違い。だから……ねぇ、アシェル」
「何…?」
「……………」
「……?」
背中越しの声が止まったので寝返りをうつと、同じようにベッドに寝そべっているコレットと目が合う。いつもとは少し違う微笑で、その眼差しからは不思議と目が離せない。
「アシェル、居候なんて言わずにさ………一緒に暮らそう。これからずっと…」
「え………」
「ダメ……かな?」
薄着の身を猫のようにくねらせながら上目遣いのコレット。初めて見せる仕草に内心ドキッとしながらも、静かに息を吐いて、目を逸らした。
「私は誰とも一緒に暮らせない。ずっと同じところには居られない」
「どうして?」
「どうしても。それに……最近、昔の夢ばかりみる。私がやるべきことは何も終わっていないんだ。私はこれまでのことに決着をつけなければならない。そのためにここに来たんだから…」
「それは、うなされるほど辛いことじゃないの?」
「……まあね。でも今日はいい夢をみれそう。アンタのおかげでね」
背を向けて会話を切った。頭に浮かぶいろんなことをかき消して、静かに目を閉じていく。
明かりが消えて、夜の空気が波打つのを止めようとしたとき―――
「ついて行くって言ったら……?」
「…………」
……眠ったふりをした。
久々にアップしますー…。
クリスマス…というか、年末ってなんなんでしょうね…。今週は家に帰ってからずっとウトウトしてて筆が進まず。来週はさらに忙しいのに、ンモー!って感じです。よるのないくに2も延期するし…! それならもうちょっとお金貯めて限定版買おうかな……とか、思ってませんよ?(笑)




