兄貴誘拐事件 解決
「ハルキーっ!」
キリが嬉しそうに叫ぶ。その声に応えるように兄貴が大きく手を広げた。キリはそのまま兄貴に突進していき、抱きついた。兄貴もキリの華奢な体をしっかり抱きしめ、
「お疲れ様っ!」
と言った。状況が全く掴めていない俺はただ呆然としているだけだった。
「よくここがわかったね、春人。こんなすぐ来てくれるとは思わなかった」
兄貴が俺に向き直り、そう告げた。その言葉で我に返った。
「兄貴!誘拐ってなんだよ!これのどこが誘拐だよ!ちゃんと納得のいく説明してくれないと帰るからな!」
一気にまくし立てると、兄貴は罰が悪そうに頭を掻き、嗜めるように言った。
「…怒らないで聞いてくれよ、春人。あの…誘拐っていうのは嘘なんだよ。騙してたのは悪かったと思っている。…って、聞いてる?」
…嘘?なんだよ、それ。今まで俺が必死なって兄貴を探してたのはなんだったんだよ?あれだけ心配したのに…。腹の底から怒りが湧き上がってくる。
「兄貴のばか!ふざけんなっ!どれだけ心配したと思ってるんだっ」
なぜか声が震える。腸が煮えくり返るほど怒っているのに、眸に涙が滲んでくる。
「人が…どれだけ、心配したと…」
「ごめんな、春人。お兄ちゃんが悪かったよ。起こるのは当然だよな…。もっと怒っていいんだよ」
「う…うるさいっ」
不意に兄貴が俺の体を抱きしめた。驚いて咄嗟に体を離そうとしたけれど、兄貴ががっちりと抱きしめていて、俺の体はちっとも動かなかった。
「本当に悪かった」
「ハル、ごめんね。僕も…」
それまで二人のやり取りを黙って見つめていたキリさえも俺に抱きついてきた。
「も、もういいよ。もう、いい…」
「わかった。でも、許してくれとは言わないからね」
「ああ」
ようやく兄貴の腕から解放された俺は、安堵と疲れが混ざった、とても長いため息を吐いた。
「それはそうと!春人、電車は大丈夫だったか!?変なおっさんに尻とか太腿とか撫でられたりしなかったか!?」
「はぁ?」
兄貴の変態さには呆れる。さっきまでかっこいいこと言ってたかと思えば…。俺がもう一度溜息を吐いたとき、キリが秘密をばらしてしまった。
「あれ、そういえばハルさ、変なおじさんに変なとこ触られたって言ってな…」
「わーっ!黙ってろって言っただろばか!」
「ま、まさか春人…!」
見ると兄貴の顔がどんどん青ざめていく。
「いや、なんでもないから!気にすんな!」
朝の電車の中で痴漢されたことは事実だが、それを言ってしまえば兄貴がどうなるかわからない。ショックで倒れてしまうかもしれない。俺は慌てて話を変えた。
「あっそうだ、兄貴!キリの話は何なんだよ?俺らの弟になるとかなんとか…」
「なんだ、霧言っちゃったのか?」
「あ、うん。ごめんねハルキ」
「いやいや別にいいよ。会ったら言おうと思ってたしね」
「兄貴、教えてくれよ。一体どういうことなんだよ」
「わかったよ、話す。…初めて霧のことを知ったのは2年前…だったかな」
2年前、父さんの遺品整理してた時に見つけたんだ。霧のお母さんの写真をね。初めて見たときはこの人が誰なのかさっぱりわからなかった。でも、父さんと知らない女の人が写っている写真なんて怪しいだろ?ただの友達なら分かるけど、父さんに外国人の知り合いがいるのなんて知らなかったし、聞いたこともない。俺が知らなかっただけっていうことはない。父さん宛の年賀状とか見てもそんな人いなかったしね。
それで詳しく調べてみようと思って、父さんの押し入れとか引き出しとか徹底的に調べた。そして一冊のアルバムを見つけたんだ。父さんと、知らない女の人が写ってる写真が幾つもあった。そこで俺は思いついた。この人は父さんの愛人かもしれないってね。可能性は低かったけど、有り得ない話じゃない。父さんは出張が多かったし、機会ならいくらでもあったはずだ。暫くアルバムを捲っていたら、一枚の写真を見つけた。父さんと外国人の女の人と、その女の人によく似ている赤ん坊の写真だった。写真の女の人が父さんの愛人なら、この赤ん坊は俺たちの弟ということになる。だから俺はこの子供について調べようと思ったんだ。
それから俺はあちこち探し回ってあの写真の赤ん坊を探した。そしてこの前、やっと霧の存在に辿りついた。霧が親に捨てられて児童相談所みたいなところにいることもその時知った。独りでいるのなら俺たちが引き取ったらいいんじゃないか、と思ったのもその時だ。母親は違うけど、俺たちと霧は兄弟なんだ。
それで、一週間前初めて霧と話をした。霧はどこか冷めていて、大人びていたよ。三日後に行ったとき、すぐ霧が俺達と暮らす決断をしたのには驚いたよ。まあ俺が誘ったんだし、断る理由がないから、春人に紹介しようかなって思って昨日そのまま出かけた…
「っていう感じ、なんだけど」
「…」
「春人?聞いてた?」
兄貴がぎこちなく俺の顔を覗き込んできた。
「なんで俺に言わなかったんだよ?」
「…え?」
「なんで俺に一言も言わなかったんだよ、って言ってんだ」
「…それは…春人を驚かせようと思ったから?」
「嘘つくな。…本当は?」
俺がしつこく問い質すと、兄貴は急に真面目くさった顔をしてこう言った。
「春人に言っても混乱させちゃうだけかもしれないと思ったからだよ。父さんに隠し子がいたなんて、信じられないだろ?俺も最初は結構混乱したんだ。2年前は春人が高校に入学したばっかで、情緒不安定な時期にそんな話するべきじゃないと思ったんだ」
「別に…そんなこと気にしなくても…いーのに…」
「うん、わかったよ。これからは春人にも相談するよ」
「いーんだよ、それで…」
俺が小さく言うと、兄貴は微笑んだ。
…あれ?さっきの兄貴の話に違和感を覚える。なにかが矛盾している気がする。
「兄貴…昨日は大学に行ってないのか?」
「え?うん、行ってないよ」
「え、でも…」
昨日大学で兄貴と話したっていう人にあったんだけど…。まさか。
「あのさ…なんだっけ、宮島…蓮香さん、だっけ?あの人…」
「あ、蓮香に会った?蓮香にも協力してもらったんだよ」
予感が的中した。俺はがっくりと頭を垂れる。
「てゆーかさ、なんで誘拐なんか演じたわけ?」
俯きながら尋ねると、兄貴は晴れやかな笑顔で
「オリエンテーションだよ!」
と言った。屈託のない笑みに俺は心が折れた。
「まあ、霧が言い出したことだけどねぇ…」
「は?なんでキリが…」
黙って俺たちの会話を聞いていたキリが急に言葉を発した。
「ハルと仲良くなりたかったからだよ。ケッカテキに楽しかったからいいよね、ハル!」
「は、あれのどこが楽しかったんだよ?」
「ハルと一緒に電車乗ったり、ハルと手を繋いだこととかだよ。すっごく楽しかった!昨日は一日中、すっごく楽しかったんだよ」
キリはにこやかに言うと、俺に抱きついてきた。
「これからよろしくねっ、ハルト!」
「…ああ」
まだ納得のいかないことは幾つもあったけど、細かいことは聞かなかった。キリが楽しかったなら、まあそれでいいかと思ってしまったのだ。
俺と兄貴と弟は、雲ひとつない青空を仰ぎ見ながら下山した。
「ハルキ、ハルキハルキハルキ!大変だよー!!」
霧が俺たちの家族になってから1年が経った。俺は大学二年生、春人は大学一年生になった。
霧が俺の名前を連呼しながら、リビングの扉を荒々しく開け放つ。
「おかえり、霧。どうしたの、そんなに慌てて」
「大変だよハルキ!ハルトが変な男の人に誘拐された!」
ここまで読んでくださってありがとうございました。初心者なのでお見苦しい点が多かったと思いますが、見逃してやってください。
最後のところは次作に続きます。よければ引き続き読んでいただけると嬉しいです。