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始まりの瞬間

ちょいと長め。



むっ。

思い出したら何だかムカムカしてきたな。


私、なんでコイツらの前で大人しくしてるんだっけ?


そもそもあの王が約束なんて守るわけないのは分かっていたから魔術による契約にさせたのに。

魔術契約は魂や命を懸けるから絶対に契約を破れないハズ。


だのになんで契約破棄出来るわけ?


あの王に負けたみたいでなんかムカつく。







いつの間にか消えていた痛み。


だがそれでも痛みで強張った身体は云う事を利かず、私はぼぅっと地面を見つめながらそんな事を考えていた。

そうやって私が現実逃避している間に、魔術師の男が魔封じの枷を手足に付けていく。





現実逃避して強がらないと涙が零れそうだった。


こんな奴らの前で泣きたくない。







でも。








辛い。








いい加減心が折れそうだった。







ねぇ、養父とうさん。


私、頑張ったよ?





私なりにやれる事はやった。





だから。





もう。





いいよね?









目を閉じた拍子にぽろりと涙が一粒、零れ落ちた。









その時。






「いつも思うんだがな」



彼はゆっくりと



「罪のない同族を貶め」



コツ、コツ、と一定の間隔で靴音を響かせながら



「私利私欲のために道具のように酷使し」



戦闘で汚れ、所々切れてしまっている赤い絨毯の上を



しまいには惨殺して」



歩み



「罪を全て他者になすり付けて」



目の前に立つと



「さも自分達は正しいという顔をする」



ピタリと立ち止まって私を見下ろした。


私は彼の顔をぼぅっと見つめる。



「人間共が言う冷酷無比な魔物とは、まさしく人間自身のことだと、そうは思わないか?」


「アンタは――」




私がかけようとした声を遮って勇者が声を荒げた。


「黙れ! 魔族がっ!!」



ああ、馬鹿だな、と私は内心で笑う。


彼はさっきの偽魔王とは違う。

本物・・なのに。

人間如きが敵う相手じゃない。


自分と相手との力量の差も分からないで相手に剣を向けるなんて。

なんて愚かなんだろう。




そう思いながら私は視線を逸らす事なく、じっと彼の顔を見ていた。


彼も周りの声を無視してじぃっとこちらを見ていた。




だが、無視された勇者が剣に魔力を纏わせて怒鳴り散らす。


「貴様は魔王の配下の者だな! 魔王は俺達が殺した! 貴様のようなただの魔族ごときが俺達に勝てると思うなよ!!」


そこで初めて彼が勇者を見た。


「雑魚が。弱い者ほどよく吼えるな」

「なっ?! き、貴様――っ!!」


勇者の顔が赤黒く染まり、その表情は他人に見せられるようなものではなかった。

既に何人も殺してきた後の人間のような顔をしながら、殺気混じりの視線できつく彼を睨みつける。


「この中で魔族と戦えるのはそこの女だけだというのに。そんなことすら分からないのか?」

「はんっ! 貴様は馬鹿か? ここに来るまでにも魔族をたくさん葬ってきた。それに実際に俺達は魔王を倒している。そこに倒れている死骸が見えないか?」

「馬鹿はお前だろう? そこの女が力を使って魔族を弱体化していたからこそ勝てただけだろうが」


鼻で笑って言い捨てる勇者を、彼もまた鼻で笑って扱き落とす。


「魔族が訳の分からないことを言って撹乱する気か? その女が力を使えば外見が変化する。だが、その女の外見は変わっていない。力を使ってない証拠だろうが!」

「魔力を吸い取る先から使えば外見なぞ変化せん」

「……?」

「ここまで言っても分からんとは人間の力も落ちたものよな」

「貴様! 侮辱する気か!」


ただ怒鳴り散らして睨みつけるだけの勇者に、彼は何の感情も窺えないただ冷えた視線を送った。



「お前など相手をする気もないと言っているのが分からないのか? 愚かな……」



彼の言葉に激昂した勇者はそのまま真っ直ぐに彼に向かって行く。


勇者一行も一足遅れてそれについて突撃して行った。




だが結果など火を見るより明らかで。

ピクリとも動かぬ彼の前に、勇者とその一行は崩れ落ちた。




まぁ、当たり前の結果だし自業自得だから何とも思わないけど。






そうして、勇者達を這い蹲らせた彼は私に歩み寄って来た。


差し出された手を困惑して眺める。


「大丈夫か?」

「何で助けたの?」

「ん? 気まぐれだな」

「そう」


他のどんな理由を言われても納得出来なかっただろうが、気まぐれなら納得出来る。


だって私の知る魔族と同じだから。


私は一つ頷くと、差し出された手を借りて立ち上がった。

すると今度は彼が戸惑い気味に私を見つめる。


「お前はそれで納得できるのか?」

「気まぐれで助けられるのは初めてじゃないから」

「それはまた――。波乱万丈な人生だな?」


当然といった顔で私が頷いたのを見て。


彼がカラッと笑った。








初めて。








ドキッとする胸。






今まで感じた事のない奇妙な胸騒ぎに私は落ち着かず、慌てて別の話題を振った。


「でも、顔を出して良かったの?」

「うん?」


何の話だととぼける彼に私は眼差しを強めて小声で詰問する。


「だって隠れてたんでしょう? わざわざ偽者の魔王まで用意して」

「ふっ。やっぱり気付いていたか」


苦笑して認めた彼に私は思いっきり呆れた。


「いや、あんな小物を偽者に仕立ててばれないと思う方がおかしいでしょ」

「だが他の人間共は疑っていないぞ?」

「そ、ういえばそうね。私の感覚の方がおかしいのかしら……?」


私は、手を顎に当ててぶつぶつと呟く。


すると私が手を動かした事で隷属の腕輪が男の目に入ったらしい。

彼はその腕輪を指で軽くなぞりながら囁いた。


「ふむ。それは邪魔だろう」


そう言って、彼が濃密な魔力を圧縮して指から腕輪に流すと、隷属の腕輪がパリンと軽い音を立てて木っ端微塵になった。ついでとばかりに私の手足の魔封じの枷も、その力で破壊してくれる。



「う、そだ……」



掠れた声が聞こえた。


振り向くと、床に這い蹲ったまま顔を上げた勇者が呆然と口を開いている間抜け面が見える。


「それは、勇者の、光の力で……魔族の、闇の力を打ち消し、魔族には、干渉出来ない、はず、なのに……」


うわ言のように呟く勇者。




私は思わず笑ってしまう。


あんなおとこ戯言たわごとを間に受けていたらしい。

それが真実なら先の勇者が敗れるはずがないだろうに。




再び彼に向き直ると、彼は私をじっと見ていた。


「いいのか?」


静かに問い掛けられて苦笑する。

どうやら彼は私に気を遣って勇者達を殺さずに放置していたようだ。


ここでも私の真実は揺るがないらしい。


すなわち、人間より魔族の方が優しいと。

彼らの方がよっぽど私を一人の個人として扱ってくれる。

意志を尊重してくれる。


……もちろんそれが全てではないけれど。




私は彼の目を真っ直ぐ見て答えた。


「いいの。……本当に張っ倒したいのはコイツらじゃないし」

「そうか」

「ふふっ」


真面目に頷いた彼に思わず笑いが零れる。

そんな私を彼は不思議そうに見ていた。


「何だ?」

「だって。とーっても優しいんだもん」


にっこり笑って私が言うと、彼は目を丸くしてからふいっと視線を逸らしてしまった。

だが、彼の顔をよく見ると目元がうっすらと赤らんでいる。

それに気付いて私は更に笑ってしまった。


「クスクスクス」

「笑うな」


ぶっきら棒に呟いた彼は私の頭を軽くはたく。

充分に手加減されたその手に、堪えきれず私の目から雫が零れ落ちた。


ひとつ零れてしまうともう駄目だった。


次から次へと雫が零れ落ちていく。




ボロボロと泣き出した私を見て彼はギョッと目を瞠った後、私の肩を掴んで呟いた。


「取り敢えず場所を変えるぞ」


それに私が頷く前に、魔力が私たちを包んで一瞬で空気が変わる。

彼が魔力で転移したようだ。

深い森の中にある小さな泉の畔に私たちは立っていた。





彼は私の肩から手を離すと躊躇いがちに尋ねてくる。


「……どうした?」


だが、答えようにも私は胸の奥から溢れ出る衝動を抑える事が出来なくて、口を開いても嗚咽が漏れるだけだった。

えぐえぐと絶え間なく出るしゃっくりが止まらない。


見かねた彼が私の背中をぽんぽんと叩いて宥めようとしてくれる。

だが、その優しさは私の心を更に揺さぶるだけだった。


私は思わず目の前にある広い胸板に縋りついた。

ぎゅうっと抱きついて更にわんわんと泣きじゃくる。





それからどれ位経っただろう。

散々泣きじゃくった私の涙がようやく尽きた頃。


唐突にすっきりした。


私は目の前の黒い布にぐいぐいと顔を押し付け、更にぐりぐり顔をなすり付けて涙と鼻水を拭うと顔を上げてにこっと笑う。


彼はそんな私に呆れた顔を向けた。


「気は済んだか?」

「うん。ありがとー」


そう言って私が離れると、彼は濡れた胸の部分の布を人差し指で摘んで眉を寄せる。


そんな顔をしても私に文句を言う事はない。




私が泣いていたから。




やっぱり優しい。


私は彼に気付かれないようにこっそりと笑った。






そして、内心で呟く。





ありがとう。





私の心を掬ってくれて。


あの悪夢から連れ出してくれて。


黙って胸を貸してくれて。





ありがとう。






何度呟いても足りないほどの感謝を捧げた。






因みに、結局泉でジャバジャバと上着を洗った彼は、それを魔力で乾かして再び身につけていた。

それを観るともなしに眺めていると、服を着ながら彼が声を掛けてくる。


「それで? お前はこれからどうするんだ?」

「もちろん、家に帰るよ?」

「家に、帰れるのか?」

「帰れるけど?」


躊躇いがちに尋ねる彼に私は笑顔で返した。



大丈夫。

だって私が帰る“家”は人間の世界にはないから。



私の笑顔を見て心配は杞憂だと分かったんだろう。

彼は眉尻を下げてぽつりと呟いた。


「そうか」

「うん……ああ、でもその前に寄りたい所があるけど」

「どこだ?」

「じいちゃんの所」


ワンテンポ遅れて彼が首を傾げた。


何故だろう。

男前な美形なのに、彼がその仕草をするとものすごく可愛い……。


……何か私、女として負けてね?


私が地味に精神的ダメージを負っていると、彼は不思議そうな顔で尋ねてきた。


「祖父がいるのか?」

「違うよ。じいちゃんは友達。私の事匿ってくれたせいで一緒に捕まったんだ。旅に出る前に釈放されたけど、無事かどうかだけ確認しときたくて……」

「ふぅん? 付き合おうか?」

「へ?」


軽く付け足された言葉に私は大きく口を開けて問い返した。


……いや、そこはさっきの彼のように可愛く疑問を表せないのか? 私よ……。


だが、私の内心など知る由もない彼は、私の間抜け面には触れずにそのまま話を進める。


「俺も共に行こうか?」

「手伝ってくれるわけ?」

「まぁ、な」

「何で?」

「気が向いたから」


先ほどのダメージを地味に引き摺っていた私はじとーっと彼を見据えた。


さっきは養父と同じ答えだから信用出来たのに。

今はすんなり納得出来ない。

私は思わず疑わしそうに聞き返していた。


「本当に?」

「今度は納得出来ないのか?」

「うん」


怪訝そうな彼に即答で頷いた。

そんな私を見て彼は苦笑している。

人差し指でぽりぽりと頬を掻きながら、彼は斜め上を見つめて早口で言い募った。


「あー、まぁ、ついでだ。まだ帰るわけにはいかないし、俺も王都に用があるからな。同じ方向に向かうなら一緒に行ってもいいかと思ってな」

「そう、なの?」

「ああ」


それでも疑いの目で見つめる私に、彼は眉尻を下げて困ったように頷く。




……負けた。


なんだか分からないけど、完敗した気がする。


けっ。

どうせ私なんて私なんて私なんて……可愛くない所か可愛げすらありませんよぉーだっ!!




私は心に滝汗を流しながらも、つーんと唇を尖らせて頷いた。


「分かった」

「それ、どっちの意味だ」

「お願いしますって意味」


私の態度に意味を図りかねたらしい。


ちゃんと言い直してから彼の顔を見ると、困惑気味の顔が一転。











破顔一笑した。











「お、いいのか。じゃあ、宜しくな」

「宜しく……」


笑顔で片手を出されて、私は何も考えられないまま反射的に手を出して宜しくしていた。







はっ!


しまった!!





笑顔に釣られたぁ~~~!!!







こうして、何故か、私と彼との旅が始まったのだった。



 

 

これにて本編終了です。

予定通り3話完結にしました。


こんなの中途半端だとお怒りのアナタ!

きちんとあらすじに書いてありますよ! これは始まりの物語だって(笑)

詐欺っぽいですけどね。


その他裏話?は活動報告の方でぼそぼそとしますのでそちらをご覧下さい。



最後までありがとうございました!


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