3.魔来子さん
魔来子さん、登場。
魔来子さんもいいキャラクターです。
佑衣とどっちがいいって聞かれたら、・・・・怖くて返事できません。
佑衣さんの家は公園のそばだった。
公園から道を横断して、大きな塀、そこの玄関で彼女はインターホンを鳴らす。
「・・・・・佑衣とお客様1名、ただいま帰りました」
ゴトゴトいいながら玄関が開いた。
彼女について中にはいると、そこは公園?
いや、樹木が生い茂っている。外の公園よりも緑が深い。
石版が敷き詰められている小道を歩いていく。石の間にも緑の苔がびっしり詰まっている。
葉の間からこぼれてくる太陽の光がなんだか天上からの光の道に見える。
小鳥のさえずりも聞こえてくる。
町中とは思えないような場所を通り抜けると、そこには2階建ての一軒家が建っていた。
小さめの窓。頑丈そうな白い壁。
その家の玄関には、白いブラウス、黒のロングスカート、黒い長エプロンをかけた、
茶髪の女性が立っていて深々とお辞儀をする。
「お帰りなさいませ、佑衣お嬢様」
彼女の名前は魔来子さん。佑衣さん付きのメイドだそうだ。
掃除、洗濯、風呂、食事の用意、当然魔来子さんの勤め。
「食事は母屋の方に、シェフ、ソムリエ、パティシエがおりますので、私は給仕だけですわ」
魔来子さんは微笑んで訂正してくれる。
その他、佑衣さんを日常的にお世話しているのだそうだ。
佑衣さんが小さい頃から、彼女の面倒をみているらしい。
それこそ、オムツの取り替えとか・・・?
「そんなことは言わなくていい!」
「あら、お嬢様、恥ずかしがり屋さんですこと」
そう言えばまだ魔来子さん、年齢を聞いていなかった。
「うーん、そうだなあ、魔来子さん、30まではいっていないと思うけど・・・」
ダンッ!!
魔来子さんの足が床を強く踏んだ。
「佑衣お嬢様、このお客様、ちょっと失礼なところがございますわね」
魔来子さんの目が冷たい。佑衣さんが氷なら、魔来子さんはドライアイス並。
佑衣さんより、怖い。心の底から、恐怖が湧き上がってくる。
「ごめんなさい、25、いえ、20です。じゅ、十代と言っても通用するんじゃないかな、ははは」
「あら、いやだ。さすがに十代は無理ですけど、25ということで。ほほほ」
いつの間にか、脇にべっとりと冷や汗をかいていた。
食堂に通じるドアのところで立ち止まる。
ちょっとお待ちを、と言うと、魔来子さんの瞳に赤い光が当てられる。
ピッという短い音がすると、ドアが開いた。
「な、何なんですか?これ」
「この家ではセキュリティシステムが部屋毎にあります。網膜パターンを認証することでキーとしております」
「はあ、もしかして、ものすごい家なんでしょうか、ここ」
「犬小屋よ」
佑衣さんは吐き捨てるように言った。
でも、全然犬小屋なんてもんじゃなかった。
連れて行かれた食堂の中央のテーブルは長さ5mもあるような立派なもの。
しかも、佑衣さんとぼくはその5mも離れての場所に座った。
テーブルには銀の洋食器が数多く並んでいる。
どれを使ったらいいのかわからない・・・
「外側から使えばいいんですよ」
そして、食事の内容もものすごく立派なものだった。
次から次に出される料理。最後に出てきたそれはとてもとても甘いお菓子。
「こ、こんなごちそうは食べたことがないです」
あっちの世界では、もっと質素で淡泊な食べ物ばかりだった。
そして、横にある真っ赤な色の液体がなんだかおいしそうだ。
「ぶ、ぶふぇえ!なんだ、これ、お酒ですか?」
「あら、ワインはお口に合いませんでしたか?」
魔来子さんは笑って、水を持ってきてくれた。
ふと見ると、そのワインを、佑衣さんはごくごく飲んでいる。
「佑衣・・さん、おいしいんですか、それ?」
「こんなもの、水とかわんないわよ」
い、いやー、全然違うと思うけどなあ。
食事が済み、後片づけも終わると、魔来子さんが僕の隣の椅子に座る。
「私はブラックコーヒー、佑衣様には甘いカフェオレ、ラバ様にはお茶でいかがですか?」
出されたのは、緑色の温かい飲み物。緑茶というんだそうだ。恐る恐る飲んでみると・・・・
これはいける。村で飲んでいた飲み物と変わらない。
よし、これからは緑茶をお願いしよう。
え・・・?今、魔来子さん、僕のことをなんて言った?
「どうして、僕の名前を・・?」
魔来子さんはあらっという顔をすると、悪戯っぽく微笑んだ。
「申し訳ございません。お嬢様の周辺は常時音声モニターさせていただいております」
「はあ?なんですか?それ」
「お嬢様の周辺の音をこちらで聞いていると言うことです。
誘拐事件に巻き込まれた場合を想定して、状況把握を行っております。
犯罪の可能性がないと判断された部分は自動的に消去されておりますが、
ラバ様とお話しになった部分は消去されておりませんので、聞くことが出来ました」
「つ、つまり、僕と彼女の話はこっちで聞かれていて、蹴飛ばされたところとか、全部・・・」
「はい、効果音入りでしたので、それはまあリアルでございましたが」
魔来子さんはニッコリ微笑む。いえ、微笑む内容ではないと・・・
「つまり、あたしにはプライベートはない!」
佑衣は空になったカフェオレのカップをドンとテーブルに置く。
「お嬢様、小さいときからずっとお話ししてきたつもりですが。
お嬢様の安全を最優先と考えて、私たちは行動しております。
ですから、今日のように学校をズル休みされても、こっそり煙草をお吸いになっても何も言いませんでした。
時にはお嬢様も自分の時間を持ちたいのでしょうと・・・」
「持ちたい!普通の女の子のような時間を持ちたい!」
急に佑衣さんは立ち上がると、叫んだ。
「あたしは、寂しい!!あたしはぁ・・」
彼女の叫びは途中で切れた。
佑衣さんは崩れ落ちるようにテーブルに突っ伏した。
よく見れば、軽い寝息を立てている。
「まあ、あれほどワインをがぶ飲みすれば、こうなるかあとは思ってたのですが・・・
いくら飲み慣れているとは言っても、まだ中学生ですから」
あ、あんた、魔来子さん、思ってたのなら、止めなさいよ・・・
「ちょうど都合良くお嬢様がお休みですから、ラバ様、ちょっとお話ししましょうか」
そう言うと、魔来子さんは僕のそばに座った。
彼女の端正な横顔、でもその目は真剣だ。
参考文献:「新・凍りついた瞳」 椎名篤子 集英社刊
いえ、目標は、「楽しく、明るく、元気良く」!
忘れるな、忘れるな。