『リヴィエールの謎』
オーレリア帝国の中心にそびえる白亜宮。その広大な後宮の一角には、鮮やかな緑のクロ―バーがまるで絨毯のように広がる瑞々しい庭園がある。
そこは真理の光教団の聖堂、通称『四つ葉堂』と呼ばれていた。
透き通るような鐘の音が心地よく響き渡る中、聖堂の奥からは箪笥ほどもある大きなオルゴールが、厳かで美しい旋律を奏でている。
庭では数匹のうさぎがのんびりと放し飼いにされており、日頃の激務から逃れてきた女官たちが、こっそり仕事をサボっては彼らを撫でて癒やされていた。
「四つ葉様、手荒れがひどくて……。どうか護符をいただけないでしょうか」
「カリナさん。これは痛々しいですね……。神の御加護がありますように」
聖堂の巫女であり、この館の主であるココロギ・サイリュンは、穏やかに微笑みながら不思議な力を込めた護符を手渡した。
「ココロギ様! 今、お使いの途中でこっそり抜け出してきちゃいました。私にも神秘札をください!」
「シエンタちゃん、また上司に叱られてしまいますよ? はい、これ」
「ありがとうございます! お礼にお菓子を持ってきたので、後で食べてくださいね!」
「ふふ、ありがとう」
ココロギが異能の力でその場で作る護符や、一人ひとりに向けた絵と言葉の助言が記された神秘札は、後宮の女性たちの間で大変な評判を呼んでいた。中には、老化を防ごうと必死に護符を顔に擦り付ける猛者までいるが、残念ながら効果は全くない。「老化は病気や異常ではなく、人間として正常な営みなのですから」というココロギの真っ当な説明に、皆が苦笑いするのも日常の光景だった。
そんな賑やかな応対を終え、ココロギは小さく息を吐いて奥の自室へと戻った。
部屋に流れる静寂の中で、彼女は机の上に広げた古い地図に視線を落とし、その指先で頼りなく輪郭をなぞった。
彼女の胸には、ずっと消えない澱おりのような疑問があった。
ココロギは自身の複雑な血筋に思いを馳せる。
彼女は聖ゲンドラス教国の教皇の娘であり、リヴィエール家の血を引く母から生まれた。その身に強い異能を宿しているものの、未だその大半を自在に操ることはできない。
かつて花の都ルミナリアで隠し子として生まれた彼女は、異能を発現させたことで、ルシアの母であるセシリアの実家・リヴィエール家に母子ともに保護されて育った。リヴィエールの一族はもともとアルヴェリアの土豪であったが、強力な異能を発現させるのは、本家よりもルミナリアに移った分家の血筋――フレデリカ、セシリア、エミーナ、ルシア、そしてココロギ自身へと連なる系譜の者たちだけだった。
ルミナリアは、ココロギが生まれ育った愛着のある町だ。
現在、ルミナリア大聖堂は取り壊しの最中だが、そこからは何一つの発見も報告されていない。むしろ怪しいのは、ルミナリア郊外にある「エレスティア大聖堂」のほうではないかという予感があった。
(ニルニラ侯爵家の居城があったあの場所を、なぜルシア様は選んだのだろう……。もしそこに何か重大な秘密があったのだとしたら、ルシア様は私たちが思う以上に、世界の多くの真実を知っていたことになる)
だとすれば、最後に残された謎のピースは、やはり「アシュウェスト」だ。
あそこは古くから交易の拠点として栄華を誇っている街だ。それにもかかわらず、どういうわけか「天信教の大きな大聖堂」が一つも存在しない。あの人口規模と歴史を持ちながら大聖堂がない街など、帝国広しといえどアシュウェストだけだった。隠された歴史の歪みが、そこにある。
(政庁以外で、あの街にある大きくて古い建物といえば……)
ココロギの脳裏に、街を牛耳る「5大商人」の館が浮かんだ。
自身の実家でもあるリヴィエール商会を除いた、残りの4つの商会の建物。あの堅牢で古い敷地の奥深くにこそ、歴史から消し去られた水底の記憶が眠っているのかもしれない。
「……探ってみる価値は、ありそうね」
ココロギは静かに地図を閉じると、自身の内に眠るかすかな異能の気配を感じながら、決意を秘めた瞳で窓の外の青空を見つめた。




